第12話 魔力測定後編
試験はついに、僕達【選抜コース】の番となった。
こちらは流石というかなんというか、29人が終わった時点で1500を下回ったのは4人だけで、最大が3765、最低が1320となり、殆どの人が1600台~1800台だった。そしてついに30人目、四大公爵家が1人、レオナルドさんの番となった。
レオナルドさんは整った顔立ちを不快そうに歪めながら扉の方へと歩いて行った。
「四大公爵家が1つ、黒のブラックスミス家だ」
「いったいいくつ出るんだ?」
「攻撃魔法専門の」
「ブラックスミス家が出て来たってことは、ここからは四大公爵家が続くんだよな?」
「あぁ、この後はレッドリバー・ストラーダ・ドラゴニールが締め……あれ?なんで6人いるんだ?」
「式典の後に願書を提出した奴がいたらしいから、多分それがあいつらなんじゃないか?」
「あっ!あの人着せ替えRそっくりじゃない!?」
「後ろの子は着せ替えJ君にそっくりよ!」
「ということはあの2人、キルヒアイゼン家ゆかりの方かしら?」
着せ替えRは知っている……でもJ君ってなに!?
「着せ替えRにJ君?あの人達はいったいなにを言っているのかしら?」
「さ、さぁ?な、なんなんだろうね?」
思わずどもってしまった。正直着せ替えRには心当たりがあったけど、J君には本当に心当たりがない。
そしてその時、僕達の後ろから先程の猫の獣人の女の子と、その友達と思しき女の子が並んで歩いてきた。
「あれ逆から来ちゃった?」
「だから私は最初から逆だってあれほど言いましたよね!?なのに貴方は私の言うことを全然聞かずにさっさと行っちゃうし!結局闘技場を一周回っちゃったじゃないの!?」
「そうなの?まぁ良いじゃん?ねぇねぇ。それよりあの人なに?有名人?」
「え?えぇ、あの方がブラックスミス家の次期当主様ですね」
「四大公爵家?」
「えぇそうですね」
「ふーん?で、誰?」
「レオナルド様よ!?なんで知らないのよ!?」
「あぁそうだったね。ありがと。ところで君誰だっけ?」
「貴方と一緒にオルデリート公爵に推薦状を頂いたラシーよ!貴方の面倒を見るためにわざわざあなたと同じコースで入試を受けてあげてるんですからね!?有り難く思いなさいよ!?」
「頂いたらしい誰なの?」
「ラシーよ!」
「うん。知ってるよラシー」
「もうやだこの子」
なにやら騒々しい2人が僕らの横を通る頃、レオナルドさんの魔力量が表示された。
【72531】今までトップだったクルツ君の6倍以上の数値に僕は驚いたけど、他の受験生達の反応は僕とは異なる物だった。
「72000?」
「なんか……思ったよりは……」
「ブラックスミス家の現当主や先代は、16の時に試験を受けて、既にその時には80000を超えていたって父さんに聞いていたけど、それを考えると……」
どうやら他の受験生達は、レオナルドさんの数値はもっと高いと予想していたようだ。
レオナルドさんは不快そうな顔のまま部屋から出ると、皆から少し離れた位置にある壁にもたれながら、一瞬自嘲気味な笑みを浮かべてから目を閉じた。
次に呼ばれたステラ=レッドリバーさんの数値は【68553】だった。
「流石はレッドリバー家の次期当主だ」
「もしかしたら赤白黒の、三色の均衡が崩れるんじゃないか?」
「あれって魔力じゃなくて相性の問題だからそれは無いだろ?」
三色の均衡?なにそれ?
疑問に思っているとリリーが教えてくれた。
「テトラ王国の三色。三色がどの家を示すかは言わなくてもわかるわよね?」
「うん」
「赤と白が戦えば、まず間違いなく赤が勝利する。
黒と赤が戦えば、まず間違いなく黒が勝利する。
白と黒が戦えば、まず間違いなく白が勝利すると言われているわ。これは主に極めた技の相性のせいね」
「相性?」
「白は防御や回復に優れ、魔法攻撃で崩すのはまず不可能。そして攻撃は、圧倒的な魔力による力押しだから、攻撃魔法で敵を圧倒する黒には勝てるけど、武術に秀でた赤には勝てない。
赤は武術により白に勝つことは出来るけど、圧倒的な攻撃魔法を武器とする黒には勝てないって事よ」
「なる程、ありがとうリリー」
「わからないことがあったらなんでも私に聞くのよ?」
「うん。わかった」
──ウオオォーオ!!!?
いつの間にかアルベドさんが計測を終えたらしく、アルベドさんの数値が表示されていた。
表示された数値は【539578】
あまりにも圧倒的な数値が並んでいた。
「なんというか……流石はアルベドね。魔力バカの称号は伊達じゃ無いって感じね」
「だな。次は俺だな行ってくる」
「ギルバート=ドラゴニール」
「へぇい」
ギルの言うとおり、試験官によりギルの名前が呼ばれ、ギルはライを抱き上げて歩き始めた。
ギルが扉の方へと歩いて行くと、試験を終えた受験生達から驚愕の声が上がった。
後ろからでもギルの肌に鱗が生え始め、ギルに抱き上げられていたライが消えたのがわかった。
どうやらライを自分の体の中に入れたらしい。
ギルの計測が終了し、表示された数値は【274891】と、こちらも馬鹿げた数値だった。
「流石は人類最強候補」
「帝国時代、当時の武の三色の当主が3対1で戦って倒せなかったらしいよ?」
「あれって本当なのか?」
「どうやらそうらしいぜ?」
へぇー、そうなんだ?それはそうと、確かソシアさんは、僕の魔力量は一般的な魔法使い数十~100人分って言ってたし、ライの話によればライやギルよりも上らしいから280000くらいあるのかな?
「じゃあ次は私ね。先に行ってくるわ」
「あ、うん。頑張ってね」
「ふふ、座るだけよ?なにを頑張れば良いのかしら?」
「まぁ、そうなんだけど、なんとなく?」
「ありがとう。なら転けずに座れるように頑張って歩いてくるわね」
「うん。行ってらっしゃい」
「リリアーナ=キルヒアイゼン」
「はい」
リリーが歩いて行き、話す相手のいなくなった僕は、僕と僕の前を歩いて扉へと向かうリリーを見る無数の視線があることに気が付いた。
僕は現在1人だけポツンと通路に体育座りをしていて、僕の正面には200人を超える受験生がこちらを見ている。
き、気まずい。
何か悪いことをしたわけでも、受験生全員が見ているわけでもないのに、この視線が気まずい。
そして何故かアルベドさんは僕を睨んでない?
ドチビって言ったのはギルだからね!?僕は悪くないからね!?
反対側に座っている受験生達の何人かがなにやら話しているのに気が付いた僕は、視線が痛かったこともあり、下を向いて耳をすませて話の内容を聞き取れないか試してみることにした。
別に隠れて聞いてるわけじゃないし、盗み聞きじゃないよね?
「あの女みたいな顔したチビ、あんな美人と仲良さそうに話しやがって!……入学したら真っ先に友達になって紹介してもらおうぜ」
「あぁ。抜け駆けするなよ?」
「お前こそ」
貴方達には絶対に紹介しません。今の声は覚えておこう。
「あの子可愛いよね。女の子みたい!」
「この間買ったドレス、胸がキツくて着るのを諦めたんですけど、あの子に着てもらえないかしら?」
「あぁ、あの一緒に買いに行った時に仕立ててもらったドレス?……胸じゃなくてお腹でしょ?」
「な、なんでわかったの!?」
「だってドレスを買いに行く前に4日も絶食したんでしょう?その状態で測ってしまったら、ご飯を食べ始めて体型が戻った時には着られなくなるのは当然じゃない?それもあんなにケーキばっかり食べて……」
……僕は紳士だ。だから今のは聞かなかったことにしよう。
リリーの測定が完了し、リリーの数値が表示された。表示された数値は【172931】だった。
「流石はキルヒアイゼン家!レッドリバー家とブラックスミス家を越えたぞ!?」
「でも僕の父さんは、現当主のアルバート様と同期だったらしいけど、アルバート様の魔力量は9000くらいだったって聞いてるよ!?」
「私もキルヒアイゼン家は、代を重ねる毎に弱くなっているって聞いてるわよ?アルバート様も降霊術無しでは闘えないと聞いたことがあります」
「俺もキルヒアイゼン家の方が出るから、魔力量がどれくらいまで落ちたか報告しろと父さんに言われてたくらいなのに」
……最後の人、ちょっと正直過ぎるよ?顔は見えなかったけど特徴的な声だったししっかりと覚えておくことにしよう。
辺境伯の政敵かもしれない。
……それはそうと、リリーの魔力量ってアルベド様並なんじゃなかったのかな?
「次、次が最後だな。ジェリド=ブラッドリー」
「はい」
うっ、皆の視線が突き刺さるし、色々ヒソヒソ話す声が聞こえる。耳が良いのが徒に……。
「ブラッドリー?あぁ、燭台のブラッドリーか」
「現当主は槍の達人らしいけど、息子は武術や魔力量はからっきしなんだろ?」
「あれ?ブラッドリー家って一人っ子よね?」
「なんでも妾の子がいたらしいわ」
「あぁ、そういう事」
そういう事ってどういう事?あと兄さんを悪く言った奴……リリーのことを紹介させるって言ってた奴だな?顔もしっかり覚えたからね?
僕が扉の方へと歩いていくと、アルベドさんが僕を睨んでいることに気が付いた。
だからチビって言ったのはギルだからね!?それにたぶん身長も僕と5cmくらいしか変わらな──
……ギル?今気付いたんだけど、身長が僕とそんなに違わないアルベドさんの事をドチビと言ったと言うことは、間接的に僕のこともチビって言った事にならない?きっとなるよね?
「とりだなジェリド!頑張れよ」
「座るだけなのになにを頑張るのさ!」
「おっ!?おぉ、それもそうだな?……なんだよジェリド?なんで
いきなり怒ってんだよ?」
「ライ。後でギルにお仕置きしたいんだけど、場合によっては協力してくれないかな?」
《おう!良いぜ?》
「ライ!?おいジェリド!お仕置きってなんだよ!?理由は!?」
「それに気づけない無神経なギルが悪い」
僕は扉を開いて部屋の中へと入った。
部屋の中には先程見た豪華な椅子があるだけで、あとは意外と殺風景な部屋だった。
椅子に座る為に椅子に近付いていくと、椅子の背もたれの部分になにやら大量の文字が掘られている事に気付いた。
──この闘技場における闘いを、無血の物としたくばここに座りて魔力を供給せよ。
起動に必要な魔力は50000EP
維持に必要な魔力は1000EP/m
1人戦死する毎に──
「なにをしているんだブラッドリー君。早く座りなさい」
「あっ!はい」
文章の内容は気になったけど、今は皆が僕の測定が終わるのを待っているんだ。さっさと座って終わらせないと。
僕は慌てて椅子に座り、しばらく待つ。……待つ……待つ……まだ?
試験官も他の受験生も扉の上、恐らく数値が表示されるガラスの部分を静かに眺めている。
中にも外の数値が表示されるガラスと似たような物があったが、こちらは残念ながら割れていたため数値は表示されていない。
皆はすぐ終わったのに僕はまだなのかな?
「あのう、まだひっ!?」
試験官に声をかけると、それに反応した無数の視線が僕の方へと向けられ、僕は思わず悲鳴をあげてしまった。
「あ、あぁ、もう良いぞ?出て来なさい」
「は、はい」
僕は転けないようにゆっくりと注意しながら歩いて扉の方へと向かう。
なんでこの扉はガラスで出来ているのさ!?皆の視線が刺さってなんだか恐いじゃないか!?
扉を開いて外に出て、数値が表示される場所を見ようとしたが、既に数字の表示は消えていた。
「あ、あのう、僕の数値っていくつだったんですか?」
ずっと僕を皆が見ていてなんだか恐いんだけど?というかアルベドさんは未だに僕のことを睨んでいる……。
悪いのは全部ギルだからね!?僕はチビなんて思っていないよ?僕より少し小さくて、もしアルベルトさんがいなかったら、この学年で1番背が低かったのが僕だったかも知れないと、心の底から安堵はしたけど!
「え、えぇっと、君の数値は530000です」
「あっ、はいそうですか」
530000かぁ……あれ?なんか多くない?魔法使い100人以下どころか、これじゃあ200人分じゃないか?
そして試験官が真顔で僕に問いかけてきた。
「君はいったい何者なんだ?」
「さ、さあ?自分でもわかりません」
1行目が誤って【貴族・上級使用人育成コース】になっていたので【選抜コース】に直しました。