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第25話 実戦試験11

先週の頭くらいから、5年近く連れ添ったデスクトップのマウスがどうやっても反応しない……

 僕は僕の顔を殴ったステラさんの手首を掴み、痛みをこらえて笑顔を作るとこう言った。


「これって確か、瞬歩だよね?」

「……」


 ――ドガッ!――


「ゴフッ!?」


 捕まえたステラさんの手を捻ってこかそうとしたが、その前に顎へのショートアッパーを受けてしまい、たまらず手を放してしまった。

 ステラさんはその隙に後方へと跳び、五メートルほど距離をとる。


「よく知ってたね? ブラッドリー子爵に教えてもらったの?」

「違うよ。なぜ知っていたのかは僕にもわからないけど、なんとなくわかった」

「あんたなに言ってんの? 意味分かんない。でも瞬歩を知ってただけじゃ意味ないよ? 対処できないなら知らないのと同じ」


 ――ドンッ! ズザザ――


 ステラさんがまた瞬歩で今度は僕の顔面を殴りに来たが、僕はその瞬間後ろに跳びながらそれを両手でガードした。

 顔面をガードしたのは、なんとなく殴られる直前顔面に来る気がしたからだ。


「……あんた今、後ろに跳んだよね? 見えたの?」

「まだ見えてないよ。でも瞬歩のことは思い出したし、殴られる直前に顔に来るのも何となくわかったから、もうさっきまでみたいに一方的にはいかないよ?」

「瞬歩とわかったからと言ってなんになるの? たまたま技の名前を知ってただけで、何か変わると思ってんの?」

「どうだろ? わかっていても躱しにくい技――」


 ――ズザザザザー――


 ステラさんが瞬歩を使うと思った瞬間、僕は剣による突きと下段蹴りを同時に繰り出した。するとステラさんは案の定僕の視界から消えており、左後方10メートル程の位置にいた。どうやらステラさんは瞬歩を使った直後、僕の剣と蹴りをスライディングで躱したらしい。でもこんな方法での瞬歩対策では、ステラさんに何度も通用するとは思えない。ステラさんなら確実に破ることの出来るだろう方法が、僕でもかなりの数思い浮かぶ。だからその中で一番致命的な方法を潰すために、僕はステラさんに話しかけた。


「僕は剣を持っている。僕の瞬歩からの攻撃は当たらないのかも知れないけど、素手のステラさんも瞬歩を仕掛けようとしたら、僕の剣が邪魔になるんじゃないかな?」

「……」


 乗ってこない? でもこれを許してしまうと、おそらく僕はこのまま負けてしまう。だから僕は、ステラさんがきっと興味を持ってくれるだろう話。先ほど思い出した瞬歩の話をまずしてみることにした。


「瞬歩という技は、暗歩という殺人術の歩法と、武術の基礎にして奥義とも言える歩法を融合させ、さらに高度な魔力操作による加速・気配操作を複合させた技であり、すべては基本の延長」

「……良いよ。聞いてあげるから続けなよ? 的外れなこと言わない限りは最後まで聞いてあげる」


 よし釣れた!


「まず暗歩というのは、音・感情・魔力などの気配をすべて殺して歩き、または走る暗殺者が生み出したと言われる歩法だ。熟練者にもなると距離さえあれば、前後の動きは相手の視界に入っていても、動いていること自体そうそう気づかれないとまで言われている。僕がこれに気付けたのはギルのおかげだね」


 ステラさんは無言でギルを一瞬見たが、特に何も言わなかった。


「次が縮地法と言われる、動いたことを相手に気取らせない武術の奥義とも言える歩法だ。武術を学ぶ者にとって最初に学ぶべき基本の一つである歩法。でも武術というものはほとんどが基本の応用だから、極めるうえでは実は基本こそが最も難しい。その最たるものが歩法であり、その極みの一つがこの縮地法だ。

 戦いにおいて相手が常に自分の間合いで待っていてくれるなんてことはありえない。だから距離をとる・または近づく方法が必要になる。仮にいくら重たい戦槌を、剣よりも早く自由自在に操れたとしても、近づけなかったら意味がない。戦いにおいて最も重要なファクターのひとつが間合いだからね」


 僕が一度言葉を区切ると、ステラさんは僕を見据えたまま「それで?」と言って僕に先を促した。


「最後が魔力操作だ。自らの肉体を強化していた魔力を、一瞬ですべて足に集中・爆発させ、さらにその直後自分が纏っている魔力を消す。その瞬間僕はステラさんを見失うわけだけど、爆発させた魔力はその場にとどまるため、僕の知覚はまだそこにステラさんがいると錯覚する。

 瞬歩というのは、これらを同時に行う複合業だ。気配を消し、動いていることに気付きにくい歩法と、動き出したことに気付きにくい歩法。さらには魔力をその場に残したまま、一瞬で相手……つまりは僕に近付くことで、僕はステラさんを見失ったんだ」

「……良いよ。概ねその通りね。でもそれが分かったからと言ってなんになるの? 君もさっき言っていたように、それがわかっていても簡単に躱せる業じゃないよ?」


 僕はこの技のことをかなり詳しく知っていた。それはなぜか? よく思い出せない彼がこの技を何度も使うところを見たからだ。そしてなぜ何度も使ってくれたのか? 僕が彼にその業を教えて欲しいと願ったからだ!


「こうなるんだ――」

「なっ!?」


 ――タンッ! ブン――


 今度は僕が瞬歩でステラさんの懐に飛び込み、剣を胴目掛けて横薙ぎに振るったが、ステラさんは僕の踏み込みとほぼ同時に後方へと跳んでこれを躱していた。


「あれ? ちゃんと出来てなかった?」


 僕はステラさんにそう問い掛けながら剣を鞘に納める。


「……謀ったのね? 自分も使えるくせに何をされたかわからないふりして、心の中では笑いながら仕掛けるタイミングを窺ってたんだ?」

「いや、本当に今思い出し――!」


 ――ブンブンブンブンブン――


「――っち」


 ――ズザザザザー――


 瞬歩とわかれば見えていなくてもいくつかの対処法は思いつく。その一つが今やった前方への斬撃の連撃。そして居合だ。


 居合の『居』とは座している状態、または平時を意味しており、『合』とは読んで字のごとく、合わせるという意味だ。

 つまり『居合』とは、誰かにに襲われると思っていない時、突然襲われてもそれに合わせて相手の武器をいなし、または切るという後の先を取る業だ。


 居合の初撃は、鞘から抜き放つ力を速度に変える鞘走りの効果により、他の斬撃よりも一際早い初撃を生み出す。そして本来であれば、初撃で仕留めるか相手の武器を弾いて二撃目に繋ぐ物なのだけれど、僕にはステラさんの姿すら見えていなかったので、そもそも当たるとは思っておらず、今は当てる気もなく、初撃を外した後は手首の返しと肉体強化による力業で横薙ぎの連撃を放った。なぜ当てる気がなかったのかというと、今回の居合からの連撃は、ステラさんが今後瞬歩で無手の間合いに入りにくいように牽制するのが目的だったからだ。この後は積極的に狙っていくが、今当たってしまうのは困る。


 もっとも、いくら居合が後の先を取るのに優れていても、ステラさんの動き出しに気付けなければ意味がないのだけれど『見るとはなしに全体を見ろ』という『彼』の言葉が瞬歩と気付いた瞬間頭に浮かんでいたため、それを実践したのだ。


 ステラさんを見るのではなく、全体を見ることで景色の変化を感じ、変化を感じた瞬間に剣を振るう。


 瞬歩は仕掛ける側が相手の視界に術者以外がいない。またはそもそも術者が相手の視界に入っていない状態での奇襲時に最も効果のある技だ。

 数メートルという短距離において、術者に集中すればするほど、残される気配と消える気配に惑わされ、術者の術中にはまり、倒されてしまうのだ。


 初撃で仕留めきれなくても、二撃目を撃つとき、相手は見えない初撃を見せられたことで術者を警戒し、集中する。そして集中すれば集中するほど余計に惑わされ、またくらうという負の連鎖を引き起こす。それが先ほどまでの僕だ。


「瞬歩の弱点は、瞬歩を行った瞬間、術者の魔力が限りなくゼロに近いくらいまで抑えられていることだ。つまり、魔力による防御力はほとんどなく、カウンターに弱い。視覚の強化はある程度残していると思うけどね」

「だからなに? そんななんの魔力も感じないその剣で、私に傷を負わせられると思ってるの? そんなので私に切りかかっても、剣の方が壊れるだけじゃない」


 これが先ほどの攻防で、僕の剣がステラさんに当たっていたらおそらく困ることになっていただろうと思った理由だ。

 もし先の攻撃がステラさんに当たっていたのなら、ステラさんにはおそらくほとんどなんのダメージもなく、なんとも思う事すらなく、ただ僕の剣が壊れてその後の攻防で僕が今より不利になっていただけだろう。だから僕は会話により、ステラさんが僕の剣を受けることの意味を付随させる。


「それはステラさんなら剣に当たる前に一瞬で体を強化出来るから剣の方が壊れる。っていう意味だよね?」

「そうよ」

「でもステラさんはそれをせずに三度も避けた。そしてこの後もきっとしない」

「なんでそう思うのよ?」

「ステラさんは僕のことを、才能に胡坐をかいてきた者と言い、戦士として認めないと言った。そして戦士でない僕を門下生と同等には扱わないとも言った。そんなステラさんが今まで積み上げ、磨き上げた武術ではなく、生まれもった魔力(さいのう)による肉体強化でのごり押しで僕を倒したのなら、自分で自分の言葉を破ることになるよね? それで良いの?」

「……」

「それとも瞬歩が出来ただけで僕のことを認めてくれたの?」

「……認めない。君は戦士じゃない。君みたいに小ずるくて不誠実な人を、私は認めないし、瞬歩なんて使わなくても君なんかに負けたりしない」

「ならどうすれば僕を認めてくれるの?」

「さあ? まずは私に一発入れてみれば?」


 ……僕ってやっぱり性格悪い。常に回るこの頭が本当嫌になる。でもこれでステラさんが僕の剣を無視して突っ込んでくる可能性はほぼ無くなった。もしステラさんにあのまま僕の剣を無視して戦われていたら、おそらく僕はこの後なにも出来ずに負けていたはずだ。


 いつもならそれでもよかった。それが実力の差なんだし、いつもなら僕はきっと、胸を張って負けたと思う。でも今日はそんなわけにはいかない。


 好き嫌いは個人の自由だ。ステラさんが兄さんのことを嫌うのは正直悲しいけど、思想にまで文句を言う気はないし権利もない。でもステラさんは、僕の前で兄さんのことをクズと言ったんだ。許せない。


 僕のことをとやかく言われるくらいなら我慢もできる。でも兄さんのことを愚弄されるのは許せない。僕個人の感情も当然あるけど、兄さんを愚弄することは、兄さんのことを慕ってくれているブラッドリー領のみんなや、ブラッドリー家のことも愚弄するこになるんだ。


 ――許せないし許すわけにはいかない――


 ステラさんがそう思うに至った理由を聞いて、先の言葉を取り消し、または謝罪してもらためにもこの試験、絶対に負けるわけにはいかないんだ。

 ……もし兄さんがステラさんにそう言われても仕方がないことをしていたのなら……その時は兄さんに事情を聴き、後日ステラさんにこの試験のことも含めて誠心誠意謝ろう。そして結果にかかわらず、決着がついたら今回の僕の戦い方についても謝ろう。


「考え事は終わった? ならそろそろ行くよ?」

「ありがとう。待っていてくれるなんて優しいんだね?」

「別にそういうわけじゃないよ。こっちもその剣どうしようか考えてただけだし」

「そっか、それで結論は?」

「考えないことにした。ゴチャゴチャ考えるなんて私には合わない。そもそも考える必要もない」

「……? どういうこと?」

「こういうこと」


 ステラさんの前に突如、人の頭くらいのサイズの旋風が無数に巻き起こる。


「さあ、第二ラウンドを始めようか?」


現在デスクトップの代わりに、中古ノートパソコン9800円を買って書いています。

吸気口と排気口がしっかりあるのですが、ファンの音が一切しない……そしてとても暖かい。

寒くなってきましたし、指先が冷えないのは有り難いのですが……夏は使えるのだろうか……そもそもこの子は冬を越せるのだろうか?

頑張れ◯SHIBA!

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