2章最終話 誕生日
一万文字弱とめちゃくちゃ長いです。
概ね子爵位を継げない理由などの細かい話なので、要点は後書きに書いてあります。面倒だと思われた方は、そちらをご覧下さい。
《やっと見えてきたぁ》
「ありがとうリアナ。本当に助かったよ」
「私からもありがとうなのリアナちゃん。行くときは馬車で何日もかかったのに、リアナちゃんの足だとあっという間だったよ」
僕とローラは、リアナの頭を撫でながら、リアナに感謝の言葉を投げかけた。
《当然よ! 私は神獣なんだから》
と、リアナが自慢げな顔でローラには通じない思念波を返しながら、背中に乗っている僕とローラを、走りながら起用に尻尾で撫でてきた。
ヴァーウェンからここまでの、本当に長い道のりを、休憩たったの五回で駆けてくれたのだ。リアナには感謝してもしきれない。
《でも長距離ならやっぱり俺らの方が早えな。お前ここまで何度も休憩してたし》
《仕方ないじゃない! 村をいちいち迂回してたら時間がかかっちゃうから、その都度空を走るしかなかったんだから!》
リアナは隣を一緒に飛んでいるギル達に対し、牙を剥き出しながら思念波でそう返答した。
リアナが言うように、ここに来るまでの間にあった村や町は、基本全て上空に結界を張りながら走ることで、迂回や減速をすることなく、最短距離で走り続けて来てくれたのだ。
走りながら自分の前方数mに、常に結界を張り続ける。その大変さについては、リアナが休憩している時にリリーがしっかり教えてくれた。
「大変な思いをさせちゃってごめんねリアナ?」
《そのくらい良いわよ。それよりそろそろ下りるわよ》
リアナとギルが、辺境伯の屋敷の庭へと降り立ち、僕達がその背から降りようとした時、屋敷の玄関が開き、中からセドリックさんが姿を現した。
「ようこそお出で下さいました。中で主人がお待ちです」
「ありがとうごさいます。そしてお久しぶりです。セドリックさん。兄さんも中に?」
「はい。アウラ様は現在主人とご歓談中ですが、ジェリド様達がご到着次第、お通しするよう承っております」
「お久しぶりですセドリックさん。ところでそれは、私たちも一緒で良いのかしら?」
「お帰りなさいませお嬢様。はい。旦那様にもそのように仰せつかっております。それと、私のことはセドリックと呼び捨てでお願い致します。――特に今は、他家の方もいらっしゃいますので……」
「わかったわセドリック。でもどうしてもあなたを見ると、ね」
リリーは苦笑いをしながらセドリックさんにそう返した。
正直一秒でも早く兄さんに会いたいと思っていたので、この二人の和やかな会話すら少し焦れったく感じたのだが、一人だけ先に入るわけにはいかない。全員揃ってセドリックさんに案内してもらうのが当然の礼儀だ。
そうこうしている内に、レイラを降ろし、融合を解いたギル達も僕らの横にやってきた。
「では、どうぞこちらへとお入り下さい」
セドリックさんが観音開きの大きな玄関ドアを、何故か両側ともに開け放った。
――パチパチパチパチパチパチパチパチ――
『ジェリド(様)。お誕生日おめでとう(ございます)!』
「………………へっ?」
開かれたドアの先にある玄関ホールには、百人近い人が『おめでとう』という言葉とともに、笑顔で手を叩きながら立っていた。
ホールの何か所かには長テーブルが設置されており、中央には細い棒状の何かが突き刺さった大きなケーキまで置いてある。そしてそのケーキの後ろには辺境伯と父さんの、ケーキの横には笑顔で立つ兄さんの姿があった。
「ジェリド。誕生日おめでとう」
「ジェリドさん。おめでとうございます」
リリーとレイラは、僕の正面に回り込み、笑顔で僕を祝福し
《おめでとうジェリド》
リアナは僕の右肩に飛び乗り、甘えるようにほっぺを擦り合わせながら思念波で
――バンッ、バンッ――
「にしても小っちぇよなぁ、これで17かよ?」
《ちゃんと飯食ってんのか? 目の前のケーキの方がデケェんじゃねーか?》
ギルとライは僕を軽く叩き、笑顔で悪口を言ってきた。
「えっ? えっ? えぇっ!?」
「……誕生日?」
どうやらこの状況をよく分かっていないのは、僕とローラだけらしい。そんな僕の下に兄さんは、笑顔で近づきながら話しかけてきた。
「やぁジェリド。誕生日おめでとう。少しは驚いてくれたかな?」
「……兄さん。これはいったい……?」
皆に言われて自分が誕生日だということは思い出した。だが、それがこの光景とどう繋がるのか? それが全くわからない。
誕生日というのは両親、主に母親に『自分を生んでくれてありがとう』と、感謝をするべき日ではある。しかし僕の両親はすでに死んでいる。つまり僕にとっては、ただ一つ年を重ねたという日でしかない。
そんなことを考えていると、僕の目の前まで歩いてきた兄さんが僕を抱き、僕の耳元で皆に聞こえないように、その答えを教えてくれた。
「僕の前世では、誕生日っていうのはその日を迎えた人を祝うものなんだ。君には何度かサプライズを仕掛けられてきたからね。ここら辺で返しておこうと思ってね」
兄さんに嵌められたことが、ほんの少し悔しくて、そして呼ぶのに使った口実のあまりの酷さに、本当はそれなりに嬉しかったけど、僕からは抱き返すようなことはせず、怒った顔と声を作って抗議した。
「……本当に驚きましたよ。それに呼び出す口実が酷すぎます」
兄さんが笑顔で僕から手を放し、肩抱きの体勢になって奥にあるケーキを指差しながらこう言った。
「ははっ、ごめんごめん。じゃあそろそろパーティーを始めようか? 誕生パーティーは主役がケーキに刺した蝋燭の火を消すのが開始の合図だって皆には言ってあるから、それが終わるまで皆は待ちぼうけだよ? 辺境伯と父さんにあいさつして、さっさと消してあげなよ?」
いつの間にかケーキに刺さっていた数ミリ程の太さの棒には火が灯っていた。普通の蝋燭は直径2~5㎝程の太さなので、火が灯って初めて蝋燭であることに気付いた。
「……わかりました」
僕は兄さんに連れられ、ケーキを挟んで辺境伯達の前まで行き、辺境伯に一礼する。
「ジェリド、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。キルヒアイゼン辺境伯」
「おめでとうジェリド」
「ありがとうございます。ブラッドリー子爵」
「突然呼びつけてすまない。アウラ君がサプライズを行いたいという事だったので、乗らせてもらったよ。どうだね? サプライズを受けた感想は?」
「いきなりのことで多少混乱しておりますが、このような場を私などの為に用意して頂き、とても嬉しいです。リリーお嬢様やギルバートさん達も、全員グルだったのでしょうか?」
「あぁ、君が受け取った私からの手紙は、君達がこの屋敷を出た二日後に、私がリリー宛に出したレターケースに同封した手紙だ。レターケースにはリリー宛に2通と、君宛に1通の計3通の手紙を同封し、一番上に入れたリリー宛の1通に、今日の筋書きを書いておいたんだ」
「……なるほど、そういうことでしたか」
どうやら僕が辺境伯の手紙を受け取ってからのあの一連の流れは、兄さんと辺境伯の筋書き通りだったらしい。ということは、ローラだけが知らなかったのは、おそらくはローラの演技力の問題か。リアナでさえこのサプライズを知っていたのに……。
「入学試験はどうだった?」
「はい。無事、合格いたしました。今後もお二人の顔に泥を塗ることのないよう、励みたいと思います」
「ハハハ、大丈夫。元々そんな心配していないよ。それに推薦に関しても打算あってのことだ。君は卒業時、爵位を得ているかもしれないからね。本当はもっと色々と話したいところだが、これ以上待たせるのは皆に悪い。そろそろパーティーを始めようじゃないか?」
「わかりました」
僕が辺境伯と父さんに一礼し、蝋燭の火を消したことを合図とし、僕の誕生パーティーが始まった。
ローラはリアナを肩に乗せ、化粧をし、綺麗なドレスをその身に纏い、綺麗な赤い宝石のはまったチョーカーを付けたソシアさんと、楽しそうに話している。リアナは今まで宝石に興味を示したことはなかったんだけど、そのチョウカーには興味を示していた。もしかするとチョーカーに興味があるのかもしれない。リアナが付けたら首輪にしか見えないと思うんだけど、欲しがるようなら今度作ってあげても良いかもしれない。
リリーとレイラはエリシアちゃんと談笑し、ギルはあからさまに緊張しながらも、そのすぐ横で、ライの思念波による援護を受けながら、アリシアちゃんと話していた。そして僕は、兄さんに誘われ、僕が昔このお屋敷で使わせて頂いていた部屋へと来ていた。
「へぇ、ここが昔ジェリドが使っていた部屋なんだ?」
「はい。とは言っても、僕が覚えている限りではまだ2回しか使ったことがないんですけどね」
「使用人の子供に一人部屋。君はよっぽど愛されていたんだね?」
「……かもしれません。ですがそれよりも今は、そろそろここに連れてきた理由を聞かせてもらっても? 兄さんが勝手に辺境伯の屋敷を歩き回るとは思えません。辺境伯に前もって許可を取っての行動ですよね? 2人っきりで話すために」
「あぁ。君なら当然気付くよね?」
「……あの手紙は、嘘だったんですよね?」
「あえて伏せた部分はあるけど、あの手紙自体に嘘はないよ。子爵位の継承は却下されたし、しばらくの間僕はブラッドリー領を離れることになった」
「……わざわざ二人になったということは、理由を教えてくれるんですよね? 兄さん」
「あぁ、先日王国からの使者が来て色々言われたんだけど、まずは父さんの話からいこうか。実は父さん、近日中に伯爵になるらしいんだ」
「はいっ?」
兄さんはこの部屋の入り口付近に置かれていた燭台を手に取り、それを眺めながら話し始めた。
「ここにもあるブラッドリー領産の燭台だけど、基本的には薄利多売で販売してきたことは知っているよね?」
「はい」
「他にも、辺境伯の販売ルートやお名前をお借りしたこともあって、試算していたよりも売れ行きが好調で、今では入荷半年待ちの人気商品になっているんだ。そのおかげで昨年度のブラッドリー領の税収は、侯爵領未満の領地の中では、キルヒアイゼン辺境伯領に次ぐ第二位だったんだ。それで他の領地でも燭台の生産を行ってみてはどうか? という案が貴族会で出ていたらしいんだけど、その時辺境伯が。
『工場を我々以外の者の領地に作り、我々と競いたいというのであれば、それはそれで構わない。だがそうなると、薄利多売でやってきた我々の取り分が減ってしまうことになる。独占していたからこそあの値段でやってきたが、ライバルが現れるというのであれば、魔石の市場価格を釣り上げ、我々の燭台の値段も多少上げることにするが、それでもよろしいか?』
って言ったらしく、そのせいというかお陰で、工場を作りたいと言っていた貴族達全員が下りちゃったらしいんだ。王国の使者から実際に聞いた話だと、燭台に使われる魔石の国内での採掘権の過半数は、すでに辺境伯が押さえているらしく、派閥の人が所有する分を入れれば、8割を超えているらしいんだ」
やり手とは聞いていたけど、そこまでとは――。
商売人としての先見の明や、思い切りの良さも凄まじい。
「そんなわけで、ブラッドリー領に新たに工場を増設し、生産個数を増やして来年か再来年には国内での安定供給が可能な体制を整え、将来的には燭台の輸出も始めるように。っていう王命を頂いたんだ。そしてこれまでの功績と、これからの輸出分に関する王国側が提示してきた条件をのむこと。これを条件に、ブラッドリー領が伯爵領に昇格することが認められたんだ」
「……つまり、父さんが伯爵位を得ることになったから兄さんが継ぐことになる爵位が子爵位から伯爵位になった。だから子爵位の継承は出来なくなり、伯爵位を継承する。という事ですか?」
「あぁ、その認識で概ね正解だ」
「なら兄さんがブラッドリー領を離れる。というのはなぜですか?」
兄さんは僕の横を通ってベッドに腰を掛けると、自らの右隣りをポン、ポンと叩きながら、「長くなると思うし、いい加減座って話さない?」と言って、僕に隣に座るように促してから話をつづけた。
「一番は水門を作ったからだね。この付近を流れる川は、山から近いこともあってか、台風なんかが来ると一気に流量が増してしまう。氾濫してしまうことも少なくなく、今まで多くの犠牲者を出してきたんだ」
ソシアさんのお母さんも、確か川の氾濫が原因で亡くなったはずだ。
「だから僕は土手の高さを上げ、水門と支流をいくつか作ることで、川が氾濫しにくくしようと考えた。でもそれをするには人手も物資もまるで足りなかったし、大規模な工事を行う際には国に工事の目的や内容の説明を行い、調査を受けた上で承認を得る必要もあった」
それは……当然か。貴族というのは国にその地を治めるよう任命されたものだから、なんでも好き勝手にできるわけじゃないし、大規模な工事には3割から4割の補助金が出るはずだ。
「でもうちはまだ爵位を得てからそれほど時の経っていない子爵家であり、上位の爵位を持つ家や、古い家からの調査が優先されることになり、調査すらいつになるかがわからない。調査が終わっても、それから承認が下りるまでにどれだけの時間がかかるかもわからない。でもそうしている間に台風が来れば犠牲者が出る。だから僕はこの世界にはまだない前世の知識を使った計画書Aと、今あるこの世界の知識で作れる計画書Bの二つを提出し、ゴールドマン大公にも同じものを送ったんだ。そしてその返事がこれ」
兄さんは胸元から2通の手紙を取り出し、そのうちの1通を僕に手渡す。
その手紙の差出人は、ラルフ=ゴールドマン。あて名はアウラ=ブラッドリーとなっている。ゴールドマン大公から兄さんへの手紙だ。
「僕が読んでも?」
「あぁ、そのために出したんだ」
『君が爵位継承前であり、元教え子ということで、礼儀を排して書かせていただく。
久しぶりだなアウラ=ブラッドリー。
君の開発した燭台は値段も手ごろで性能もよく、実際に私も愛用させてもらっている。教え子の成功を嬉しく思う。技術的な面で私は君に教えたことはなにもなかったが、今後の運営に関しては、私が教えたことが役に立ってくれればと思っている。
今回の君の計画書Aの方だが、初めて見る計算や術理が多数見られたため、私では成功するのかどうかもわからない。
だが図解で書かれていたギヤ減速機なるもの等、いくつか非常に興味をそそられるものがあったので私としても検証してみたいと思う。
概ね計画書Aの通りに出来るというのであれば、費用に関しても私が負担し、今後の王国の技術発展のためのテストケースとして、調査などを優先的に行わせても良い。だがその代わり、その技術と理論は後々提供してもらう。失敗した場合や、私が認められない程の大幅な変更を行った場合、かかった費用は全額ブラッドリー領で負担し、翌年から最低5年間、アウラ=ブラッドリーは王立学園で常勤講師を務めてもいたい。計画書Bの方で工事を行う場合、私はこの件に関与する気はない。どちらにするか、同封したレターケースに返事を書いた手紙を書いて送ってくれ。
ラルフ=ゴールドマン』
「……すごいですね! 大公と手紙のやり取りをしていたなんて」
「ゴールドマン大公は王立学園で教鞭も振るっていて、ゴールドマン大公が優秀と認めた生徒には、ゴールドマン大公の下まで届く紋章付きのレターケースをくれるんだ。僕の在学中には他に2人、同じ物をもらった生徒がいたし、きっと君ももらえるんじゃないかな?」
……在学中に合計3人しかもらっていないということは、かなり少ないと思うんだけど。まぁそれは一旦置いておくとして。
「つまり兄さんは、その時計画書Aの方を選んでいて、これからその技術と理論の提供をしに行く。ということですか?」
「そういうこと」
なんだ、焦って損した。……あれでも、それなら兄さんは四か月後の長期休暇の時には家にいるはずじゃ……?
「兄さん、それはどの程度の期間かかる予定なんですか? それともそれ以外にも何かあるんですか?」
「うん。まず期間は一応3年ってことになってる」
「……長くないですか?」
兄さんはからかうような顔でこんなことを言いだした。
「うん。まぁ長いね。さっき僕に『伯爵位を継承するのか?』と聞き、僕は『概ね正解』だと答えたよね? 正確には、僕が頂くのは辺境伯位。ということになったんだ」
「はい?」
流石にここまでくると、色々ありすぎて頭が混乱してきた。
というかこれ、僕の反応を見て楽しんでないかな? 兄さんならもっとわかりやすく話そうと思えば話せたはずなのに、わざと情報を纏めず、小出しに出している節がある。
「そんな目で見なくても大丈夫だよ。これが本当に最後だから」
顔に出ていたらしい。
「うちは海までの開拓を命じられていたんだけど、昔からこの辺りに住んでいた人達が『これ以上海側に開拓していけば、神の怒りに触れる』って言いだして、実際に獣の数なんかも一気に増えたこともあり、開拓が止まっていたんだ。でも君がうちに来てからその神様までうちに来て、開拓の許可までもらえたから、再開拓を始めることになったんだ。
そんなときにゴールドマン大公から『うちに来て技術講師を数年で良いからしてくれないか?』っていう趣旨の手紙が来て、その手紙の中に『条件として望むものがあれば書いてみろ』って書かれていたから、『海までの開拓が完了した暁には、ブラッドリー家が利用可能な貿易港を持たせて頂けるよう、お口添え頂けないでしょうか?』ってダメもとで書いてみたんだけど……使者の方が言うには、どうやらそれが認められ、それどころか開拓が完了すればそのままそこを領地として頂けることになったんだ」
「……そんな無茶苦茶な」
「さすがに僕もそう思ったよ。なぜそんな無茶が通ったのかというと、理由は3つ。
1つ目が塩の問題。
オルデリート公爵はわかるよね? かの公爵と辺境伯――キルヒアイゼン公爵は、サンガレット帝国との戦争反対派として同盟を結んでいて、ゴールドマン大公も同盟こそ結んでいないものの、協力して色々な物を独占することで推進派を止めて来たんだ。その中でも特に重要なものの1つが塩で、これを推進派に握られると、本当に戦争が起きてしまうかもしれない。
だからキルヒアイゼン公爵の派閥であるブラッドリー家を介して、キルヒアイゼン公爵が海で取れるであろう塩の管理を行う事で、戦争推進派の抑止力になり続けるため。
2つ目が戦力の問題。
今まで海からの他国の侵攻を受けた記録は1度もない。でもこれは今まで侵攻がなかったというわけではなく、フェンリルが上陸してきた船を片っ端から沈没させてきてたからなんだ。そのお陰で海からの他国の侵攻がなかったんだけど、そこに街ができ、港が出来ればそこから攻めてこようとするものが現れるかもしれない。
そんな時に戦力がなければ困ることになる。でも辺境伯は『私の派閥の者の為ならば多少の無理をしてでも援護は惜しまないが、サンガレット帝国が同時に侵攻してこないとは限らない中、そうでない者の為に自らの領地を危険にさらしてまで助けに行くつもりはなく、そうなった場合ブラッドリーにも私の援護を頼む可能性があるので、ブラッドリーがそちらを助けに行くのも止めるかもしれない」って前々から言ってくれていたみたいなんだ。
貴族が持てる兵力の上限は、その領地の爵位によって制限がかけられているから、元々海に面した段階で、辺境伯位が必要だったらしいんだ。
3つ目が税収。
通行税は領主間で支払われるものであり、国に入るものではない。だから全部をブラッドリー領にすれば、その分の通行税は無くなる。だからその分、新しく始まる海洋貿易にかける税の金額を上げ、税収を増やすため。
この3つが主な理由だったみたいで、辺境伯はリアナのことを知った後、君が爵位を得れば、君の領地にしようと裏で根回ししていたらしく、それが無駄になったと笑っていたけどね」
「つまり最初から与えることを考えられていた条件に兄さんが飛びつき、することになった。と」
「そういうことだね」
そしてこの時、唐突にドアがノックされた。
コンコンコンコン
このノックが僕と兄さん、どちらに対する客人なのかはわからなかったが、目下の者が返事をするべきだと思い、兄さんに呼び入れても良いかどうかを目で確認すると、兄さんはニヤリと笑って頷いた。
はぁ、まだ何かがあるらしい。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは肩にリアナを乗せたローラだ。だがどこかいつも以上に落ち着きがなく、兄さんと僕を見ながらわちゃわちゃしている。
「どうしたのローラ?」
「えっと、あのね……」
「デザインの使用に関する話だよね? 僕は辺境伯からもう聞いているから気にせず話しくれても良いよ? 僕は辺境伯からもう聞いてるから」
兄さんがそう言うと、ローラはようやく話し始めてくれた。
ローラの説明とリアナや兄さんの捕捉を纏めると、どうやら辺境伯は前々から獣人用女性服ブランドを立ち上げる準備をしていたらしい。しかしそれなりに裕福な人間の女性は、肌の露出が多い服は破廉恥だと感じる傾向にあり、獣人は男女共に肌の露出の多い、ラフな服装を好む傾向があった。
獣人の女性が好む服をデザインすれば、辺境伯のデザインは破廉恥だという印象を与えることになるかもしれないと悩んでいた。
そんな時、僕らが辺境伯の屋敷を訪れ、ローラのお父さんであるローレンさんが書いたデザイン画を目にし、これだと思ったらしい。
そして辺境伯はそのデザインを多少手直しし、獣人の女性向けブランドを立ち上げることを決心した。
それにともない、デザイン使用の許可と使用料について相談され、金貨百枚と以後辺境伯が所有するブランドでの買い物は、学園卒業後毎年金貨5枚まではタダ。というのはどうかと言われたらしい。
しかも獣人の女性用ブランド名は、現在のところ[ローライズ]が第一候補らしく、どうして良いかわからず僕に相談してくると言って、リアナに案内をお願いし、ここまで来たらしい。
「どうしよう?」
「どうしようって言われても、デザインの使用については断りたいの?」
「実際にそのデザインで作ってくれた服を見せてくれたんだけど、とっても可愛かったし、お父さんが考えたデザインが元になったお店が出来るなんて、とっても嬉しいんだけど、そんな大金なんて怖くてもらえないの」
「ならお金だけ辞退してデザインは使ってもらえば良いんじゃないかな?」
「でも断ろうとしても使用料は払わせてくれって言われて……」
「行ってきてあげなよ? 僕の話は終わったし、辺境伯を待たせるのは悪いよ。僕もそろそろ失礼するね」
「待ってください兄さん。それで赴任先はどこなんですか?」
兄さんは笑顔で答える。
「王立学園だよ。これからよろしく」
父さんが燭台の功績で伯爵になる。
兄さんは前世の知識で水門を作っており、その時にその知識の一部提供をゴールドマン大公に約束していた。
ゴールドマン大公や辺境伯、その他貴族の思惑が一致しており、海までの開拓が完了した暁には、そこもブラッドリー領とされることが、内々で話されていた。
海まで開拓した場合、海からの外敵の侵攻が懸念されるため、兄さんが爵位を継承するタイミング(遅くとも海まで開拓完了した段階)で辺境伯位を得ることが内定した。
兄さんはゴールドマン大公からの要請で、数年間王立学園で講師をする事となった。
ローラのお父さんのデザインが、辺境伯の目にとまり、それを元にしたブランドを立ち上げるため、辺境伯がローラに交渉を行ってきた。
ブランド名は【ローライズ】を予定。