第13話 神獣が来た
お父さん視点です。
ブラッドリー子爵視点
コンコンコン
ノックが3回と言うことは使用人ではない。
アウラかジェリドだろう。ジェリドはまだ私の部屋を訪れた事はないから恐らくアウラだな。
「入りなさい」
「お邪魔します父さん。先程ローラから報告があったのですが、ローラの話によると、ジェリドが外で本を読みながら寝てしまったようなのですが。……狼を抱いて寝ているみたいなんです」
「……狼を?」
「はい。なにやら懐かれたらしくじゃれ合った後に仲良く寝たようなんですが……どうしましょう? 仲良く寝ているのは良いけど相手は狼ですし、一応様子を見てなにかあればソシアを呼ぶようにローラには伝え、ソシアには第2結界に魔力を流すように伝えました」
この屋敷の周囲にはソシアによって2つの結界が張られている。
1つ目の結界は常時展開されている魔物や魔族が入りにくくする結界。
この結界はあまり強いものではない。ある程度力のある魔物なら簡単に破れる。
魔族なら破れない物はいないだろう程度の結界だ。ただし破って入るとソシアに結界が破れたことが伝わり、なんらかの危険の接近を感知することが出来る、言わば警報装置だ。
2つ目の結界は、屋敷の周囲での攻撃行為を禁止する臨時の結界。
この結界は、ソシアの込めた魔力量により拘束力が変わる結界だ。
ソシアがこれを張り長時間維持しようとすれば、狼程度が攻撃出来ない結界を半日程は張れる。
全力で結界を張った場合は10分程度しか保たないらしいが、私でもその間は攻撃出来ない。
「……狼か。ソシアの結界を越えてきたと言うことはただの狼だな。襲おうとしてもソシアの結界の中にいるのなら危害は加えられないだろうし、すぐに助ければ大事に至ることはないだろうからそのまま様子見で良いだろう。もし仮に襲われそうになっても、その時何かを思い出すかもしれないし、怪我くらいならソシアに頼んで治してもらえば良いからな」
「そういうと思ってその様に指示をしておきました。なにか有ればまたこちらに来させてもらいますね、父さん」
「あぁ、頼んだぞアウラ」
アウラが部屋を出ていった。
──狼か。屋敷にくるとは珍しいな。
多少危険ではあるが、ジェリドに懐いているとのことだし、なにかあればソシアに対処してもらえば問題ないだろう。
──この時はそれくらいにしか思っていなかった。
──コンコンコン──
小1時間がたった頃、部屋のドアが3回ノックされた。来客はやはりアウラだ。
「何度もお仕事の邪魔をしてしまいすみません」
「問題ない。それよりどうしたんだ?」
「一緒に寝ている狼が4頭に増えました」
「……」
4頭に増えても結界内では手出し出来ないから問題ない。……問題ないのだが──なぜ増えた?
警報代わりの結界を、狼等は確かに素通り出来る……だが結界を越えるのにはかなりの不快感が付きまとう。普段なら近寄ろうともしない。
その証拠に月に数回は顔を見せていた狼や熊が、ソシアが我が領に帰ってからは一度も姿を見たという話を聞かなかった。
「父さん?」
「あ、あぁ、すまないな。数が増えても結界の中では何も出来ない筈だから、そのまま様子を見るように伝えてくれ」
今まで狼なんて暫く見なかったのになぜ突如現れた? しかもジェリドと一緒に寝ている? ジェリドが呼んだのか?
──ゴンゴンゴン──
「父さん大変だすぐきて!!」
30分程前に出ていったアウラがまた戻ってきて、私をアウラらしからぬノックで呼ぶ。
「取り合えず入りなさい」
アウラは部屋に入るなり、私の仕事机に両手をつけて焦った顔で話し始めた。
「父さん!!ソシアの結界が破られ、見たこともない程巨大な狼のような魔獣がジェリドの前に現れた。今はソシアが先に助けに行ってるけど危ないかもしれないからすぐに来て」
「……わかったすぐに行こう」
庭に出た時には、魔獣の姿もジェリドの姿も既になかった。
ソシアを見た瞬間、さらわれたのだろうと判断し、私はすぐに執事のラムサスを完全防備で来るように伝え、私の槍と防具も持ってくるように他の執事に伝えさせる。
この屋敷で戦闘が可能なのは、私とソシアとラムサスの3人だけだが、3人共戦闘力は折り紙付きだ。
ソシアから魔獣の姿形や使ったと思われる魔法を聞いたが、思い当たる魔獣はいない。魔獣が使った魔法もよくわからなかったが、何より驚いたのは、ソシアが全力で張った結界を一切の抵抗も無く破り、ジェリドを捕まえたということだ。
そんな事、私にと出来ないし、出来る物がいるとも思えなかった。が、相手はそれをやってのけたのだ。
相当な力の持ち主であることが予測されるが、義理とはいえ息子として連れてきたジェリドを、アルバートから預かって1日で亡くすなどあってはならない失態だ。
しばらくすると、私の槍と防具を持った執事が現れ、それらを装備した頃には、ラムサスも完全防備で来てくれた。
「私・ソシア・ラムサスの順で一列体型で森に入り、前方から魔物が現れたら私が倒す。あと1時間もすれば日も落ちてしまう。状況は悪くなるばかりだが、側面や後方からの襲撃には十分に注意しながら、なるべく急いでジェリドを探そう」
ソシアとラムサスがわかりましたと頷く。
「そしてジェリドを連れ去ったという魔獣だが、私の記憶にはそのようなサイズで、尚且つソシアの言うような魔法を使う魔獣など皆目見当もつかん。だが、かなりの強敵であることは間違いない。気を引き締めてかかってくれ」
「「承知いたしました旦那様」」
「そして見つけた際、もしその魔獣がジェリドをっ!?」
「ふぉあぁぁぁぁぁぁえぇぇぁぁぁぁ!!」
突如として暴風が吹き荒れ、森の前をうろちょろしていたメイドのローラが吹き飛び、代わりに魔獣が姿を現した。
「ただいま帰りました。ご心配をおかけしたみたいですみません。え、えぇっと、先に紹介するね? この子はフェンリルのリアナって言うんだけど……父さん、いきなりなんだけどこの子屋敷で飼ったらダメかな?」
ジェリドが巨大な狼のような魔獣から飛び降り、開口一番そう言ったが、私はジェリドが何を言ったのかがわからなかった。
……いや、聞こえてはいたが、言葉の意味が分からなかった。
……フェンリル?
フェンリルと言えば冷気とあとなにかを操る神獣とだけ聞いたことがあるが、神獣の中でも最強クラスの存在だ。
他には朱雀・白虎・鳳凰・玄武・天狐・天狼・騰蛇・勾陳・龍等があり、一番多くいる龍は青龍以上が神獣とされているが、ドラゴニール家の龍は、青龍よりは神格が低いとされているが、能力的には青龍と対等以上に戦えるほど強いらしい。
「父さん? 父さん聞こえてますか?」
ジェリドの声で我に返る。
どうやら現実逃避をしていたようだ。
「……あぁ、聞こえているが……。フェンリルとはあのフェンリルのことか?」
「僕はフェンリルと言うのを知りませんので、本当にこの子がフェンリルなのか、他にどんなフェンリルがいるのかはわかりませんが、この子自身は自分はフェンリルだと言って……あ、ちょっ……わかったから信じてるから」
ジェリドが自称フェンリルに、前足で捕まれて顔を舐められている。ちなみに尻尾はブンブン音をたてて振られている。
……自称フェンリル?
「自称フェンリルとはどう言うことだ?」
「この子が自分でフェンリルだと言っているので、取り合えずば自しょ……うわっプ……わかってるから話してるときに顔舐めないで……」
「……その魔獣と話せるのか?」
「はい。思念波という奴で会話をするらしいのですが……え、なに? ……そうなの? …………………………………………………………………」
ジェリドが自称フェンリルと見つめ合ったまま、十数秒が過ぎ、自称フェンリルが私を数秒見つめて首を振った。
……なんだ?
「どうやら思念波は普通、人間には聞こえないそうなんですが、何故か僕には聞こえて──実際今リアナに父さんに向けて思念波を送ってもらったのですが……」
「私にはなにも聞こえなかったが……」
本当になにも聞こえなかった。
ジェリドとリアナと呼ばれた自称フェンリルが、また無言で見つめ合ったまま時間が過ぎる。
ジェリドが突如、自称フェンリルから顔を背けると、自称フェンリルはジェリドの顔を自分に向けさせようと、ジェリドの体を掴んでいた前足を器用に使ってジェリドの体を横回転させて、自分に向けさせようとした。
ジェリドはそれに合わせて顔を背けると、また自称フェンリルはジェリドを回す。
……数回繰り返していく内に、ブンブン振られていた尻尾は勢いを無くしてうなだれていき、自称フェンリルの目には涙が溜まっていた。
それでも顔を背けて無視を決めていたジェリドは暫くすると、笑顔を浮かべて自称フェンリルに向き直り頬吊りを許す。そして自称フェンリルは前足を離してジェリドを解放した。
「父さん。兄さん。リアナが自分に触っても良いと言っています。僕がリアナの思念波を聞くことは出来ますが、僕が思念波を送るには直接触れていないと出来ません。直接触れていれば、父さん達もリアナの思念波を聞けるかもしれません」
よくわからないが、取り合えずはこの魔獣に触れろと言うことだな?
ならばと思い近付こうとすると、自称フェンリルは尻尾を逆立て威嚇してきた。
私は咄嗟にアウラを脇に抱えて数m程後方に跳ぶ。
「リアナ!!」
ジェリドが自称フェン──もういい!!
リアナを叱りつけると、リアナはビクッと震えて恐る恐るジェリドを見る。
ジェリドは腰に手を当て頬を膨らませてリアナを睨んでいる。
相変わらず可愛いらしい顔だな。っているはずなのに見ていると微笑ましい気持ちになる。
暫くすると、リアナが右前足をゆっくり伸ばそうとするが、ジェリドは回れ右して背を向けて離れていき、リアナの前足は空を切る。
リアナはそのまま右前足を、おいでおいでと言わんばかりにまるでアルバートが経営しているドレス専門店の店先に置かれた招き猫のように、ゆっくりと動かし……目に涙が溜まってきた。
「……ジェリド。なんかこの魔獣、泣いてない?」
アウラがジェリドにそう言うと、魔獣がアウラに向かって数度頷き、アウラに右前足を向けてからジェリドに右前足を向けまた頷く。
まるでもっと言ってやってくれと言わんばかりに……。
因みにアウラは前足を向けられた瞬間腰を抜かしかけた。
……気持ちは分かる。
だが、見た目はともかく可愛らしい性格をしているようだ。
それはそうと、先程の反応……
「私達の言葉は理解しているのか?」
「その様です。リアナは僕に触れていなくても思念波を飛ばせますので、リアナの声は僕には聞こえますし、僕の言葉や父さんの言葉も理解できますので、僕らは触れていなくても会話は可能です」
「……最初から話せたのか?」
「思念波は本来、強大な魔力を持ち高い知能を持つ高位の魔獣や魔族か魔物、あとは同族には聞こえるようなのですが、それ以外の物にはほとんど聞こえないらしく、最初は思念波なんて送ろうともしなかったようなので」
「ならなぜ思念波を送って来たんだ?」
「リアナが僕を乗せて走っているとき、僕が頭を上げてしまい枝に激突してリアナから落ちてしまったのですが、その時リアナがなんとか謝ろうとして、通じないと思いながらも思念波を送ったらそれが通じたそうです」
「怪我はなかったのか?」
「なぜか木の枝にぶつかった時は衝撃こそ感じましたが痛みはなく、落ちた時に出来た切り傷もリアナが舐めてくれたら跡形もなく消えて──えっ? ──うん。──────」
リアナがジェリドに思念波で話しかけたらしく、またジェリドはリアナと見つめ合ったまま暫くの時が過ぎる。
「リアナが言うには、フェンリルは時と冷気を司る神獣だそうで、冷気は風と水の複合らしく、走っていたときは風の障壁で僕を含めた全身をガードしていた為、僕は痛みを感じなかったらしいです」
「……なる程、そして名前を教えてもらい、言い方は変だが仲良くなって今にいたる。と……」
「いえ、この子には名前がなかったので、名前は僕がつけました」
「──っ!? ジェリド! 君は神獣に名前をつけたのか!?」
今まで黙って聞いていたアウラが、突如声を張り上げジェリドに尋ねた。
……アウラは突然どうしたんだ?
ジェリドも、どうしていきなりそんな事を尋ねられたのかわからないという感じで返答した。
「はい。神獣かどうかはあくまで自称ですけど、名前は僕がつけました」
「その前にその魔獣。……リアナはジェリドの血を飲んでるんだよね?」
「……飲むと言うより、傷口を舐めただけですが……一応」
「……名前を付けた時、その……リアナとはどのような位置関係だった? 体には触れてた? もし触れていたのならどこにどの様な感じで触れていたのか、それを教えてくれ」
アウラは何をそんなに慌てているんだ? そしてそんな事になんの意味があるんだ?
ジェリドもよくわからなそうな感じではありながらも、実演して答えてくれた。
「……あの時はどんな感じだっけリアナ? ──うん。真正面にいたのは覚えてる。…………え? ……首の後ろ? ……あぁそうだったねこうだ」
リアナが伏せの体勢で首の後ろを撫でさせているが、その姿勢はまるで頭を垂れて忠誠を誓う魔獣の頭に手を置き、洗礼を行うかのような格好だった。
「名前を付けた時、お互いに何か感じたことはなかったのかな?」
アウラが引き吊ったような笑顔を浮かべながらそんな事を聞いた。
「僕は心臓がドクンと一度苦しいくらい大きく音が鳴りました。……リアナも同じで、後耳鳴りが聞こえたそうです」
アウラがジェリドには答えず、私の方を向く。
「……父さん。ジェリドにはどうやらテイマーの才能があったらしい。僕には武術の才能がなかったから、一度テイマーになろうとして調べたことがあるんだけど、テイマーのテイムの手順は、大まかに言うと。
①相手に自らを認めさせる
②自らの血を与える
③相手の頭を下げさせ頭に手を置き名前を付ける
④その名前を相手に理解させ認めさせる
⑤パスを繋ぐ(繋がると心臓に何らかの反応が出る)
だったはずなんだけど。もしかしたらジェリドは、自称神獣をティムしちゃったんじゃないのかな?」
……神獣って、テイム出来るのか?
インフルエンザで動けず気付けばそこそこストック出来たので臨時投稿です。
次回までの臨時投稿はこれが最後です。
次回予告
なんだか知らない内にアウラお兄さん曰わくリアナをテイムをしていたらしいジェリド君。
しかしリアナをテイムしたことにより、それが戦争の引き金になる可能性があったなんて!?
次回【ペットが出来ました】をお楽しみください。
次回投稿は1/29の07:00【ペットが出来ました】です。