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リリー

2話目です。

ご意見ご感想頂けたら嬉しいです。

「俺は……誰なんですか?」

「……」

「……」


 気まずい空気が流れる。

 スーツの男性もセドリックさんも無表情のままこちらを見ている。とはいえ、セドリックさんの無表情は目覚めてから1度も変化は無いが。


 ──辛い──


 全員が無言で身動き1つしないこの時間がとても辛い。


 実際には1分くらいだったのかも知れないけど、俺にはとても長く感じられた。

 俺が何かを言わなければこの空気は動きそうに無い。


「え、えぇっと……貴方の質問に答える前に、まず俺が……俺が誰でどういう立場のものであり、貴方が誰かを教えて下さい」


 この質問を聞いてもスーツの男性は無表情で身動き1つしなかったが、燕尾服の白い髭の男性、先程の会話からセドリックさんというらしい方が、初めて表情を動かした。

 とても不快そうに眉を寄せるという形で。

 怒らせてしまったか? 


「キルヒアイゼン辺境伯に対してそのような……。口の聞き方には気を付けられた方がよろしいですよ?」


 声からは一切感情を感じさせないが、明らかに怒っている。

 キルヒアイゼン辺境伯? この直立不動の燕尾服の男性──セドリックさんは見るからに執事という感じだ。ということは──。


「良いよセドリック。彼は命の恩人だ。もし彼がいち早く賊に気づいて私達を逃がしてくれなければ、今頃私は棺桶の中だったかも知れない。それはそうと、まずは君の質問に答えよう。まず君の立場だが……。君は彼と同じく執事の1人であったダニエルの息子だ。名はジェリドというのだがここまではわかるかな?」


 ジェリドか。確かに言われてみると、ジェリドという名前には聞き覚えがある気がする。どうやら俺はジェリドというらしいが、覚えがあるかと聞かれると──


「……続けるよ? 君は今年で16歳になり、私の使用人になることを望んだため、今回護衛の任務を初めて与えたのだが、運悪くその護衛任務中に賊に襲われ怪我をしたためここで休んでもらっていたんだけど……なにか覚えてないかな?」


 はい、それはもう全然覚えていませんね。貴方の使用人になることを望んでいたことどころか、今の俺はまず貴方は誰? 貴方がキルヒアイゼン辺境伯でいいんですよね? って感じですから。


「すみません。覚えていません」


 とだけ返事をした。


「……今は起きたばかりで記憶が混濁しているのかもしれないね。何か思い出したらすぐにセドリックかメイドに伝えてくれ。ダニエルと君のことは君の伯父であるアーノルド=ブラッドリー子爵に手紙で伝えてあるから、ブラッドリー子爵のことだから近日中には本人が来てくれ──」


 ──コンコンコンコン──


 キルヒアイゼン辺境伯が話している最中、それを遮る形でドアをノックする音が聞こえてきた。

 キルヒアイゼン辺境伯は一瞬眉をひそめたが、視線でセドリックさんに合図を送る。


 セドリックさんはドアの所まで一切音をたてずに、とても綺麗な姿勢でまるで流れるように優雅に歩き扉を開いた。すると、身長160cmくらいで、茶色い長髪をツーサイドアップにした茶色い目の綺麗なメイドが一礼し、室内に一歩入り音もたてずにドアを閉める。

 更に優雅に花が咲き誇るような笑顔で一礼したかと思うと、唐突に表情を消して話し始めた。


「旦那様、アーノルド=ブラッドリー子爵がお越しになられました。ブラッドリー子爵より、『おぉこれはリリアーナ殿、まずは夜分遅くに突然押し掛け、先触れすらも出さぬ無礼をお許し下さい。そして、このような時間ではございますが、もし可能であるならば、どうかキルヒアイゼン辺境伯にお目通りをお願い致します』とのことです。いかがいたしましょうか?」

 

「ブはッ……ふふふ。し、失礼しました」


 思わず吹き出してしまい、全員の視線が俺に集まる。

 でも仕方ないよね? 10代後半から20代前半にしか見えないこの綺麗なメイドが、無表情でブラッドリー子爵の来訪のことを話し始めた。そこまでは良い。だがブラッドリー子爵が話したと思われる内容の部分だけは、40代くらいの威厳のある男性のような声を恐らく声帯模写して話したのだ。


 キルヒアイゼン辺境伯は、メイドにこの部屋までブラッドリー子爵を通すように伝えると、俺の方を向いて笑顔を見せて話しかけてくる。


「ようやく笑ってくれたね。君は覚えていないのだろうけれど、君は私の前ではいつも緊張していたのか、怪我をして倒れる前は1度たりとも私に笑顔を見せたことは無かったんだよ?」


 そう言って俺に笑いかけてくれると、次は少し驚いたような表情のまま未だにこちらを見ながら固まっているメイドの方に顔を向け、少し困ったような表情で話しかけた。


「リリー、初めて君のその気持ち悪いくらいに完璧な声帯模写に感謝する気になったよ。でも私の声帯模写だけは2度と辞めてくれないかい? ……正直気持ち悪い」


「お断り致します旦那様。情報は正確に主観無く伝えることにより、もし仮に私が気づけなかった相手の言葉に隠された意図が有った場合、それを旦那様が読み取れる可能性もございます。そしてそれは、私が相手の方の言葉を違う意味で解釈して、誤って旦那様に伝えてしまうという伝達ミスを無くすことにも繫がります。例えば『はしを通る』という言葉、同じ『はしを通る』であったとしても『橋』と『端』同じ言葉で意味が全然違います。そしてなにより、折角マスターした声帯模写を使わって楽しめないなんて絶対イヤです」


 完璧なキルヒアイゼン辺境伯の声と口調で、言葉遣いだけを変えてメイドがそういうと、万遍の笑顔とドヤ顔で俺に同意を求めるような視線を送ってきた。


「最後のが本音だろ? もう良いから早く先程の指示を遂行してくれるかな? ここにブラッドリー子爵を連れてきてくれ。あまり待たせるのは彼に対して失礼だよ?」


 キルヒアイゼン辺境伯が少し呆れたような表情でそう言うと、リリーと呼ばれたメイドはニッコリ笑って一礼してから部屋を出ようと──リリー? リリーって確か俺を治療してくれた方の名前のはず!!


「お待ち下さいリリーさん!!」 


「待ちません」


 一礼しながらそう言うと音も無くドアを閉めてしまう。

 俺は必死に上半身を起こして右手を伸ばした状態で取り残される。セドリックさんの無表情で直立不動ながらも、こちらに送られてくる視線が痛い。

 キルヒアイゼン辺境伯は俺の隣で、俺の必死に伸ばされた手を見ながら笑っているので、とりあえず腕を下ろして、キルヒアイゼン辺境伯に一礼してからゆっくりとベッドに倒れ込む。するとキルヒアイゼン辺境伯はとても楽しそうに俺に話しかけてきた。


「すまないねジェリド君、彼女はとても優秀なんだがイタズラ好きでね。人を驚かせたり今の君のように少し恥ずかしい程度の思いを相手にさせるのがとても大好きなんだ。でも彼女は人一倍照れ屋でね、心を込めた感謝の言葉を貰うのが苦手なんだよ。もしかしたら彼女のイタズラ好きは、彼女の照れ屋な一面は、自分の照れを隠して相手の言葉をはぐらかすのは自己防衛なのかもしれないね。それとジェリド君、記憶が戻るまでは私のことは辺境伯と呼んでくれて構わない」


 なるほど。でもそうだとしても今のはちょっと恥ずかしかったな……そしてしばらくするとまたドアが4回ノックされる。

 ブラッドリー子爵──俺の伯父に当たる方が来られたようだ。

 お読み頂きありがとうございます。

 不定休ですが、これからは休日毎に投稿していこうと思いますので、もしよろしければ引き続きお読み下さい。


 ご意見ご感想評価を頂ければ嬉しいです。

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