第16話 実戦試験2
ホッとした顔をしながらクルツ君が舞台を降りる。どうやらクルツ君の表情からして、治療は間に合ったようだ。そしてクルツ君と入れ替わりに舞台に上がったのは獣人の女の子。
先程の実技試験でも無手を選んでいたこの子は、手ぶらで舞台に上がり、特にこれと言った武器の類を持っているようには見えない。あえて言うなら両腕に銀色のガントレットを着けている程度だ。
「名と希望する番号を言え」
「シャルだよ!じゃあ1番と2番で!」
「ほう?2人で良いのだな?そして先程の試合を観ても1番。レストを選ぶか」
「ボクとさっきのおじさん、どっちの方が強いか試したいんだもん!」
「よかろう。では2人とも上がれ!」
クライバーン准男爵と剣を持つ騎士が舞台へと上がり、先程のように10mの距離を置き、今度は1対2で向き合った。
「宜しくねおじさん」
「私だけではなく、もう1人いる事を忘れてはいまいな?これは2対1の戦いだ」
「勿論だよ!でも速攻で倒しておじさんと1対1にするから大丈夫!」
「小娘が、舐めやがって!副隊長、俺にやらせて下さい」
「……相手は獣人族だぞ?」
「……やれます。やってみせます!」
「良いだろう。だがその代わり、絶対に勝て」
「はい!」
シャルさんは重心を落とし、拳を握って構えを取り、剣を持つ騎士は剣を構え、クライバーン准男爵は特に構えることも無く、槍を右手のみで水平に持つ。
「では良いな?始め!」
アウル様の開始のかけ声と共にシャルさんの姿が消え、気付けばクライバーン准男爵がいた辺りで右正拳突きを放った体勢で静止しており、クライバーン准男爵は開始位置から数m離れた位置に着地するところだった。
「彼を先に倒すのでは無かったのか?」
「当たればそれでも良かったけど、一応今のはただの挨拶代わりだよ」
「このっ!」
剣士が突如隣に現れたシャルさんに斬りかかるが、シャルさんもそれを後ろに飛び退いた。
先程のクルツ君の動きも速かったが、シャルさんの動きはそれを完全に越えている。もしかしたらラムサスさんと手合わせをした時の僕よりも早いかも知れない。……いや、恐らく速いだろう。先程から僕の目でも追いきれてはいない。
「彼女……シャルさんっていったかな?凄く動きが速いね」
「獣人族ってのは乱暴な言い方をするなら、人間の体に獣の能力が加わったようなもんだからな。特にネコ科の獣人は、基本的に運動神経や感覚が普通の人間よりもかなり高いからな。元が高い物を強化されれば、限界も当然高くなる」
「……つまり普通の人より身体強化による恩恵は大きくなる?」
「そういう事だ」
エルガンド帝国時代、獣人族は奴隷にされていたはずだ。そんなに強いのならそもそもなんで負けたんだ?それに何故奴隷に甘んじていたんだろう?
ギルとリリーが僕の顔を見て悟ってくれたらしく、僕の疑問に答えてくれた。
「獣人族と殴り合ってもまず勝てねぇだろうが、戦争となれば話は別だ。だから昔あった獣人族の領土は狙われ、北の地に敗走を繰り返し、逃げ遅れた獣人族の一部は奴隷にされたんだ」
「戦争なら別?……数の差?」
「まぁそれもあるが……決定的な差は別な所だ」
「それに一口に獣人族と言っても色んな種族がいるわ。ローラのような温厚な種族もいれば、好戦的な種族もいるのよ。奴隷にされていたのは温厚な──動いた」
先程のクルツ君に近い速度で剣士がシャルさんに袈裟に斬りかかるが、シャルさんはこれを余裕をもってかわして剣士の懐に踏み込んだ。──が、これは剣士の誘いだった。
剣士は袈裟切りに斬りかかった刀から右手を途中で離し、左手一本で剣を振り抜くと、飛び込んで来たシャルさん目掛けて右手で魔法を──
「ハハ、おっそおぉい」
放つ前に動きがもう1段加速したシャルさんによって腹を右手で殴られ、魔法を放とうとしていた剣士の右手は、シャルさんの左手により捻り上げられていた。
「ムフフーン。降参するなら今の内だよん?」
「こ、こいつ……舐めるなぁー!!」
剣士は右腕を捻り上げられた体勢のまま、左手で持っていた剣による突きを放とうとするが、その突きも出す寸前にシャルさんの右足で蹴り上げられ、剣を取り落としてしまった。
「剣も無くなったし、降参しなよ?」
「……あれだけ大見得を切ったんだ。降参など出来ない。もしトドメをささなければ、副隊長と闘っている最中に後ろから攻撃するぞ?どうせ死にはしないんだ。遠慮はいらん。ひと思いにやってくれ」
「……本当に死なない?」
「……大丈夫だ。ここでの戦いで死ぬなら、俺は既に2回死んでいることになる」
「……そっか、じゃあ遠慮無く──よっこいしょっと」
捻り上げていた剣士の右腕を持ち上げ、脇の下に自らの頭を入れて肩を貸すような体勢になったかと思うと、シャルさんは剣士の股の間に右腕を入れて剣士を持ち上げ、そのまま左後方に倒れ込み、石畳の上に剣士の後頭部を打ち付けた。
剣士がまだ消えていないということは、どうやら剣士のダメージは死に至る程では無かったようだが、彼の意識を刈り取るには十分だったようだ。
「一応言っておいてやるが、そいつはまだ結界内で生きている。もしレストとの戦闘中にそいつが目を覚ませば、そいつは再度参戦することになるぞ?」
シャルさんはアウル様の言葉を聞き、心底不味い物を食べたような顔で石畳の上で気を失っている剣士を眺めていたが、しばらくするとなにかを思いついたらしく、口角を吊り上げ、今にも『ムフフ』と聞こえてきそうな表情でクライバーン准男爵を見た後、動けなくなった剣士の首根っこを掴んだ。……ま、まさかこれは?
「あの子、あの人を盾にする気ね」
「だな」
どうやらシャルさんがしそうだと僕が思ったことを、ギルとリリーもすると思ったらしい。
シャルさんは剣士を引き摺りながら一瞬でクライバーン准男爵の下へと駆けていき、クライバーン准男爵が槍を突く構えを見せたのを確認し、シャルさんはすかさず動かなくなった剣士を盾にした。そしてそのままクライバーン准男爵の槍の間合いへと突っ込み。
──盾にした剣士ごと貫いてきたクライバーン准男爵の槍を、横っ腹に受けていた。
「カハッ、はぁはぁ、仲間ごと貫こうとするかな、普通?」
「私なら敵の盾にされて生き恥を晒し、味方の害になるくらいなら殺してほしいと願う。尤も、それがあいつの意見と同じかどうかは聞いてみないことにはわからぬが、幸いなことに、ここでは死ぬことはないから聞く必要も無い」
「……何割かは痛みを引きずるんだよね?」
「そうだな。だが自ら1人で良いと言っておきながら、敵の盾にされるような奴には丁度良い罰だ。
さて、致命傷は避けたようだがどうする?続けるか?」
「……当然」
シャルさんの横っ腹の傷は致命傷とまではいかないまでも、それなりにザックリといかれており、出血こそ少ないがかなり痛そうだ。だがシャルさんは傷口を抑えているだけで、治癒魔法を使っているような素振りはない。
「シャルさんも治癒魔法は不得意なのかな?」
「獣人族だからな」
「?獣人族だと治癒魔法が不得意なの?」
「獣人族は自分の身体の強化以外の魔法が使えないのよ。多少治りが早くなる程度の自己治癒力の強化や止血なんかは出来るらしいのだけれど、それもすぐに自分を治せる程ではないわね」
クライバーン准男爵は、先程シャルさんに蹴り飛ばされた剣士の剣が落ちていたところまで歩いて行くと、自らの槍を石畳の上に置き、その剣を拾い上げた。
「さて、あいつは見れんだろうが、副隊長としてあいつがしようとしたこと、その手本を見せてやろう」
クライバーン准男爵は剣を右手1本でダラリと持つと、左手でシャルさんに向けて炎を放射した。
先程クルツ君に放った炎弾のような塊ではなく、火炎による面制圧だ。シャルさんはこれを躱すため、シャルさんから見て左後方へと走って逃げるが、怪我のためか、先程のような速度は既にない。
クライバーン准男爵はシャルさんを追いかけるように火炎の角度を変えながら、シャルさんの逃げ道が無くなるように調整し、自らもシャルさんの進行方向へと向かって走り出す。これによりシャルさんはコーナーへと追い詰められる事となり、逃げ場を失ったシャルさんは、クライバーン准男爵へと殴りかかるが、予めそれを読んでいたらしいクライバーン准男爵の剣による袈裟斬りの方が先にシャルさんに襲いかかった。
シャルさんはこれを両手をクロスさせてガントレットでなんとか受け止めるが、そのせいでシャルさんの動きが止まり、その瞬間つい先程まで火炎を放っていたクライバーン准男爵の左手により、シャルさんの横っ腹の傷がある場所を掴まれ。
「──────ッ!!」
シャルさんの声にならない悲鳴が上がった。
「敵を盾にしようなどと、浅知恵を使うからせっかくの速度が殺され、結果このような事になるのだ。戦うときは自分の強味(速度)を生かす事と、弱点を補う手段を第一に考えて戦え。お前のコース替えの試験も、お前が望むなら俺が担当してやる。その時にでもまたお前の実力を俺に見せろ。それでどうする?これでもまだ続けるか?」
「……既に手に魔力が込もってるみたいなんだけど、続けたらこのままボクのお腹を焼くつもり?」
「無論だ。その為に魔力を込めたまま掴んでいるのだからな」
「ボクの負けで良いよっ!痛いから早く離してよ!」
「シャルが負けを認めた為、シャルの敗北とする。戦闘時間5分40秒。1人は倒したが、2人を倒すことには失敗したためシャル500点!」
シャルさんの負けが宣言された。
「身体能力が高い獣人族が、エルガンド帝国時代に帝国に負け続けたのは、最初にやってた火炎放射を含む魔法戦でやられたからだ。差しでやり合えばまず勝てねぇが、逆に距離をとっての魔法戦だと、獣人族はそもそも身体の強化以外の魔法が使えねぇから一方的にやられたんだ」