第15話 四大公爵家
第17話です。
ようやくジェリドのいる国の名前が明らかになります。
リアナがブラッドリー子爵家に来てから、早くも3日が経過した。
つまり僕が来てからは4日目だ。
朝は昼までリアナの散歩に付き合い、昼からは書斎で借りた図鑑を読んだり寝たりする。
そんな1日を3日も過ごした……。
父さんや兄さんは、日常生活を続けるうちに色々思い出すこともあるだろうと言っていたが、記憶は一向に戻らない。
リアナと過ごす時間は楽しい。
昨日などはかなり走って僕に海を見せてくれた。
1番近いところでもそこまで開拓するのに何十年もかかると聞いていたので、そこを半日で走破してくれたリアナには感謝している。
しかし僕は焦り始めていた。
これで良いのか? と。
辺境泊の所を出るときに、ロッテンマイヤーさんになんと言われた?
『あなたはこれからブラッドリー子爵の息子となりますが、記憶をなくしたとはいえキルヒアイゼン家の元執事見習いでもあった事実は変わりません。あなたの行動はキルヒアイゼン家の評価を高めることにも貶すことにも繋がります。それを自覚しての行動をキルヒアイゼン家使用人を代表して期待します』と言われたのだ。
こんななにもせず遊び呆けているような生活をしていて、兄さんや父さん、ブラッドリー子爵家の使用人達はどう思うだろう?
父さんは毎日書斎にこもって山のような書類を半日以上かけて終わらせ、武術の鍛錬を欠かさない。
兄さんは父さんの仕事を手伝いながら、残りの時間は既存の道具の改善が出来ないか?
今より効率が良く領民のためになる道具の開発は出来ないか?
そう考えて図面を引き、実際に僕が見た足踏み式の脱穀機以外にも色々開発し、領民の為に尽くしているそうだ。
この2人に比べ僕は、朝はリアナとどこかに出掛け、昼はリアナとじゃれ合いながら本を読む。
僕が父さんや兄さん、ブラッドリー子爵家の使用人なら、キルヒアイゼン家から来たこの元使用人は使い物にならない穀潰し……そう思うだろう。
この生活を続けることは、キルヒアイゼン家使用人達に泥を塗る行為であり、僕のことを高く評価し愛してくれていたらしい辺境泊にも泥を塗る行為だ。
もう既に3日もこんな姿を見せている。
これ以上こんな生活は続けられない。
そんなわけで、朝食の席で父さんにお願いすることにした。
食事の時にこの席にいるのは、いつも父さんとその左後ろにラムサスさん。
兄さんとその左後ろにソシアさん。
そして僕と僕の左後ろにローラだ。
「父さん、お願いがあるのですがよろしいですか?」
「なんだ?」
「この屋敷に来てもう4日になりますが、僕の記憶は戻る気配がありません。なので、使用人の誰かに僕の勉強をみて頂けないでしょうか」
「勉強を?」
「はい。実は恥ずかしながら、僕はまだこの国の名前すら知りません。ローラに教えて貰うことも考えたのですが……」
ローラが僕の後ろから任せて!
と言わんばかりに胸の前で両手を握り締めながら前に出てアピールをする。
なぜ後ろのローラの行動がわかったかって?
ローラは既に、椅子に座る僕よりも前に来ているからさ。
僕の言わんとしていることを、この場にいるローラを除く4人は察してくれた。
「それはやめておこうね?」
兄さんが笑顔でそういうとローラがなんで? とばかりに首を傾げる。
──記憶がない僕でも、ローラに教わると確実に変な子になる未来しか見えないからね。
「では教育係を決めるわけだが、誰が良いか……。ジェリドには王立学園に入学して貰う予定だからな。王立学園は16歳~18歳の間に入学しなければならないから、早ければ今年に……遅くとも再来年には入学出来るだけの能力をもっていてもらわなければならない」
へぇー……王立学園の入学には、年齢制限があるんだ?
……あれ? 兄さんが俯いて食事の手を止め……顔をあげると僕に笑顔を向けてくれた。
「ジェリドの勉強は僕が見るよ」
「良いのかアウラ?」
「父さんの手伝いは、書類が片付こうが片付くまいが、朝から昼までって約束だから、毎日昼食を食べてから3~4時間くらいなら勉強を見てあげるられるよ?」
「良いんですか?」
「王立学園に入学するつもりなら、消去法で僕しかいないよ。父さんは忙しいし勉強を教えるのには向かない」
父さんの眉間にしわが寄るが、兄さんが父さんに笑顔を向けると渋々頷いた。
「ソシアとラムサスさんは、それぞれ僕と父さんの専属だから、2人をさくわけにはいかない。ローラさんは……まずは自分の勉強を優先しようね?」
ローラが絶望したような顔をし、元居た辺りに後ずさる。
「他にも使用人は居るけど、王立学園に入学出来るだけの学力があるのは僕らだけだ。だから僕が教えてあげるよ」
そう言えば、リリーが声帯模写で最難関の学園って言ってたな……。
「ありがとうございます兄さん。これからお願いします」
「じゃあまた昼食が済んだら部屋に来てね?」
「はいわかりました」
午前中はいつも通り、リアナの相手をしてから一緒に寝た。
この時間は確かに楽しいのだが……遊んで寝ているだけだから正直なんとかしたい。
リアナと昼食を食べ、兄さんの部屋を訪ねる。
──コンコンコンコン──
「……? どなたかな?」
「ジェリドです。勉強を教えて頂にきました」
「ジェリド? ……うん入って良いよ」
「失礼します」
僕は入室前に一礼し、入室後に扉を閉めてからまた一礼した。
僕と同じ間取りの部屋で、縦6m横6m高さ2.5mくらいの正方形の部屋で、入って右奥の窓際にベッドが置かれており、左奥の窓際には品の良い机が置かれている所までは同じだったが、扉の位置が部屋に対して左右逆だった。
僕の部屋は扉を開けてすぐ右が壁になっていたが、兄さんの部屋は左が壁だ。
他に違うところは、左の壁沿いに高さは天井までとどくぐらいで、横幅は1.5mくらいの本棚が2つ並んでおり右側にも同じ本棚が置かれている。
「……ちょっと待ってくれるかな?」
僕が歩き出そうとすると兄さんに止められた。
兄さんの顔が少し恐い……なんだろう?
「……どういうつもり?」
「……どういうつもりというと?」
「もちろんノックや礼の事だよ?」
「……入室時は皆こうしていたので、これがマナーなのかと……どこか間違っていましたか?」
「……? あぁ、なる程、そういう事?」
兄さんの表情が、不意に苦笑いのようなものになり、僕に側に来るように手招きしてくれる。
「まず、僕や父さんの部屋に入る時のノックは3回だよ?」
「……? 皆4回ノックしていましたけど?」
「それは使用人だからね」
「ノックの回数にはそれぞれ意味があるんだ。2回はトイレで3回は親愛を表し、4回は敬意を表すけど、家族間でのノック4回は親愛の気持ちはありませんって意味になる。場合によってはあなたと敵対します。という意思表示にもなるから、その気がないなら気をつけてね?」
なる程、それは失礼だ……兄さんが怒ったのも当然だ。
謝ろうとすると兄さんがさらに続けた。
「家族間や使用人の部屋、他家の爵位が下の貴族家の当主以外の部屋への入室の際の礼は、声での挨拶1つで良いよ? さっきジェリドがやったのは、使用人がやる礼儀。又は他家の当主や爵位が上の貴族家の方の部屋に入室する際の僕らの礼儀だ。父さんの部屋に入るときも、頭を下げて一礼すべきだけど、父さんはそれを嫌うから省いても問題はない」
「失礼しました兄さん」
「知らずにやったんだよね? なら次回から気をつけてくれたら良いけど、一瞬僕と対立して家を乗っ取ると宣戦布告でもしにきたのかと思ったよ。あぁ恐い恐い」
兄さんが笑顔で両手を広げながら立ち上がり、まるで舞台役者のように自身を抱き締め首を振る。
「そんなつもりは……」
「わかっているさ。冗談だよ冗談」
笑顔で僕の肩を叩き、机の前の椅子に座るよう促す。
「父さんから借りて本を読んだってことは、読み書きは出来るんだよね?」
「はい。ですが先程のノックのように、一部の常識が欠けており、この国の名前すら思い出せません」
「そう言えばさっき言ってたね? まずこの国の名前はテトラ王国だ」
「テトラ王国?」
「四大公爵家というのは聞いたことがあるよね?」
「はい。詳しくは知りませんが、いくつかの名前くらいは……」
「試験に必要な事だけ箇条書きにしてそれを覚えるのが良いかな? それか僕が大まかに歴史を話して、それを覚えてから僕が昔使ったノートで足りない分を補う形にする方が良いか、どっちにする?」
「それでは後者でお願いします。歴史的背景を覚えてからの方が頭に入りやすいと思いますので、兄さんにはその分手間をかけてしまいますが……」
「良いよそのくらい。じゃあまずは建国の話からいくよ? 4人の天才と共に大国であったエルガンド帝国に、独立戦争を仕掛けそれを成し得たのが当時は村人でしかなかったノッカー様。後のノッカー=エルステイン=テトラ王子だ。現在の王は5代目でロベルト=エルステイン=テトラ様だ」
ノッカー=エルステイン=テトラにロベルト=エルステイン=テトラ……変な名前だな……。
「あぁ、言わなくてもセンスについては、この国の誰もが口にしないだけで思っているから気にしないでね? テトラとは4を表し、当時の4人の天才の事を指す。4人の天才とは後の旧四大公爵家だ。
武門の家系レッドリバー家
黒魔法の家系ブラックスミス家
白魔法の家系ストラーダ家
知略の天才ゴールドマン家の4つだ」
……あれ? アルベド様ってのは名前だし、白魔法の家系だからストラーダ家だとしても、ドラゴニール家がない?
「ジェリドはソシアから、アルベド様とドラゴニール家の名前は聞いているよね? まずはアルベド様から説明するね。アルベドというのは、ストラーダ家内の称号なんだ。当主候補は一番下の妹が16歳になった時、当主候補の中で一番強い魔力の子がアルベドの名を継ぎ次期当主になる。つまりもし長女が16歳になった時、元当主に他に娘がいれば、その娘が16歳になったときにその能力を比べられ、長女よりも強ければ次期当主は長女ではなくその子になる」
……家族間での当主争いか……負けて姉妹が家を継げば自分は貴族家の一員から外れる。
貴族家というのは爵位を持つ当主とその妻、そしてその子供の事を言う。
……兄弟が継いで自分に爵位が無ければ、一転家名を無くし身分としては平民となる。
この知識は、魔族の図鑑の中で人間から魔族に落ちたとある魔族の解説として、当主争いに敗れて平民になることを恐れ魔族になったと書かれていたため知ったことだ。
「……その意味は理解できたかな?」
「はい」
「次はドラゴニール家についてだが……この家は元々は他国の王家で、テトラ王国の隣国だったドラゴニル王国の王家なんだ」
「隣国の王家?」
「当時の僕らの国は南にドラゴニル王国。西にサンガレット帝国という2つの大国に挟まれる位置にあり、東と北には小国が並んでいたんだ。サンガレット帝国は、エルガンド帝国再興を信じてエルガンド皇帝の一族を保護している。そのため本国は、サンガレット帝国を攻めようと考えたが、サンガレット帝国を攻めた際に後ろからドラゴニル王国に攻められては危うい。そこでテトラ王はゴールドマン公爵に相談し、国力増強を計る事を決めたんだ。武力を背景にではあるけど、周囲の小国をほぼ無血のまま吸収していき、人口も約一千万人に増えた。ドラゴニル王国はその広大な領土から、人口が二千万人とも三千万人とも言われていたうえに食料も豊富で、ドラゴニル王国内で戦闘が起これば龍が飛んできて敵を悉く滅ぼしていた。
……国力の差は圧倒的で、厳しい交渉が予想されたけど、ゴールドマン公爵主導でドラゴニル王国と国交を結び友好国となるべく交渉に挑んだんだ」
自国の2倍から3倍の国力を持つ相手との交渉か……
「……ただそこでゴールドマン公爵は思い違いをしていたことに気付いたんだ」
「思い違いですか?」
「ドラゴニル王国にとって、他国の領土などどうでも良かったんだ。ここからは実際にドラゴニル王が、ゴールドマン公爵に言った内容だけど。
『俺の国の領土なんて神山と民が住んでいるところ以外はどうだって良い。俺の民を今より幸福に出来るってんなら、国交とか言わずに国ごとお前らにくれてやるから幸せにしてみせろ。もし俺の民を蔑ろにしたり、戦争の道具として使おうとすれば……俺達がテトラ王国を焦土に変える』と言って、ゴールドマン公爵が王と謁見中に玉座で王自らが龍になったらしいよ」
「国ごとくれてやるから幸せにしてみせろって……凄いこという人ですね……」
王が自国より小さい隣国に自分の国をやるなんて、民もゴールドマン公爵と言う人もさぞかし驚いただろうな……。
「実際この謁見の翌日には、ドラゴニル王国が無くなることをドラゴニル王自ら国民に布告したらしい。そして謁見から3日後、ゴールドマン公爵が王都に着き、テトラ王にドラゴニル王の言葉を伝えた頃には、ドラゴニル王が自国の民数十万人を引き連れて龍の姿で現れ関所を破壊し、これからは自由に行き来しろと自国の国民に告げたそうだよ? あぁちゃんと避難勧告はくれたみたいで、関所の人に被害はなかったようだけど、滅茶苦茶な人だよね?」
……滅茶苦茶だ。
ゴールドマン公爵がテトラ王にドラゴニル王の言葉を届けている頃には関所を破壊って……。
突如として関所の反対側から数十万の燐国の民と龍が現れ関所を破壊……。
恐かっただろうな……恐らくドラゴニル王の言葉なんて聞いていないはずだから、隣国から数十万の民を引き連れて龍が共に攻めてきた。という構図にしか見えないよね?
民は多分武装してなかったんだろうけど、龍に関所を破壊された時点でパニックだ……。
かわいそうに……。
「当初テトラ王もゴールドマン公爵もなにかの策略だと思っていたようだけど、しばらくしてこれは本当に国ごとくれたんだと理解し、テトラ王国の公爵として招くことにしたんだ。ただここで1つ問題が発生した。テトラ王国は四大公爵家からテトラと名付けられている。当時の公爵家は実は6家存在したんだけど、武力という意味では最初の4つの家を指すため、ドラゴニール家をそこに入れると武力の家が5つになり、五大公爵家になってしまう。そこで新たに大公という爵位を設け、満場一致でゴールドマン公爵家が大公となり、新たな公爵家としてドラゴニール家が入った。四大公爵家としてドラゴニール家が入りゴールドマン家は抜けた形だね。
元々ゴールドマン家は、武力というより知略の家だから、軍略や商才は飛び抜けているけど残り3つの家と比べたら単独の戦力はどうしても見劣りする。だから武闘派の四大公爵家としては、今の四大公爵家の方が余程しっくりきてるかもね」
その後は、先程の内容を年号付きでおさらいしてから、四大公爵家について簡単に解説を受け、途中からはアウル=レッドリバー様に対する兄さんの愚痴を聞いて本日の勉強は終了した。
兄さんの話は全て覚えているから部屋に帰ったらノートに書いて復習をしておこう。
作中ではそこまで書かれていませんが、先に補足説明を入れさせて頂きます。
ブラッドリー領全域と辺境伯領の一部は、元々ドラゴニル王国の領土があった所です。
現在辺境伯領となっている場所の一部にドラゴニルの民が住んでいた村が有り、その南側……つまりブラッドリー領が現在ある所は神の森と言われ一切手をつけられていない未開の森だったという設定です。
この事を後々ジェリドが知る事になる話は概ね考えてあるのですが、それまで最低限の地理やなぜブラッドリー領は今開拓をしているのかがわからないのは面白くないので反則とは思いましたがここでフライングです。
逆にこのことを知らなくても問題はありません。
次回予告。
次回はこの世界の貴族の爵位とはどのようなものか?
貴族の階級はどのようなものなのか?
そういう物が明らかになります。
そしてアウラお兄さんの気持ちも明らかに……。
他の方の作品とは貴族の考え方が異なるところがありますが、あくまで私の作品の設定ですのでご注意下さい。
次回【アウラの告白】をお楽しみ下さい。
次回更新は一応3日後2/4の定期更新予定ですが、今書いているストック分の話が書き上がれば繰り上げ投稿を予定しています。