第13話 実技試験1 前編
全員の魔力測定が終わり、僕らは試験官に続いて通路を歩き、石畳の闘技場がある広間に出た。
「よし!これから君達にはここで、剣・槍・戦斧・弓・無手・回復魔法・結界魔法・攻撃魔法の中から、君達が得意なものを1つ見せてもらい、それに得点をつけさせてもらう。
どれも最高得点は500点だ。もし仮に先に500点を出した者よりも優れた結果を出したとしても、500点以上の加点はない。今から10分以内に希望の試験の試験官の下へ行け。着いてからの順番は一般コースからだ!よし行け!」
「リリーは治癒魔法?」
「えぇ、そのつもりよ?」
「ギルはどうするの?」
「俺は剣か無手だな。つか他は出来ねぇ」
「ギルって魔法使えないの?」
「ブレスや肉体強化は得意だぜ?でも流石にブレスは不味いだろ?」
「なんで?」
「結界張ってくれねぇとここら辺一帯が消える」
「うん。それはやめておこうか。あ、そうだギルちょっと耳貸して?」
「ん?良いけどなんだよ?」
「まぁ良いから良いから」
僕は念の為に周囲を見渡し、彼女がいないことを確認してから、屈んだギルの耳に小声でぼそぼそと呟いた。
「あ?なんだって?」
ギルが僕の声を聞き取れず、自分の耳に集中したのを確認してから僕は大きく息を吸い込み。そして──
「わぁーっ!!」
「んぐぁ!?」
──バタン──
耳元で思いっきり叫んであげた。ギルは余程驚いたらしく、その場で転けたがすぐに立ち上がって僕に詰め寄ってきた。
「なにすんだよ!?」
「僕をドチビって言った事に対する仕返しだよ!」
「いや言ってねぇだろ!?」
「アルベドさんの事をドチビって言ったよね?それってつまり、アルベドさんとあまり身長が変わらない僕のことも間接的にチビって言ってるよね!?」
「はぁ?」
ギルが僕と僕の右後方を交互に見だした。
ん?なんで僕の右後方を見てるの?
「そうだな、確かにあんま変わんねえかも」
「ぎ、ギル?なにと見比べてるの?あ、アルベドさんならこの付近にいないことは確認してるんだから、驚かせようとしても無駄だからね?」
「いや別に驚かせるつもりはねぇけど、そこにいるぜ?そこのでかいのの影に隠れて見えなかったんじゃねぇか?」
「はは、そんな嘘──」
──ポン──
僕の右肩を誰かの手が軽く叩き、そのまま肩を掴まれた。
こ、これはもしかしなくてもアルベドさん?ど、どうしよう?
①笑顔で振り返る
②気付かない振りして歩いて逃げる
③振り向き様土下座
④僕の肩にはなにも触れていないと信じて会話を続ける
①はないよね?笑顔の理由がわからないし、この手の主はきっと怒っている気がする。なら③か?これなら謝意は伝わるだろうけど、僕がそこまでする必要はあるだろうか?アルベドさんは僕より小さいけど、僕はアルベドさんの分もギルに怒ったつもりだよ?悪気はないんだ!④は……ダメだ。間違いなく僕の肩には何かがあり、何者かの握力により徐々に悲鳴を上げ始めた。つまりもう②も無理だ。なら僕が取るべき行動は?
僕は新たに第⑤の選択肢を作り、それを選ぶことにした。
⑤無表情でゆっくりと振り返ってからの全力謝罪。
悪気があったわけではないけど、自分がチビだと言われるのは耐え難い屈辱だということを僕は知っている。その屈辱をアルベドさんに味合わせてしまったのなら、それはやはり謝るべきだ。
僕がゆっくりと振り返ると、そこには案の定アルベドさんがいて、目には軽く涙がたまっている。それを見てしまった僕は、心の底から謝罪する事を決めて謝ろうとしたが、僕の言葉はアルベドさんの言葉によって遮られた。
「わ、私の方が背が高い。お前の方がチビ」
「なっ!?」
僕はそんなわけがないと言おうとしたけど、確かにアルベドさんの方が少し視線が高く感じられた。そんなバカな!?学年1のチビはアルベドさんで、僕は2番目以降のはず!?
軽い目眩を覚えた僕は、アルベドさんから思わず目を逸らしてしまった。
ん?今視線を逸らしてしまったとき、アルベドさんの足下に違和感が……。
アルベドさんの足下を注意してよく見てみると、アルベドさんの足下の地面は少しだけ膨れあがっており、その上にアルベドさんは立っていた。
「……シークレットシューズならぬ、シークレットアース?」
「な、なんのことよ?」
「……足下、おかしいよね?」
「……き、気のせいよ」
「……」
「……」
僕はアルベドさんの頭を撫でながら、ブラッドリー家でローラに覗かれ、レイラに強請られたあの表情……僕の中で1番可愛い自信がある笑顔をアルベドさんに向けながら、大人の余裕を持ってこう言った。
「うん。そうだねアルベドちゃん」
「わ、わわかれば良いのよわかれば」
アルベドさんは突如頭を撫でられたことに驚いたのか、それとも僕のすっごく可愛い笑顔に驚いたのかはわからなかったけど、頬をほんのり赤くしながら数歩後退りすると、そのまま結界魔法の試験官の下へと足早に歩いて行った。
大人と言う字は大きい人と書く。大きい僕が小さいアルベドちゃんの背伸びに目くじらを立てるなんて大人気ないよね?だから大きい僕は小さなアルベドちゃんに、今みたいな大人の対応をするのは当然だよね?
僕は内心、かなりのドヤ顔を決めつつアルベドちゃんを見送った。しかし僕はその時、僕を見つめる数多の視線があることに気が付いた。
な、なにこの視線!?
「ね、ねぇ今の見た!?スッゴく可愛かったよね?」
「え、えぇ。とても殿方の表情には見えませんでしたわ」
「君、あの子は本当に男なのか?」
「本当に男……のはずです!」
「女の子より可愛い……学園祭の出し物として皆に提案しないと」
どうやら先程のやり取りは、皆の注目を集めてしまっていたらしく、他の受験生や教官達にも見られてしまっていたらしい。
か、かなり恥ずかしい……。と、とりあえず隣にいるリリーに話しかけながら、何事も無かったかのようにやり過ごそう。
「それじゃあそろそろ……リリー?リリー?」
隣に立っているリリーは、ほんのり頬を赤く染め、口元をピクピクさせながら「これがレイラの言っていた……」と呟いているだけで、返事を返してはくれなかった。
ならばと振り返ってギルに話しかけようとすると、振り返った瞬間にギルに両肩を掴まれた。
「見えなかった」
「え?」
「絶対今なんか面白いことしただろ!?それが見えなかったって言ってんだよ!」
「あ、そ、そうなの?残念だったね?」
「もう一回、今度はこっち向いてやってくれ!」
「は?」
「なにをしたのか気になるからもう一度今度はこっち向いてやってくれって言ってんだよ!」
「……やだ」
「なんでだよ!?良いじゃねぇか、減るもんじゃねぇんだろ!?」
「減るよ!僕の心がすり減るよ!」
「気になって眠れねぇじゃねぇか!」
「なら寝なくて良いよ?とにかくやだ!」
「なんでだよ!?」
「しろと言われてするような物じゃないし、恥ずかしいからだよ!」
だってギルの背後には、わざわざ覗き込もうとしている受験生達が何故かたくさんいるんだよ!?あっ!さっき『女の子より可愛い』って言った子がわざわざ走って回り込んできた!?……こ、ここは断固拒否だ!
そう思っていたところに思わぬ所から助けの声が入った。
「お前ら、あと2分で希望する武器とか魔法の試験官の前に行かないと、受験放棄で失格だからな?」
「わかりましたすぐ行きます!」×多数の声
僕はここぞとばかりに逃げ出した!
ギルがなにかを叫んでいる気がしたけど、どの試験を選ぶか真剣に考えていた僕にはよく聞こえなかったようだ。
剣が1番得意だけど、ギルも剣って言ってたから剣は無し!絶対並んでいる間にしつこく絡まれる。間違いない!槍も隣だから危ない……。戦斧はあまり得意じゃないし、魔法を使うのはまだ恐い。なら残すは無手と弓か……。記憶を無くしてから初めて使った武器も弓だし弓にしよう!そう思って僕は弓の試験の列に並んだが、並んでいるのは僕を含めて3人だけだった。他の武器や攻撃魔法も少なかったが、それでも他の全ての試験官の下には、最低でも10人は並んでいる。
なにより意外だったのは治癒魔法だ。1番難しそうな気がするのに、100人を越える受験生達が並んでいた。そして、何故かその列を見る弓以外の武術系の試験官達が、怯えたような表情を浮かべながら治癒魔法に出来た長蛇の列を眺めていた。
僕は試験の内容をあまりしっかりと教えてもらっていなかったけど、他の受験生達はたぶん試験内容を知っている。なぜなら今朝リリーに教えてもらった話によると、実技試験の内容は毎年固定だからだ。
試験の内容をよく知らないのは僕くらいかもしれない。
自分に言い訳をするのなら、あの時の僕は自分の正体について不安で不安で仕方が無くて、絶対通ると言われていた試験の内容よりも、自分の正体について考えることで頭がいっぱいで、試験内容を積極的に聞こうとは思わなかったんだ。でも今更ながら、やっぱり試験内容はきちんと聞いておくべきだった。
時間になり、弓の試験の説明が始まった。
弓の試験ではまず、指定された場所から30m50m70m90m70mの距離にある5つの的をこの順番通りに射る。70mの的が2つあるのは、最後の70mの的は的自体が空を向いていて、この的に当てるためには曲射で射なければならないからだ。そしてそれが終わると今度は難易度が一気に上がり、馬を走らせた状態で決められたスペースの中から弓を射て、その場射ちと同じ距離にある的に当てなければならないというものだった。
やはり思った通り、かなり難易度の高い試験内容だった。
だが僕は当初、移動する標的に当てることが最初出来なかったことから、それを克服するためにかなり練習を重ねてきた。そしてその練習の一環で、走るリアナに乗った状態で、移動する標的(リアナが蹴り飛ばした兜)を射る練習等も沢山積んできた僕ならきっと問題ない。
教官からの説明が終わり、今から15分間好きな弓を取り、弓の強さやクセを調べて練習するようにと言われた。
当然弓によって弦の張りやサイズによって、同じ力を込めて弦を引いて矢を放ったしても、同じようには飛ぶわけではないからだ。
僕が弓を選んでいると、すぐ近くで戦斧の試験が始まり、その流麗な動きの見事さに思わず目を奪われた。
僕の目を奪った主は、現在戦斧の試験を受けているはクルツ君だ。
戦斧の試験は型を見せてから試験官との実戦形式の手合わせをするらしく、クルツ君の一切無駄がないとすら感じられる程の見事な演武の後、クルツ君は鎧を身に纏って手合わせの準備を始めた。
試験官も当然鎧を身に纏っていたが、兜を着ける時の表情に、かなりの悲壮感が浮かんでいた事に、僕は違和感を覚えた。
戦斧自体は当然刃引きがされているが、あれが当たればタダではすまないだろうことは明白だ。しかしそれならおそらく鎧は、僕がラムサスさんとの手合わせの時に使ったような魔法の込められた鎧なのではないのだろうか?
王国最高位の学園であり、貴族の子女が通う学園だ。お金が無くて用意が出来ないとは考えにくい。
僕の疑問を余所に、クルツ君と試験官の手合わせが始まった。手合わせは終始クルツ君が試験官を圧倒し、ものの数十秒でクルツ君の戦斧が試験官のお腹に直撃して試験官が倒れた。そしてそこにすかさず登場したのが治癒魔法の受験生達と教官だった。
倒れた戦斧の教官に、治癒魔法の教官がなにやら魔法をかけて診察し、その後治癒魔法の受験生が治癒魔法をかけていた。
……な、なる程、治癒魔法はそもそも怪我人がいないとかけられないよね?だからその為に魔法の込められていないただの鎧を使用していたのか……でも、でもなんだろう?この壮絶にいたたまれない気持ちは?……この凄く可哀想なマッチポンプが用意されていることを知っていたから試験官は怯えていたのか……。
暫くすると治癒魔法の受験生の女の子が、自信満々に『出来ました!』と言ったが、試験管はまだのたうち回っていた。
……は、本当に完治したの!?
治癒魔法の試験官が戦斧の試験管に声をかけ、同時に恐らく先程と同じ魔法をかけて診察を開始したようだった。そして診察が終わると、自信満々だった女の子に向き直った。
「折れていた肋が折れたままだ、ただ表面の軽い擦り傷だけは治っている。50点。次」
「はい!」
次の子がまた治癒魔法をかけるも、試験管の悶絶は止まらない。
そしてその時僕は気付いてしまった。実技試験は一般コースの生徒から順番に試験を受ける。つまり魔力量が低く、恐らく大して場数も踏んでいない、半人前とすら呼べない子達から順番に治癒魔法をかけていく事になる。
そして、やたらと治癒魔法の試験を受ける受験生が多かったのは、武術にあまり自信が無く、痛い思いをしたくなかった受験生達が殺到したからではないのか?一般受験生や商人・使用人を目指す生徒には、それ程実技試験の成績は求められていない。
怪我を恐れて治癒魔法に殺到しただけの受験生達に、まともな治癒魔法がかけられるとは思えない。
ちゃんとした治癒魔法をかけてもらえるのはいったいいつになるのだろうか?と言うかそれなら弓の試験を受けようよ!?
そしてクルツ君はと言えば、自分の倒した試験官が悶絶し続ける姿を見てオロオロしている。
クルツ君。気持ちはわかるけど、僕達に出来ることはきっとこれだけだと思うよ?
僕は「試験官、頑張って!」と心の中で叫びつつ、弓の練習を開始した。
回復魔法表記を治癒魔法に直しました。