第2話 ダニエル
あけましておめでとうございます。
初投稿作品第四話です。ぜひお読み下さい。
「君は本当にダニエルの息子なのかい?」
……な、なん……だと?
爆弾が落とされ、室内の空気がまた凍った。少なくとも俺にはそう感じられた。
母や兄弟姉妹がいるのかどうかはまだ聞かされていないので解らないが、少なくとも伯父だと聞いていた人物に、『君は本当に私の甥なのか?』と聞かれたのだ。
この叔父? の言葉に対して、記憶が混濁して自分の名前すら覚えていなかった今の俺には、答えようが無い。
ブラッドリー子爵は俺を見ているだけで、先程の俺への問い掛け以降、口を閉ざしている。
リリーさんも目を見開いてパチクリさせていたが、結局何かを言う気配はない。辺境伯は──こいつ一体何を言っているんだ? という表情でブラッドリー子爵を見ている。セドリックさんは……。この人は先程から一切動じない。直立不動のまま視線だけをこちらに向けているが、無表情のままだ。
俺が色々考えながら状況確認をしていると、ようやく辺境伯が言葉を発した。
「アーノルド、君はいったい何を言っているんだ? ──もしや君まで記憶が……?」
「アルバート。君だから許すが、私より上位の貴族だとしても、その発言はいくらなんでも私に対して失礼だぞ?」
また沈黙が訪れる。そしてその沈黙を破ったのは、意外にもセドリックさんだった。
セドリックさんは辺境伯に向き直ると、右手をヒジから先だけ曲げ、右肩のやや右前に掌を見せるような形で手を上げて、辺境伯に発言の許可を求め、辺境伯はそれに視線で応じた。
セドリックさんは、無表情のまま腕を下ろして一歩前に出ると、一礼してから話し始める。
「おそらくダニエルは、ブラッドリー子爵に自分の子供の存在を伝えていなかったのではないかと愚考します」
全員が、何を言っているんだこいつ? という表情でセドリックさんを見ているが、セドリックさんは動じない。
「旦那様、ブラッドリー子爵に旦那様からジェリドのことを話されたことはございますか?」
「いつ話したかは覚えていないが、それは当然あるだろう? たぶん妊娠が判明した時にお祝いの言葉を──」
「私の記憶が正しければ、ダニエルの妻の妊娠が判明したとき『初めての子供ですので、妻が妊娠したことを伝えて喜ばせた後に流産してしまっては、兄を無駄に悲しませてしまいますので、兄には無事に産まれてから伝えせては頂けませんか?』とダニエルに言われ、旦那様はそれを承諾されました」
室内に暫しの沈黙が訪れるが。
「なら産まれたときにお祝いの言葉を送っているだろう?」
「出産に耐えきれず、ダニエルの奥方は亡くなってしまいました。そしてその時ダニエルは『今はまだ妻の死を受け入れきれません。息子が産まれたことはとても嬉しいのですが、今はまだ、祝福の言葉を素直に受け入れられる心境ではありません。ですから今は、妻の死だけを兄に伝えたいと思います』というダニエルの言葉に、旦那様は承諾されました」
「私が言わなくともダニエルが実家に帰った時や、アーノルドが来たときにジェリドとアーノルドが会っているだろう?」
「私の記憶が正しければ、ダニエルはジェリドが産まれてから1度も帰省しておらず、ブラッドリー子爵が当屋敷に訪れた時も、子爵とジェリドが面会しているところを見聞きした記憶はございません」
再度の沈黙が訪れ、辺境伯が顔を引きつらせながら口を開く。
「私がダニエルの願いを聞き入れ、ジェリドが王立学園の入学試験を受けられるように推薦状を書くことを承諾した話くらいは──」
今度はリリーさんが声帯模写で話し始める。
「『ありがとうございます辺境伯。これで兄に自信を持ってジェリドの事を自慢出来ます』」
「『ふふふ、ダニエル。まだ私が推薦状を書き、入学試験を受けられるように手配することを約束をしただけで、合格したわけではないんだよ?』」
「『勿論承知しておりますが、旦那様はジェリドが王立学園の入学試験に落ちる可能性があるとお思いですか?』」
「『はは、あり得ないね。確かに王立学園はこの国で最難関の学園だが、ジェリドが落ちるわけが無い』」
「『私もそう思います。ただ旦那様、このことはジェリドが学園に合格するまでは……』」
「『わかっているよ。アーノルドには自分の口で伝えたいから私の口からは伝えるなと言うんだろ? 全く本当に君は心配性というかなんというか』」
本日何度目になるか解らない沈黙の後、今度はセドリックさんが話し始める。
「ジェリドを王立学園に入学させて貴族にすることは、ダニエルの夢だと私達はダニエルから聞いておりましたので、先程のやりとりの後、私とリリアーナさんとロッテンマイヤーメイド長とダニエルで、ジェリドがダニエルの夢の第一歩を踏み出せたことを祝福する為に、ささやかな祝いの席を設けたのですが、そこでダニエルは当時の私にとっては不可思議な発言をしております。今になって考えると、確信を持ってこういうことだったのかと思える事なのですが……」
辺境伯とブラッドリー子爵は既に呆れたような表情になっていた。おそらく俺の表情も一緒なんだろうな。辺境伯がセドリックさんに視線で先を促すと、セドリックさんはリリーさんに視線を向けた。するとリリーさんがまた話し始める。勿論声帯模写で。今度は聞いたことがない女性の声とダニエル(父?)と思われる声で。
「『やっとこれで肩の荷が下ろせそうだ。今までずっと言いそびれてきたけど、これでようやく兄に自信を持ってジェリドのことを話せる』」
「『……? ダニエル様。御存知とは思いますが、王立学園は入学出来ても爵位が約束されるわけでは無いのですよ? 王立学園卒業時に爵位が貰えるのは、多い年でも数人です。
不作の時期ならば、数年間誰も貰えない年が続くことも少なく無いと伺っております。そしてどれだけ才能があろうと、……例えば貴方の兄上であられるアーノルド=ブラッドリー子爵のような方が、同じ道の才能を持って同世代や1つ下の学年に入学された場合、爵位を頂くのはとても困難になると聞き及んでおります。あくまでも今はスタートラインにたつ権利を頂いたまで。まだまだこれからですよ?』」
「『それはそうなんですどね。……結局ここからはジェリドの努力次第です。親の私が出来る事もほとんど無いでしょう。それに爵位を貰うことが仮に出来なくとも、入学さえ決まれば兄に……』」
ここまで言い終わると、セドリックさんとリリーさんが互いにアイコンタクトを交わす。おそらく互いに話すことがまだ有るかどうかの確認だ。そして一拍開けた後、リリーさんとセドリックさんは同時に頭を下げ、さらに同時に頭を上げる、セドリックさんは無表情で一歩下がり元々立っていた位置に戻って体の向きを直す。
リリーさんはその場に立ち尽くしたままだが、顔が引きつっている。
そしてその頃には全員が理解した。ダニエルがジェリドが産まれてからの16年間、ジェリドをブラッドリー子爵に紹介しそびれ続けていたのだと言うことを……。
お読み頂きありがとうございます。
次回は辺境伯のリリーやジェリドに対する熱い気持ちが明らかになります。
特にリリーは小さい頃からメイドになるまでの……。
続きは次回【辺境伯の愛】でぜひお読み下さい!。