第23話 実戦試験9
──バゴンッ──
「ヒィッ!」
「お待たせリュミア」
結界がとけてからもうすぐ3分といった頃、静まり返った空気の中で試験官の頭を蹴りながら、リリーの口からリュミアーナさんに呼びかける、場違いなほど明るい声が発せられた。
『あら、もう3分もたったの?』
「えぇ、こちらの準備は出来たわ。それはそうとリュミア……やり過ぎよ」
『そう?』
「立てそうな人なんて1人も居ないどころか、意識がありそうな人すら数人しか見当たらないのだけれど……どうしてか聞いても良いかしら?」
『えぇ、あなたが詠唱を始めた後、すぐに慢心した馬鹿5人を消したんだけど、そしたら残った奴らが限界以上に肉体強化して突っ込んできたから、半分くらいは剣で殴って、残りは殴るか投げるかしてやったの』
リュミアーナさんが言うとおり、実は全員を倒すのにかかった時間は、最初の5人を消してから1分もかかっていなかった。
最初の5人が消された試験官達は、その前のギルの試験を思い出したらしく、誰からともなく限界以上の肉体強化を行い、リュミアーナさんに怒濤の突撃を行った。
だが限界を超えた肉体強化というのは、感覚が体に追い付かないため、どうしても攻撃が単調になる。
当然のようにそこをリュミアーナさんに狙われてカウンターを食らったが、数で押せばと思った試験官達がその後も30人以上連続で突撃し、結果一太刀も入れることなく全滅した。
残った試験官達はその光景に足が竦んだり、どう攻めるか考えていた人達もいたようだが、『稽古場でそのような態度でどうする! 稽古場では常に真剣に、覚悟を持って臨まぬか! この愚か者!』と言って、掌底や投げを中心にした攻撃で倒してしまったのだ。
確かにその後、後者の人達には稽古のような物をつけつつ倒していたような気もするけど、その後に行われた前者に対する所業は……。
「またやったのね……。ならなんで今リュミアはこの人の頭を蹴っていたの?」
『あぁ、この子は意識があるのに足の骨が折れたくらいで立てないなんて根性の欠片もないこと言ってたから寝かせてあげたの。しかも折れたのも自爆なのよ? 信じられる?』
膝が曲がったらいけない方向に曲がっていたし、鼻水流して泣きながら必死に這いつくばって逃げていたから、多分本当に無理だったんだと思うよ? どこからか悲鳴も聞こえてきたし……。
この人が肉体強化組最後の1人だったから、タイムマネージメントもバッチリだった……。
「相変わらず容赦ないわね? アリシアやエリシアには優しくしてあげなさいよ?」
『失礼ね。私は真面目な子には優しいのを知ってるでしょ? こいつらは実力の差を知ると、死なないことを良いことに、なんの策もなく、ただただ限界以上の肉体強化と数の差に頼って勝とうとした愚か者よ!?
アリシアやエリシアと一緒にしたら、2人が可哀想よ! あっ、もちろんリリーもよ?』
「えぇ、わかってるわ」
『それじゃあそろそろ終わりにしましょうか? 体返すわね』
リュミアーナさんが先のリリーのように、剣の刀身にキスをする。
「ありがとうリュミア」
『良いのよ。試験のために実力が足りなくて呼ばれたのなら先祖だからこそ絶対協力なんてしないけど、1人でやっても結果は同じだったはずだし。ある意味私からの合格祝いね。じゃあ派手にいきましょうか!』
「我が敵をその雷をもって砕き賜え──雷鎚」
誰も居ない武舞台の中心に雷が落ち、そこを中心に直径10m程の穴が出来る。
ギルが破壊した武舞台は、修復された綺麗な状態で再生されていたが、どうやら抉られた地面はそのままだったらし──
「壁よ。全てを隔てる光の壁よ、私を守る盾となれ」
既に立てる人すらいないのに、なぜかリリーは試験開始直後に張ったのと同じ結界をまた自らに張った。そして更に。
「水よ、全てを洗い清める美しき水よ、我が光と混じりて、この巨大な結界を守り賜え──水光結界」
今度は武舞台全体を覆うような巨大な結界を張る。
「アルベドさん。その服の裁縫代金の代わりと言ってはなんですけど、受験生を守るための結界をお願いするわ。観客席で御観覧頂いている皆様も、結界の準備をお願いします」
「そんな勝手な──」
「شبكة كهربائية(雷撃の網よ)」
「تلك السلطة(その力)」
「الآن الافراج عنه(今こそ解き放て)」
リリーに文句を言おうとしたアルベドさんだったが、リリーが結界を重ねがけしたうえ、更に用意していた魔法を発動させるのに詠唱まで開始したことに危機感を覚えたらしく、リリーが言うとおり、僕達受験生の周囲にリリーと同じ結界を張ってくれた。
観客席の方も
「الرعد في الجحيم(冥界の雷よ)──蒼雷」
リリーの詠唱が終わると同時、穴の中から一条の青い光が誰に触れることもなく天へと向かって走り抜け
「قنبلة من عالم مختلف(異界の爆弾)」
「انفجار الهيدروجين(水素爆発)」
──ピカッ。ドッゴォォォォォォォォン──
リリーの言葉とほぼ同時、武舞台全体を吹き飛ばす大爆発が発生し、大地は立っていられないくらいに激しく揺れ、瓦礫や水・黒煙等が辺りを覆い尽くした。そして、瓦礫が飛んでくると言うことは、またもや結界が壊れたことを意味していたりする。
「な、なんなのよこの魔法は!? なんでキルヒアイゼン家の人間がこんな魔法を使えるのよ!? こんなのブラックスミスでも無理でしょう!? なんなのよいったい!」
ステラさんがアルベドさんの結界の中で叫んだ。
「……冥界の炎」
ギルがボソリとそんなことを呟いた。
「冥界の炎?」
「それかどうかの確証はねぇけど、さっきの術のこっち側での名称だ。溶岩竜だった曾曾祖父ちゃんが、竜形態で食らって死にかけた、かなりヤバい術だって親父からも聞いたな」
「溶岩竜? ライとは別の種族の竜なの?」
《あぁ、俺達は産まれるまでどの竜の特性を引くかわかんねぇんだ。元々が──》
「そんなことはどうでも良いから続きを教えて!」
ステラさんがライの思念波を遮り、ギルに続きを促した。ギルは一瞬イラッとしたような表情を見せたけど、アルベドさんや他の受験生達もギルに注目していたからか、少し大きめの声で僕に向かって話を続けてくれた。
「冥界の知識と水を使った爆炎だって伝わってるな」
「冥界の知識と水?」
「あぁ、曾曾祖父ちゃんの日記にもあったしな。
エルガンド帝国の兵が領土侵犯して、近くに集落のない湖で勝手に変な儀式やってやがるから、明日蹴散らしてくるってな。けど翌日の日記は、王位を息子に擦り付けて自分は二度とあの男とは戦わねぇだとか、身体中が痛ぇだの水が恐ぇだの……」
「……王位まで動いちゃったんだ」
「あぁ、かなりの大怪我だったらしいぜ? そんで曾祖父ちゃんが調べてわかったのが、その魔法を使ったのが敵の総大将のキルヒアイゼンって奴で、降霊術で冥界から先祖を呼び、冥界の知識をも持つ化け物って事だ。それで曾祖父ちゃんがその術に付けた名が『冥界の炎』ってわけだ」
「水素爆発よ」
武舞台の方からリリーの声が聞こえ、そちらを見ると、徐々に晴れ始めた黒煙の中、こちらに向かって歩いてくる1つの人影があった。
「異界の知識……科学と言われる知識を応用した術よ。準備に時間がかかりすぎるし、発動条件が色々あるから、やろうと思ってもそう簡単には出来ないのだけれど、たまたま条件も揃っていたから使わせて貰ったの。それと試験官の方達は全員結界が破れる前に治癒室に送られたみたいだから安心してもらって大丈夫よ」
武舞台の手前の方まで歩いてきたことにより、しっかりとその姿を現したリリーは、あの爆発の中完全に結界に守られていたらしく、煤どころか汚れ1つ付いているようには見えなかった。
「……あなた、何者なの?」
ステラさんの問いかけに、リリーは結界を解いて舞台から下りようとしていた動作を止め、胸を張って笑顔でこう答えた。
「私は、アルバート=キルヒアイゼン様の亡き兄、ウィリアム=キルヒアイゼンを父に持ち、カスタール伯爵家の血を引くロッテンマイヤーを母に持つ、ジェリドの心の姉。リリアーナ=キルヒアイゼンよ」