第6話 キルヒアイゼン家
「リアナさん。年齢に関しては私達が悪かったです。謝りますのでそろそろ機嫌を直していただけませんか?」
《もうそんなに怒ってないわよ》
「リアナちゃんゴメンねぇ?」
《だからもう怒ってないってば!》
あれから僕らは、レイラ指導の下ローラに御者を任せて森を後にした。
辺境伯の屋敷に行くには辺境伯領の街の中を通る事になり、人の飛び出し等も考えられる為、素人御者では危険だろうという理由から、辺境伯の領地に入る前からはレイラが御者をしてくれている。
馬車に乗っているのは僕達3人とリアナだけだ。
ギルとライは人と会う約束があったらしく、『悪いけど俺らは約束があるから先に行くぜ?また学園で会おうぜ!』と僕らに別れの挨拶をすると、ライが巨大化を始めた。
ギルはライの胸の辺り……巨大化して初めてわかったのだが、鱗が一部分だけ無い場所があり、そこにギルが触れると、ギルはそのままライの中へと吸収されるように消えてしまった。
そしてライはそのまま巨大化し、飛んでいってしまった。
ギル達が竜へと変わり飛び立つ前、僕はギルに『いきなり竜が空を飛んで来たら、見た人達が恐がらない?』と聞くと、『最初の頃はよくパニックになったらしいけど、最近は俺達が飛んでるのを見ても驚く奴は少ないぜ?ガキ共なんか手を振ってくれるしな』と、ギルは笑顔で僕の質問に答えてから飛んで行ってしまった。
既に何度もパニックを起こした後だった!!そして慣れとは恐ろしい物で、既に驚く事すらやめたらしい。
そして僕らはロイさんへの挨拶も済ませ、今に至る。
ローラとレイラがリアナに謝っているのは、リアナの年齢について大幅に外したことを、まだリアナが怒っていると思っているからだ。でも実際は……
《あぁもうっ。まだ聞こえないの!?あいつ私にウソついたんじゃないでしょうね!?》
(僕が代わりにリアナが怒ってない事だけでも伝えようか?)
《私がするから良いわよ!》
(はいはい)
《はいは一回!》
(……はい)
リアナが今試みているのは、思念波をローラとレイラに送ることだ。
ライさんが言うには、思念波と言うのは、思念波を使える者なら色んな種族の思念波を拾うことが出来る。だからリアナはライさんと思念波で会話が出来る。
そして思念波を使えなくても、自分と同種の存在からの思念波を聞くことは出来る。
ここまではリアナが僕に話した内容と同じだった。しかしライはそこから更に『思念波を使えない自分と別の種族に思念波を送る場合、送る側が相手の種族に合わせた思念波を送れば相手にも聞こえる』と教えてくれたのだ。
実際にライさんの友達の中には、人間への思念波の送り方をマスターした竜もいるらしく、それを聞いたリアナが習得しようと現在頑張っているのだ。
その説明を聞いて僕が思い浮かべたのは、船の伝声管だった。
思念波を使えない者は自分の部屋に伝声管が1つだけ繋がっており、そこから音を聞くことは出来るが、自分から話す事が出来ない。
逆に思念波を使える者は司令室のようなところにいて、全ての種族への伝声管が繋がっており、全ての種族の思念波を聞くことは出来るが、自分がその伝声管を使って話すためには、相手の種族の伝声管を見つけ、それに向かって話さないといけないと言う事だ。
つまりリアナは現在、その伝声管を手当たり次第に探しながらローラとレイラに話しかけているのに、その伝声管が見つからないからイライラしているだけであり、年齢のことについてはむしろ、思念波を2人に送れるようになったら、2人をイビる材料として、話せるようになった時の楽しみにしているらしい。
そうこうしている間も馬車は走り続け、ついに辺境伯の屋敷が見えてきた。
(リアナ。大丈夫だとは思うけど、念の為最初に話した通りにお願いね?)
《心配しすぎだと思うわよ?》
(僕もそう思うんだけどね、でも可能性はゼロじゃないから、もしもの時は2人を頼むね?)
《私がいるからにはもしもは無いし、ジェリドも大丈夫よ》
(ありがとう。リアナ)
レイラは馬車を辺境伯のお屋敷の玄関前まで回し、僕らに降りるように言うと、それとほぼ同時に玄関が開き、中からリリーが姿を現した。
「久し振りねジェリド。ちゃんと元気にしてた?」
それに続くようにセドリックさんも姿を現す。
リリーの髪型は以前と変わらぬツーサイドアップであったが、服装は薄い青と白を基調とした膝下までのドレスワンピースに、黒いヒールの靴を履いており、そこから伸びる細くしなやかな足は、白いニーソックス?で素肌を覆い隠しており、顔には思わずドキリとしてしまうような、溢れんばかりの笑顔を咲かせていていた。
そして更に、威厳と品がある執事のセドリックさんがリリーの後ろを追従するように歩いて来る姿は、本物のお姫様と錯覚してしまいそうな程だった。
現在は馬車の移動を、馬厩舎から出て来た別の使用人に命じている。
「ジェリド?」
「あ、うん。元気だったよ?」
思わずリリーに見とれてしまっていた。メイド服をイメージしていたのに、あんなに可愛いドレスワンピースを着て、あんな笑顔を見せられるなんて思っていなかった。
「レイラも久し振りね」
「お久し振りですリリー。リリーと会うのは約半年ぶりですね」
「そうね。ジェリドと入れ違いだったからそうなるわね」
《この子が私の名前の元になったリリアーナね。私の名前の元になるだけあって可愛いわね》
リリーがリアナの方を振り向き、少し恥ずかしそうにしながらも近付いて行き、リアナの頭を撫で、チラリと僕を見ながら話しかけ始めた。
「あなたがリアナね?ジェリドが名付けたとは聞いていたけど、私の名前から取ったのよね?」
《そうよ》
「……そうだね。勝手に名前借りちゃってゴメンねリリー?」
「良いわよ。その代わりちゃんと大事にしてあげてよね?」
「もちろん」
「ジェリド様。お久しぶりでございます。当屋敷のハウススチュワートを勤めるセドリックでございます」
セドリックさんが僕の近くまで歩いてきて頭を下げながら話しかけてきた。
「お久しぶりですセドリックさん」
僕も姿勢を正して頭を下げながら挨拶を返した。
「旦那様がジェリド様と2人で話がしたいと仰せです。
さっそくではありますが、ご同行願えますか?」
「……わかりました」
(じゃあリアナ、行ってくるね。2人をお願い)
《ついて行かなくても大丈夫?》
「他の皆様は別室にてお待ち下さい」
(2人で会いたいって言ってくれているから、どちらにせよリアナは連れて行けないからね。それより2人を頼んだよ)
それだけ言うと、セドリックさんは一礼して玄関の方へと歩き出した。
《大丈夫だとは思うけど、なにかあったらすぐ呼ぶのよ?》
(ありがとうリアナ)
「じゃあちょっと行ってくるね?」
「行ってらっしゃい」
「ジェリド、私も色々話したいんだからまた後でね」
「うん。また後でね」
「行ってらっしゃいませ」
皆に1度頭を下げてから、セドリックさんを追って玄関をくぐると、玄関裏には20代と思われる綺麗なメイドが1人控えており、僕に一礼してから皆の下へと向かった。
あの人がローラ達を案内してくれるみたいだ。
セドリックさんについて行くと待合室に案内され、ここでしばらく待つように伝えられた。
僕はきっと、ようやく自分の記憶の手がかりを掴める。
僕はどうしても僕のことを知らなければならない。
僕の中にいる何かとはなんなのか?そしてそれは、なにを思って僕の中にいるのか?
収穫祭の後、父さんは辺境伯に兄さんとソシアさんの婚約に関する報告を、辺境伯の屋敷を自ら訪ね、直接辺境伯に会っておこなった。
僕の予想通りに──
あの収穫祭を行った町【アウラ】は、辺境伯領に一番近い場所にあり、辺境伯の屋敷までも馬を飛ばせばそれほど時間はかからない。
父さんなら必ず自ら辺境伯に報告に行くと思っていた。だから僕は父さんに、辺境伯への手紙を届けてもらえるようにお願いしていた。
辺境伯はきっとなにかを知っているはずだから。
父さんにお願いした手紙の内容は、僕の正体についてだ。
あの日その手紙は、父さんの手で直接辺境伯に届けられ、その返事も父さんから伝言という形で頂いた。
──まずは約束を守り、私の下へ来なさい──
それが辺境伯からの伝言だった。そして今日、ようやくその日が来た。
僕は父さんから王立学園の推薦状を貰った日に、今年王立学園を受験すること。そして辺境伯の下にその挨拶に伺いたいという旨の手紙を辺境伯に出した。
それに対し、辺境伯からは『ジェリドの約半年間の努力と周りからの評価は、アーノルド達から聞いている。
記憶が戻らない中、よくたったの半年で王立学園への推薦状をアーノルドから貰えるまでになった。歓迎する。3月25日に私の屋敷に来なさい』という内容だ。
答えてくれるかどうかはわからない。
でも今、2人で会って話す機会は頂けた。
コンコンコンコン
僕のいる部屋のドアが4回ノックされた。どうやら使用人が呼びに来たようだ。
「どうぞ」
「失礼します」
音もなく扉が開かれ、メイドが一礼し、部屋の中に入らず僕に声をかける。
「応接室にご案内しますので、こちらへお越し下さい」
「ありがとう」
リアナに僕の中の別の何かの存在を伝えられてから、僕は僕の中の何かについて考え続けていた。僕の中になぜそれが入ったのか?なぜ僕の中にまだいるのか?それらの1番の手がかりとなるのは、当然この屋敷の人達だ。
僕が目覚めた時の辺境伯やセドリックさんには、少し不自然な所があった。
執事のセドリックさん。
セドリックさんは僕が目覚めた時、僕の記憶違いでなければだが、辺境伯に対する僕の態度を見て『キルヒアイゼン辺境伯に対してその様な態度』と、辺境伯の事を【旦那様】ではなく【キルヒアイゼン辺境伯】と呼んだはずだ。僕はその発言を聞いて辺境伯の名前を知り、相手が貴族であると知ったのだから。しかし普通執事が自らの主の事をわざわざそのように呼ぶだろうか?
しかもそれを聞かせる相手は同じ屋敷の使用人であり、当然辺境伯の事を知っているはずの人間に対して、しかも主の前でだ。
ブラッドリー子爵家の使用人が父さんを呼ぶときは『旦那様』であり、辺境伯の屋敷でもあの時のセドリックさん以外はそう呼んでいた。そして先程セドリックさんも辺境伯の事を『旦那様』と言っていた。
ならなぜあの時のセドリックさんはわざわざ『キルヒアイゼン辺境伯』と言ったのか?
──僕に辺境伯の事を教えるため?──
次は辺境伯だ。
辺境伯はとても頭が良く、敵には一切容赦しないが、身内や使用人想いのとても優しい人だと聞く。
僕が目を覚ました時の辺境伯はどうだっただろうか?
辺境伯は、僕のことを大切に思ってくれていると言ってくれた。しかし記憶喪失になったとわかった時、僕のことを心配する素振りが一度でもあっただろうか?
──そんな素振りはなかった──
僕は所詮使用人の子。そう考えると僕のことより賊の事を気にかけるのは当然だ。
しかし皆から聞いた辺境伯のイメージや、その後の辺境伯の発言とあの時の辺境伯にはズレがある。
──辺境伯は僕が記憶喪失になることを予見していた?──
そう考えると幾つか矛盾はあるが、大体は繋がる。
辺境伯には商才があり、頭もとても良い人物だと兄さんから聞いているが、父さんすら知っていた学園の推薦に関するルールを本当に忘れていたのか?
辺境伯には僕より1つ年下の双子の娘がいるらしく、当然来年にでも王立学園に入れるはずだと兄さんは言っていた。
娘が来年受験する学園の推薦に関するルールを、辺境伯は本当に忘れていたのか?その後の辺境伯の言動も、実は演技だったのでは……?
そして僕の存在をブラッドリー家の人間が知らなかったのは何故か?
辺境伯やリリー、セドリックさんのあの時の発言をあの時は信じたが、いくら何でも普通16年も気付かないなんてあり得なくない!?
次が僕の強さだ。
ラムサスさんとの手合わせをリアナ経由で見たが、僕は異常な程強かった。実はラムサスさんがあまり強くなく、皆あれくらい出来るのかと父さんにそれとなく聞いたが、確かにラムサスさんはレッドリバー家内ではそこまで強くない方ではあるらしいが、王国内で考えると上位二桁には入るであろう実力者だそうだ。そのラムサスさんを武力で圧倒する程の実力を持ち、アルベド様クラスの魔力を持つ人間。
そんな人間を含む30人余りを襲撃し、短時間で倒したうえ、自分たちの手がかりすら与えない。果たしてそんなことが可能だろうか?
そして何故僕だけ生き残ることが出来たのか?
これらのことから僕は、幾つかの仮説を立てていた。
そしてその中で最も有力な物の1つが
──辺境伯を襲撃した者が僕だという可能性──
コンコンコンコン
「旦那様。ジェリド様をお連れしました」
1番最初に仕掛けた伏線をようやく回収出来ました。
感想を投稿頂いた方の中には、辺境伯やセドリックさんの態度が不自然だと、伏線回収前に気付かれた方もいらっしゃり、正直かなり焦り、冷や汗ダラダラでしたが、どうにか回収出来ました。
他にも学園編の為、様々な伏線を仕掛けておりますので、今後にご期待下さい。
【次回予告】
次回ジェリドは、自分が襲撃者である可能性も含め、辺境伯に自分の正体について尋ねます。そして辺境伯はそんなジェリドの問いかけに対し、1度だけ自分がわかる範囲において、YESかNOか、ジェリドの考え、推理が辺境伯の知る情報と合っているかどうかを、ジェリドも納得する形で答えることを約束します。
その方法とはどの様な方法であり、襲撃者は本当にジェリドだったのか?そしてジェリドは、正解を導き出す事はできるのか!?
次回【辺境伯との謁見】をお楽しみ下さい。
次回更新は5/20の10:00を予定しています。