第一章最終話 アウラ
第一章最終話です。
私の小説にここまで付き合って頂き、ありがとうございます。
今回は2話分書かせて頂きました。長いですがお付き合い願います。
「行きましょう。兄さん」
「行くってどこへ行くつもりさ?」
「もちろんブラッドリー領内を回るんです」
「いや、もうすぐ夕方だし、明日は朝から収穫祭に行かないといけないからまた後日で良いよ。
明日の収穫祭で次期子爵に指名された事を発表して、村を回るのは明後日以降でも良いんじゃないかな」
「ダメです兄さん。今から回るので着替えて下さい」
「今からなんてほとんど回れないよ、それになんで着替えないといけないの?」
「……兄さん、ちょっと待ってて下さいね?」
兄さんは少し不満そうにしているが、僕は構わず廊下へと続く扉へ向かう。
コンコンコン
「ソシアさん、もうそこにいらっしゃいますか?」
「は、はい。ご指示通りこちらに控えております」
「指示通りに、そちらにいるんですね?」
「……はい」
「兄さん、こちらに来て下さい。ソシアさんが待っています」
「……ねぇジェリド。なんでソシアがそこで待ってるの?」
と、兄さんが外にいるソシアさんに、なるべく聞こえないように声を落として僕に尋ねた。
「やだなぁ兄さん。兄さんがローラに頼んで呼びに行かせたんじゃないですか?」
「……あれはあの時助けてもらうためであって今じゃない。それにあの時ジェリドはローラを止めたじゃないか?」
~あの時回想~
「ちょっと待ってローラ!その前に聞きたいことがあるんだけど?」
「良いよ、なに?」
「ローラって兄さんと僕、どちらの頼みを優先して聞いてくれるの?」
「どっちも聞くよ?」
「優先順位はどっち?」
「どっちだろ?アウラ様かな?」
「それはなんで?」
「なんとなく?」
「僕がこの屋敷に来た日、ローラが吊されている時にソシアさんと僕は初めて会ったんだけど、ローラはその時のこと、まだ覚えてる?」
「覚えてるよ?小悪魔ポーズのおねだり笑顔の事を必死に弁明してたんだよね?」
「それは忘れて良いから!!」
ローラが他のメイドにももらしたせいで、僕は兄さんとソシアさんが付き合い始めたことを記念するパーティーの日、メイドに囲まれ【小悪魔ポーズのおねだり笑顔】をしてくれと頼まれた。
もちろん丁重に断ったけど、何人かのメイドはまだ諦めていない。というか毎回思うけど、そのセンスの欠片も感じないネーミングは恥ずかしいよ!
「ソシアさんはその時、兄さんの専属だから兄さんの指示を優先します。って言ってたよね?」
「そういえばそんな事言ってたね」
「ならローラは僕の専属だから、僕の言うことを優先するべきだよね?」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
「いやローラさん待って、それは」
「ソシアさんがわざわざローラの前でそれを言ったのは、ローラに教える為でもあったんじゃないかな?なのにローラがそれを守らず、僕よりも兄さんを優先したら、ローラはまた吊るされるかも知れないよ?」
「そうなの!?全然気付かなかったの。教えてくれたジェリド様はやっぱり天使なの」
「ローラさん。そんな事でソシアは君を吊したりなんてしないから、早くソシアを呼んできて?
ソシアがくればジェリドを説得できるかもしれないけど、今騒いで父さんに気付かれたら、ジェリドは僕の夢を父さんに話してしマガッ!?」
僕は、今の兄さんの言葉で勝ちを確信しながら、兄さんの口を自分の手でそっと覆った。
「ローラ、僕が来た日にローラが吊された理由は、僕をちゃんと食堂に案内出来なかったからだよね?そしてメイド長に様を付けただけで吊される時間が延長された。
ローラって割と簡単に吊されているよね?
よく考えてみて。今回ソシアさんの教えを守らずに、僕より兄さんの話を優先すれば、吊されるかもしれないと思わない?」
「言われてみれば確かにそうなの!!」
「兄さんはローラを陥れようとしている悪魔かもしれない、それなら僕の言うことを聞いた方が良いと思うよ?僕の指示通りに動いてくれれば、兄さんの指示も僕の指示も守る事が出来るから、ローラは怒られないし吊されない」
「ありがとうジェリド様。もう少しで悪魔に騙されるところだったの。悪魔から救ってくれたジェリド様は、やっぱり天使だったの」
さっきから兄さんが、なにかモゴモゴ言っているようだが、なぜだか僕らにはよく聞こえない。
「ローラ、兄さんの耳を塞いでからローラの耳貸して?」
「……舐めたらダメだよ?」
「舐めないよ!?」
「じゃあまず、兄さんの言う通りソシアさんを呼んできて?ただその時ソシアさんにはこう言って欲しいんだ……」
~あの時の回想終了~
「そんな事より兄さん、ソシアさんが待ってますから、扉を開けてあげて下さい」
「なんで僕が?君が開けても良いし、ソシアに自分から開けて入って来てもらっても良いんじゃないかな?」
「ソシアさんは兄さんに開けてもらうのを期待していると思いますよ?」
「……なんで扉を開くだけで期待されているの?
そしてなぜかな?嫌な予感しかしないんだけど?」
「ソシアさんを招き入れるのが嫌なんですか?
……わかりました。ソシアさんは傷つくかも知れませんが仕方有りませんよね?ソシアさんには僕からそう伝えます」
「……ジェリド、君がここまで性格が悪いとは知らなかったよ」
「ではソシアさんには、『僕の手を煩わせるな』と、兄さんが言っていると伝えますね?」
「わかったよ!開けるよ!開ければ良いんでしょ開ければ!?」
兄さんが僕の横を通り過ぎ、扉の前で一呼吸してから扉を開く。
開いた扉の向こうには、白いパーティードレスを着たソシアさんが、真っ赤な顔をして立っていた。
いつもはほぼスッピンで、眼鏡にポニーテールのソシアさん。元が良いのでそれでも十分綺麗だ。
しかし今のソシアさんは眼鏡をかけておらず、長く綺麗な黒髪はさらさらストレート、そしてソシアさんの顔は、いつも以上に目元はパッチリ、唇は瑞々しい桃色にと、とても上品なメイクが施されている。
兄さんや父さんからは見えないだろうが、僕の角度からは廊下でガッツポーズを決めるメイド達の姿が見えた。
その中には、メイド1のおしゃれ好きで、僕に例のポーズと表情を見せてくれと、3度もお願いしてきたローラの親友、レイラの姿もあった。
何を隠そうレイラさんこそ、ソシアさんのコーディネートをローラ経由でお願いした女性で、次期メイド長候補の敏腕メイドだ。
そして本日非番の彼女へ依頼した事により発生する報酬は……プライスレスだ。
「ジェリド……これはどういうことかな?」
兄さんが顔を赤らめながら僕に振り向き問いかける。
良かった。思わず扉を閉じてしまったらソシアさんが可哀相だと思っていたけど、その心配はなかったようだ。
「兄さん、とりあえずソシアさんに入ってもらってはどうですか?」
兄さんはソシアさんを、互いに顔を赤らめながらも招き入れて扉を閉めた。
「僕は父さんから兄さんのことを、次期子爵だとこの領地に来る時に馬車の中で聞いています。つまり僕は、父さんがすでに兄さんのことを認めていることを知っていたんです」
それを聞いて父さんは、僕と兄さんを交互に見ながら頷いた。
「そして僕は更に、兄さんの夢は父さんに次期子爵として認められることであり、それが叶えば結婚するつもりだと知りました」
「……それで?」
「そして2人の結婚は、父さんも切望しています。
なので僕は、ローラ経由でその後のお膳立てをさせてもらいました。
兄さん、ソシアさんとここで婚約しましょう」
「なんでそうなるの!?」
「あれ?ソシアさんと結婚するつもりだというのは嘘だったんですか?
……ソシアさんの顔に悲壮感が本当に出てます……兄さん?」
「結婚はするけど心の準備くらいさせてよ!?」
「貴族の結婚は早ければ13から始まるのに、21で婚約すらしていないのなんて兄さんくらいですよ?心の準備なんて今すぐ済ませて婚約しちゃいましょうよ兄さん?それはこの屋敷の全員が望んでいることですよ?」
兄さんがオドオドしながら辺りを見渡すも、僕と父さんはニヤニヤしながら兄さんの言葉を待っている。
父さんも意外とこういうサプライズとかが好きなのかな?
ソシアさんは真っ赤な顔でショートドレスのスカートを所在なさげに左手で弄りながら、兄さんの左手を右手で掴み、恥ずかしそうにしながらも、不安と期待が入り混じった上目遣いで、兄さんを恥ずかしそうに見上げている。
兄さんは観念したかのように、フッと一息漏らすと僕を呆れたような顔で見る。
「君は本当に、見た目に反して性格悪いね?」
兄さんはソシアさんと目を合わし、互いに頷き合うと1m程左右に離れ、居住まいを正して父さんに向き直り、2人は一糸乱れぬ動きで右拳を左胸に、左拳を腰に回し、左膝を床に着けて頭を垂れた。
それを見た父さんは兄さんの前に立ち、右手の指輪が弱く一瞬光ると同時、父さんの右手には儀礼用の剣が握られていた。そしてその剣の峰の部分を首に当てる。
「「アウラ=ブラッドリーと、ソシア=スカイウォーカーは、互いを生涯の伴侶と認めることと致しました。
アーノルド=ブラッドリー子爵。私達を認めて頂けますか?」」
「次期ブラッドリー家子爵アウラ=ブラッドリー、並びにソシア=スカイウォーカー。私ブラッドリー家子爵、アーノルド=ブラッドリーは2人を認め、ソシア=スカイウォーカーをブラッドリー家へ迎え入れソシア=ブラッドリーと以後名乗ることを許す」
父さんはそう言うと剣を消して2人を立たせた。
「おめでとうアウラ、ソシア。そしてソシアはこれから私の義娘となるわけだから、これからは義父と呼びなさい」
「わかりました。お……お義父様」
「うむ。結婚は時期を見て行うとしよう。勝手にやっては公爵3家からどんな制裁を受けるかわからんからな」
よし!これで、めでたしめでたしと終わりそうだけど、ここで終わってしまうと困るから、早く兄さんには着替えてもらおう!
「では兄さん?早く着替えてソシアさんと一緒に庭に来て貰えますか?」
「……なんでだい?もう君の思惑通り父さんの前で婚約の儀式も終わったよ?着替える必要なんて無いだろ?」
「いいえ兄さん。まだこれでは僕の思惑の半分しか達成していません。むしろ僕にとってはここからが本番ですから、ちゃんと正装して下さい」
「ジェリド、ドッキリはもう勘弁して欲しいんだ。何をするつもりなのかちゃんと教えてくれない?おかしな事でなければちゃんと従うよ?」
「……37の」
「わかった従う。けど言えないってことはおかしな事なの?」
「サプライズを楽しんでほしいだけてす」
「……はぁ。わかったよ。では父さん、僕はジェリドの言う通り着替えてきます」
「あぁわかった。どういうサプライズかは知らないが、楽しんできなさい」
兄さんが肩をすくめて両手をあげ、参ったよと言わんばかりのポーズをしてから部屋を出る。
「それでジェリド、出来れば私も一枚かみたいのだが、私になにか出来ることを、用意してくれているのかな?」
「もちろん父さんにも頼まれてほしいことが……」
▽
庭で兄さんとソシアさんを待っていると、着替えを済ませた兄さんがソシアさんと一緒にやってきた。
「ジェリド、着替えてきたけどこれで良いかい?」
「はい。ありがとうございます兄さん。では行きましょうか」
「それでどこに行くんだい?」
「着いてからのお楽しみです。リアナ?兄さん達と僕を乗せて?」
「……僕達もリアナに乗るの?」
《えぇー、その人達も乗せるのー?》
「はい。ちょっとリアナと話があるので、兄さん達はそこで待ってて下さいね?」
僕は大きくなったリアナの顎の下を撫でながら、リアナに心の中で話しかける。
(この2人なら良いでしょ?)
《………………》
(リアナは僕と以心伝心の最高のパートナーだよね?
なら僕がリアナに、兄さんと仲良くしてほしいと思っていることや、ここで乗せてくれないと僕が困っちゃうこともわかってるよね?)
《それは……わかってるけど……》
(卑怯な手なのはわかってる。でも僕はリアナのことが大好きだから、屋敷の皆にもリアナとはもっと仲良くなって欲しいんだ。それにこれはリアナにしか頼めない事だし、僕らにはあまり時間がないかもしれないんだ。お願いリアナ)
《……ならそのかわり今夜のブラッシングは、ブラッシングが終わってからも、私が満足するまで続けてくれる?》
(報酬とるの?)
《レイラにはレイラが望む通りの報酬を出すんだし、私もそれくらいならお願いしても良いよね?》
(それ明日でも良い?)
《……明日と明後日の2日なら》
(交渉成立だね)
《仕方ないわね》
(……もしかしたら今日、他のもっと気持ちいいブラシが見つかるかも知れないよ?)
《なにしてるのジェリド?早く行くわよ?》
「兄さん。リアナが乗せてくれるらしいので、こっちに来て下さい」
「それは良いけど、どうやって乗れば良いの」
《さっさと行くわよ》
リアナが前脚で僕を頭の後ろに乗せ、兄さんとソシアさんを尻尾で纏めて持ち上げ背中に乗せた。
「では領地を回りますよ?次期子爵とそのお嫁さんの御披露目会です」
「ジェリド、リアナのことはバレたらまずいだろ?」
「もう仙人騒ぎの時に屋敷に来た、ロイさんの村の遣いの人が、領地中に僕が魔獣をテイムしたと言いふらしちゃったらしいので今更です」
あの時ロイさんに、ロイさんの村にいる人達への口止めはお願いしたが、ロイさんの村から馬で来た遣いの人の口止めを忘れていたという間抜けな事態が、実は今日燭台作りの町で発覚した。
つまりロイさんの村の遣いの人は、屋敷からの帰りに燭台の町まで足を延ばし、燭台を購入してから帰るまでの道すがら、会う人全てに魔獣の存在をふれ周っていたそうだ。
おかげでブラッドリー家にテイムされた魔獣が居ると言うことは、かなりの数の領民の耳に入っており、今更口止めなんて出来ないし、それが領民全体にまで浸透するのも時間の問題だ。
「魔獣をテイムする人は少なからずいるので大丈夫……だと思います。それよりもう最初の村に着きますよ?」
「早いね!?」
僕は最初に見つけた村の人に、村人を皆集めて貰うように頼み、村の広場で皆が集まるのを待ち、集まった頃に僕らはリアナから降り、僕が演説のように話し始めた。
ちなみに、リアナに関してはこれが例の魔獣かぁ。と言うのが大半の人間の反応だった。
やっぱり隠そうとしても今更無駄だ。
「この村の半分くらいの人は初めましてだよね?まず僕はブラッドリー家の次男でジェリド=ブラッドリー。ブラッドリー子爵の庶子です。
そしてこちらはみんな知ってるよね?アウラ=ブラッドリー。僕の兄でブラッドリー子爵の実子で今日、次期子爵に指名されました」
村人から拍手とおめでとうという歓声があがる。
「でもそんな兄さんには悩みがあるんだ。まず一つ目は、父さんや僕には領地の皆が親しく話すのに、自分と話すときには居住まいを正して敬語で話すから壁を感じるらしいんだ。それで兄さんは、もしかしたら皆に認められていないのかも?って思ってたらしいんだ。確かに敬語はある程度必要だとは思うけど、正しくしすぎるのもされる方としては嬉しくないから、もう少し気軽に話してあげてね?」
皆が顔を見合わせ、わかりましたとばかりに頷いた。
「まるで引っ越したばかりで、自分の子供が周りに馴染めるように子供に頼む母親みたいな紹介になっちゃったけどよろしくね?」
村人の半数くらいから笑いが漏れた。
「次の悩みが残念なことに僕の存在なんだ。僕こう見えてとっても強くて頭も良いんだ。そしてこの子は僕がテイムしたんだけど、この子も強い。そしてなにより僕、実は辺境伯のお気に入りみたいで来年には王立学園にも入学予定なんだ。
僕が王立学園を卒業してここに帰ってきたら、僕にもこの領地の継承権が発生する。だから兄さんは、僕と仲良くなるまで僕がブラッドリー家を乗っ取るのでは?って思ってたんだって?
僕はブラッドリー家を乗っ取る気もないし、兄さんとは仲良くしたいから、僕と兄さんが今後も仲良くできるように、なにかがあれば絶対兄さんとソシアさんについてね?すでに指名されたから今更もう大丈夫だと思うけど、兄さんは意外と心配性だから」
村の人が何人か、わかりましたとばかりに頷いた。
他の人も概ね似たような反応だ。
「最後にこの2人は婚約しました。この2人の結婚にはアルベド様とレットリバー様、そしてキルヒアイゼン様という公爵3家が注目しているので、タイミングはそちらに合わせますが、父さんの前で儀式も済ませました。この2人を祝福してくれるなら拍手をどうぞ!」
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正に割れんばかりの拍手が贈られ、兄さんとソシアさんが挨拶をし、僕らは次の村へと回った。そしてそこでも同じように話してさらに次へと、次々回っていき、最後の村であるロイさんの村でも同じ事をした後に、僕らはロイさんの家でしばらく休憩することにした。
休憩理由はブラッドリー子爵領、最後の領地である燭台作りの町で行われるお祭りは、日付が代わると同時にスタートの予定だからだ。
そこで兄さんとソシアさんが、用意された舞台に上がり、次期子爵としての指名や、婚約、さらに兄さんの誕生日等、色々含めておめでとうという流れで祭をスタートさせると話したからだ。
この件に関しては、ローラが既に町長さんにちゃんと話しをつけていることを、リアナ経由で確認済みだ。
ローラにあの時頼んだことは3つある。
まず1つ目はソシアさんにこう伝えること。
『メイド長、アウラ様がメイド長を呼んでるよ?言われたことをそのまま伝えるね?
父さんに婚約の挨拶をするから、ドレスを着てそれに合う化粧などもしてから書斎に来るように伝えてくれ。って言ってたよ?』
勿論これは僕が作った伝言だけど、何一つウソはついていない。
兄さんはソシアさんを呼んでいたし、父さんに婚約の挨拶をしてもらう為に、僕はソシアさんを書斎に呼んだのだから。
勘違いされたとしても僕はウソは言っていない。
そして次の指示が、ブラッドリー家使用人1のおしゃれ番長、レイラさんにコーディネートを任せることだ。
彼女の私服や僕に着せようとしたドレ……。
……彼女の服のセンスはとてもよく。たまにローラに施す化粧はとても上手で、思わずドキリとしそうな程に品の良い化粧をする。
非番の日には、僕に化粧をさせてくれと頼み込んだり、例のポーズと笑顔を見せてくれと言ってくる厚かましさはあるが、公私をしっかり分けられる人であり、どことなくリリーと似た性格をしている人で、僕がこの屋敷でローラ以外では唯一完全に心を許しているメイドだ。
そして最後が町長さんに話を通すこと。
「では兄さん、ソシアさん。そろそろ行きましょう」
「あぁ、ジェリド。なんていうかその、ありがとう。ジェリドの演説では、恥ずかしい思いもしたし、色々突然で言いたいこともあるけど、それでもやっぱりそれ以上に嬉しかった」
「私からもお礼を言わせて下さい。ジェリド様が居なければ、私達は付き合い始めるのさえ、いつになったかわかりません。それが心の準備すら出来ない程の早さで、全て私の望む方向にむかいました。
ありがとうございますジェリド様」
面と向かってこんなストレートなお礼を言われると、意外と恥ずかしかった。
「ほら兄さん。ソシアさん。まだ終わってませんよ?ある意味兄さんが作った町でもある燭台の町で、収穫祭の始まりの挨拶を2人がしないといけないんですからね?言うことはちゃんと覚えましたか?カンペを見ながらなんて格好がつきませんよ?」
「僕らは意外と頭が良いんだ。一度覚えたことをこんなに早く忘れるほど愚かじゃないつもりだよ?ジェリド」
いつかの僕のセリフをそのまま返された。
「なら行きましょう兄さん。ソシアさん。皆が待ってます」
僕らはリアナに乗って、燭台作りの町の近くまで行き、そこからは歩いて町に向かった。
もう深夜だと言うのに、至る所に兄さんが発明した燭台が設置され、明るい光に包まれている。
そして僕らが門を潜って町へと入ると、町の皆とローラが、割れんばかりの大きな拍手と笑顔で迎えてくれた。
たくさんの人がこちらに笑顔を向けている。
僕達の周りはもちろん、家の窓や屋根の上、ある人は木の上からと、至るところから顔を出し、こちらに笑顔を向けながら拍手をしている。
ローラは門の上から身を乗り出して拍手をしていたが、乗り出しすぎて落ちてきたので、僕がお姫様だっこの体勢で受け止めた。
割れんばかりの拍手が徐々に止み始めた。
「はい!では町の皆様、お嬢さんとの打ち合わせ通りに行きますよ!!」
町中の人が口々に「おおー」とか「待ってました」とか言いながら町中の灯りを消していく。
町のほとんどの灯りが消えた頃。兄さんに小さな子供が燭台を手渡した。
もちろんそれは兄さんが作ったボタン式の燭台だ。
その子が兄さんに「燭台に火を点けて」と言うと、兄さんはそれに笑顔で応じて火を灯す。すると僕らの前には、3mくらいの幅で、周囲より10㎝程高く盛られた白い地面の綺麗な道が、かなりの長さに渡って出来ていた。
そしてその両脇には1mくらいの間隔で、火のついていない燭台が、左右対称に並べられている。
先程の男の子が、もう一つ燭台を取り出すと、とても品のある男性がその子供を肩車した。
そしてその子が燭台に火を灯して掲げると、先程現れた一本道に用意されていた燭台に、子供や女性がボタンを押して火を灯した。
するとそこには、燭台の火で照らし出された幅で3m程で長さ100m程の光の道が出来上がる。
そしてその道の終点には舞台が用意されていた。
肩車された先程の子供が、目を丸くして驚いている兄さんと、目を輝かせて感動しているソシアさんに、「どうぞ」と言って舞台を指差し、この光の道を歩くように促す。
そして笑顔で「ありがとう」と言って歩き出そうとした兄さんを、ソシアさんが真っ赤な顔をしながら兄さんの袖を掴んで止めた。
なぜ止められたのかわからない兄さんは、ソシアさんにどうしたのかと聞くが返事がない。すると、それを見かねたローラが兄さんとソシアさんの手を繋がせ2人の背中を押す。
押された2人は手を繋いだまま歩き出し、僕等も後ろを歩くように肩車をしている品の良い紳士に言われて、リアナを抱きながら僕とローラが並んで歩いた。
兄さんとソシアさんが舞台に上がり、収穫祭開始の挨拶を始めようとした瞬間、舞台の上……舞台上ではなく更にその上にある、アーチの部分に父さんが突如として現れた。
兄さんとソシアさんはこんなサプライズが有ることなんて勿論知らず、どうして良いのか少し慌てながらも父さんが話を始めたことで、取り合えずば聞かなければと居住まいを正して父さんを見上げた。
「では先程も話した通り、まだ私が引退するわけではないが、私は次期子爵にはアウラを指名した。
そして元々予定していたとおり、アウラの誕生日である今日、皆の要望で収穫祭を行える事を父として嬉しく思う。
そしてあと1つ皆に報告がある。私の息子アウラが、隣にいるソシアと付き合い始めたことは皆も知ってくれていることと思う。その2人だが、数時間前に私の前で婚約の儀式を行い、結婚することを誓った」
町の皆は、初めて耳にする祝報に色めき立ち、拍手と共におめでとうの言葉がいたる所から聞こえてくる。
「皆ありがとう。そしてそれを仕組んだのはそこにいる私のもう一人の息子、ジェリドだ」
……父さん!?ちょっと待って下さい!そんな話、打ち合わせにはないですよ!?
「今日アウラとジェリドが初めて兄弟喧嘩をして、その流れでジェリドが私の所にアウラを連れてきたのだが、その時にはそれから今に至るまでの段取りを全て終わらせていたらしくてな。
元々両思いだったアウラとソシアをはめて私の前で婚約の儀式をさせ、明日の昼に来る予定だった私達をここに連れてきたのはジェリドだ。そこまで働く頭と行動力、そしてその全てが私達の望む方に向かうように仕向けてくれたジェリドに、良ければ拍手を贈ってくれ」
皆から僕へも割れんばかりの拍手が贈られたが、誉めるならもう少し言葉を選んで欲しいな。
はめたとか、あとその言い方だと悪知恵が働く子みたいにも取れない?
心の中で文句を言って必死に照れるのを隠した。
リリーが【辺境伯の愛】を受け止めきれず、ボソボソ呟いていた気持ちがよくわかる。
「では最後に、アウラに注目してくれ。
皆は知っているはずだが、実はまだアウラは知らないんだ。アウラの驚く顔を皆で楽しみ、この祭を始めよう。ライカー町長、出て来てくれ」
父さんがニヤリと笑うと、先程の紳士が現れる。
先程の紳士が町長さんだったらしい。
父さんが町長さんの横に降りると、町長さんを抱いてアーチの上にまた飛び上がり、町長さんをアーチの上に置き去りにして兄さんの横に着地した。そして兄さんと肩を組み、また大声で話し始める。
「では式を始めよう。この町は我がブラッドリー子爵領内、全ての村や町の中で、最もブラッドリー子爵領への貢献が大きかったと、全ての村長と町長が認めている。よってこの町に、皆の要望通りの褒美を与えようと思う」
父さんが町長が立つアーチを指差した。すると町長は、待ってましたとばかりにドヤ顔で、アーチの上部を踏んでいく。するとそこにはボタンがあったらしく、踏まれる度に火が灯り、そこにはゆっくりとだが、確実に【AULA】の文字が浮かび上がった。
兄さんは訳が分からず周りを見渡すが、わかっていないのは兄さんとソシアさんだけで、皆が喜び拍手を続ける。
「わからないかアウラ?
この町の皆が望んだのは【AULA】という名だ。
つまりこれからこの町は【AULA】と呼ばれるんだ。
皆から愛されていなければ、お前の名前を町の名としてくれなどとは言われない。
お前は領地の皆から愛され必要とされている、自慢の息子だ」
兄さんがようやくアーチに記された【AULA】の意味を知り、下を向いて涙を流す。
「こ……こんなの、いき……なりするな、んて、反則だよ。と……父さん、も、ジェリドのこと、言えないよ」
「そうかも知れんな」
父さんが兄さんの肩を2回強く叩き、頭をくしゃくしゃになるまで撫で続けた。
とても心温まる綺麗な光景だった。
少なくとも僕にはとても眩しく思えた。
気付けば僕の目からも涙が流れていた。
でもそれは、この光景に感動しているからでも、兄さんからもらい泣きしたからでもない。
僕は今、この暖かい家族や領民の中に居させて貰えている。
ローラが泣いている僕の頭を抱き寄せ、大丈夫だよと声をかけてくれたので余計に涙が止まらなくなった。
僕はこのブラッドリー子爵領の皆が大好きになっていた。
だからこそ僕は決意を固める。王立学園を卒業したら、この領地から出て行く事を。そして、新たにわかった僕の記憶の謎と問題が解決するまでは、卒業後、二度とこの領地に戻るまいと。
新たにわかった僕の記憶の謎と問題。
「ありがとうローラ。ローラもやっぱりここに残って良いよ?」
「怒るよジェリド様?私はこれからもずっとジェリド様の専属だから、私は絶対一緒にいるからね?」
「……ありがとうローラ。僕、本当はとても怖いんだ」
「知ってるよジェリドさ……ジェリド」
それはリアナから聞かされた一言。
《ジェリドの中に、ジェリドじゃないジェリドがいる》
という問題を。
「ねぇローラ、僕はいったい何者なのかな?」
第一章、これにて完結です。
初小説と言うことで、未熟な部分も多々あったこととは思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想欄で多数のアドバイスや誤字脱字報告を頂いたり、読者の皆様にはとても感謝しています。
名前は伏せますが特に、後書きの使い方や本文の表記等、多数のアドバイスを頂いた方。
……その方には感想欄で兄さんが転生者だと、兄さん登場と同時に当てられたことや、ローラの前振りを気付かれたことには参りましたが、他の方から後書きが良いと誉められたりと、この方のお陰で作品の質が上がったのは間違いないので、とても助かりました。
他にも戦闘シーンのアドバイスや怒濤のごとく誤字脱字報告を頂いた方、ありがとうございます。
第二章は、年度末や歓送迎会で本職が思った以上に忙しいこと、そして戦闘シーンが思った以上に不評だったみたいなので、やはりもう少し勉強し直してから書かせてもらおうと思います。
第二章は遅くとも4月中にはスタートする予定です。
次回予告
第二章の第一話はまだ書いておりませんが、第一話からジェリド君の容姿が少しだけ変わります。そして、あの子に初めて訪れる心の変化。
その2つの変化とはいったい何なのか?
次回【旅立ち(仮)】をお楽しみ下さい。
第一章を終わってみて、面白いと感じて貰えましたら、ブクマや評価を頂けると嬉しいです。
そしてここまでの感想ももし良ければお願いします。
今後とも記憶喪失からの成り上がりを、よろしくお願いいたします。