第2話 契約
王立学園の学生寮に入寮したその日の夜、僕の部屋にこの寮の寮長を務める妖精のリジーがやってきて、これからの予定を教えてくれた。
「入学式が明後日で明明後日からは授業が始まるから、明日までに王立学園の制服を用意して、明後日までに冒険者登録と教科書の受け取りをしといてね」
《……ねぇ?》
「ジェリドの制服はこの寮でもう預かってるらしいから、オリビアから受け取ってね。両方タダだけど、マネーリングは必要だから」
《……ねぇって》
「選抜コースの冒険者登録は、私の部屋ですることになってて、登録可能期間は明日と明後日の二日だけだよ。登録しないっていうのは無しだから。明日にする? それとも明後日にする?」
「……う~ん。ここに今日入寮したリリーやギルが、どっちにするのかはわかる?」
「今日この寮に入寮した子は全員明日にするらしいから、明日のはずだよ?」
「そうなんだ? じゃあ僕も明日でお願いするね」
「はぁい」
《そろそろこいつ、降ろして良い?》
「リアナがもう降ろして良いか聞いてるけど、どう?」
「やだ! もう少し乗ってる!」
「だって?」
現在妖精のリジー寮長は、リアナの背に笑顔で跨り、リアナにお馬さんごっこよろしく歩いてもらう事で、乗馬を満喫していた。
《……わかってる? 私、神獣なんだよ? 神様なんだよ?》
「そうだね。神様ならちゃんと約束守ろうね?」
《うぅ》
「そうそう、約束は守らないと! あと、リジーで良いわよ?」
「……了解」
リアナがお馬さんごっこに付き合っているのは、リアナがリジーを怖がらせ、気絶させたのが原因だった。
リジーはこの寮に入った寮生に、寮長として入寮後の予定を教える責務があったらしく、先程僕の部屋を訪れたのだ。
……リアナにすっごくビクビクしながら。
先程リジーから聞いたことだが、妖精は人間の言葉を理解する事ができるため、人の心を読むことは出来るが、他種族の言葉は理解できないためリアナの心は読めなかったらしい。
一方リアナも、リジーを吠えて怖がらせ、気絶させたことをレイラにローラから告げ口され、レイラに長々とお説教をされた後であった。そのため、今度は怖がらせないように慎重にリジーに接しようとしたのだった。
そんなこんなで、最初はお互いオドオドしていたんだけど、リジーが僕の心を読み、リアナに敵意がないことを知ったらしい。それどころか、『リジーのことを怖がらせたらまたレイラに怒られてしまうかもしれない』と言い、僕にどうするべきか? と相談していたこともバレてしまったらしく。この状況を利用し、リアナに友好の印のお馬さんごっこを提案し、リアナがそれを受けてしまったのであった。
「う~ん。ふかふかモフモフ気持ちぃなぁ」
「冒険者登録はどうすれば良いの?」
「ジェリドは10時ちょうどに一人で来てね? このワンちゃんも一緒に来ちゃダメだよ?」
《ワンちゃん!?》
リアナが思念波でそう叫ぶが、リジーは聞こえていないので、そのまま続ける。
「遅くても早くてもダメだよ? 冒険者登録は一人ずつ行うことになってるから」
「なんで一人ずつなの?」
「それはね――」
▽
翌朝10時、僕はリジーの部屋の前に来ていた。
――コンコンコンコン――
「はぁい。入って良いよう」
「失礼します」
部屋の中に入ると、正面と左右に長机が一脚づつ置かれており、その奥にはギルドの受付と思われる人達が座っており、各人の前にはネームプレートが置かれていた。
女性が11人・男性が3人と、青髭の生えた筋肉質な女性の計15人。
僕が部屋に入るなり、正面に居た人達は全員が顔を逸らしてしまった。
――なるほど、あの人達は僕との契約はお断りってことね。
リジーから昨日聞いた話によると、
⓵王立学園冒険者ギルドの受付は、普段別の仕事をしている人もいて、学園が休みの日や放課後に冒険者ギルドの受付として働いている。
➁受付は、契約した学生が冒険者として稼いだポイントの1割を給料として受け取ることが出来るが、学生が依頼に失敗すればペナルティがある。
⓷受付側の契約可能人数は、年間1人につき5人まで。
⓸これらの理由から、受付の人達も契約を結ぶ生徒の選別をしている。
右の5人の内3人は真剣な表情で僕を見ているが、1人は興味なさげにアクビをし、最後の1人に至っては、前髪が長すぎて顔すら見えないけど、僕がこの部屋に入った瞬間から頑張って手を振っ――!
左方から弱い殺気を感じて振り向くと、特に美形な男女2人が顔を背け、青髭の女性(?)は、僕に投げキッスをしてきたが、残り2人の男は僕の方を笑顔で見ながら手招きしている。
――どうやらあの2人の男のうち、どちらかが僕に殺気を送り、その反応で僕を試したらしい。けどその様子を見ていたからか、正面を向き直すと、正面の5人うち2人は掌を返したように笑顔で手招きを始めたが、僕としてはもう興味がない。
さっきの殺気が切っ掛けとなったらしく、ここにいる何人かは僕との契約に応じてくれる気になったらしいけど、さてどうしよう?
契約するとしたらやっぱりあの2人か、最初から手を振ってくれていた女の子だよね? 今もずっと手を振ってくれているし、あの子と一度話してみて、ダメならあの2人のどちらかにお願いしよう。
「すいません。あの子と一度話してみてからでも良いですか?」
「選んでんのはお互い様だからな」
「ご自由に」
「ありがとうございます」
僕はその2人に一度頭を下げ、それから手を振ってくれていた女の子のところに行くことにした。
茶色い髪の、おそらくは少し年下の女の子で、前髪が異様に長く、頭頂部付近の両サイドにはボンボンの髪飾り(?)らしきものが付いている。
「き、きき来ちゃいました!」
思っていたよりもずっと可愛らしい声だ。ちょっと顔が見てみたいかも。
「呼んでくれていたんじゃないの?」
「そ、そうなんですけど、去年は1人も来てくれなかったから、来てくれるなんて思ってなかったのです。ありがとうなのです」
「そうなんだ? でもごめんね? まだ君に決めたわけじゃないんだ。」
「はいなのです! 契約を頂けるように頑張るのです」
受付に契約に関するメリット・デメリットがあるように、僕達学生側にもメリット・デメリットが――いや、僕達学生側にこそ、明確なデメリットが存在していた。
「うん。ありがとう。名前は――シャルちゃんって言うんだ? いくつか聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「はい! どんと来いなのです!」
「じゃあまず、受付の仕事は週何日、何時くらいに入れるの?」
「……王立学園の学生さんの授業が終わってから校舎のお掃除をさせていただいているので、平日は放課後早くても夕方6時くらいにしか受付に入れないのです。……でもその代わり、契約して頂けたら毎朝朝一で受付に入ります! 休日も事前に言っていただければいつでも入りますし、当日でも連絡を頂ければ頑張って入ります!」
「良いの?」
「はい! 今年こそは契約を獲得するため、身を切ることにしたのです!」
契約した相手が受付に入ってくれないと、依頼を受注することすら出来ない。ほとんど入ってくれない、又は特定の相手(お得意さん)に合わせて出勤し、それ以外ではほとんど出勤しない。という人もいるため、その確認だ。口約束ではあるけど、声からは決意めいたものが感じられたので、この点に関してもかなりの高印象だ。
「うん。ありがとう。でももし僕が契約したとしても、あまり無理を言う気はないから。あと、さっき『今年こそは』って言ってたけど、今契約者の数ってあまりいなかったりする?」
「……0なのです。だから上級生を紹介して、一緒に依頼を受けてもらう事は出来ないのです」
この学園の周辺には2つの森があり、その内の片方の森の奥には、洞窟型のダンジョンがある。この2つの森と洞窟型のダンジョンには、それぞれモンスターが生息しており、僕達学生は冒険者ギルドの依頼でそこに生息するモンスターを倒すことでポイントを貰うのが基本となる。だが、僕達新入生は当分の間、最も難易度が低く、ポイントが低いモンスターが基本となる、[ゴブリンの森】にしか出入りできない。しかしこれには例外があり、上位の森やダンジョンへの入場許可を得ている生徒と共同で依頼を受注した場合、上位の森やダンジョンへの入場が許可される。それがグループ受注制度だ。
グループ受注制度の受注条件は、受注する生徒が同級生、又は担当受付が同一人物であることが条件となる。つまり、シャルちゃんと契約した場合、上級生と一緒に依頼を受注し、上位の森やダンジョンに連れて行ってもらう。ということが出来なくなる。このような条件が作られたのは、過去にこのルールを悪用し、下級生を連れていく代わり、モンスターの討伐を下級生に押し付けたり、催眠系の魔法を用いて、共同で依頼を受けた下級生に悪戯をしたものがいたためだとか……。
僕達も学園の教師から許可が出れば上位の森やダンジョンに出入りできるようになるらしいが、それがいつになるかはわからない。そのためこれはかなりのマイナスファクターとなる可能性がある。
僕はローラとリアナの分もポイントを稼がなくてはいけない。この子には悪いけど、やはり先ほどの2人のどちらかにした方が良いかも知れない。
「……そうなんだ。ありがとう。じゃあ――」
――ガシッ――
僕が立ち上がろうと机に手を着いた時、シャルちゃんはその両手を机から乗り出すようにしてガッシリ掴んできた。
「ま、待って欲しいのです! あの二人のところに行かれたら、絶対戻ってきてくれないのです!」
「? なんでかな?」
「あの二人は凄腕の元冒険者で、モンスター討伐のアドバイスとかも的確で、私には勝ち目がないのです!」
「……それ、言っちゃってよかったの?」
「はうわッ!?」
ん? 今シャルちゃんのスカートのお尻の部分が、軽く持ち上がったような……。それに頭のボンボンも……。
「はいはぁい。シャルちゃん、わざとじゃないのはわかってるけど、この後ペナルティで二回休みだからね?」
「そんなぁ……」
今度はスカートがゆっくり下りていった。……今のは。
「うわぁ、幼女に対して。……ひっくわぁ」
「リジー! 違うからね!? シャルちゃんってもしかして、獣人だったりする?」
「えっ? ……はい。狼の、獣人です」
そういうとシャルちゃんは、僕の手を放し、頭のボンボンを取って犬耳を見せてくれた。なにこれ? すっごく可愛いんだけど。
「なんで隠してたの?」
シャルちゃんは、ションボリしたような声で俯きながらだったけど答えてくれた。
「……獣人は、あまり好まれないので……」
「そうなんだ。……一つお願いがあるんだけど良いかな?」
「なんでしょうか?」
今も声はションボリしたままだ。
「僕のメイドも犬の獣人で、テイムした魔獣も狼なんだ。二人(?)とも良い子だから、もしよかったら仲良くしてあげてくれないかな?」
「ま、魔獣!? た、食べられたりしないですか!?」
「優しい子だから大丈夫だと思うよ?」
「優しく甘噛みされて、私の骨と仲良く……なんてことはないですか!?」
「はは、大丈夫だよ」
「は、はい。出来るだけ頑張ります」
「じゃあ、契約をお願いしても良い?」
「良いのですか!?」
「うん。その代わり、二人(?)とも仲良くしてあげてね?」
「も、もちろんなのです!」
その後僕達は別室で契約書を取り交わし、本日の『選考会』が終わったら、僕の部屋に呼びに来てもらい、ローラとリアナを紹介することを約束して別れたのだった。