第24話 聖剣と聖槍
24話です。
「そういやぁそもそも、なんでこの村に来てたんだ?」
「水門をもう一度見たくなって、今度は上から見られるし、この村の水門が一番大きかったから見に来ちゃいました」
「水門を観に来てたのか? 気持ちはわかるぜ。村の連中も仕事をサボってよく眺めてやがったからな。俺も村長として工事開始から終了まで、一部始終を監督する責任があったから、毎日見てたが全然飽きなかったぜ」
「監督というとどんな事をしてたんですか?」
「サボってる奴がいないか見てた」
「工事の指示とかもしてたんですか?」
「……あんなでかいもんの作り方が、俺にわかると思うか?」
「……」
「……」
監督というかどちらかと言えば、ただただ見ていただけなんだろうな。
ロイさんがなにかを悟ったようで、取り繕うように話し始めた。
「あの水門が設計図通りに作られているかを確認するのは、アウラ様から頼まれた大事な仕事だったんだぜ? 実際土手の方の高さは、俺が気付かなかったら今より50㎝低いままだったんだぜ?」
「水門の設計図!? そんなもの持ってたんですか!?」
「……俺が今言いてぇのは土手の高さなんだが……水門も土手も水路も、村長として俺が設計図を預かってるぜ?」
「預かっていたではなく、預かっているなんですか? もし良かったら見せてもらっても良いですか?」
「良いぜ? いくらでも見てけ」
ロイさんの家で水路や土手、何より水門の設計図を見せてもらい、その技術力の高さに驚かされた。
水門にかかる水圧? と言う物の存在と、その水圧とやらの強さの計算式。
水圧に耐える為に必要な水門の強度を出すための計算式。
その強度を超えるように設定された、水門のサイズの計算式。
そのサイズで水門を作った時の重量や費用の概算計算式。
数え切れない程の計算式が、ずらりと並んだ図面もあれば、厚み・横幅・高さだけが書かれた図面もあり、この水門だけで30枚近くの図面があった。
僕が気になった事を色々とロイさんに聞いていたら、思ったよりも長話になってしまったので、急いで屋敷に戻ったが、父さんはまだ書斎で仕事をしているとローラが教えてくれた。
なので、ローラにロイさんの酒瓶をソシアさんに渡して貰うように頼み、僕は庭で父さんを待つことにした。
1時間程たった頃、屋敷の玄関扉が開き、父さんがいつものスーツ姿で庭に出てきた。そしてそのタイミングを見計らったかのように、ラムサスさんも先日と同じ馬車の荷台を引いて現れた。
ラムサスさんの表情は既に絶好調の極悪人顔だった。
「待たせてしまったようですまないな。では早速始めようか」
「はい」
「では好きな武器を取ってくれ、この間使った武器を試したければそれでも良いし、剣や槍でも良い。もし見たければ、基本的な型で良ければ言ってくれれば幾つか見せるから遠慮なく言いなさい」
「ではこの間の続きと言うことで槍を試してみようと思います」
「手本は必要か?」
「いいえ、お手本ならもう見せて頂きましたので」
僕はまず、前回ラムサスさんが見せてくれた動きを真似てみた。
高さを散らした連続突きから腰の逆さに右から左への一撃を放ち、そのまま左回転しながら飛び上がって槍を縦回転に変化させて振り下ろし、地面に当てた反動で左下から右斜め上に切り上げを放った。
そしてその切り上げを放った槍を脇で固定して腰を左に回すことで止めて……止め……と……止まらない!?
なんとか止まったときには、僕の体自体が槍の勢いに負けて右に少し回転していた。
槍もすぐに放てる体勢ではなく、かなりの隙を見せている。
大見得切ったのに大失敗だ。
しかし父さん達の方を見ると父さんは満足そうに頷いており、ラムサスさんも凶悪な表情で笑っていた。
「ラムサスの型だな? 良くできていたが、子供の体でラムサスほどの足腰があるはずはない。だからそこからの切り返しが出来ないのは仕方がないだろう。だがその前の突きの散らし方と、払いからの回転叩きつけは見事だった」
「1度観ただけの私の型を真似されたことには恐れ入りました。しかしながら旦那様が仰るように、ジェリド様が模倣されるにはまだ基礎となる身体が未成熟のようです。お手会わせ頂くときは、別の型を模倣された方がよろしいかと思います」
確かに2人の言うとおり、ラムサスさんの型をやるには僕の身体はまだ出来ていない。
「すいません父さん。やはり一度僕に合いそうな型を幾つか見せて頂けないでしょうか? 父さん達が言うように、身体の出来上がっていない今の僕には2人の型はまだ無理そうです」
僕がそう言うと2人は満足そうに頷いた。
特に父さんはなぜかとても嬉しそうだ。
「ラムサスの型を本気で真似られると思っていたのなら、少し慢心が過ぎたな。今まで私の見せた型をジェリドがすぐに使えたのは、恐らくアルバートの所で記憶をなくす前に習った事がある型だったからだろうと私は思っている。実際私が見せたのは全て旧エルガンド帝国の代表的な型の中から、小柄な者がよく使ったとされる型ばかりだからな」
「父さんはなぜ旧エルガンド帝国の型を僕が習っていると思われたのですか?」
「アウラからまだ習っていないのか? キルヒアイゼン家は代々旧エルガンド帝国の武術指南役をしていた家系だ。アルバートが屋敷で何度かリリアーナ殿とジェリドの武術指南をしたと言っていたからな、運動音痴で武術が不得手なアルバートが教えられるとしたら旧エルガンド帝国の武術だけだ」
「辺境伯がその……武術が不得手なら、なぜ旧エルガンド帝国の武術だけは教えられたのですか?」
……優雅にそつなくこなしそうなイメージだったけど辺境伯って運動音痴だったんだ。
「キルヒアイゼン家の魔法特性が理由だ。アウラから魔法特性の遺伝の話はまだ聞いていないか?」
「それならソシアさんと話した時に少し教えて頂きました」
「そうか、キルヒアイゼン家の魔法特性は死霊術ととても相性が良いらしくてな、中でも降霊術と呼ばれる、先祖の霊を自分の体に憑依させる術が最も得意とのことだ」
自分に憑依させるって……自分の身体を他の人……しかも死霊術ってことは恐らくすでに死んでいる人に操らせるって事だよね? ……怖いな……。
「エルガンド帝国時代には、初代キルヒアイゼン家当主を自分の身体に憑依させて訓練することで初代キルヒアイゼンの技術と、歴代のキルヒアイゼン家の者達の経験から生まれた新たな技の数々を継承してきたそうだ。
『武術とは身体で覚えるものである。故に我が持てる全ての技術をその身体で繰り返し行使する事により汝らを育てよう。汝らはそれにより得た力をもって汝らの民を守り、この国の繁栄に貢献せよ。もしこの国腐敗する事あらば、その力をもってこの国を信頼たる者へ託す助けとなれ。その一助と成れるなら、我は喜んで世界の輪から外れ、我が子我が国の為に尽くそうぞ』
それが初代当主の言葉であり、キルヒアイゼン当主の部屋に代々飾られている掛け軸に書かれた言葉だ。初代キルヒアイゼンを降霊し憑依させたキルヒアイゼン家の者は絶大な力を発揮できる。実際私も貴族になる前、アルバートに憑依した初代キルヒアイゼン家当主に武術指南をしていただいたが……
『武術とは身体で覚えるもの。お前のように頭で考えた瞬間に身体が反応出来て二流。考えずとも身体が勝手に最適な行動を取るようになってようやく一流からその先が見えてくる』
と言われた。そして今の私ですら相手にならないであろう、まさに鬼神の如き強さだった。初代キルヒアイゼンを降霊させている間は、レッドリバー家当主を越えるとすら言われている。
あとは、キルヒアイゼン家最初の女性当主となった3代目キルヒアイゼン様と、初代を超える剣の遣い手と言われた4代目キルヒアイゼン様も、それぞれが使われた聖剣や聖槍を触媒にして呼び出し、憑依させることが可能だそうだ」
「……ならなぜ辺境伯は賊に襲われた際にその力を使わなかったのですか?」
それ程強いのならその力を使ってくれていれば賊なんかにやられることはなかったのではないのか?
そうすれば僕も記憶を失う事は無かったはずだ。
「……そうだな。アルバートがその力を使えば賊をたやすく退けることが出来ただろうし、ジェリドも記憶喪失になることはなかったはずだ。お前には聞く権利が有るだろう。……少し長くなるが聞きたいか?」
「はい」
「アルバートはあの日、サンガレット帝国の公爵と会談した帰りだったそうだ。会談相手であるサンガレット帝国の公爵が会談を承諾する為に出した条件は
①両公爵家の家族を同行させ、会談終了までは相手側の陣営にて待機すること
②両家の聖槍と聖剣の持ち出し禁止
③会談場所をサンガレット帝国とテトラ王国の緩衝地帯にある森の中にすること
④護衛は互いに30人までとし、それとは別に会談中互いの横に控える使用人を2名つけること
⑤会談開始時、両家頭首とその家族は魔封じの指輪を付け、その日1日は指輪を外すことを禁ずる
という物だったそうだ。
会談場所の緩衝地帯では空間系魔法が使用できない。
そして強大な魔族の勢力圏でもあるが、その魔族は自分の勢力圏内で騒ぎを起こさなければ、わざわざこちらに手を出すこともしないタイプの魔族だ。
逆に戦闘行為等を行えば、その魔族の配下の者に襲われる事になるため、あえてこの場所を選んだのだろうな。
魔封じの指輪に関しては、私は原理はよく知らないのだが、これは2つで1つの物となっており、対となる指輪をどちらかが外すと、外したことが相手に伝わるようになっているらしい。
聖剣と聖槍の持ち出しの禁止の理由は。
会談相手のサンガレット帝国公爵家が、強力な能力を持つ聖剣使いの家系であり、その聖剣を使った場合の戦闘力は、サンガレット帝国最強との呼び声が高い。
対してキルヒアイゼン家も、聖槍を1本と聖剣を2本持つ家だ。
そして、いずれかの先代キルヒアイゼンを呼び出して自分に憑依させようとすれば、10分近くかかるところを、それぞれに対応した聖槍や聖剣と、自分の血を触媒とした場合は、30秒足らずで先代キルヒアイゼンを呼び出して戦える。
そのため、お互いに戦意が無いと示すために、それぞれの聖剣や聖槍の持ち出しを禁止したのだろう。
家族を相手陣営で待機させると言うのも、信頼を示す為と同時に、万が一の時の為の人質だな。
会談は決裂はしたものの無事に終わり、緩衝地帯を抜けた辺境伯領の森の中で襲われたそうだ。
キルヒアイゼン家の者が指輪を外せば、サンガレット帝国の公爵との約束を破る事になる上、そもそも聖槍や聖剣無しでは、降霊に10分はかかる。
そして降霊術の弱点は、移動しながらの降霊が非常に困難なことだ。
魔力を放出し、霊を呼び寄せるわけだが、移動しながらだと霊が魔力の元を感知しきれず、降霊には時間がかかる。
そのためお前達が、アルバートとその家族を逃がすために戦ったと言うのが事の真相だ」
「……教えて頂きありがとうございます」
「話を戻すが、ラムサスの型を使えると慢心したことはお前のミスだが、その後すぐに頭を下げた事については評価している」
「……なぜですか?」
「我々貴族にとって、自分の能力をきちんと把握するという事はとても大切だからだ。我々貴族は領地と領民の命や生活を預かっている。下手に見栄を張って領民の生命や生活を犠牲にする事は、最も愚かな行為だ。もちろん事前に防ぐのが最も好ましいが、それでももし自分がミスを犯してしまったとわかったとき、下手な見栄を張らずにすぐ解決するために行動する、それが最も大切だ。お前が慢心したこと事態はよくないが、絶対にミスをしないものなどいない。今回ジェリドがミスに気付き、解決に動く判断の早さ自体は評価しているということだ」
父さんがまた僕の肩を2回叩いてくれた。
かなり痛いけど最近はこの痛みがとても嬉しい。
繰り返すけど決して僕はマゾじゃ……!?
父さんが僕の頭をいきなり掴んで自分の胸元に引き寄せた。
「ジェリド。私はお前が上に立つ人間……つまり国から領地を預かる貴族となり、この国と民を豊かにする助けとなってくれることを期待している。ソシアもお前は上に立つべき人間だと言ってくれているし、アルバートもお前には期待している。これからも努力を怠らず、精進しなさい。ではお前に合いそうな型をいくつか見せよう」
次回予告
次回はついに、ジェリドとラムサスさんとの手合わせが始まります。
そしてその時ジェリドは、自分の過去の記憶と思しきものに触れます。その触れた物の内容とは?そして、ラムサスさんとの手合わせの行く末は?
次回【ラムサスさんとの手合わせ】をお楽しみ下さい。
次回のタイトル変えました。
次回更新は3/1の07:00【ラムサスさんとの手合わせ】をお楽しみ下さい。