番外編 幼きソシアの決心 前編
私の名前はソシア。8歳。
私のお母さんは、1年前におきた川の氾濫の時、天国って言うところにお引っ越ししちゃったらしく、それから会えなくなった。
とっても悲しくてたくさん泣いたけど、あの時の私は立ち直ることが出来た。だってあの時私のそばには、とっても優しくてとっても大好きなお父さんがいてくれたから。
お父さんはあの時、悲しいけど私がいるから大丈夫。私のために頑張るよ。って言いながら私を抱きしめてくれた。
私に大事な人が出来るまで、お互いを生きる目的にして生きていこうって言ってくれた。だから私は、大好きなお父さんの為に頑張ることにした。
お母さんの代わりにお料理作ってお洗濯して、ちょっぴりお父さんに甘えて。でも昨日、その大好きなお父さんも、熊さんに襲われて死んじゃった。
村のみんなとお父さんを森の中に埋めた後、村長さんが『お父さんは天国にお引っ越ししちゃったけど、しばらくの間君の面倒は私が見てあげるよ』って私に言ってきた。
天国へのお引っ越しっていうのは、どうやら死ぬことをさすらしい。なら、死んだらまた大好きなお父さんとお母さんに会えるのかな? それなら死んでみるのも良いかも知れない。だってもう、生きる意味も目的もわからない。それに二人の所にいけば、きっとまた幸せに暮らせるはずだから。
私は、私の家に唯一ある、大きくて綺麗な石を持ち出した。
お父さんがお母さんに、自分で加工してこっそりプレゼントするために、私と一緒に街まで買いに行った宝石の原石。
お母さんに渡す前に、お母さんがお引越ししちゃったから結局渡せなくなっちゃったって、お父さんが悲しそうにしてたけど、私が二人のところに持って行けば、きっと二人は喜んでくれるよね?
私はその石を持って川に向かい、両手両足とその石を纏めてロープで縛って川に飛び込んだ。
これできっと、大好きなお父さんとお母さんにまた会える。
▽
目を覚ますと、私は何故かキスをされていた。
私にキスをしていたのはとっても綺麗な女の子。この子は私が起きると、いきなり私の頬を引っ叩いて怒り始めた。
どうやらこの子は、私が自分を縛って川に飛び込む所を見ていたらしく、『なぜそんなことをしたのか』と尋ねてきた。だから私は全てを話した。
私の話を最後まで無言で聞いていたこの子は、私の話が終わるとこう言った。
「天国っていうのは、一生懸命最後まで生きようとした人が行くところだ。君みたいに命を投げ出す人が行くのは、もっと恐い別の所だ。だから君がわざと死んだとしたら、君はご両親には絶対に会えない。死んだご両親が悲しむだけだ。だからバカなことはしないで」
と言って、この子は私を抱き締めた。
でももう私には生きる目的は無くなったし、生きる意味もよくわからない。それをこの子に打ち明けると、この子は私の目を見てこう言った。
「生きる意味がないと思うなら、僕が君の生きる意味になってあげる。僕はアウラ=ブラッドリー。僕はこのブラッドリー男爵領のために。君達の幸せの為に生きると決めているんだ。だから君は、僕のために生きてよ?」
私はこの時こう思った。
――この子、男だったんだ――
そしてこの時、私に生きる目的と意味が新たに出来た。
その日から私は、アウラの住む屋敷を毎日尋ねるようになった。そしていつからか私は、アウラのことをお父さんが言っていた意味での好きになっていたことに気付き、それから毎日のようにアウラに告白した。
そう、毎日だ。つまりアウラからは、一度も良い返事をもらえていなかったのだ。
アウラの答えはいつも「今はまだ受けられない」の一点張りだった。
もしかすると、私はアウラに好かれていないのかも知れない。そう思いアウラに聞くと、アウラはいつも「ソシアちゃんのことは大好きだよ? 将来的には結婚したいとも思ってる。でも今はまだソシアちゃんの気持ちに答えられないんだ。ゴメンね?」と答えてくれた。
ある日のアウラの部屋からの帰り道、私は『今は受けられない』の意味を考えながら屋敷の廊下を歩いていた。すると、たまたま廊下の角を曲がった先からメイド達の話す声が聞こえてきた。しかもそれは、どうやら私とアウラについて話しているようだったので、そのまま聞いてみることにした。
「あの子、今日もまた告白したみたいよ?」
「あの子も飽きないわねぇ。でもアウラ様も絶対あの子のこと好きよね? なんで受けないのかしら?」
「さぁ? 身分の差を気にしているとか?」
「それはアウラ様らしくないと思うわよ? あ、そうだ。身分と言えばレッドリバー家当主のアウル様が、娘のステラ様をアウラ様と婚約させて婿入りさせようとしているらしいわよ? 来週アウル様がここに来るのも、それが関係してるんじゃないかしら?」
「それこそ身分の差が有りすぎない?」
「同じ貴族どうしならよくある事よ。公爵であるアルバート様の下へ嫁いだ奥方様も、男爵家の次女のはずよ? 貴族と平民が結婚して、平民が正妻になるよりは現実的じゃないかしら?」
「貴族どうしはともかく、貴族と平民が結婚して平民が正妻になるって言うのはあまり聞かないわよね?」
「やっぱり血を気にする貴族も多いし、体裁としてはあまり良くないのかしら?」
「そうかもしれないわね」
メイド達はそのまま歩いて行ったけど、私はあまりの衝撃にその場に膝をつき、歩くどころかしばらく立ち上がることすら出来なかった。
アウラが私と婚約してくれないのは、私が貴族じゃないから? でもそれだと『今はまだ』の理由がわからない。レッドリバー家のステラって子が原因?
……公爵家の娘と婚約するのに、その前に他人と婚約していたら体裁が悪いから?
――あり得るかもしれない――
親同士の決めた婚約で、その婚約がブラッドリー領の為になるのなら、ブラッドリー領のみんなのために頑張ろうとしているアウラは、その婚約を受けるかも知れない。ということは、そのステラという人のことがあるから『今はまだ受けられない』ってこと?
もし仮に、アウラがステラという人と婚約した場合、ステラという人が許してくれれば、私はよくて第2婦人? 許さなかったらそもそも結婚すらできないの?
嫌だ! そんなのは嫌だ! でもならどうしたらいいの? まずはステラって人との婚約を止めないと! でもどうやって? アウラは将来的に私と結婚したいと言ってくれた。それをおじさんに伝えて婚約をやめさせる? でもそれだけでやめてくれるの? 貴族と平民の結婚は体裁が良くないって言っていた。……なら私も貴族になれば良いのかな?
……おじさまは王立学園を卒業して貴族になったって聞いた。
なら私もそれを真似れば良いんだ。大変だろうけど根性はあるつもりだ。2年も毎日のように振られ続けても告白し続けてきただもん! 根性だけは誰にも負けない! もう告白した回数は500回を超えているんだから!
……ちょっと悲しくなってきた。
兎に角今は出来ることをするしか無い。
おじさんに直談判して婚約を止めて、私は貴族になる!