第8話 ソシアとローラ
8話目です。
ローラに食堂の場所を聞いて、急いで食堂に向かい、食堂のドアをノックした。
コンコンコンコン
「入りたまえ」
「失礼します。お待たせいたしました」
「ずいぶんかかったね? どうしたの?」
「お待たせしてすみません兄さん。私付きのメイドのローラさんとの自己紹介が、思いのほか長くなってしまったようです」
「そうなんだ? 彼女面白い子だからね。それはそうと、そっちのドアは使用人用のドアだから、次回からはあっちのドアがない方から入って来てね?」
兄さんがニッコリ笑ってそう言ってくれた。
ローラに案内を頼んだらこちらから来てしまった……。
普段ローラはこちらから入っていたんだろうな……。兄さんが何か察してくれたようで、少し申し訳無さそうにフォローを入れてくれた。
「ソシアに呼びに行くように言ったんだけど、ローラがジェリドの担当メイドになるからと言って、ローラに呼びに行くように頼んだらしいんだ。彼女はまだまだ勉強中だから、長い目で見てあげてね?」
悪い子では無さそうだし、敬語が抜けたら普通に話せたからなんとかやっていけそうかな?
「ありがとうございます兄さん。環境の変化や、初めての父さんの屋敷に緊張していたところでしたので、彼女の親しみやすい性格はとても助かりました」
「そう? なら良かった」
「ではそろそろ食事にするか」
「「はい父さん」」
夕食は、前菜とパンとスープと鹿の肉だった。
鹿の肉は父さんが2日前に捕ってきた鹿の肉だそうだ。
「それで、体の調子はどうだ? もう大丈夫と言っていたが……」
ちょうど父さんが、俺の聞きたかった話をしてくれたので、聞いてみることにした。
「実は先程傷を確認してみたところ、痛みはないし傷も塞がっているのですが、触ってみても触れた感覚すらなく、抓ってみても痛みがない。マヒしているような状態でして、これが一時的な物なのかどうかを調べたいのですが……」
父さんと兄さんが首を傾げながら顔を見合わせる。
「……怪我の後遺症か……薬等を飲んで痛みを和らげたりしている訳ではないのか?」
「はい。少なくとも目覚めた後、自分からそれと自覚して薬は飲んでいないです。……かけられた記憶は無いのですが、私の知らないうちに痛覚遮断のような魔法などをかけてもらっていたのでしょうか?」
「……それはないだろう。そういう魔法をかけてもらっていたとしても、アルバードのところを出てもうかれこれ10時間近くたっている。例えば呪いに対する対抗魔法等を人にかけた場合、魔法の持続時間は20分から1時間と言われている。これは呪いの発生していないところで、その手の対抗魔法をかけても少し伸びるだけで効果時間はあまり変わらない」
効果時間がそんなに短いなら、確かに辺境泊の所でなにかしらの魔法をかけてもらった可能性はなさそうだ。
「僕にはわからないけど、ソシアならわかるかも知れないから、後でソシアにみてもらうと良いよ」
「ソシアさんですか?」
「うん、彼女は結界が専門の魔法使いだけど、魔法を使わない医療も一通り修めているから詳しいし、あとは治癒魔法や、魔力の流れを見るのも得意だよ」
「わかりました。ソシアさんですね?」
「あと彼女は騎士公だから、失礼の無いように気をつけてね?」
「はいわかりました」
騎士公というと一代限りの名誉貴族だ。
一代限りだから当然領地は貰えないけど、つまり自分の力で平民から名誉貴族になったということだ。
とても優秀な人なんだな。
……あれ? 記憶を無くしているのにそう言うことは覚えているんだな?
ペンや馬車もわかったし、熊や鹿も見たらわかったし言葉もわかる。一般常識は覚えているってことかな?
食事が終わり、兄さんは作業部屋へ、父さんは書斎へと戻っていく。
俺も食堂を後にして、ローラを探そうとしたらローラは意外とすぐに見つかった。んだけど……。
「……なにしてるの? ローラさん」
「逆さ吊りにされてますぅ」
「……なんで?」
「メイド長に怒られて吊るされましたぁ」
「……なにしたの?」
「夕食が出来たからジェリドちゃんを食堂に呼びに行ったのに、帰りが遅くて旦那様とアウラ様を待たせちゃったからだよぉ。あとこっちの扉から案内したのがダメだったみたいなのぉ」
……ジェリド『ちゃん』?
……様付けまでは求めないけど、せめてそこは『さん』か『君』じゃないの?
それはそうと、よくこんな所に吊したなぁ。……周りに足場になるような所もないし、周りに梯子も見当たらない。空でも飛べないと梁までなんて届かなそうだ。
……逆さ吊りにはされているものの、ロープで足と一緒にスカートまでしっかり止められているので、スカートがかぼちゃパンツみたいになっていて、下着が見えないように一応気は使われているらしい。
「……大丈夫?」
「もう吊されるのはベテランなのでへっちゃらです」
「……ベテランなの?」
「もう20回くらい吊されてる大ベテランです!」
……そこ、誇るところなの?
37日目に20回吊されてるなら、2日に1回以上は吊されてるということになる。
……というかあれ? ローラの頭から何か生えてる?
「ローラ……頭から何か生えてる?」
「私ハゲてないよ?」
「いや髪じゃなくて……犬耳?」
「そりゃ犬の獣人だからちゃんと犬耳あるよ?」
「尻尾は?」
「出したらスカートめくれちゃう」
「有るんだ」
「あるよ?」
「いつまで吊されてる予定なの?」
「わからないけど思い出したら助けてくれるよ?」
「……忘れられたら?」
「……一晩ここで過ごしかけたよ……」
「かけたということは助けてもらえたんだ?」
「……お手洗いを我慢出来なくなって助けを求めたら、メイド長が助けてくれたよ? メイド長は私の危機を救ってくれた天使様なの」
「……吊して忘れたのもメイド長なんだよね?」
「……メイド長は悪魔だったの………」
「悪魔なら助けなくても良いですよね?」
メイドが1人、先程ローラに案内された食堂に通じる使用人用のドアから現れた。
背丈は160cmくらいかな? 黒い長髪をポニーテールにした、20前後の眼鏡をかけた綺麗な女性だ。
「メイド長が助けに来てくれたのです」
「私は悪魔なんですよね? 悪魔は人を救いませんよ?」
「メイド長は天使なのです。危うく悪魔に騙されるところだったです」
「……俺が悪魔か……」
「さっき鏡の前で小悪魔スマイルの練習してたです」
マズい!!……このままではさっきの痴態の全貌が曝される。すでに8割方曝されている気がするけど、なんとかここで止めないと。
「ローラ! 自己紹介とノックや時間、食堂のドアのことは忘れてあげるから、さっきのことはローラも言わないで」
「はぁい。この事は口が裂けるまで言わないよ」
「……ローラさん? 今の話詳しく教えてくれるかしら?」
「ごめんなさいなのですメイド長。それは言わないお約束なのです」
よしローラ! よく言った! 心の中でローラに拍手する。
「ローラさんが私に隠し事をするなんて……ローラさんを助けるつもりでしたのに、残念です」
「自己紹介を考えるのに必死でノックを忘れて部屋に入ると、ジェリドちゃんが下着姿でポーズを取りながら、とても良い笑顔で鏡の中の自分を見てたです」
「………………ご趣味ですか?」
「違いますっ!」
俺の心の中の拍手を返せローラ。一瞬で裏切られた。
「ならなぜ下着姿だったのですか?」
「お腹の傷痕を含め、自分の体を確かめていました」
「……笑っていたのは?」
「自分の顔も忘れていたので、色々な表情を確認していました」
「……ポーズは?」
「………………………………」
「………………………………」
「……少し遊び心が出てしまいました」
「……目覚めましたか?」
「なににですか!?」
メイド長には少し誤解されてしまったかも知れないけど、それは追々解いていくよう心掛けよう……ただ。
「このことは兄さんには……」
「わかっております。ご趣味は人それぞれです、ジェリド様のご趣味の邪魔をしないように伝えさせて頂きます」
わかってないし。
「伝えないで欲しいのですが? それと趣味ではないです」
「お断り致します」
「なぜですか?」
「私は当家のメイド長であると同時に、アウラ様の専属メイドです。主人に聞かれれば当然答えます」
「……なら聞かれなければ答えないんですよね?」
「はい。ですが既にジェリド様がどういう方か会ってみた感想を後ほど答えるようにと、仰せ使っておりますので、お答えすることになるかと存じます」
次期子爵である兄さんの命令を、一応は庶子ということになっているが、本来なら現子爵の甥でしかなく、貴族ですらない俺に覆す力はない。
「……ならせめて趣味ではなく、体や表情の確認をしていたらしいと伝えてください」
「わかりました」
「メイド長様の質問にお答えしましたのです。そろそろ降ろして欲しいのです」
「ノックを忘れたこと、ジェリド様への敬語が無いこと、役職名に様をつけたこと、今回の場合はメイド長に様を付けたことです。合わせて30分延長です」
「ジェリドちゃんのせいで延長されてしまったのです!」
「敬語が無いので10分更に延長です」
「敬語は無くて良いってジェリドちゃんに言われたのです」
「……本当でございますか?」
「……言葉遣いが少々おかしく、円滑な意志疎通に難があると判断したので、馴れるまでは」
「ではまた後で降ろしに来ますので、もうしばらくそのまま吊されていて下さい」
「そんなぁ……」
「メイド長、お尋ねしたいことがあるのですが良ろしいですか?」
メイド長が踵を返して出て行こうとしたので、その前にソシアさんについて聞いてみることにした。
俺が話しかけるとメイド長は、返した踵を戻し、俺に振り返りながら答えてくれる。
「はいなんなりとお尋ね下さい。
私が答えられることならばお答えいたします。それとお言葉使いは気になさらず、普通にお話し下さい」
「ありがとうございます。メイド長。メイドのソシアさんを探しているのですが、どこにいるかわかりますか?」
「……メイドのソシアでしたら私ですが?」
……驚いた。この人が結界魔法専門で回復魔法も一通りこなす、騎士公ソシアさんだったのか。
「……? ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
しまった。予想外の展開に思わず呆けてしまっていた。
「失礼しました。メイド長がソシア様だとは存じ上げず……知らずとは言え、無礼な言動をお許しください」
今度はソシアさんが鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をする。
どうしたんだろ?
「……ソシアさん?」
「失礼しました。……ですがなぜ私がソシアだと謝られるのですか? 重ねての質問で申し訳ございませんが、なぜまた敬語になられたのです?」
「……? ……ソシア様は騎士公でいらっしゃいますよね?」
「……はい。領地も頂けぬ一代限りの騎士公でございます」
「……? 仰るように騎士公とは一代限りの名誉貴族。それはつまり、私のように身内に爵位持ちの貴族がたまたまいたから貴族となった者とは違い、王国に貴族として認められるだけの功績を残した方ということですよね?」
「……言い方はともかく、その通りでございます」
「ならわた……僕のお父様や子爵家を継ぐアウラお兄様ならともかく、なんの実績もなく、家の継承すら適わない僕とは、比べるべくもないと思いますが?」
そう話すとソシアさんは僕を、信じられない物でも見るような目で見て絶句した。
……なんなのいったい?
「……ところで、要件をお話ししてもよろしいですか?」
「……はい? ……っ! 失礼しました。どうぞお話ください」
「実は、僕のお腹の傷についてお聞きしたいのですが、見てもらえないでしょうか? 辺境泊の所でメイドをされているリリアーナさんの治癒魔法のお蔭で傷は塞がっていますし、痛みは無いのですが、触れた感覚もなくて……治癒魔法が使えて魔力の流れを読むのが得意というソシア様に見てもらいたいのです」
ソシアさんが首を傾げて眉を寄せる。
「……治癒魔法で治療してもらったのに感覚がない? ……わかりました。私が見てどうにかなるかはわかりませんが、一度その傷と魔力の流れ等を見させて頂きます。ジェリド様がお使いの客間にお邪魔してもよろしいですか?」
「はい。お願いします。ではこちらへ」
「行ってらっしゃいませなのですぅ。早めのご帰宅をお願いしますですぅ」
そして俺の部屋に行き、シャツを脱いで傷を見てもらった。すぐに脱げたかって? さっきの痴態でこれくらいは平気さ! 心の中で『これは医療行為』×100回くらい唱えながら部屋に向かったからね!
何事も、備えあれば憂いなしさ。
思っていたより俺の傷痕が大きかったらしく、多少驚いていたが、すぐに両手をかざして魔力の流れを読み始めてくれた。
どうやら魔力探知には呪文はいらないようだ。
何度か首を傾げ困惑した表情になり。
「傷を負ってからアルベド様とお会いしましたか?」
と問われたので首を振ると、更に困惑した顔になりながらも魔力を読み、しばらくしてから顔を上げた。
「当分の間、魔力の使用はおやめ下さい。命に関わる可能性がございます」
……俺の傷はそんなに危なかったの?
小説を書くのが初めてで【…】を使うときは2個並べて【……】として使うとか色々知らずに手直しばかりでごめんなさい。
人物描写を書き忘れるというありえないミスに気付き1/20の16:00に纏めて入れ直しました。
今まで読んでくれていた方ごめんなさい。
人物紹介もそのうちupします。
次回予告
次回はソシアさんがジェリドを診てくれた診断結果の発表です。
魔力量等なかなかユニークなことになっていたようで、ジェリドは一体自分は何者なんだと不安になります。
そしてソシアさんの解説が始まります。
かなり長い解説ですが読んでいただけると信じてます。
次回【傷痕と2つの魔力】をお読み下さい。
次回更新は1/23の07:00【傷痕と2つの魔力】です。