第24話 実戦試験10
更新遅くてごめんなさい。
リリーの試験が終わってから数十分後、ようやく爆心地と化していた闘技場に武舞台が現れ、さらにその五分後、リリーの名乗りの直後、怒りの表情を顕にしたアウル様御自らの手でどこかに連行されていたリリーが、かなり疲れた表情を浮かべながら帰ってきた。
「リリーお帰り。……大丈夫だった?」
「ええ、ただいまジェリド。……三年ぶりくらいかしら? 私、本気のお説教というものを受けてきたわ……」
「全員しっかり医務室に送られていたから大丈夫だったって聞いたけど、やっぱりちょっと危なかったと思うしね」
「ええ、でもそちらの方は闘技場の結界の中にもう一枚結界を張って時間を稼いでいたから、アウル様はともかくアルベド様は問題ないと言って許してくれたわ。ただ……」
「ただ?」
「アルベド様に武舞台と武舞台の結界を故意に壊したことを本気で怒られて、危うくジェリドの試験が中止になりかけたわ」
「……なんで僕の試験が?」
「闘技場の武舞台の再生と、結界を張りなおして維持するのに必要な魔力量を考えると、いくらアルベド様といえどもかなり大変らしくて、やりたくないと言われてしまったの。
出来なくはなかったらしいのだけど、それをするとアルベド様と言えども魔力欠乏に陥ることになるからイヤだと言われてしまって……」
「魔力欠乏?」
「なったことね……。530000もあったらなくらなねえか」
ギルは後半、呆れたような顔で僕を見ながらそう言ってきたが、そもそも魔力を使うことを控えてきた僕にはわからない。
「魔力の残量が凡そ一割を切るぐらいから、徐々に軽い頭痛や眩暈が起き始めて、そこから先は、使えば使うほどどんどん症状が悪化していくのよ。『二日酔いの酷いやつ』と例える人も多いわね」
「あぁ、あれめちゃくちゃキツいんだよな。で、俺も一つ聞いていいか?」
「ええ、ダメよ」
「リリアーナはなんで魔力欠乏に陥っているの? 試験終了時より明らかに魔力が減ってる」
「……」
リリーが無言でしばらくアルベドさんを見た後一つため息をつきながらアルベドさんに応えた。
「あなたのお母様。アルベド様の代わりに武舞台を出すための魔力を供給したのが私だからよ。あなたのお母様はすごいわね」
「当然。それがわかったのなら、もう二度とお母さんの迷惑になることをしないで」
「ええ、善処するわ」
リリーは僕の方へと向き直ると、僕に剣を渡しながらこう言った。
「あなたたちの試験が最後よ。いってらしゃい」
「やっぱり僕の相手はステラさんなんだね」
リリーより少しだけ早く闘技場に戻ってきたアウル様に呼ばれて、武舞台の反対側でアウル様と話していたステラさんが舞台に上がり、アウル様が話し始めた。
「それではこの試験最後の試合を始める。ステラvsジェリド。ジェリド武舞台に上がれ」
「はい! じゃあ行ってくるね。リリー、武舞台ありがとう」
「ええ、無理のない範囲で頑張ってきなさい」
「勝てよ」
「さすがにそれは難しいと思うけど、やれるだけやってくるよ」
僕が武舞台に上がって開始位置に向かうと、ステラさんは試験官側の開始位置を超えて舞台中央で立ち止まり、僕にも舞台中央へと来るようにと合図を送ってきたので、僕もステラさんが待つ中央へと向かった。
「一つ聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「はい。なんでしょうかステラ様?」
「卒業まではそんなかしこまった話し方なんてしなくていいよ。親が爵位を持っていようがいまいが、爵位に差があってもなくてもここでの立場は一緒なんだし。それにそんな話し方をみんなにされてたら、私、在学中に友達なんてできなくなっちゃうよ」
ステラさんが笑いながらそう言ってくれたことで、僕はステラさんに好感を持ち、同時に自己紹介がまだだったことを思い出した。
僕は自分が一番他人に好感を持ってもらえるだろう笑顔を浮かべながら自己紹介を始めた。
「ありがとう。じゃあステラさんって呼ばせてもらっても良い?」
「お好きなように」
「ならステラさん。さっきはギルのせいでちゃんと話せなくなっちゃったから、改めて自己紹介からさせてもらうね。
僕の名前はジェリド=ブラッドリー。ブラッドリー家の次男で年齢は16歳。ステラさんとは同い年だったよね? ステラさんよりは弱いかもしれないけど、出来る限り頑張って戦わせてもらうから、よろしくね」
僕が自己紹介を終えると同時にステラさんに右手で握手を求めると、ステラさんは僕の右手をしばらく眺めた後、僕の握手に応える代わりに、僕に質問を投げかけた。
「その前に一つ聞きたいんだけど、君は君の兄。つまりはアウラ=ブラッドリーのことをどう思っているのか教えて? 建前はいらない。そのために今この距離で話してる」
僕はなぜそんなことを聞くのかと思いながらも、正直に答える。
「この世で一番尊敬出来る、自慢の兄だと思っているよ?」
「……正気? 建前だったらさっきも言ったけどいらないよ?」
「当然正気だし本音だよ?」
「あっそ、なら残念だけど、あんたとは友達になれそうにないね。あんなクズのことを尊敬してるなんて、目が腐ってる」
「あんなクズってどういう――痛っ」
ステラさんが僕の左手を強引に引っ張りだし、爪を立てて短い握手をしたかと思うと、僕に何も言わずに背を向けて試験官側の開始位置へと戻っていった。
「……ジェリド=ブラッドリー。お前も早く開始位置につけ」
「……はい」
僕は開始位置に戻りながら、先ほどの言葉の意味と、僕が差し出した右手を無視して左手に握手してきたことの意味を考えた。
理由はいくら考えても情報が足りない僕にはわからなかったけど、ステラさんは兄さんのことをかなり嫌っているらしい。
そして左手での握手は、敵意・嫌悪・別れなどを意味し、爪をわざと立てる行為や時間の短い握手も、敵意や嫌悪を相手にわざと伝える行為。つまり、兄さんのことが好きな僕は、兄さんのことが嫌いなステラさんに嫌われたということだ。
正直かなり寂しいことだけど、そこまでは別に良い。好き嫌いは誰にでもあるものだし、思想に関しても個人の自由だ。でもステラさんは、僕が尊敬する兄さんのことを、僕の前でクズと言った。僕のことだけならいざ知らず、兄さんのことを侮辱されたことに関しては許せない。いや、許すわけにはいかない。
僕はズボンのポケットに入れていた、ギルからもらったボタンを服の上から触り『剣よ出て来い』と心の中で念じて剣を出す。
これは僕がブラッドリー家で練習用に使っていた剣で、剣自体の価値は低く、二束三文にしかならない物だが、僕にとってはこれが1番……いや、2番目に使いやすい剣である。
ギルにこのボタンをもらった後、このボタンにはラムサスさんの指輪と同じ、空間魔法が込められていることをリアナに教えてもらい、この剣を収納していたのだ。
僕も気を失った時に空間魔法らしきものを使っていたので、本当はボタン無しでも空間魔法を使えるはずなんだけど、肉体強化以外の魔法を使うのは、魔力の制御を覚えてからにするようにとソシアさんから言われていたので、まだ一度も使っていない。
僕が剣を抜刀し、ベルトに鞘を引っ掛ける。
「ではポイントに関しては、先のアルベドとブラックスミス同様、勝者に五万点、敗者に五千点とする。ステラ、お前は武器を出さなくてもいいのか?」
「必要ない」
「フン、良いだろう。では、はじめ!」
開始の合図がかかってすぐ、僕はステラさんに話しかけた。
「なんで兄さんを嫌っているのか、試合が終わったら教えてくれないかな?」
「私の八倍近い魔力量があるくせに、終わったらじゃなく、勝ったら教えろぐらいのことも言えないの? クズの弟もやっぱり腰抜けなんだね」
「僕のことは別に良いよ。でも兄さんはクズじゃない。僕が勝ったらその言葉、取り消してもらうよ? 場合によっては謝罪もね」
「良いよ? 出来るんだったらね!」
――ドスン――
「ゴホッ!?」
「汚いなぁ、寄りかかってこないで、よっ!」
――ドガッ! ズザザザー――
十メートル以上離れていたのに、気付いた時にはステラさんの左アッパーが僕のお腹に突き刺さっていた。しかもその直後には、咄嗟にガードしようとしたものの間に合わず、頭部に強烈な右フックを受けてしまい、数メートルほど殴り飛ばされてしまった。
体が勝手に反応し、受け身はとれたものの、僕は無様に武舞台に倒れこみ、頭部への打撃で脳が揺れたため眩暈を起こし、平衡感覚まで失ってしまったため、すぐに立つことすら出来ない。
「呆れた頑丈さね? オーガでもお腹に風穴空いて首がもげる程度の威力はあったはずなんだけど出血すらしてないのは素直に凄いと思う。でもそんな様で私に勝つなんてよく言えたよね? 仮にいくらタフでも、いくら魔力があっても、訓練しないと何の意味もない」
僕はステラさんの言葉を聞き流しつつ、なぜ自分が気付いた時には殴られていたのか考える。
僕はリリーやギル、アルベドさん達の試験同様、自分の目を強化していた。つまり、リリーやギルと同等の速度なら、僕の目なら反応出来たはず。
……遠目に見るのと近くで見ることによる差? もちろんそれもあるだろうけど、それだけで殴られるまで気付かない。なんてことがありえるのだろうか?
――ない。あっても絶対それだけじゃないはずだ。
リアナみたいに時間を止めた?
時間停止なら一瞬で目の前に居るのも頷けるけど、違う気がする。そもそも時間停止を出来る人がそうそう居るとも思えないし、時間が止まって僕が気づけないとも思えない。
ステラさんがリリーやギル以上に限界近くまで強化しているというのはどうだろうか? それはありえる。そしてそれなら僕も今まで以上に強化すれば良いだけだ。
ステラさんは全身を強化してその速度を出しているはずだし、僕の強化の限界がどれくらいかはわからないけど、目で追えるようになるくらいまでは強化しても大丈夫なはずだ。そして体の方も先ほどより強化しよう。見えていても避けられなければ意味がない。
僕は眩暈が治まったのを確認し、自らの体を強化しながら立ち上がる。
「待っていてくれるなんて優しいんだね?」
「私はあんたを戦士とは思わない。だからそんな相手をうちの門下生や兵士と同等には扱わない」
なるほど、ようは見下しているからこその態度って言いたいんだ? いいよ。絶対に見返してや――
――ドンッ! ズザザザー――
お腹を蹴られた!? さっきよりも強化したのにまた見えなかった。僕が強化したのを見て、ステラさんもさらに強化したってこと? ……いや、違う。
僕は先ほどとは違い、すぐさま立ち上がって後ろに跳躍し、蹴り飛ばされた距離を合わせて十五メートル近い距離をとる。
「さっきはあんなに時間がかかったのに、今度は早いんだね?」
「もしかして手加減してくれてる?」
「君相手に本気を出すと思うの?」
先ほどとは違い、ダメージがそれほどなかった。つまり強化した僕に対して、おそらくステラさんは身体強化のレベルをほとんど、もしくは全く変えていないのだ。理由はわからない。でも見えなければ戦えないし、見えても反応出来なければ意味がないので、僕はさらに目と体を強化し、ステラさんの一挙手一投足に目を凝らす。
「見えてないんでしょ? いくら目を強化しても無駄よ。それが修練を重ねてきた者と、才能に胡坐をかいてきた者の差なんだから」
そう言いながらゆっくりと歩いて距離を詰めてくるステラさんの歩みに、僕はどこか違和感を感じた。
……どこだ? 僕はどこに違和感を感じたんだ?
「おいジェリドなにやってんだよ! さっきまで見えてた速度だろ? 何回棒立ちで食らってんだよ!」
さっきまで見えてた速度!? 外からはそう見えていたってこと? ということはやはり時間停止ではない。
そしてヒントはおそらく僕が今感じている違和感だ。
僕は後ろに下がり、距離を保ちながら違和感の正体を考える。ステラさんは今、ただただ真っすぐ歩いているだけだ。特におかしなところはない。
視線での誘導もなければ、手足も常に同じ速度で規則的に前へと動かされ、重心も安定して……重心?
僕はその場で立ち止まり、歩くステラさんをジッと見る。
ステラさんの頭の位置は、左右にぶれるどころか上下にすら動いていない。十メートルを切ったくらいの距離でステラさんは立ち止まり、また僕に話しかけてきた。
「逃げるのはあきらめたの?」
「ちょっと気になることがあっ――」
――ドンッ――
また殴られた。今度は左頬の辺りを殴られたけど、かなり肉体を強化していたお陰であまり痛くはなかったし、飛ばされることもなかった。そして来る瞬間も、見えこそしなかったけど、来る直前になんとなく来るとわかった。
僕は僕の顔を殴ったステラさんの手を掴み、そして思い出す。
この技は何度も見たことがあった気がする。受けたことがあった気がする。
……あれは。あれは彼が好んで使っていた技だ! 彼? 彼って誰だっけ? 思い出せない。でもこの技の名前や特徴を、僕はやはり知っていた。
僕は精一杯虚勢を張った笑顔を浮かべてステラさんにこう言った。
「思い出した。見えない攻撃の正体。これって確か瞬歩だよね?」
次話のあら原は何通りか書けているので、次回はなるべく早く投稿します。