第15話 実戦試験1
アウル様は試験管達の労をねぎらい、部下に試験官達を預け、他の部下としばらく話して何事か指示を出した後、僕達受験生を自らがいるゲート付近に並ぶように指示し、僕達に向かって話し始めた。
「これより実戦試験を始めるが、この試験は任意参加だ。実戦試験では我が家で修練を積んだ者が試験官を務め、お前達の力量を測ることとなる。魔力を籠めた鎧による保険は無いが、アルベドがこの遺跡の装置を利用し、展開する結界内で闘う為死人が出ることは無い。ただし、結界内で受けたダメージの何割かは、試験終了後も幻痛としてしばらく味わうこととなる。結界内で死に至る程のダメージを受けた場合、医務室に直接飛ばされ、そこでアルベドのところ……ストラーダ家の門下生がある程度治療をしてくれることとなっているから安心しろ。そしてこの試験、試験官にはお前達の力量をみるようにとは言ってあるが、なるべく早く終わらせろとも言ってある。当然魔法の使用も有りだ。
試験官に300秒倒されずにいれば500点。
倒されても医務室送りにならず、それまでに評価出来る物があれば最大300点の加点を与える。
試験管を1人倒せば所要時間に関わらず5000点。
試験官を2人以上同時に相手に選んだ場合、2人目以降は倒しても1人につき3000点とする。だがもし自ら指定した人数全員を倒せず力尽きた場合、それまでに何人倒していようが時間での500点以外は認めない。ではそろそろ始めるとしようか。──アルベド!」
アウル様がアルベド様の名を叫ぶと、闘技場のど真ん中。石畳の上に一辺が100m近くもある、おそらくは正方形の舞台と、その四方に四角い柱がそびえ立った。そしてさらに、僕達がいるのとは反対側の壁が持ち上がったかと思うと、中からは甲冑を身に纏い、思い思いの武具を装備した100人前後の騎士団が現れる。
「いまからこの舞台で闘ってもらうわけだが、先程も言ったように覚悟のない者は列から外れて辞退せよ!なお、辞退しても減点などは無い。辞退する者は客席へ行け」
アウル様の話が終わると共に、選抜コース以外のほぼ全員が客席へと移動した。残っているのはクルツ君と獣人の女の子、あとは僕達選抜コースの人間だけだ。
「どうやら選抜コースに辞退者はいないみたいだね」
「当然よ。ここで辞退するくらいなら選抜コースで受験なんてしないわ」
「選抜コースを受けるのは、継ぐ爵位の無い貴族の次男や三男か、実力を認められた人間だからな。今年は俺やブラックスミスが受験するから貴族の子女も多いらしいが、選抜コースの場合入試の点数は入学後に響くからな、お偉方もあそこの貴賓室から観てるぜ?」
ギルはそう言うと、アウル様が飛び降りた観客席の上階にある部屋を指差した。ちなみに部屋になっているのはここだけで、残りは四方に外から客席へ入るための3m近い高さの通路があるだけで、残りは階段状の座席となっている。
「そう言えばギルのお父さん明日までヴァーウェンに居るって言ってたよね?今日も来てるの?」
「あぁ、あそこの貴賓室に居るぜ?あとはヴァーウェンの領主であり、学園の理事でもあるゴールドマン大公や近隣の貴族も来てるはずだぜ?」
「この学園は新たな貴族の選考や、若い才能ある人間の発掘も目的の1つなの。……それと念の為言っておくけど、ブラッドリー子爵や辺境伯は来てないわよ?」
「そうなんだ。ありがとうリリー、ギル」
父さんや辺境伯も来てるのかな?って考えたら、リリーに先に言われてしまった。顔に出てたのかな?
「他に辞退する者はいないな?ではこれまで同様、コース・受験番号順に舞台へ上がれ、そして1~100までの中で好きな番号を宣言しろ!その番号がお前達の対戦相手の番号だ。そして1度選ばれたことのある番号だけを選ぶことは原則禁止だ」
クルツ君が戦斧を手に舞台へと上がった。
「では自分の名と希望する番号を言い、中央付近にある開始線まで進め」
「クルツです。1番の方をお願いします」
騎士団の中から1人、槍を持った騎士が舞台へと上がった。
「レストか、大当たりだな」
騎士が舞台に上がってすぐ、舞台に透明な幕……恐らくは結界が張られた。
クルツ君とこの騎士は互いに近付き、舞台中央付近で10m程の距離を置いて立ち止まり、互いに頭を下げて一礼してからクルツ君は戦斧を、騎士は槍を右側に持って構える。
「クルツ君の戦斧、戦斧にしては柄が長いし、斧の部分が少し小さいね」
「確かにそうね。先端に矛も着いているし、槍としても使えるように斧を小さめに作ってあるのかしら?」
「あれは多分それだけじゃねぇな。斧の後ろに着いた鎌、あれは多分突きをかわした相手の首を後ろから引っかけて刈るためのもんだろ?槍と斧と鎌の機能を1つの武器に……本当に使いこなせるなら面白そうだな」
「互いに準備は良いな?──では、始めっ!」
開始と同時にクルツ君が騎士へ向かって物凄い勢いで突っ込み、そのまま戦斧を右から左へ横凪に騎士に叩き付けようとしたが、騎士はこれをバックステップでかわしながら突きを放った。
クルツ君はこの突きを予測していたらしく、戦斧を振り抜いた勢いを利用し、わざと体を流す事で体を捻ってかわしてそのまま1回転すると、更に前に出ながら今度は突きを放ちながら更に前に出る。
騎士は更に後退し、連続で突きを出しながら右後方へと後ろ走りで走り続け、クルツ君の前進を止めようとするが、クルツ君は止まる事を知らないとばかりに距離を詰めようと、騎士の突きに対して突きで応戦しながら前進を続ける。
「両方ともなかなかやるじゃねぇか?」
「そうだね。でもクルツ君の方が分が悪いね。間合いに入り切れていないし、肉体強化も試験官の騎士の方が上みたいだ」
「そうね。騎士の方はわざとクルツ君?に速度を合わせて間合いを保っているようね」
この間合いというやつが槍を相手にする上で1番の難関だ。
槍との戦いは間合いの戦い。
現在、クルツ君と騎士との距離は大凡1.8m。
騎士の持つ槍の長さはおよそ2.5m、それに対してクルツ君の戦斧は穂先を入れても2m弱。持ち手の部分も有るため、クルツ君の突きの射程距離は1.6mと言ったところか、後退する騎士にクルツ君の突きは届かない。それに対して突きを放ちながら後退する騎士の槍は、一方的にクルツ君の体に届く。
その為クルツ君は今、戦斧の柄の部分で騎士の槍の柄を弾き、槍の穂先を反らしてかわしているが、武器の重量の差か、手数でも負けており、槍を反らしきれずに何度も騎士の槍がクルツ君を襲うが、見事な体捌きで直撃だけは避け、顔や体を掠める程度の槍は無視して突き進み、クルツ君の体には秒単位で傷が増えていく。
騎士が真っ直ぐ下がっていれば、すぐに騎士は舞台端に追い詰められただろうが、騎士は元々広い舞台を丸く回ることでさらに広く使い、反時計回りに後退を続けているので、追い詰める事は出来そうになかった。それでもクルツ君は止まらず、それしか知らぬとばかりに前進を続けていたが、丁度僕達の目の前を通り過ぎる頃、騎士の槍がクルツ君の太股を切り裂き、遂にクルツ君の足がもつれて騎士との間に6m近い距離が出来てしまった。それでも追い縋ろうと再度前進したクルツ君だったが、今度は騎士もクルツ君目掛けて突進し、騎士はクルツ君目掛けて今までで1番速度のある突きをカウンターで放った。
しかしクルツ君はその突きを見てニヤリと笑うと、戦斧を回転させながら、クルツ君も今までで最速の突きを放ち──
──パキンッバキバキバキ──
騎士の槍を粉砕した。
──だが──
騎士は既に槍を手放しており、クルツ君の戦斧の下を、突進の勢いそのままにスライディングでかいくぐり、足元まで接近していた。
クルツ君は驚愕に顔を歪めながらも、咄嗟に騎士目掛けて突きの軸足にしていた右足で蹴りを放つが、騎士はその蹴りすらも予測していたらしく、自らの左足でクルツ君の蹴りを受け止めると共に、滑ってきた自らの勢いを殺しつつ、右足でクルツ君の左足を水平に踏みつけるように蹴り飛ばしてクルツ君の足を払い、前掛かりに倒れてきたクルツ君のお腹目掛けて両手で炎弾を十数発も撃ち込みクルツ君を吹き飛ばした。
──ドスン──
クルツ君は5m近く浮き上がり、そのまま受け身を取ることすら無く舞台に落下した。
騎士は起き上がると共に、初めて口を開き、倒れるクルツ君にむかって話しかけた。
「その歳でそれ程の肉体強化、そして槍を恐れず突き進む勇気と我が槍を見切る目、見事であった。しかしあの足への突きを受けたのは失敗だったな。それまでの動きが良すぎた故、わざと受けたのがバレバレだ。そしてわざと受けたのなら、その後なにかを狙ってくるだろうことも予測出来たのでな、利用させてもらった。それと念の為聞いておくが、まさか攻撃魔法を使うのが卑怯だ!等とは言うまいな?さてどうする?続けるか?」
「はぁはぁ……いいえ、やめておきます。今は貴方の方が僕よりも強く、そしてしたたかだ。今は負けを認めます。……僕の名前は──クルツです。もう一度貴方のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
名を聞かれた騎士は兜を外し、笑顔で答えた。
「我が名はレスト=クライバーン。このヴァーウェン守備隊の副隊長をしている准男爵だ。お前、今はと申したな?気に入った!若い奴はそれくらい生きの良い奴の方が良い。お前一般コースだったな?コース替えの試験の時にでもまた相手をしてやる」
クライバーン准男爵が、倒れているクルツ君に手を差し伸べ、その手を取りながらクルツ君がクライバーン准男爵に質問する。
「……負けたら失格とかじゃないですよね?」
「最初から負ける気でどうする?だがまぁ安心しろ。今まで私が試験を手伝った14人、全員倒したが11人は合格している。つまり、負けても実力を示し、認められさえすれば合格だ」
「……ではまたその時にっ、お願いします」
起こされたクルツ君はわき腹が痛んだらしく、一瞬顔を歪めるが、笑顔で立ち上がった。
「試験終了!試験時間7分35秒!今回は相手が悪かったが、十分に実力は魅せてもらった。クルツ800点!」
アウル様が試験終了を告げ、クライバーン准男爵が背を向けながら手を振り、颯爽と他の騎士達の下へと帰……ろうとしてすぐにクルツ君の下へと戻ってきてコソコソと話し始めたが、耳の良い僕にはバッチリ聞こえた。
「お前、治癒魔法は使えるのか?」
「えっ?あ、はい。あまり得意では無いので時間はかかりますが一応使えます」
「なら舞台を降りる前に治療しておけよ?」
「?舞台から降りたら傷は無くなるんじゃ無いんですか?」
「確かに降りたら傷は消える。だが代わりに幻痛は残る。降りてからだとそもそも治すべき傷が無いから治癒魔法でも治せない。つまり今の内に治しておかないと、幻痛に苦しむことになる」
「──っ!ありがとうございます。すぐに治します!」
「あぁ。それと悪いが、ついでに私のも頼む!」
「?僕の戦斧は1度も当たってませんよね?」
「最後の炎弾で顔と手がヒリヒリしていてな。教えてやった代わりに悪いが頼む。私は治癒魔法というやつが全く使えなくてな」
「……自爆ですか……わかりました」
「すまんな」
「別に、良いですよ……」
クルツ君がしょんぼりしながらクライバーン准男爵の治療を始めた。
「おい、なにをしている?次が始められないだろ?さっさと降りろ!」
「「も、もう少しだけお待ち下さいアウル様!」」
クライバーン准男爵の治療を終えた後、クライバーン准男爵は心持ち遅めの歩速ではあったが、今度こそ仲間の騎士達の下へと歩いて帰り、クルツ君はそれを見送る振りをしながら、必死に自らの体に治癒魔法をかけ続けた。