第27話 嫉妬
勉強回です
ラムサスさんとの手合わせの翌朝、僕はリアナを連れて足取り重く食堂に向かった。僕の足を重くしたのは、ラムサスさんとの手合わせと、リアナに言われた一言が原因だ。
僕は手合わせの時に意識を失い、ラムサスさんに怪我をさせてしまった。しかもあの暴れよう……あれを見ていた父さんも、僕に何かしら思うところがあるかもしれない。
ラムサスさんの怪我も心配だけど、それ以上に自分がこれから父さんや兄さん、ラムサスさんやソシアさんにどう思われ、僕との接し方はどう変わるのか?ラムサスさんの怪我よりも、自分のこれからの事を考えてしまう自分がとても嫌だった。
実は昨日も僕は『なにがあったかは、リアナから教えてもらいました』と、嘘でこそないが一部始終を見て知っているくせに、いかにも聞いて知っただけです。と言うような口振りで話し、父さんからなにか聞かれるのを避けた。
そういう悪知恵の働く自分も嫌だった。
食堂に着くと、ラムサスさんは思ったよりも全然ピンピンしていて安心した。僕にまたあの極悪な表情を向けてくれた。
あの顔を向けられて、嬉しいと思ったのは初めてだったけど、その顔も一瞬だけで、ソシアさんに睨まれてすぐに表情を戻した。
実は昨晩の夕食の時に、ソシアさんにより僕との手合わせは禁止になった。そしてそれは当然のように僕の暴走が原因だ。
僕が暴走したときの実力は、父さんとラムサスさんやソシアさんの想像を軽く超えていたらしく、前回は手加減する理性のようなものはあったが、次回もそうとは限らない。
そしてもし僕が、今度は理性の欠片も無く暴走したりすれば、父さんは僕のことを自分の聖槍で殺すしかなくなるかもしれないと言っていた。
なので、僕とラムサスさんとの次の本格的な手合わせは、僕が王立学園に入って魔力の制御が出来るようになった後ということになった。
「ジェリド、昨日から何度も言っているように心配しなくても大丈夫だ。ラムサスは殺してもなかなか死なんし、私達は昨日のことでお前に対する接し方を変えたりはしない。むしろお前の実力を知れて私は嬉しかったぞ?」
「ありがとうございます。ですが、ラムサスさんは本当に大丈夫なんですか?昨日は、頭に包帯を巻いていましたが……」
「大丈夫です。あの程度のこと、ジェリド様くらいの頃には毎日でしたから」
「毎日?」
「はい。私は1つ下の学年で入られたアウル様に、ほぼ毎日稽古をつけていただいておりました。最も、レッドリバー家の血を引いているにしては弱すぎて相手にならないと、アウル様にはよく怒られましたが。ですので昨日は、あの時の事を思い出す事が出来て嬉しかったくらいです。ジェリド様の動きはどことなくですが、剣でお相手して頂いた時のアウル様に似ている部分もございましたので余計にですね」
「アウル様の剣に似ていた?」
「レッドリバー家は元々、エルガンド帝国時代にエルガンド皇帝がその戦闘能力の高さを知り、他国から連れてきた家系であり、そのレッドリバー家の人間に稽古をつけたのが、キルヒアイゼン家だ。そこからレッドリバー家は独自の型を編み出し、今のレッドリバー家がある。つまり、元となった型はキルヒアイゼン家の物だから、似ていたのだろうな」
「それはそうとジェリド、今日はどうするの?手合わせが禁止なら、また今日からは勉強にする?僕はそれでも良いよ?」
「ではお願いします兄さん」
「じゃあまたお昼を食べたら僕の部屋に来てくれたらいいから。今日は前回の続きと、少し試験勉強からはそれるけど、霊剣や聖剣、魔剣について教えようか?」
「はい。ありがとうございます兄さん。それでお願いします」
朝食が終わり、僕は色々な意味で心底安堵した。
ラムサスさんの怪我がもう大丈夫そうだったことに。
父さんも兄さんも、ラムサスさんやソシアさんもみんないつも通りに接してくれたことに。
そして、もしかしたら嫌われているのかもしれないと思っていた兄さんが、自分から僕の勉強を見てくれると言ってくれたことに。だって嫌ってたら自分から嫌いな奴の勉強をみようとなんてしないよね?
色々安心したので、いつも通りリアナと一緒に恒例の散歩に向かうことにした。
今日の目的地は、ブラッドリー領唯一にして最大の町、燭台作りの工場がある町に訪れた。
町中には装飾が施され、町の至る所には燭台が増設されている最中で、いかにもお祭り準備という雰囲気だったので、装飾をしていた人に話を聞くことにした。
「そこのお兄さん、少し良いですか?」
「なんだ嬢ちゃん?」
「……僕は男です」
「マジか!?」
「マジです」
「……悪かったな、それでなんかようか?」
初めて完全に女の子と間違われた……
「なにかお祭りでもされるんですか?」
「あぁやるぜ?今年はブラッドリー領全域で豊作だったからな。今年の豊作への感謝と、来年の豊作を祈願する祭をこの町で合同で行うから、今はその準備だ」
「領地の一番端にあるこの町でやるんですか?」
「あぁ、収穫はともかく、燭台の全国的普及もあって、領内で一番ブラッドリー領に貢献したのは、間違いなくこの町だからな。この町に来れない人には、村ごとの独自の収穫祭もあるから、そっちで楽しんでもらうことになってる。あと今年は、この町の祝い事も兼ねてるからな」
「町の祝い事?なにを祝うんですか?」
「それはな……」
▽
お昼を食べてから兄さんの部屋に向かった。
コンコンコン
「ジェリドかい?入って良いよ」
「ありがとうございます兄さん」
「じゃあそこに座って。いつも通り前回のおさらいからいこうか」
「はい。わかりました兄さん」
いつも通り前回の内容を兄さんに話し、間違っていたら指摘してもらうという形で前回のおさらいをした。
今回も間違いはなかったようで、兄さんに指摘されることはなかったが、今回はさらに前の時の内容を忘れていないか、確認がてらに質問され、そちらもうまく答えられたようだが、兄さんの表情は少し怖かった。
おさらいが終わると、前回の続きを教えてもらった。
「前回教えたのは、ジェリドが今言った領地を持つ貴族家の人数が約3600人という所までだったね。
ここからは貴族の内訳だけど、うちも含めて男爵や子爵は今どんどん増えているから、僕は正確な数を知らないんだ。だからだいたいそれぐらいって言う覚え方で良いよ。正確に知っているのは王国のお偉いさんくらいだしね」
「そんなに増えているんですか?」
「そうだね。うちもそうだけど、今与えられている土地というのは、大半が元ドラゴニル王国の領土なんだ。
ドラゴニル王国は、広大な国土を持っていたけど、その国土に対する人口は少なかったし、森には神獣が住んでいると言われていたから、ほとんど森の開拓をしてこなかったんだ。それに対してテトラ王国は、開拓出来る土地があるなら開拓して国力を強めたいと考えているから、ドラゴニール家が許した地域には、どんどん開拓するために新たな男爵を赴任させているんだ。ただしドラゴニール家は、
『開拓自体は好きにすれば良いが、俺にもどこに神獣がいるかはわからん。だから神獣の怒りにふれても責任はとらないが、それでも良いなら勝手にしろ』
って言っているらしいけどね」
「……なる程、それでこのあたりにリアナが居たんですね。王立学園卒業時に爵位を貰える人がいるのも、その為なんですね」
「そういうことだね。じゃあまずは爵位を上から順に数だけいくよ?
1大公6公爵16侯爵63伯爵、僕には男爵と子爵の正確な数はわからないけど、たぶん合わせても300に届かないくらいかな?あと、辺境伯は伯爵の中に数えられているからそのつもりで覚えてね?」
「わかりました」
「僕らが覚えておかなければいけないのは、伯爵家以上の全ての家名と、その家についてだね。86もあるけど、これは頑張って覚えてね?もしどこかで会ってしまった時に、名前を聞いてもわかりません。なんて事になったら、もしプライドが高い人なら『ブラッドリー家は我が家をその程度にしかみていないのか!?』ってなる場合が、本当にあるから」
「わかりました」
「じゃあまずはゴールドマン大公から、ゴールドマン大公は、戦略・戦術・交渉術・商才等、頭を使うことに関しては国内最高の家だ。
四大公爵家と、キルヒアイゼン家はもう良いよね?
次が6人目の公爵家であるオルデリート公爵家。
塩の公爵と言われていて、テトラ王国内で流通している塩は、ほぼ全てこのオルデリート公爵領から取れる岩塩だ。そしてこのオルデリート公爵派閥は、キルヒアイゼン公爵の派閥と共に、サンガレット帝国との戦争反対派として共闘している公爵だね。
人間塩がなければ戦えない。それを見越して建国から今まで、岩塩が採れそうな地域だけを狙ってひたすら派閥を広げてきた公爵だ。岩塩が採れる地域には全てオルデリート家の息がかかっていると言われてる」
そして侯爵家までの解説が終わると、昔兄さんが使っていたノートを渡され、これで残りは覚えてくれと言われた。そりゃそうだよね?このペースで63家も教えていられないのは当然だよね。
「じゃあ今度は試験からは少し外れるけど、魔力による肉体強化と霊剣・聖剣・魔剣について話すね?
まず魔力による肉体強化について。
魔力による肉体強化も、万能じゃないらしいんだ。
試した人がいるかどうかすらわからないけど、脚力や腕力、それに防御力は天井知らずに上げられるって話は聞くけど、神経や感覚は魔力では強化できないから、一定以上になれば魔力を注げば注ぐほど、体の動きに感覚が着いていけなくなるらしいんだ。
筋力の強化をし過ぎた場合の欠点は、人体に可能な力以上の力を出せるようになる代わりに、体の腱や神経は強化されないから、簡単に切れてしまってその後の戦闘どころか、身動きすら出来なくなる可能性もある。
次に速度についてだけど、例えば父さんが全力で肉体強化をおこなった状態で全力で走り、10m先の敵を斬ろうとした場合。
腱や神経が切れなかったとしても、感覚を超えた速度で移動するから細かい加減が効かず、敵を通り過ぎてしまったり、逆に早く止まりすぎて敵の手前で止まってしまったりと、うまく制御が効かないんだ。
槍を持っての突撃なら制御が効かなくてもその点は問題ないかもしれないし、実際にそういう玉砕戦法のような物もあったらしいけど、相手に対して真っ直ぐ突っ込むなんて、カウンターを狙って下さいと言っているようなものだよね?
突撃を仕掛ける側は、その速度だと敵のカウンターを認識しにくくなるから、当然高確率でそのままカウンターを食らうことになる。
そんな感じで腕力や脚力の強化は大きな欠点があるから、魔力量に差があってもあまり問題はないらしいんだけど、魔力量に圧倒的な差がある時、一番問題となるのは防御力の強化だ。
魔力も弱くて武道も出来ない僕には無縁の話だし、詳しくは知らないからあくまで一般知識程度だけど、魔力により防御力を強化した相手を倒すには、それに近い魔力を纏って攻撃するか、或いは相手の魔力を切り裂かないといけないらしいんだ。
例えば、アルベド様を魔力の通わない普通の槍で突き刺そうとしても、槍の矛の方が負けて折れてしまうらしいよ?」
「……めちゃくちゃですね」
「たぶんジェリドもそれに近いものがあるんだから、人の事を言わない方が良いと思うよ?」
そう言えば僕はアルベド様に近い魔力があるんだった。
「でしたら昨日父さんが言っていたように、僕がもし理性無く暴走してしまったら、僕を殺してでも止めると言うのは不可能なんじゃないですか?」
「それを可能にするのが、霊剣や聖剣に魔剣と言われるような物なんだ。
あとこの呼び方は槍なら聖槍、戦斧なら聖戦斧みたいになるけど、今回は全て剣で説明するね?
それぞれの能力は霊剣≦聖剣≦魔剣と覚えておけば良いから。
まずは霊剣について、霊剣は普通の剣に自分の血と魔力を与え続けてきたもので、大抵の人の魔力強化された防御くらいなら簡単に破れるみたいだね。ラムサスさんやソシアクラスの人が長年鍛えたものは、聖剣にも近い魔力を宿すらしいけど、元がただの鉄だから一定以上は強くならない。
そして聖剣は、上位の魔族や神獣の体から作られた武器を魔力で鍛えたもので、下位の聖剣でも人間の防御は簡単に破れるけど、上位の魔族やアルベド様クラスの防御を破るには、聖剣でもある程度強くないと難しいらしい。
あと聖剣の中でも上位の物になると、その素材となった物の特殊能力や、鍛えた者の能力が聖剣に宿る事があるらしいね。
最後に魔剣。これは魔族や神獣から創られた剣を、魔族が鍛えたものだね。まず間違いなく強力な特殊能力を持っていると考えて良い。
場合によっては武器自体が意思を持っている事もある。このレベルになると、上位魔族や神獣ですらいくら魔力に差があったとしても、まず防げないらしい。
そして男爵以上の家系は、必ず霊剣か聖剣を持っている。これは一般的なレベルの魔族の襲来を受けた場合、僕達人間では一分の例外を除き、魔族を殺すには最低でも霊剣が必要になるからだ。そんな訳で父さんも聖槍を持っているし、魔力での肉体強化も限界近くまで発揮できるうえ、槍の名手だから、生死を問わなければジェリドを止める事が出来るだろうって話だと思うよ?」
「……なる程、それで貴族には血や力が求められるんですね?」
「……そうだね。最も僕はどっちも持っていないんだけどね……」
「どっちも持っていない?」
「血自体は継いでいるけど、僕は魔力も武の才能も、父さんからはなにも引き継いでいないんだ。だから僕は未だに父さんから次期子爵としての指名を受けていない。そしてそんな中でジェリド、君がブラッドリー家にやって来たんだ」
予約投稿ミスして20分遅れました。ごめんなさい。
今回は今後の為の布石回です。
次回予告
次回は兄さんの嫉妬や不安が爆発します。
そして、それと同時に兄さんの秘密や夢も明らかに。兄さんの秘密とは?そして兄さんの夢とはなんなのか?
次回【喧嘩】をお楽しみ下さい。