第22話 実戦試験8
女性の声。それも思念波が聞こえてきた。
《久し振りねリリー。すっかり大きくなっちゃって……嬉しい反面、少し寂しいわ》
「ありがとうリュミア。それはそうと、あなたは私の中に呼んだはずだけど、なんでそちらにいるのかしら?」
《あなたの中に入ったら、あなたの事が見られないじゃない? 久し振りに会った娘の成長を見るのは、先祖の1番の楽しみなのよ?》
「……あれが、降霊術」
「ねぇアルベド。この直接頭に聞こえるような声の主が、今回呼ばれた幽霊ってこと?」
どうやらこの声は、僕だけではなく皆に聞こえているらしい。
「……多分。私も見るのは初めてだから、ステラと一緒」
「なんかあの剣、最初装飾はないけど綺麗な剣だなぁって思って見てたのに、今は見てるだけで寒気がするんだけど、なんで?」
「呼ばれた人があの中にいるんだと思う。降霊術が終わった後、あの中にキルヒアイゼン──リリアーナよりは弱いけど、それに近い魔力がいきなり宿った。リリアーナも言ってたし、多分この声の主で間違いない」
実は僕も同じような感覚をあの剣に覚えていたんだけど、剣に降霊なんて事も出来るんだ?
「なら、頭に直接響くようなこの声はなに? 死人の声は頭に直接聞こえるの?」
《いや、あれは思念波ってやつだ》
「今度は誰!?」
《俺はお前の斜め後ろにいる、ギルの膝の上に座っているライバートだ。改めてよろしくな》
《リリー。私の相手はあそこに居るトカゲか?》
リュミアーナさん(?)が、どうやらギルとライを睨んだらしく、隣にいる僕まで背筋が凍るほどの……恐らくは殺気を感じた。
《トカゲとはご挨拶だな?》
《トカゲをトカゲと言ってなにが悪い? お前の先祖には何度か痛い思いをさせられたのよ!? お前が相手ではあればどれだけ良いことか……》
「えぇ、でも残念ながら今回は違うの。今回の相手は私の結界を破ろうとしてくれているレッドリバー家の門下生の方達よ? あの人達が私の試験を担当してくれているの」
すっごくマッタリと世間話を楽しんでいるけど、実は現在進行形で多種多様な魔法や武器が、リリーの張った結界に撃ち込まれ続けていたりする。
《レッドリバーの門下生ごときが、リリーを試験ですって!?》
「えぇ、目の前で私の結界を壊そうとしてくれているあの方達が、私の入学試験を担当してくれているわ」
《その試験のために私を呼んだのね? でもリリー、あなたならこれぐらいの人数相手でも勝てるでしょ?》
「私1人では少し厳しいかもしれないわ。それに私の前のギルバートさん、ドラゴニール家の御曹司が派手に決めてくれたから、私も派手にいかせてもらおうかと思って」
《どうするの?》
「すぐにわかるわ。あと3分程で結界を解除するから、その後あなたには3分程戦って欲しいの。その後私が用意した魔法で吹き飛ばすわ。だからまずは私の体をあなたに預けても良いかしら? 私は魔法の準備に集中するから」
《わかったわ。でも、どうせ勝負になんてならないし、稽古をつけて待っててあげる》
「ありがとう、じゃあお願いするわねリュミア」
リリーは、右手に持つその剣に礼を言った後、刀身の腹の部分に口吻た。するとリリーの目の色は、綺麗な茶色から真っ赤に燃えるような赤い色へと変色し、直後剣舞を舞い始める。
ゆっくりした動きでありながら、一切の無駄が感じられない洗練されたその舞いは、リリー自身の美貌もあってか、僕の目には神秘的にすら写り、いつまでも観ていたいと思わせた。しかしその舞いはほんの10数秒で終わってしまい、その後1人で話し始めた。
『あなたの結界内で体が重いとはいえ、それを差し引いても瞬発力や筋力は少し物足りないわね。でもバランス良く鍛えられているわ。これからも頑張りなさい』
「ありがとうリュミア。あとはよろしくね」
『ええ、任せなさいリリー』
「أنا حارس بوابة الذي يسيطر على الجحيم(我は冥界の門番なり)」
「تأخذ قوة بلدي السحر(我が魔力を糧として)」
「تسمع ثوندربيردس في الجحيم.(冥界の雷鳴を響かせよ)」
「شبكة كهربائية(雷撃の網)」
……なにも起きなかった。
魔法の詠唱は終わったみたいなのに、目に見える変化はなにもない。
「ねぇアルベド、なにも起きないんだけどどういうこと? 失敗したの?」
「わからない。でも失敗はしてないと思う。その証拠にリリアーナの魔力がどんどん減ってる」
「ならもう一つ、あの結界はどの程度のもんなの?」
「私が使える結界魔法の中で2・3番目に強力な結界。でも実用性で言うとちょっと微妙」
「へぇ、どれくらい頑丈なの?」
「さっきのブラックスミスの大きな方の蛇なら破れるかもしれないけど、ステラだったら聖剣や聖槍でも使わないと破れないと思う」
「へぇー」
「物理・魔法攻撃の両方に強く、空気汚染も結界に触れた部分はすぐ浄化するから毒霧等も効かないけど、中からは攻撃魔法を撃ち放題」
「そんなに強いのになんで微妙なの?」
「魔力消費が激しくて、結界強度の調節も効かない。多分リリアーナでも、15分前後で魔力が切れると思う。光魔法の効果は上がるけど、キルヒアイゼン家の死霊魔法や降霊術みたいな闇系統魔法との相性は最悪」
「あんなの初めて見たんだけど、使える人ってどれくらい居るの?」
「知らない。でもこの魔法は、旧カスタール伯爵家の奥義のようなもの。血縁でもごく1部しか使える人がいないと思う」
「カスタール伯爵家?」
「エルガンド帝国時代にあった、2大魔法派閥の片翼。ブラックスミス家の台頭と、ストラーダ家が連れてこられた事で没落した家。当主はエルガンド帝国時代に討ち死にしたけど、その血縁はまだ残ってるらしい」
ステラさんは、アルベドさんとリリーを交互に指差しながら、またアルベドさんに問いかけた。
「血縁?」
「ストラーダ家は違う。当時の当主があの結界を見て真似ただけ。でもリリアーナは多分そうだと思う」
「へぇー? で、勝てると思う?」
「結界は壊せる。でもあの状態の武力がどの程度か見てみないとわからない」
「私にそこそこ迫れるんだから、そこは大丈夫なんじゃない?」
あの剣舞を観ても自分の方が上と言えるステラさんって凄いな。……そんな人と僕、試験しないといけないのかな?
現実逃避の為ではなく、静かにしているギルが気になったので見てみると、どうやらギルもアルベドさんとステラさんの話を聞いていたらしく、今はなにか考えごとをしているようだった。
「ギル、なにか考え事?」
「ん? あぁいや。考え事っちゃあ考え事になんのか? うちはオヤジが生まれて少しした頃からこっちと併合したから、こっち側の昔の話はあんま知らねぇんだけど、うちで聞いてきた話のイメージと2人の話のイメージがなんか違ってよ」
「どう違うの?」
「なんでキルヒアイゼン家配下の3家が、キルヒアイゼン家より強ぇ。みたいな話になってんだ?」
「当時は強かったかも知れないけど、代を重ねる毎に魔力も衰えていったからよ!」
アルベドさんとステラさんが、いつの間にかこちらを見ており、ステラさんが怒鳴るような声でギルに答えたが、ギルは全く動じず今度はステラさんに直接聞いた。
「レッドリバー家の武術は、キルヒアイゼン家当主が手ほどきして、それを自分達に合うようにアレンジした物。ようするに、本家はキルヒアイゼン家で、レッドリバー家はその直系ってことだろ?」
「そうだとしても、それから何代も研鑽を重ねて、新しい技とか武器も増えてるの! レッドリバー家はキルヒアイゼン家なんてとっくに超えてるのよ!」
「キルヒアイゼン家は降霊術を使って技術を伝えんてんだぜ? 新しい技や武器についてもその都度学んでる。それに3人の霊が死後、何度も何度も繰り返し色んな体に入って色んな奴に修行をつけてるっつうことは、そいつ自身も繰り返し修行してることになんだぜ? 弱い訳ねぇだろ」
「それでも私の方が──」
「時間、結界がとける」
結界がとける少し前から結界を破ることを諦めていた試験菅達は、結界が解けると同時にリュミアーナさん(?)に向かって総攻撃を仕掛けた。
最初にリュミアーナさんに向かって飛んできたのは、炎や氷、風による鎌鼬などの攻撃魔法だ。しかしリュミアーナはそれらを全て剣で切り裂き、掻き消した。
『聖剣Vampire sword。この剣は、血ではなく一定以下の魔法の魔力を奪う。並の魔法だと、私の回復にしかならないわよ?』
魔法攻撃の後、追撃をかけようとしていた試験官達は避けもせず、ただ剣を振っただけで魔法を消されたことに一瞬の動揺を見せたが、直ぐさま気持ちを切り替えリュミアーナさんに襲いかかる。
武術戦の初手は、槍を持つ試験官5人による同時攻撃と2人による時間差攻撃。左右と正面から1人づつ、3m近い高さまで跳びあがる。
左右からは槍の長い間合いと遠心力、更には跳んだことで得た重力まで活かした叩きつけを、正面の1人はリュミアーナさんの頭上を飛び越える形で跳び上がり、そのまま脳天を串刺しにする突きを放つ構えを見せた。
地上を走って接近してきた正面2人も、1人は胴への突きを、もう1人は膝下への払いを、5人が同時に行う。逃げ場は後方しかないが、後方に跳ぶことを前提に、残った2人が走りながら槍を構えていた。
実質逃げ場も無ければガードもほぼ不可能だろう。
『働かざるもの食うべからず』
リュミアーナさんはそう言うと、僕の強化した目でも擦れるほどの動きで、間合いの外から飛び掛かる3人目掛け、剣を一刀づつ振り、足下への払いを狙った試験官にも一振り、上体を左に躱して突きを避け、突いてきたその槍を掴むと、それを放った相手ごと振り回し、後方に逃げたところを追撃しようとしていた試験官達を吹き飛ばした。
『まぁこの子は逆で、食べた分だけ働いてくれるんだけどね』
足下を狙った試験官と、左右正面から跳び掛かった試験官達は既にいない。僕には辛うじて見えたけど、剣を振ったその瞬間だけ、刀身がいきなり伸びて試験官達を切り裂いたのだ。
『この子の能力は、食べた魔力に応じてその刀身を持ち主の好きなタイミングで伸ばすこと。伸びる距離は最大5m。間合いで勝る槍だからと言って油断するような子に、私の稽古を受ける資格は無いわ。あなた達も、数や武器による慢心を捨ててかかってきなさい!』
同時攻撃をして残っていた最後の1人も、リュミアーナさんの剣が伸び、話し終える前に胸を突かれて消えていた。
『さぁ、あと2分半よ? 稽古を続けましょうか?』
そしてその後、リュミアーナさんが言ったとおり2分半の間、稽古と言う名の地獄が繰り広げられるのであった。