第7話 辺境伯との謁見
不確定要素多数込みでのジェリド君の推理回です。
会話ばかりの長い回となりますが、お付き合い頂ければ嬉しいです。
長文の会話が多いため、普段より改行多めにしています。
「旦那様。ジェリド様をお連れしました」
「入って良いよ」
「失礼致します」
メイドが外開きのドアを開き一礼すると、僕に室内へと入るように促した。
「失礼します」
僕はメイドが開けてくれたドアの前で一礼してから室内へと入る。
「お久しぶりです。辺境伯」
「久し振りだねジェリド」
辺境伯へ頭を下げて挨拶をしながら目だけで室内を確認する。
まず最初に目に付いたのは、辺境伯の右隣に立てられた槍だ。
ここからは机が邪魔でどうやって立てているのかは見えないが、おそらく床に立てるための専用の補助具か何かがあるのだろう。
室内にいるのは辺境伯だけで、他には誰もいない。
窓は辺境伯の座る席の背後に1つあるだけだ。
この部屋に繋がるドアは僕が入ってきたドアの他に僕から見て右側にもう1つ。
しかしこの部屋は、応接室と言うよりは執務
「記憶は戻っていないと聞いているが、この部屋には見覚えがあるのかな?」
「っ!いえ、失礼しました。僕はこのお屋敷で育ったと伺いましたので、ついつい記憶にある物はないかと探してしまい……」
「あぁ、気にしなくて良いよ。その為に君と会う部屋を応接室から執務室に変えたんだ。君はこの部屋に入ったことはあるが、応接室に入れたことはないからね」
「お心遣い感謝します」
やはり執務室だったか。辺境伯が着いている席はどう見ても執務机にしか見えない。そしておそらく隣の部屋が応接室か……リアナなら隣の部屋に誰かいるかわかるんだろうけど……辺境伯は終始穏やかな笑顔を僕に向けてくれているのに、そんな辺境伯を警戒している自分が本当に嫌だ。
「そんなに緊張しなくても良いよ?ここはある意味君の実家だ。もう少しリラックスして砕けた感じで話してくれても良いんだよ?」
「ありがとうございます」
「あと、そういうことならじっくり見てくれて構わないよ。後で君の部屋やダニエルの部屋、リ……リリーに案内してもらいなさい」
「僕の部屋はお父さんの部屋とは別に頂けていたんですか?」
「あぁ、色々あってね……満足したら席に着いて良いよ」
辺境伯が疲れたような顔をしながら顔を背ける。よくわからないけど、これが演技でなければ本当に色々あったんだろうな。
「ありがとうございます」
僕は辺境伯の言葉に甘えて周囲を観察させてもらいながらゆっくりと歩き出す。
部屋の広さは僕から見て横4m縦6m高さ3mといった所か。床には木目の綺麗な木材が使用されており、そこに更に漆が塗られているらしく、とても上品な色艶を出している。壁と天井には白い壁紙が張られており、決して豪華ではないが、とても上品に仕上げられている。
辺境伯の執務机の他にも、僕の目の前にはテーブルが置かれており、その左右にはとても座り心地の良さそうな2人がけのソファが置かれている。
僕はソファの右側の席の前に歩いて行き、辺境伯をチラリと見ると、辺境伯も執務机から立ち上がり、僕の正面のソファの前まで歩いてくるとそのまま腰を下ろした。
辺境伯の位置から槍までは2m強といったところか。
辺境伯がソファに座ったのを確認してからソファに座った。
「私に聞きたいことがあるんだよね?」
「はい。僕のことについてお尋ねしたいことがございます」
「相変わらず堅いね。先に言っておくけど、嘘はつかないであげる。その代わり答えられること、答えられても答えないことはあると思ってくれ」
「……わかりました。では手紙にも書きましたが、僕は僕の中に別の誰かがいると神獣に言われ、その存在について知りたいと考えています。そしてその答え、又はその手掛かりを辺境伯が握っているのではないか?と。辺境伯とセドリックさんはおそらく、僕が目を覚ます前に、僕が記憶を失っている、又はその可能性があると考えておられたのではありませんか?」
辺境伯は微笑んだままだったが、目の色が一瞬変わった気がした。おそらく僕の真意を見抜こうとしているんだと思う。
「なぜそう思ったのかな?」
「まず第1に、セドリックさんの発言です。先程は辺境伯の事を『旦那様』と呼んでいましたが、あの時は『キルヒアイゼン辺境伯』と呼んでいました」
「君の記憶違いの可能性は?」
「僕はあの発言で辺境伯の爵位や名前、その後に自分の立場を知りました。ですのでおそらく間違いではないと思います」
「へぇー。それで?」
「第2に、辺境伯には僕より1つ年下の双子のご令嬢がいらっしゃり、おそらく来年ご入学を予定されておりますよね?」
「そうだね」
「推薦状を出した相手が入学試験に落ちると、推薦状を出した貴族は推薦権を3年間失う。つまりご令嬢の推薦を辺境伯は出来なくなってしまいます。そのようなルールまであるのに、辺境伯は推薦権関連の事項を本当にお忘れだったのでしょうか?」
「どうだろうね?本当に忘れていたのかもしれないよ?」
「辺境伯は大公に次ぐ商業ネットワークをお持ちだと伺っております。そして大公に勝るとも劣らぬ商才と頭脳をお持ちとも……貴族として契約書の条文やルールを忘れることは、家や領地を致命的な危機に追い込む可能性があり、貴族を目指すなら必ず忘れるなと、僕は兄から教育を受けました。辺境伯がそんな大事な項目を本当にお忘れになっていたのでしょうか?」
「そうだね。あれは演技だ」
「そして第3に、ブラッドリー家の人間が誰も僕を知らなかったこと。いくらなんでも不っ?」
「ジェリド。ちょっと待ちなさい。1つ目と2つ目は認めるが、それについては間違いなくダニエルのせいだ。あれには私も本気で驚いた」
辺境伯が僕の目の前に左の掌を突き出し、右手で右下にガックリと落ちた顔を覆いながら僕の話を止めた。
「ダニエルには何度もアーノルドに伝える機会はあった。それなのにアーノルドになにも伝えていないなんて、流石に私としても計算外だったし本気で驚いたよ」
辺境伯が両手をおろし、やれやれとばかりに両手を軽く広げて掌を上に向ける。
その顔には疲れたような笑顔が張り付いていた。
「……1つ目と2つ目はお認めになられるんですね?」
「あぁ。君が記憶を失っている可能性については私がセドリックに伝えていた。彼は非常に優秀なんだが腹芸には向かなくてね。どこかでボロを出すと思っていたからこそ先に伝えておいたんだけど……最初からやらかしてくれるとは思わなかったよ。だが私としてはあの時さえやり過ごす事が出来れば良かったからね。それにそのお陰で君の推理を見れたのだからね。結果として悪くはなかった」
「ありがとうございます」
僕は辺境伯の発言を聞いて、正直かなり安心した。
嘘をつかないというのが嘘という可能性も当然あるが、本当に辺境伯が嘘をついていないのだとすれば、これで僕が襲撃者だった可能性がかなり低くなり、最有力候補だったもう1つの可能性が更に高くなったからだ。
僕は自分が辺境伯を襲った可能性は、複数の可能性を合わせても30%くらいだと思っていた。そしてその襲った可能性の中で最も高いと思っていた可能性を、辺境伯が自ら否定してくれたのだ。
「では、それを踏まえた上でジェリドの推理の続きを聞こうか。先に答えておくが、私は君の中にいる物の正体を知っている。そして、正解なら正解と答えよう。だが不正解ならそれまでだ。チャンスは1度きりとする。よく考えてから答えなさい。だが君はおそらく、私の発言に嘘がある可能性も疑っているよね?」
「っ!……はい。ほんの僅かですがその可能性も考えていました」
「良いよ。私でも同じように考えるだろうからね。私の発言に嘘がある可能性を残しては、到底満足など出来ないよね?」
辺境伯はそれだけ言うと立ち上がり、執務机の方へと歩き出すと、自らの執務机の上に置いてあったベルを手に取り、そのベルを鳴らしてからまた僕の正面へと座り直した。
すると10秒程で僕が入ってきた側のドアがノックされ、セドリックさんが一礼しながら室内へと入ってきた。
「失礼いたします旦那様」
「セドリック。シェリアを連れてきてくれ」
「畏まりました」
セドリックさんは相変わらずの見事な所作で一礼すると、ドアを音もなく閉めて出て行く。
「シェリアと言うのは我が家にいる妖精の名前だ」
「妖精……ですか?」
「あぁ。妖精については何か知っているかな?」
「詳しいことはあまり知りませんが、妖精には嘘を見破る力があり、重要な契約の時などに同行をお願いする事があると兄から聞いています。ですが同時に、気紛れで自由な性格のため、人には懐かないとも聞いています」
「シェリアは人間に懐いた、数少ない妖精の1人さ」
コンコンコンコン
「セドリックだね?入って良いよ」
「失礼いたします旦那様。シェリアを連れて参りました」
「もう、せっかくエリシアと遊んであげてたのにいきなり呼び出すなんて酷いじゃない!」
セドリックさんと共に、セドリックさんの後ろから体長20㎝位の小さな虹色に輝く4枚羽付きの水色のワンピースを着た美少女。おそらく妖精が文句を言いながら現れた。
小っちゃくて凄く可愛い顔で、精一杯頬を膨らませながら腰に両手を当てて抗議するその姿に、思わず頬が緩みそうになる。
「すまないねシェリア。でもその代わりに君が喜びそうな相手が来ているよ?」
「誰よ?嘘だったら……ジェリド!?久しぶりじゃない。挨拶もせずに伯父さんのところに行っちゃうなんて水くさいじゃない!いつまでここにいるの?ずっとここにいるの?居なさいよ!エリシアなんてあなたが居なくなってからしばらく部屋で一人で泣いてたのよ!?アリシアとリリーだって平気な振りしてたけど、しばらくはあなたのこと考えて心の中でずっと寂しそうにしてたんだからね!?責任取ってこれからずっとここに居なさいよね!?それを読まされる私のために!!」
僕は思わず呆気に取られてしまった。
最初は笑顔で両手を広げながら、ゆっくりとした動きで物凄い早口と共に僕に近付いてきたのに、途中からは怒るような表情にかわり、最終的には左手を腰に当て、自分の顔を親指で指差しながらドヤ顔で体を仰け反らせて僕の鼻先を飛んでいる。
だがこれで他国や他家から遣わされた刺客の可能性はなくなった。
「先程君が言ったように、妖精には私達人間の心が読めるんだ。そして妖精は悪戯好きだから、人を騙すことは有るし黙秘する事も多々あるが、嘘をつくことだけは絶対に出来ない」
「人には懐かないと聞いていましたから、妖精に会えるとは思っていませんでした」
「記憶喪失になったのは聞いてたけど、私の事も忘れちゃったのね。ジェリド」
「うん。ゴメンねシェリア?」
僕はシェリアの頭を人差し指で撫でながらシェリアに謝った。
「もうっ!頭を撫でて誤魔化そうとしても、誤魔化されないんだからね!?全然嬉しいんだからやめないでよね!」
やめるなと言われたので、とりあえず暫く続けることにする。
「わかっているだけで言うならだが、この国で我が家以外に妖精がいるのは、ゴールドマン大公家とストラーダ家とドラゴニール家に王立学園の寮監を代々勤めるジャンメール侯爵家だけだ」
「私の前で嘘ついても、私は絶対に見破っちゃうんだからね?凄いでしょ!褒めて良いわよ?というか褒めて!」
更に呆気に取られてしまった。テンション高いなぁこの子。
「そんなこと無いわよ?ジェリドが低いだけじゃない」
「シェリア。悪いが本題に入らせてもらうよ?私の発言に嘘があれば嘘があると答えてくれ」
「わかったわ」
「私が今日ジェリドに話した内容には一切の嘘はない」
「嘘はついてないわね」
「ではジェリド。それを踏まえた上で君の推理の続きを聞こうか。先程も言ったようにチャンスは1度きりとする。これは君と君の中にいる者の為でもある」
辺境伯はとても穏やかな笑顔を浮かべながら僕を見ている。
まるで親が子の成長を楽しむように。
辺境伯の言葉に嘘がないことはシェリアが証明してくれた。
僕は辺境伯の言葉に甘えて時間をもらい、何度も考えてきた答えにおかしな点がないかを考え直す。
「僕は神獣のリアナから、僕の中になにかがいると言われ、それからその存在について色々と考え、ある答えにたどり着きました」
それが当たっているかどうかは確信など無く、所詮は仮定に過ぎないが、もしそうなら辺境伯が僕の記憶がない可能性があると考えた理由についても納得がいき、全ての点が繋がる。
──キルヒアイゼン家の魔法特性──
それは死霊術と降霊術だ。
ラムサスさんとの手合わせで気絶した僕が、夢の中でとはいえ体験した魔法。
誰かが僕の体に憑依して僕の体を動かす所を僕は夢の中とはいえ見ていた。そして今もまだ僕の中には2つの魔力がある。
つまりその2つの魔力というのは、片方が元々あった僕の魔力。そしてもう片方が憑依したキルヒアイゼン家の誰かの魔力ではないかと考えたからだ。
僕が憑依した側の可能性も考えたけど、あの時見た夢の内容からすると、僕はどうやら憑依された側だったと考えられる。
ただしこの考えには大きな穴がある。僕は死霊術についてよく知らない。生者、死にかけの人間に死霊術をかけた場合どうなるのか?そして死にかけの人間に降霊術を施した場合はどうなるのか?僕はそれを知らない。それにより記憶が失くなるというのも僕の勝手な想像に過ぎない。
「その前に、僕はつい先程まで僕が辺境伯を襲撃した者である可能性も含めて考えていました」
「へぇー?それは何故だい?過去形ということは今はそうじゃないんだよね?その理由も合わせて聞こうか」
「僕が襲撃者だったとするのなら、それはどういう場合が考えられるかを考えました」
「まぁ、それは当然だね」
「まず1つ目が裏切りです。辺境伯が言うように、僕が実際にこのお屋敷でお世話になり、辺境伯の使用人となった上で、辺境伯が隣国との会合に出た帰りに辺境伯を裏切り襲った可能性。しかしこれについては最初から無いだろうと思っていました」
「理由を聞こうか?」
「もし僕が辺境伯を襲って護衛を皆殺しにし、その後辺境伯の手の者により、お腹に拳大の穴が開くような重傷を負わされたのだとしたら、僕の治療をする理由がわかりません」
「君が私を襲った理由を聞き出す為。というのはどうだい?君の意思か?それとも裏に誰かいるのを聞き出すためというのは?」
「その場合、ブラッドリー家に僕を預けるように仕向けるのはおかしいです。僕をブラッドリー家に送り出し、そこで僕の記憶が戻ってしまえば、僕は黒幕を話すどころか姿を暗ますか、はたまた再度辺境伯を襲っていたはずです。実際僕はリアナと自由に走り回っていたのですから。逃げようと思えば逃げられました」
「うん。まぁそうだろうね」
「僕が襲撃者であると仮定した場合、本命となるのは辺境伯とシェリアが否定してくれた、僕がこの屋敷の使用人というのが嘘であり、他国からの刺客、或いはサンガレット王国との会合帰りに辺境伯が襲撃されて得をする、何者かの刺客の可能性です」
「その可能性は無くなったが、その場合、誰の刺客である可能性を考えていたのかな?理由付きで答えてくれ」
「サンガレット王国との会合帰りに公爵が刺客に襲われたとなれば、戦争の切っ掛けとしては十分です。戦争推進派の貴族なら、
反対派の辺境伯のことは、さぞかし邪魔であろうことは想像に難くなく、刺客を送り込む理由として十分だと考えられます」
「……他には?」
「サンガレット王国にいるという、旧エルガンド帝国の皇帝です。エルガンド帝国時代、帝国内で勃発した革命戦争において真っ先に革命軍側についた貴族。それが当時のエルガンド帝国最大戦力の1つであったキルヒアイゼン家だと伺っています。そしてその後、それに呼応さるように革命軍へと参軍する貴族が続々と
現れ革命が成立し、今のテトラ王国があると学びました。
キルヒアイゼン家に刺客を送り込む理由としては十分すぎると考えられます。そしてそれなら、僕が旧エルガンド帝国の型を最初から使えた理由。そしてこの国の一般的な型がうまく使えなかった理由にも繋がります」
「まぁ……そうだろうね。君にはこの国の一般的な武術の型は誰も教えていない」
そしてこれが僕が最も恐れ、警戒していた可能性だった。
僕を瀕死の重傷に追い込み、キルヒアイゼン家の霊を僕の中に憑依させて僕を操る。
自分のことながらあれだけ強ければ使い道はいくらでもある。魔力容量については僕の物かどうかはわからないが、それでも降霊術で記憶を消し、操ることが出来るのならば、僕は最高の手駒となっただろう。
しかしこれは、今辺境伯とシェリアによって否定された。ならば残る可能性とはなにか?
それは、僕が最も高いと思っていた可能性。
「僕を救うため、或いは他のなんらかの理由から、キルヒアイゼン家のどなたかが死霊術、又は降霊術等で僕の中に誰かをお入れになったのでは有りませんか?」
辺境伯はシェリアに視線を向けて微笑むと、シェリアは辺境伯に非難するような視線を向けるがお互い何も言わない。そして辺境伯は僕に向かって微笑むと、僕に向かって手招きした。
「ジェリド。こちらへ来なさい」
「……わかりました」
僕はテーブルを迂回し、辺境伯の前まで歩いて行くと、辺境伯はソファに座ったまま僕を引きずり寄せ、僕を右手で抱いて膝の上に横向きに座らせた。そして左手で僕の頭を撫でながら、優しい声と悪戯っぽい笑顔でこう言った。
「とても良い線いっていたが、最後の答えは不正解だ。私達が使う死霊術というのは、死体にしかかけられない。そして降霊術では基本的に記憶は消えない。他にもいくつか穴はあるが、情報が足りない中で出した答えとしては上出来だ」
そしてその発言に対して、シェリアは辺境伯をジト目で見ながらこう言った。
「意地が悪いわよアルバート?」
「わかっているさ。それでもこれは、自分で思い出すべき事だ。シェリア、君もそう思うだろ?」
シェリアは頬を膨らませそっぽを向きながら苛立ちの含まれる声でこう言った。
「……わかんない」
長文をお読み頂きありがとうございます。
次回ようやく王立学園がある【ヴァーウェン】に到着です。
次回更新は、ネット小説大賞の最終選考結果発表後に当選落選の結果を添えて投稿しようと思います。
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