第28話 喧嘩
「そしてそんな時にジェリド、君がやってきたんだ」
兄さんがまだ、父さんから次期子爵としての指名を受けていなかったなんて知らなかった。……ん?もしかして兄さんは、僕がこの家を乗っ取るかもしれないと思ってる?
「君は頭が良いし武術も出来る。辺境伯や父さん、この家の使用人達からの評価も高い。そのうえ神獣をテイムしていて魔力量はアルベド様並だって?そんな冗談みたいな君に、僕が勝てるわけないじゃないかっ!!」
兄さんが声を荒げるところを初めみた。しかも叫んだ兄さんの目には涙まで浮かんでいる。
「兄さん落ち着いて下さい?僕は王立学園に行って領地をもらい、ここから出て行くつもりです。それが叶わなくても家を乗っ取ろうとなんて考えたりしませんから」
「……王立学園に父さんが提出する推薦状には、ジェリドを父さんの庶子と書いて出すと父さんは言っていた。
つまり君が王立学園を卒業すれば、ジェリドも書類上父さんの実子となり、ブラッドリー家の実子として継承権が発生する。
もしジェリドが領地を貰えずに帰ってきた場合、君が望もうと望むまいとに関わらず、自分達を護れて神獣にも愛されるジェリドか、なにも持たない僕、みんながどちらを領主として望むかは一目瞭然じゃないか?」
……間違い無さそうだ。兄さんは僕に家を乗っ取られるかもしれないと思っているんだ。
そう考えると、ノックの回数を間違えた時や、アルベド様の家督継承の話の時、パーティーの時も、兄さんの目が鋭くなったのは、僕の反応を伺っていたのだとすれば得心がいく。
「兄さんがなにも持たないなんて、そんな訳ないじゃないですか?現に数々の発明品でこの領地を豊かにしてるじゃないですか?」
「あんな物、僕の力じゃない!」
「兄さんの力じゃない?」
兄さんが、しまったとばかりに目を見開き、口元を手で覆ったが、しばらくすると自嘲気味に笑い始めた。
「辺境伯お気に入りのジェリドに、今更隠そうとしても無駄だよね?……僕は、転生者なんだ」
「転生者?」
「前世の記憶がある人間と思えばいいよ」
「前世の記憶?……まず前世とはなんなんですか?」
「生まれ変わる前の一生のことを前世と言うんだ。
そしてこれは僕なりの自論だけど、おそらく生物というものは全て、死ねばまた生まれ変わるんだ。
例えばジェリドが死んだとする。すると何者かがジェリドの魂を別の器に入れ変え、またどこかに産み落とすんだ。ただしそこはこの世界とは限らないし、産み落とされるのが過去か未来かもわからない。
そして産み落とされた時には死ぬ前。つまり前世の記憶は全てなくなる」
「……兄さんは前世の記憶をなくさずに生まれた、ということですね?」
「僕の場合は少し違うよ。僕は後天的な転生者だから」
「後天的?」
「僕は15の時に生死の境をさ迷うような重い病にかかったんだ。
1ヶ月以上高熱が続き、病にかかって半月が過ぎた頃からは意識が曖昧になり始め、最後の方は毎日のように血を吐くようになっていた。そして僕の病状を父さんの手紙で知ったアウル様が、アルベド様を連れてきてくれたおかげで僕は一命を取り留めた。そしてその時に前世の記憶が蘇ったんだ。
僕の前世の世界には魔法が無い代わりに、科学という物が発展した世界で、時代的にも今より数百年は進んだ世界だった。
そして僕は、その前世でも15歳の時に同じような病にかかって死んだんだ。
僕は僕に、なんの才能も与えなかった神を怨んでいた、でもこの時初めて神に感謝したよ。
この未来の知識を使えば、僕は父さんや皆に認めて貰えると思ったんだ。
まぁそれも長くは続かなかったんだけどね」
「何故長くは続かなかったんですか?」
「前世の僕は15の子供だ。なにかを作る為の特別な知識なんて持っていなかったからさ」
「でも現に今ブラッドリー領には、兄さんの作った物が溢れているじゃないですか?」
「完成品は前世で見ているから、それを真似て作れる物を作っただけさ。
僕が作った燭台も、前世で見たライターと呼ばれる物を、この世界の物を使ってなんとか似た物を作っただけで、実際は僕の発明品でもなんでもない。
前世の記憶という卑怯な反則を使っても、僕にはこの程度しか出来なかったんだ」
この程度?前世ではどうだか知らないけど、少なくとも僕達がいるこの世界では、今までそれを作った人は誰もいなかったし、それを作ったことにより、今や国中の人々の生活に、概ね良い意味で変化をもたらしたはずだ。僕も兄さんに感謝したし尊敬もした。それをこの程度?
……なんだか少し
「なぜ前世の記憶を使うのが卑怯なんですか?」
「未来の知識なんて反則じゃないか。しかもそれを覚えたのは今の僕じゃなく、前世の僕なんだ」
イライラしてきた
「それのなにがいけないんですか?」
「なにがって……」
「前世を頑張って生きたときに覚えた知識なんですよね?なら兄さんが実は中身37のおじさんだってだけで、その知識を得るために頑張ったのも前世とはいえ結局は自分ですよね?何の問題があるんですか?」
「37のおじさんって……それにそれを言うなら21と15で36だろ?」
「兄さんはもうすぐ誕生日だと言ってまいしたし、前世も誕生日に死んだわけではないですよね?」
「……細かいね」
「それにそれなら余程僕の方が卑怯ですよ?
僕なんて前世の記憶どころか、産まれてからつい先日までの記憶すらないのに、兄さんの言うように反則レベルの能力を持っています。でも僕は努力すらしていません」
「そんなの卑怯でもなんでもなく元々の才能と、記憶をなくす前にした努力のおかげで持っている力だろ?」
尊敬していた兄さんのこんな姿なんて見たくない
「僕に努力した記憶なんてありません。目が覚めたら反則レベルの能力を持ってただけです。逆に兄さんは前世で死ぬまでの15年の記憶がある。
つまりその15年間を生きる間にして来た努力があったから今がある。
特殊な年の取り方をしただけで、別に卑怯でもなんでもない」
「そんなこ」
「それに!!」
これ以上兄さんの卑屈な話も聞きたくない
「前世の物を別の物で代用した発想は兄さんの物なんですよね?しかも前世に魔法が無いなら魔石も当然ないですよね?なら蝋燭に火を点けるという結果は一緒でも、そのライターという物とは既に別物じゃないですか?」
色んな発明をしてこの領地や国を豊かにする兄さんは、僕らの誇りだと思っていたのに
「それになにかを作る場合、作られる物にはそれを作るアイデアの元となった物が大体有るんですから、後ろめたく思う必要なんてないじゃないですか?
戦斧なんてどう見ても、斧を意識して作ってますし、剣とナイフだって最初はどっちかを意識して作られたものじゃないですか!?なら燭台だって兄さんのオリジナル作品と変わらないです」
兄さんの弟になれて良かったと思っていたのに……
「どっちの方が卑怯かなんてもう良いです!兄さんの不安は、次期子爵の座を僕に奪われるかもしれないことが原因なんですよね?」
「……そうだよ!!僕は父さんみたいに強くない。領民を護れるかどうかもわからない。みんな父さんとは親しく話すのに、僕と話すときは壁を感じるんだ。
父さんからも領民からも、僕はまだ認めて貰えていないんだ。
そんな時にみんなと普通に話せて、頭も良くて神獣にも認められた、意味が分からないくらい強い君が、養子ではなくわざわざ父さんの庶子としてやってきたんだ!みんなに認められて子爵を継ぐのが夢だった僕からすれば、気が気じゃないのは当たり前だろ!?」
夢って次期当主として認められることだったんだ?
兄さんって確か夢が叶えばソシアさんと結婚するつもりだったんだよね?……ソシアさんにキスして子供を産んでくれと、わざわざ僕の目の前で言ったのは、兄さんなりの背水の陣のつもりだったのかな?
それならソシアさんが僕の部屋で言った、『兄さんと付き合えたのは良くも悪くも僕のおかげ』の意味もなんとなくわかるけど。
こんな卑屈な兄さんなんて嫌だ
「それが兄さんの夢だったんですね?なら一石二鳥じゃないですか?付いて来て下さい兄さん」
僕は兄さんの手を掴むと、椅子に座っていた兄さんを無理矢理立たせて廊下に続く扉へ向かう。
「ちょっと離してくれジェリド、どこに行くつもりなんだ?」
「書斎です。父さんはまだこの時間なら書斎ですよね?」
「父さんの所に行ってどうするつもりさ?」
兄さんが強引に腕を振り解く。
兄さんは見た目に反して意外と力は強かった。鍛えてるのかな?
「父さんは兄さんの夢のことと、実は37歳だってことは知っているんですか?」
「そんなの父さんに言えるわけないだろ!?それと前世の年齢と今の年齢を足すのはやめてくれないかな!?」
「……父さんは何歳なんですか?」
「……43」
「……辺境伯の1つ下ですか?」
「……辺境伯は37だ」
「辺境伯と同い年だったんですね?アウラおじさん」
「本当にそのネタはやめてくれないかな!?」
「イヤです」
「……女顔のチビ」
「……女顔も背が低いのもお互い様ですよね?」
「僕は中性的で綺麗だとは言われるけど、女に間違われた事はないし、少し小柄なだけでチビじゃない。
ジェリドは背が低くて女顔だから、絶対今まで女と間違われたことあるよね?記憶になくても過去には絶対あるはずだ。そして間違いなくチビだ!!」
記憶を取り戻してから初めて間違われたのが今日なので、それについては反論出来ない。なので怒りを抑えて震える声で小馬鹿にするように兄さんに言い返す。
「……そんな子供みたいなことを」
「実際僕は若いからね!」
兄さんがしてやったりとばかりにドヤ顔でニヤリと笑いながらそんなことを言ってきたので、僕はさらにイラッとしてしまう。
「……ヘタレオヤジ」
「シスコン」
「なっ……!?」
「僕は先日、ジェリドを心配した辺境伯から、ジェリドの恥ずかしい話をいくつか聞いてるんだ。口喧嘩なら負けないよ?君が最後におねしょをしたのは、8歳で布団が変わった時だ!」
それから不毛な口喧嘩をしばらく繰り広げた。
どちらが勝ったのかなんていう些細な問題は、僕の名誉にかけて、誰にも言わない。
「行きましょう。兄さん」
僕は再び兄さんの腕を掴み、廊下へと続く扉に向かう。今度は振り解かれないように魔力による肉体強化も少しだけやってみた。
ソシアさんに魔力を使うのを禁止されていたのに、これくらいなら大丈夫だろうという希望的観測だけで魔力を使ってしまった自分の軽率さには、軽く目眩がする思いだった。
記憶を無くす前の僕は、意外と後先考えない性格だったのか、それとも……
それか尊敬していた兄さんが、ここまで卑屈になっていたことに苛立っていたのかも知れない。
だから兄さんの不安と誤解を取り除き、僕が尊敬した兄さんを取り戻すんだ!!
「ちょっ、ジェリド痛いから離して!というかこれ魔力で強化してないか!?」
僕はニッコリ笑って兄さんにこう答えた。
「気のせいですよ兄さん。僕は見た目に反して意外と力も強いんですよ?」
「絶対ウソだ!?」
僕はそのまま兄さんを連れて部屋を出た。すると隣の部屋からリアナを抱いたローラが出て来た。
「アウラ様とジェリド様。どうしたの?」
「ローラさん、ソシアを呼んできて!」
「アウラ様。了解しましたなの」
「ちょっと待ってローラ!その前に聞きたいことがあるんだけど?」
「良いよ?なに?」
▽
僕は静かに抵抗する兄さんを連れて、父さんの書斎の前までやってきた。
コンコンコン
「アウラか?」
「ジェリドです。というか僕と兄さんの2人です」
「2人?まぁ良い、入りなさい」
「失礼します」
僕は兄さんの手を引いたままドアを開けた。兄さんは観念したのかなにも言わずに無抵抗で僕に続いた。もっとも、表情は不満たらたらだったけど。
「2人共どうしたんだ?」
「父さんに 聞きたいことがあって来ました。なぜ父さんは未だに兄さんを次期子爵に指名されないんですか?」
父さんがポカーンとした顔になった。
「私の実の息子はアウラなのだし、継承権はアウラにしかないのだから、私が死ぬか隠居すれば、アウラが子爵を継ぐことになるのだろ?わざわざ指名する必要も無いだろ?」
「僕が王立学園を卒業すれば、僕にも継承権が発生しますよね?」
「……確かに継承権は発生するが、貴族は血を重んじる事もあり、家の乗っ取りやその疑いのある行為は貴族社会における最大の禁忌だ。たとえ当主の甥であっても、当主の直系がいればそちらが継ぐ事になる」
「書類上僕は甥ではなく、父さんの庶子になるんですから、直系ということになりますよね?」
「……そうなるな」
「父さん、もしかして気付いてなかったの?」
「あぁ、その事には今気づいた」
兄さんの質問に対する父さんの応えを聞き、兄さんは軽くうなだれながらも、さらに質問を続けた。
「……父さん、もしかして僕が今まで次期子爵として指名されてなかったのは、僕に領民を護る力が無いとか、領民からの信頼を得られていないのが理由じゃなくて……」
「護る為の力については、武の才能こそなかったが、それでも努力を続けてきたアウラの実力はそれなりの物だ。私やラムサス、ソシアと比べれば見劣りするが、継がせられない程ではない。
それにソシアと一緒になるなら、その心配すら不用じゃないか?
それとアウラが領民から信頼を得ていない?そんな訳がないだろう?むしろアウラはこの領地で誰よりも信頼されているはずだ。当然私も認めている」
「……もう答えを聞いた気もするけど、認めてくれていたのなら、なんで指名してくれなかったの?」
「……ジェリドが来た今ならともかく、その以前にはする必要があったのか?」
「いやそれは勿論あるでしょ?むしろなんで必要無いと思ったの?」
「ブラッドリー家は私の代からだから、継承のことなどどうすれば良いかわからず、アウルに聞いたら『辞めたくなったら譲れば良いし、何か有ればなにもしなくてもアウラが継ぐことになる』と言っていたので、なにも考えていなかった」
兄さんがガックリと肩を落とした。
「普通はそれでも現当主が次期当主として認めた事を公言する為だったり、次期当主のお披露目の為にも指名する物だよ!?というかなんでアウル様に聞いたの!?どう考えても人選ミスだよ!?」
「そうなのか?アウラのことで何か悩むことが有れば自分に相談しろと、アウラが産まれる前からアウルに言われていたからアウルに聞いたんだが……」
兄さんが膝をついてうなだれる。
兄さんは次期当主に指名してもらえない事を、まだ父さんに認められてもらえていないからだと考え、おそらく認められるために頑張ってきたのだろうけど、実はこんな落ちだったと知ればそうなるよね?
「兄さんは領民を護りきれるかわからない自分ではなく、僕を次期子爵にするつもりかもしれないと不安になっていたそうなんです」
「……アウラ、そうなのか?」
「……まぁそうですね」
「そのせいで僕と兄さんは喧嘩する羽目になりました。父さん。兄さんを次期子爵とするつもりなら、すぐにでも兄さんを時期子爵に指名してくれませんか?」
「それは構わんが……口喧嘩だけか?お互い怪我はないんだな?」
「はい」
「……僕はそろそろジェリドに掴まれている手首が怪しいです。……明らかに色がおかしい」
言われて兄さんの手を見ると、兄さんの白い手が青紫色に変わっている事に気付き、僕は慌ててその手を離して兄さんに頭を下げた。
「兄さん、ごめんなさい」
「僕が今まで次期当主に指名されなかった理由もわかったし、もう良いよ」
「父さん。指名と言うのはすぐ出来る物なんですか?」
「あぁ、アウラは王立学園卒業時に継承権を得ているからな。
私から本国に『次期当主にアウラを指名する』旨を、我が家の刻印を入れた手紙で報告し、あとは領民にその事を布告するだけで良いはずだ」
「手紙は今から書いて貰えるんですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「では布告の方は僕に任せて下さい。
さぁ兄さん行きましょう」
まだ色々直している最中ですが、一応次回で一章完結予定です。
私の拙い小説をここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は次回予告はなしです。
二章も頑張りますのでよろしくお願いします。