番外編 幼きソシアの決心 後編
おじさまに直接聞きに行ったところ、ステラって子とアウルの婚約は、どうやらおじさまとレッドリバー卿の学生時代、自分たちの子供が結婚したら面白いなと話したことがあっただけで、実際にはちゃんとした婚約の話なんてしたことはなかったらしい。
おじさまは、なぜそんな話がメイドの間で流れていたのかもよくわからないと言って笑っていた。それでも不安を覚えた私は、もしステラって子がアウラのことを気に入って、無理やり婚約を進めようとした場合、おじさまはそれをちゃんと止めてくれるのか? とおじさまに聞いた。
おじさまよりもレッドリバー卿の方が位が上の貴族らしいので、ステラって子がアウラを気に入り、レッドリバー卿が強引に婚約を進めようとした場合、おじさまはそれを止められるのか? そして止めてくれるのかが気になったからだ。
するとおじさまは、迷うことなくいつもどうりの自身に満ち溢れた表情で『アウルが二人の感情を無視して無理強いしてくることは絶対にない。そして仮にアウルとステラ嬢が乗り気だったとしても、アウラが心からそれを望まない限り、私はそれを認めない』と断言してくれた。
私はその言葉を聞いてひとまずの安心を覚え、おじさまにもう一つのお願いをすることにした。そのお願いというのはもちろん王立学園に入学させてもらう事だ。
王立学園を卒業すれば貴族になれる。そうすればアウラと胸を張って結婚できる。そう思ってのお願いだったのに、おじさまは困ったような顔をしながら難しいと言った。なぜ難しいのかをおじさまに訪ねると、おじさまは王立学園について詳しく教えてくれた。
王立学園に入学しても、私みたいな平民から貴族になれるのは数百人に一人くらいらしく、そもそも入学するのには貴族二人の推薦がいるらしい。
おじさまは私の頑張りしだいでは推薦してもいいと言ってくれたけど、もう一人別の貴族にも私の実力を認めてもらい、推薦者となってもらわなければいけないとも教えてくれた。
私はその両方をクリアする方法はないかとおじさまに尋ねてみたところ、もし本気で貴族を目指すというのなら、アウル様。つまりは恋敵になるかもしれないステラって子の家である、レッドリバー家で修業してみてはどうかと提案された。
四大公爵家と言われるレッドリバー家で修業し、アウル様に認められるぐらいに強くなれれば、貴族になるのも夢ではないだろうという理由からだった。しかし私は、恋敵になるかもしれないステラって子の家で修業し、ステラって子に負い目を感じるのが嫌だった。
そこで私は、四大公爵家での修行というのなら、ストラーダ家で修業させてはもらえないかとおじさまに提案してみたところ、なぜレッドリバー家ではなくストラーダ家で修業したいのか? と聞かれた。
正直なところ、この時ストラーダ家を希望したのはレッドリバー家が嫌だっただけで、それ以外の理由は特になく、単なる消去法だった。
ブラッドリー領から最も近い位置にある四大公爵家はドラゴニール家だが、ドラゴニール家はキルヒアイゼン家以外との交流がほぼ皆無。
ブラックスミス家はテトラ王国の北方を守る家なのに対し、ブラッドリー家はテトラ王国の南端にある家。単純に距離が遠すぎるし、交流もないということは、アウラと一緒にアウラの家庭教師から習っていた。
単純に最後に残っていたのがストラーダ家というだけだ。
私はおじさまの質問に答えるため、ストラーダ家がどういう家だったかを考え、結界や治癒魔法に特化した家だということを思い出し、とっさに『みんなを熊とか狼から守りたい。もし襲われて怪我をした人がいても、治してあげたいから』と答えた。
するとおじさまは、愕然としたような表情で私をしばらく見つめると、その後短く『わかった』と答えながら目じりを押さえていた。
そのおおよそ二週間後、おじさまのもとにストラーダ家から手紙が届いた。
手紙には、ストラーダ家当主のアルベド様が、しばらくの間、日曜日なら家にいるので日曜日に着くように来い。と書かれていたらしく、おじさまに『いつごろ出立するかはソシアに任せる。日曜日に着くように馬車を手配しよう。道中の安全については、御者をラムサスにするつもりだから安心してくれ』と言われ、私が最も早く着けるようにとお願いした結果、翌日出発することが決まった。
私はその後、家に帰って出立の準備をしていると、ノックもなしに突然玄関が開けられ、アウラが泣きながら入ってきた。
私がどうしたのかと尋ねると、アウラに『僕がずっと返事をしなかったから行っちゃうの?』と逆に聞かれた。
ある意味そうなので、そうだと答えると、アウラがなぜ今まで私の告白を断り続けていたのかを教えてくれた。
アウラにはおじさまのような武術の才能はなく、なにをしてもだいたい人並み程度には出来るが、突出したものが何もなく、おじさまや領民に認められていないという。
私としてはそんなことはないと思うのだが、本人が頑なに認めないので、きっとそうなのだろう。だからアウラは、皆やおじさまに認められ、一人前になってから……おじさまの後継者と認められてから私に求婚しようとしていたのだと明かしてくれた。
つまり、身分の違いやステラという子の存在などは関係なく、ただ男として一人前になってから私と婚約したかった。
ということらしい。そしてアウラは私に、だからこのブラッドリー領に残ってくれと続けた。自分は必ずみんなに認めてもらえる男になってみせるからと、そしてその後必ず私に告白するから。と。
その話を聞き、私はなおのこと出立の決心を固め、アウラの願いを断った。
アウラが一人前の男になり、私を迎えてくれるというのなら、私もアウラにふさわしい女になり、ともにブラッドリー領を支えたいと思ったから。
そのために今からストラーダ家に修業に行き、そのための力を手に入れ、さらに貴族になって誰からも文句を言わせなくしてやるんだ。
アウラにそのことを伝えると、アウラはそれでも嫌だと言った。
私がどこかでアウラ以上の男を見つけ、二度と帰ってこないのでは? と言いながら。
私は正直、見縊るな! と思いながらアウラを抱きしめ囁いた。
500回以上振られ続けても告白し続けるのが、どれほど辛いことだと思うのか? そしてそれほど好きになった相手以上に好きになれる相手が出てくるほど私が惚れやすい性格だと思うのか! と。
アウラはものすごく微妙な表情を浮かべながら『ごめんなさい』と言ったが、まだ私が本当に帰ってくるのか半信半疑と言った感じだったので、私はアウラに私の一番大事な宝物を渡してこう言った。
「私が帰ってくるまでこれを貸してあげる。一番大事なものなんだから、傷一つでも付けたら責任取ってもらうんだからね?」
私がアウラに渡したのは、アウラに助けてもらってからネックレスにして、沐浴の時でさえ常に身に着け続けてきた形見の原石。
アウラは私がこれをどれだけ大事にしているのかを知っている。だからこそ渡したんだ。私が絶対に帰ってくると信じさせるために。
アウラは私の宝物を受け取ると、『もしソシアちゃんが僕以外に彼氏を作ったり、僕の下に帰ってこなかったら、この宝石砕いちゃうよ?』と、恐ろしいことを口にしたが、在りえないことなのでとりあえず良いよと答えた。するとアウラは、『ここで待ってて』と言って、私の家から飛び出していった。
アウラが飛び出して行ってから数十分後、アウラはようやく私の家に戻ってきて、私にオルゴールを手渡した。
不格好で左右の木のサイズも違う、見るからに素人づくりのオルゴール。
素人づくりなのは当然だ。これはアウラのお母さんが、アウラがお腹の中にいるときに作ったという形見のオルゴールなのだから。
アウラは『これが僕の一番大事なもの。僕もソシアちゃん以外と付き合ったりしないし、婚約もしない。もし約束を破ったら壊していいよ。だから絶対に返してね?』と言いながら抱きしめてくれた。
その日はそのままアウラと一緒に私の家で別れを惜しみ、馬の鳴き声で目が覚めた時には朝になっていた。
私とアウラが用意を済ませ、玄関を開けて外に出ると、外には一台の馬車がとまっており、ラムサスさんが私とアウラを出迎えた。
私たちはラムサスさんに勧められるまま馬車に乗り、アウラの家へと向かった。
そしてアウラの家でおじさまやアウラ、レイラたちとの最後の別れを済ませ、もう一度馬車に乗り込んだ。
必ずここへ戻ってくると心に誓い、ラムサスさんが御者を務める馬車でストラーダ本宅のある、ストラーダ公爵領へと旅立った。
別れの寂しさはあるけれど、それ以上に私の心は希望に満ちていた。
私は、アウラのオルゴールを抱きしめながらこう思う。
これからきっと、長くて辛い修業の日々を送ることになる。くじけそうになることもあるだろう。でも私はきっとどんな辛い修業にも耐えられる。
だって私の存在意義は、もう生きる目的と理由だけじゃない。
その後にできた私の願いは、私とアウラの約束になったのだから。