第17話 実戦試験3
シャルさんの試験が終わった後、クライバーン准男爵はアウル様に呼ばれ、しばらく話した後、クライバーン准男爵はこのフロアから出て行ってしまった。
アウル様からの説明によると、クライバーン准男爵は貴賓室に来られているゴールドマン大公から、試合の解説を求められたらしく、今後1番には別の人が入るらしい。
実は内心僕もクライバーン准男爵に挑戦したいと思っていたので少し残念だったけど、試験はそのまま再開された。
シャルさんの後は全員が【選抜コース】の受験生になるんだけど、選抜コースの受験生は現在29番……レオナルドさんの前の受験生までの試験がが終わった時点で、ポイントを獲得出来た受験生はわずか3人だけだった。
ポイントを獲得した受験生1人目は、戦鎚を担いだ肥満型の試験官相手に、強化した身体でひたすら走って逃げ回り、時折放たれた攻撃魔法に対しても結界魔法を上手く使い、なんとか時間いっぱい逃げ続け、時間による500点と加点の50点、合わせて550点を獲得した受験生だ。
……試験終了時、この試験管を見つめるアウル様の視線は氷よりも冷たく、アウル様は得点の読み上げを終えると同時に、この試験官に3ヶ月以内にダイエットを成功させるようにと告げていた。
2人目は開始直後に試験官と握手を交わし、その時幻術にはめたらしく、そのまま試験官のギブアップで5000点。
3人目、フレイヤ=ディザイアさん(実技試験前に僕のことを『女の子より可愛い』と言った女の子)の逃……闘い(?)は見事だった。
開始直後に魔物からの逃走用の煙玉を大量にバラまき、広範囲にかなりの量の煙幕を発生させ、僕達から見えるコーナーまで全力疾走。
その後直ぐさま靴を脱ぎ、なんらかの魔法(ギルとリリー曰く精霊魔法)を使用して10cmくらいの小さな精霊を2体召喚。
その精霊達に土下座しながら、拝むようにしてなにかを頼むと、精霊達は嫌そうにしながらも彼女の靴を持ち上げ、数m飛んでいくと、そこからフレイヤさんの歩幅に合わせてボスンボスンボスンボスンと、靴を地面に落としては拾いを繰り返し、歩いている振りの演出を開始した。
彼女は彼女で土下座した時の正座の姿勢のまま、直ぐさま更に50cmくらいの大きさの幼女のような精霊を召喚した。
召喚された精霊はフレイヤさんを見ると同時に万遍の笑顔でフレイヤさんの胸に飛び込み
──ゴツン──
と言う音と共に、フレイヤさん共々消えてしまった。
試験官の騎士は煙幕の中、足音のする辺りに突きを放ったりしていたようだが、フレイヤさんを捉えることは出来ず、煙幕が晴れた後もリング上にフレイヤさんの姿を見付けることが出来ずにそのまま300秒が経過し、フレイヤさんは先程消えた場所から幼女のような精霊と共に現れ、万遍の笑顔でギブアップを宣言。時間による500点と加点の200点。合わせて700点を獲得した。
と、まぁこんな感じで、これまでポイントを獲得できた人達は全員頭脳プレーで獲得した形であり、正面から戦った正統派の受験生達は、全員100秒以内に余裕を持って返り討ちにされていたので、正直フレイヤさんの試験以外は観ていてあまり面白い物ではなかった。でもここからは四大公爵家の面々からリリーへと続き、最後は僕だ。ここからの試験は全てが楽しみだ。
レオナルドさんがリングに上がると、試験官の騎士達の間に張り詰めた空気が流れた。
ここに来ている騎士達は、アウル様曰くレッドリバー家で鍛えられた騎士達だ。恐らくこれは、四大公爵家の実力を知っているからこその緊張からくる空気だったのだが……。
「ブラックスミスの倅。好きな番号を言え」
「S-32番。アルベドを指名する」
アウル様からの問いかけに対し、レオナルドさんが試験官ではなく同じ受験生のアルベドさんを指名した事で、その空気は霧散し、困惑の色を示していた。
アルベドさんはアルベドさんで、正に寝耳に水。と言った表情を浮かべていたので、どうやら示し合わせた訳では無く、レオナルドさんが突如指名したようだ。
「一応聞くが、なぜアルベドの娘を指名する?」
「俺はアルベドと競うために今年入学した。この闘技場での試験は全力で戦える数少ない機会。出来れば逃したくはない」
「……ふん、良かろう。アルベドの娘。お前が受けるならこの試合を認めるがどうする?こちらとしてもその方が色々と有り難いのだが?」
「……わかった。その勝負受ける」
「では勝った方に五万点、負けた方に5000点でどうだ?」
「点数なんていくらでも良い」
「私も」
アルベドさんもリングに上がり、レオナルドさんが試験官の立ち位置に、アルベドさんが受験生の立ち位置に立った。
「では互いに準備は良いな?……始め!」
アウル様の開始の合図と共に、レオナルドさんはアルベドさんに対し、黒く燃える胴回り30cm長さ3mはあろうかという蛇のような炎を10発ほど放った。その炎はどうやらどれもがもの凄い高温を発しているらしく、触れてもいないリング上の石畳を一瞬で溶かしながら進んでいき──2人がリング上から消えた。
リングは現在もどんどん破壊されており、黒い炎の蛇はいたる所で量産され、なにかを追いかけ回しており、打撃音も絶えず聞こえてきていることから、戦闘が続いていることはわかる。でも姿が全く見えない……。
「あのイケメンも結構やるな」
「そうね。でも終始押しているのはアルベドね。レオナルドさんはよく逃げているけど、あの感じだとその内捕まるわ」
「……2人とも見えてるの?」
「「?見えてる(ぜ)(わよ)?」」
「なんで?」
「あぁ、そういうことか。部分強化でも良いんだが……いきなり目は恐ぇよな?身体全体に魔力を少しずつ込めて強化していってみろよ?そうすりゃあすぐにでも見えるようになるから」
「……魔力を?」
「大丈夫よ。恐くなんか無いわ。こんなことで暴走したりなんてしないから。徐々に魔力を込めていけばすぐ見えるようになるわ」
「……なんでリリーがその事を知っているの?」
「………………試験が終わっちゃうわよ?」
ローラに聞いたのかな?それともレイラ?……あからさまに話を逸らされたけど、確かに今は試合が気になる。
ギル達に言われたように、徐々に魔力で身体を強化してみる。すると段々戦っている2人の姿が見えてきた。
攻めているのはギル達が言っていたようにアルベドさんだ。
アルベドさんは掌底を基本に攻めており、時折蹴りを織り交ぜながらどんどん攻めている。逆にレオナルドさんの方は、いつの間にか1m程の棒を右手に、左の肘には直径60cm程の丸い盾を着けており、その2つを使ってアルベドさんの掌底をガードし、蹴りはほとんどそのまま食らいつつも、時折左手で黒い炎の蛇をアルベドさん目掛け放っていたが、それらは全て一瞬でアルベドさんの前に張られる結界によって向きを逸らされ、或いは結界越しに殴られて向きを変え、アルベドさんの前進を一瞬止める程度の役割しか果たせていなかった。結果、アルベドさんは無傷なのに対し、レオナルドさんの服は既にボロボロで、お腹や足は青黒く変色しており、口からは血を流している。
「レオナルドさん、掌底はガードするのに蹴りはかわさないんだね?」
「あぁ、アルベドの掌底食らったら終わりだからな」
「終わり?」
「治癒魔法よ。アルベドは触れた瞬間に治癒魔法をかけるのよ。膨大な魔力を使って」
「治癒魔法?」
「例えば健康な身体に治癒魔法をかけたとする。普通ならなにも起きねぇけど、その時込められた魔力がでかいと、かけられた身体が異常に活性化して目眩や息切れを起こしたりすんだよ。もしそれをアルベドみたいな馬鹿げた魔力量で人間にかけたら?答えは破裂だ」
「より正確に言うなら魔力の圧力の問題ね。いくら魔力量が多くても、一瞬で治癒魔法に込められる魔力量というのは、普通そんなに多くないのよ。私が昔、全力で魔力を込めて治癒魔法をかけた時も、気絶するだけで破裂なんてしなかったから」
「詳しいんだね!流石は治癒魔法のスペシャリスト。あ、遅くなっちゃったけどリリー。僕のことを治療してくれてありがとう。治療してくれたのがリリーじゃなければ、きっと僕は今ここにいないよね」
「それを知れたのもジェリドのおかげよ。これからもあなたの事は“私が”まも──」
「あっ、黒い蛇が!」
レオナルドさんが今まで放っていた黒い炎の蛇が、突如ロープのように捻って絡み合い、太い一体の蛇と化していくのを目撃し、思わずリリーの言葉を遮ってしまった。リリーは少し顔をしかめたが、リリーもそのままリングに目を移した。
黒い炎の蛇は胴回りが6mはあろうかというサイズになっており、長さも数十mはある。それがレオナルドさんの後方に現れ、レオナルドさんはその黒い炎の蛇の方へと後ろ向きに跳び、流石のアルベドさんも追うのを止めた。
レオナルドさんはそのまま黒い炎の蛇を素通りし、蛇の後方に着地した。そしてその直後、レオナルドさんの右手の指輪が光り、盾と棒が消え、代わりに漆黒のローブが現れる。レオナルドさんはそれを羽織ると、傷だらけのままとても嬉しそうに笑い始めた。
「ハ、ハハハ。耐えた?耐えきった!耐えきったぞアルベド!!今度は俺の番だ!行くぞアルベド!!」
黒い炎の蛇の口から黒い炎が吐かれる。
アルベドさんはこれを後方に飛んで躱したが、黒い炎の直撃を受けた石畳のリングは、一瞬でドロリと溶解してしまっており、よく見ると黒い炎の蛇の周りの石畳も同様にドロドロと溶けていた。
「うわっ!めちゃくちゃ熱そうだな。まるで火山の中じゃねぇか!?」
「ギルは火山の中を見たことがあるの?」
「ライの友達の炎竜の住処が火山の中だからな」
《気の良い奴でたまに遊びに行くんだが、あそこは年中暑くてな》
「……そうなんだ」
黒い炎の蛇はその後もどんどん黒い炎を吐いていき、アルベドさんはフレイヤさんが身を隠していた、僕達からは比較的近いコーナー付近で追い詰められた。
黒い炎の蛇が炎を吐きながらゆっくり近付くと、アルベドさんの周囲だけ炎が割れた。
「……時空間結界。……俺はようやく。ここからは出し惜しみは無しだ! 」
黒い炎の蛇が、アルベドさんの結界を中心に蜷局を巻いた。
黒い炎の蛇の後ろを歩いてきたレオナルドさんの顔や手、お腹や足等、肌の露出して見える部分全てに赤黒い血管……いや、鱗のような模様が浮かび上がり、瞳が縦に割れ、中から赤黒い蛇のような瞳が現れた。
「な、なんなの……あれ?」
「俺の家を含め、今の四大公爵家は全部神獣なりなんなりの血が混ざってんだ。なんの血が混ざってんのかはそもそも興味がなかったから知らねぇが、たぶんあいつには蛇の魔獣か神獣の血が混ざってそうだな」
「へぇー。そうなんだ?」
「私の家もそうよ?」
「だろうな。むしろエルガンド帝国時代、三色の騎士を殴って集めたのがキルヒアイゼン家だ。ただの人間なんて言われても誰も信じねぇよ。まぁそれでも血は大分薄れたらしいがな」
「リリーもそうだったんだ?」
「えぇそうよ?それがどうかしたかしら?」
「……なんというかその、ちょっと意外だったから。あっ、だからと言って恐いとかはないよ?リリーはリリーだし、ギルなんて最初から知っていたから大丈夫だよ?」
「「………………」」
ギルとリリーが、無言で、でも確実に僕になにかを言いたそうなジトーッとした視線を向けてきた。
「えっ?なに?」
「……そんなことよりも今は試合に集中しましょう?そろそろクライマックスみたいよ?」
「そうそう。折角面白ぇ試合なんだからちゃんと観とこうぜ?」
「う、うん?」
2人に言われて視線を試合に戻すと、黒い炎の蛇は、炎でありながらも、あたかも実体を持っているかのようにその密度を増し、結界の回りに何重にも巻き付いた。
唯一空いた結界の天井部分では、蛇の口がパックリと開いた状態で、結界が破れるのを今か今かと待ちわびている。
「俺はお前と比べれば、魔力量はかなり少ない。だが時空間魔法の魔力消費量は、他の魔法とは比べ物にならないはずだ。俺の方は維持にかかる魔力は少ない。先に魔力切れを起こすのはお前だアルベド!結界が解けた時が、俺がお前に勝つ時だ!」
時空間結界はあらゆるものを遮る為、こちらから結界内の様子はわからない。……というか、あらゆるものを遮断するなら、多分音も通らないはずなので、レオナルドさんの言葉は聞こえていないのでは?……あれ?ならそもそも、今のアルベドさんのように周囲を囲った場合、中から外の様子はわかるのかな?
僕の疑問を余所に、突如時空間結界が破れ、中から女の子が蛇の顎を躱すように飛び出した。当然その女の子はアルベドさん……のはずなんだけど、なぜかその頭に見えるのは獣耳……?
「燃え尽きろ!」
レオナルドさんも僕のそんな疑問などお構いなしに黒い炎の蛇を操り、鎌首をもたげていたその顎を躱して飛び出そうとしたアルベドさんの動きに反応させ、素早くアルベドさんを石畳すら溶けた地面ごと飲み込ませてみせた。
「──勝った。俺はアルベドをぐっ!?」
レオナルドさんが勝ちを確信し、虚空を見上げた瞬間、幾重にも巻かれた蛇の図体を突き破り、真っ黒い炎に包まれた【なにか】が現れ、レオナルドさんの首を右手で掴み、その後直ぐさまその【なにか】は左手でレオナルドさんのローブをはぎ取った。
「これ、借りるよ?」
「──あぁ。次は勝つ」
「……?頑張って」
短い会話の後、レオナルドさんがリングから消えた。そしてその【なにか】の身体を燃やす黒い炎が消えると、中から白く輝く真っ黒に焼け爛れた人らしきものが現れた。
しかしそんな姿もわずか数瞬のこと。
その白い光は、瞬く間にその黒く焼け爛れた【なにか】を癒し、気付けば三角に尖った獣耳と、モコモコとした尻尾の生えた無傷のアルベドさんが、長身のレオナルドさんのローブを羽織り、僕達に背中を向けた状態でそこに立っていた。
「勝者アルベド五万点。敗者ブラックスミス5000点!」
【次回予告】
レオナルドさんとの激闘を制したアルベドさんだが、様子がなんだかおかしいぞ?
アルベドさんの身にいったい何が?
そして、ブラックスミス・アルベドに続き、あの人の実力も明らかに!
次回【実戦試験4】をお楽しみ下さい。
次回更新は8月26日(土)を予定しています。