第19話 実戦試験5
試験官側の陣形が整い、試験官達は皆思い思いの武器を構えて開始の合図を待ち、ギルも背中に刺していた大剣を構えたが、ライはギルの小脇に抱えられたままだ。
「どうした? 同化しないのか?」
「あぁ、このままで良いから始めてくれ」
「フン。あまりなめない過ぎない方が良いぞ?」
「大丈夫だろ?」
「良かろう。では、始め!」
開始と同時に大きな動きがあるかと思いきや、最初は互いにわりとゆっくりとした動きで始まった。
正面にいる試験官達は、その場でギルに槍や剣を向けて牽制こそしているが、距離を詰めようという動きはなく、代わりに左右両翼にいる試験官達が、ギルを囲むべくゆっくりと前進していた。
対するギルは、試験官達の動きを確認すると、小脇に抱えていたライを空高くに放り投げた。
そして試験官達の視線がほんの一瞬ライに向けられた瞬間、ギルを囲もうと前進してきていた、僕達から見て左側の戦斧を持った試験官に、獣人族のシャルさんに匹敵するほどの速度で接近し、そのまま袈裟に斬りかかった。
ギルに斬りかかられた試験官は、咄嗟に手に持っていた戦斧で剣を防ぐが、ギルの左足による蹴りを右膝に受けてその場に倒れ込んでしまう。
しかしギルが追撃を加える前に、その場に居た残りの4人の内、2人からは槍による突きを、1人からは剣による袈裟斬りを放たれたうえ、このグループとはまた別の試験官達もギルに迫ってきた為、ギルは追撃をやめて試験官達のいない左方向。つまりは僕達の方へと跳んで来た。
だが試験官達は50人もいる。当然その行動を読んで動いていた試験官達もいて、ギルの着地とほぼ同時にギルの後ろと右側から五人づつ、2グループの計十人がギルに襲いかかった。
右からの攻撃はともかく、後ろからの攻撃は当然死角。ギルからは見えていないはずなのに、ギルはまるで全ての攻撃が見えているかのように体捌きのみで躱し、前方へと体を半回転させながら余裕の笑みを浮かべたまま跳んだ。
しかしギルが跳んだ瞬間、更に別のグループからその着地点目掛けて数十発の炎弾が放たれる。
ギルはまだ着地できておらず、空を飛ぶかソシアさんのように空を歩けでもしない限り回避は出来そうにない。
……初対面の時空から突然降ってきたギルなら、羽が無くても平然と飛びそうな気はしたけど、どうやら流石にライがいないと飛ぶことは出来なかったらしく、かなり焦った表情と共に、口が「やべぇ!」と動いたのを、僕の強化された視覚は見逃さなかった。
ギルは炎弾の直撃を大剣で防ごうと先頭の炎弾を大剣で叩いたが、大剣が触れた瞬間に大爆発が起こり、ギルは驚愕の表情を残して爆煙の中に消えていく。そして残りの炎弾もその爆煙の中へと吸い込まれ、僕がギルの安否を心配した時、ギルのとても楽しそうな声が闘技場に木霊した。
「連携が良くて倒すのも躱すのも楽じゃねぇなぁ、まぁくらいこそしなかったけど、今のは割と驚いたぜ? けど連携なら俺とライの方が上だと思うぜ?」
「っ!? 上だ! 避けろぉ!!」
──ドゴゴゴゴオォーン──
叫んだのはギルに大爆発する炎弾を放った試験官だ。そしてこの警告の叫びが向けられたのは、最初にギルが斬りかかったグループと、その隣にいて飛び退いたギルに魔法による追撃を行ったグループの計十人だ。
最初にギルに斬りかかられたグループ5人の内4人は、僕達から見て左の方へと即座に横っ跳びで跳び退き、ギルに魔法による追撃を行ったグループも、僕達から見て右方向に跳んだが、前者のグループの中で唯一動きが鈍かった戦槌を持った1人(ダイエットを命じられた人)と後者のグループは、空から黒い線状の光を受けて、石畳ごと姿を消してしまった。
この黒い光を放ったのは、空を飛んでいたライだ。
ライは口から黒い光を照射しながら首の角度を変えることにより、ギルに魔法による追撃をしたグループの右側……つまりは、このグループが咄嗟に跳んだ方向から幅5m、長さ30m程に渡って石畳ごと試験官達を消してしまったのだ。
そして咄嗟に空いているスペースに跳んで回避した為、他のグループから離れてしまった前者の4人の下には……
「おいおい、なに敵から目ぇ逸らしてんだよ?」
「「「「っ!?」」」」
ギルが迫っていた。
槍を持った試験官2人は、着地する寸前に突如着地点に現れたギルの横薙ぎの一撃で2人まとめて切られて消える。
次にギルに狙われたのは、最初にギルが斬りかかった戦斧を持つ試験官だ。
ギルは戦斧を構えた試験官に対し、振り上げた大剣で斬りかかる素振りを見せると、それにつられて戦斧による防御姿勢をとった試験官の足に強烈な蹴りを入れて体勢を崩させ、そこをすかさず袈裟斬りに切り捨てた。
──ドゴォーン──
「これでまずは十人だな」
このグループ最後の1人であった剣士は、ギルが戦斧を持つ試験官に蹴りを入れたのとほぼ同時に大剣で斬りかかろうとしたのだが、その大剣を振り下ろす前にライがこの試験官の頭上に急降下。
その体積に見合わない先の派手な音をたてながらこの試験官を押し潰し、あとには涼しい顔をしたライが立っていた。
「俺とライは、視覚を含む感覚の一部を共有できる。だから単純に俺の後ろを取っただけじゃあ死角をつくことにはならねぇ。たださっきの炎弾はは中々だったぜ? 流石の俺も少し驚いた」
《なに格好つけてんだよ? 俺が守らなけりゃお前炎弾モロに食らってただろ?》
(良いんだよ! どうせ爆煙でなにも見えてねぇんだから。それより早く入れよ?)
《あぁ? まずはその状態でも戦えるところを十分に魅せてからって言ってただろ?》
(もう十分魅せたし、良いんだよ! それにこれ以上はミスっていつか食らうかも知んねぇだろ!?)
《そういやさっきの炎弾かなり本気で焦ってたよな? あれでビビったのか?》
(ダメージはともかく、本気でやるってあいつに言っといて無様な真似は出来ねぇだろ?)
《まぁそうだな、格好良いところを魅せてやるか!》
……ギル……それにライ。2人の思念波が僕に丸々聞こえているんだけど? 完全に僕が思念波を聞くことは出来るということを忘れてるよね?
試験の内容よりも今のやり取りの方がかなりダサいよ?
僕の心の中の突っ込みを余所に、ライはギルの胸の中へと吸い込まれていき、ギルの体に黒い鱗が生える。
「じゃあ第2ラウンドだ! さっきの俺の動きは獣人族クラス……お前らより少し早い程度だったが、今度の俺はさっきのアルベドやブラックスミスよりも上だぜ?」
この発言に、僕の前に座っているアルベドさんがピクリと反応し、ステラさんはアルベドさんのお腹を肘で突きながら笑っていた。
「……もし本当に私より上なら、ステラの家の門下生がやられる事になると思うんだけど、それは良いの?」
「やられてもそれを承知でここに来てるんだから良いんじゃない? それにレストの代わりに1番に入ったのは、ヴァーウェン守備隊長のアンドレセンだよ? 単機の実力ではレストに劣るし、頭も正直あまり良くないけど、彼のカリスマと強さへの貪欲さは並じゃないからね。やられるにしてもタダではやられないでしょ?」
「……」
アンドレセンさんか……どの人だろう? 今なにか話そうとしている人がいるけど、あの人かな?
「……おそらく我々では、このまま戦っても治癒室送りが関の山だろう。ならば……どうせ治癒室送りになるのなら、我ら皆で限界を超えて挑んでみないか?
ここでは死ぬことはないし、体を壊しても治癒室送りになれば治してもらえる。こんな優しい条件で最強の一角に挑戦出来る機会など、そうそうある物ではないぞ? 我らにとっても最高の実戦訓練ではないか!
ならば、限界を超えてでも挑戦してみたくはないか?
私はしたいぞ! 皆と共にこの最強の一角に挑戦してみたいぞ!? 我らがアウル様から受けてきた、鬼畜のような訓練がどこまで通用するのか!? そして不敬かもしれぬが、余裕の笑みを見せ続ける若僧に、我らが槍を刻み込み、一泡吹かせてやりたいと、私は思うぞ! お前達もそうだろう!? そして仮に敗北したとしても、限界を超えて戦ったこの経験は、必ずや我らの後の糧となるはずだ! 私と同じ考えの者は私と共に挑戦しようではないか!? 帝国時代に一軍をもってしてもかすり傷1つすらつけられなかった──三騎士が共闘してすら倒し切れなかったという最強の一族に、凡人の努力を魅せてやろうではないかっ!」
「「「「「「オオォーーーーーォオ」」」」」」
試験官達は、もの凄く気合いの溢れる声と共に、異様な圧迫感を伴う気迫を漲らせ、獣人族のシャルさんを超える動きでギルに襲いかかった。
「とんでもないレベルで強化をかけているわね。あれだと多分、筋肉や靭帯、腱や筋が耐えきれずに千切れる人も相当数出て来るかも知れないわ」
「ここ以外なら自殺行為」
「ま、まぁここなら死なないし治療もして貰えるわけだし──」
……ん? なにか違和感が……。あぁ、そういう事なのか! この違和感の正体は……。
「治療するのはうちの門下生。傷のない痛みの治療はとても大変」
「まぁ、その為に沢山来てくれてるんだから、それくら──」
「さっきからギルが試験官を全員戦死させる前提で話してるけど、リリーの話によれば自滅する人も沢山出るんだよね? 自滅して動けなくなった相手に、わざわざトドメをさしたりするのかな?」
「「「え?」」」
僕の質問にリリー・ステラさん・アルベドさんの3人は、なにを言ってるの? とばかりに、頭の上に「?」を浮かべてこちらを向いた。
「トドメをささないと勝ちを認めてもらえないのならトドメをさすかも知れないけど、無抵抗で倒れている相手にトドメをさすくらいならポイントなんて要らないって言ったらどうなるの? それかもし逆にギルが途中で負けたらどうなるの?」
3人が3人とも目を大きく見開き、口をポカーンと開けたかと思うと、3人の顔色がどんどん悪くなっていった。
特にステラさんなんて、顔面蒼白と言ってもいいくらいに顔色が変わってしまったまま、アルベドさんを見つめていた。
「……戦死しなかったら肉体ダメージはそのまま。下手したら四肢が千切れて、私かお母さんしか治せないくらいに壊れる人も出てくるかもしれない」
「……ゴメン、服の代金は良いから治してあげて」
「……腕や足の1本くらいなら良いけど、消耗してるから2本は無理。それにお母さんも結界を維持するのに大量に魔力を使っているから多分すぐには治せない」
「……動けなくなったのは──12人ね。大丈夫! 筋肉や健を断裂した人はいるかも知れないけど、それ以上の怪我人はいないわ」
ちなみにギルは少し前、特攻してきた試験官達を殴り飛ばし、レオナルドさんやアルベドさんと同等かそれ以上の速度で試験官達が密集する中へと突っ込むと、手近にいた試験官達を殴り飛ばし、とても楽しそうに笑いながら、四方八方から来る試験官達の特攻を捌き続けていた。
「また1人倒れた……これで13人。蹴られたり殴られたりして動けなくなった人が6人と、試験官同士の衝突による自滅が4人、足を壊して動けなくなった人が3人。戦死はあれから……8人?」
犠牲者はどんどん増えていくが、未だにギルに一太刀入れる者は現れず、ギルの笑い声も止まらない。
そんな中、戦闘に変化を加える者が現れた。
それは、このとても危険な作戦を実行させた張本人。守備隊長のアンドレセンさんだ。
アンドレセンさんは大きな掛け声と共に槍を地面に突き刺すと、目配せ1つで指示を出し、仲間達にギルとの距離を取らせ、その直後ギル目掛けて炎や氷、風魔法による魔法攻撃を、残る全員に使わせた。
ギルはこれを躱そうと、足を踏ん張り跳び退こうとしたが、何故か突如足下がぬかるんだらしく、体勢を崩してしまった。
そんなギルの下へと試験官達の攻撃魔法が殺到し、更にはその攻撃魔法の後を追うかのように、アンドレセンさん以外のまだ戦える全ての試験官達が、アルベドさんにも匹敵するのではないか? という勢いで槍や剣を突きの構えにして突撃し。
──その時、ギルの周囲に黒いカーテンが現れた──
黒いカーテンは、それに触れた風魔法を消滅させ、炎弾や氷弾を地に落とし、攻撃魔法に続いてギルを突き刺そうと突撃してきた全ての者達を、まるで見えざる足で踏みつけたかのように不自然に押し潰した。
そしてその黒いカーテンの中1人立つギルは、足下に転がった1本の槍をしばらく見てから蹴り飛ばし、周囲に倒れる試験官達と、槍を無くしたアンドレセンさんを順に眺めていきながら、ゆっくりと語り出した。
「悪いな。魔法なら俺も身体強化以外に一種類だけ、ライの種族系魔法を使えるんだ。改めて紹介しといてやるよ。俺の弟の名はライバート・ドラゴニール。竜としての種族名はグラヴィティドラゴン。重力魔法を操る竜族だ」
トラブルに巻き込まれてしまいましたので、しばらく更新が遅れます。