第三十四話 勇者ローレンス
『ワしガ、勇者トシテ、栄光ヲ……』
そう空しく言葉を発したのは、俺が持つローレンスの首だ。
体から離れても尚、まだ生きていられるその生命力に呆れる。
髪を掴み持つその首は、今も尚、パクパクと金魚のように口を動かし続ける。
すでに声になっていないのは、肺から送られるはずの空気が無いせいだろう。
そのせいで、ひどく間抜けな姿に見える。
結果から言えば、俺が放った一閃で、ローレンスの首は余りにも呆気なく切り落とされた。
およそ、戦闘とは呼べる代物ではない。酷く一方的な一撃だった。
これでは、ローレンスの姿をとる前の方が随分と強かったように思える。
戦闘に未熟な者が、舵を握ると如何に膨大な魔力を持っていても、あの程度というワケか。
「もう、コレに用はないな」
持っていた首を地上へ投げ捨てる。
そして、首を失った体はというと、今だ空中に浮いたままだ。
脳からの指令が無くなったローレンスの体は何の動きを見せず、ダラリと腕をたらした状態でその場に留まり続けている。
首元を見れば、切られた傷口の肉がウヨウヨと再生を試みようと動いているが、首から上が無いせいなのか頭部を再生するまでには至ってないようだ。
すると、後ろからマリアとマモンの気配がやってきた。
「マコト、大丈夫?」
マリアから声が掛かる。
「ああ、大丈夫だ。マリア、悪いがアレを燃やしてくれないか? それも灰も残らないように徹底的に。また復活でもされたら面倒だ」
「そうだね、うん、任せて!」
マリアがローレンスの体に向けて、魔法を放つ。
黒い業火が体を飲み込み、渦を巻いて焼き尽くした。
離れて見ていた俺の肌もチリチリとその熱を感じるほどの熱量だ。
さすがに、ここまでやればもう復活することもないだろう。
「さすが勇者様と言ったところですね。まさか、一撃で仕留めるとは……」
マモンが感嘆の言葉を漏らす。
「魔力は桁違いだが、肝心の操る本人が余りにもお粗末だったせいだろうな」
「……しかし、神託の勇者ローレンス。その名を持ちながら、最期は哀れなもの……」
「人の最期なんて、概ねこんなものさ。幸福に満ちた最期を迎えるほうが稀だ」
「なるほど……人種というものは難儀な生き物ですね」
「当然よっ! マコトをイジメたやつなのだから死ぬべきだわっ」
語気を荒げてマリアが続く。
こうして、俺と魔王軍のロスティニア王国への侵攻は、魔王軍の圧倒的な勝利で幕を閉じた。
途中、鬼族と化け物のせいで多少なりの損害は受けたものの、兵の三分の一も死者はでていない。
それよりも、王国側が出した被害の方が甚大だろう。
王城は文字通り瓦礫と化し、城下町もまともに建っている家の方が少ないくらいだ。
そして街に住まう住人の被害は、目も当てられない。
見るからに国としての機能は失われ、ロスティニア王国は事実上、崩壊したと考えていいだろう。
これで、俺の目的も一つ叶ったというわけだ。
マモンの手早い指示のおかげで、距離を取っていた魔王軍も集まり戦後処理、つまりロスティニア王国占領の行動が開始されていた。
今まで相手にしてきたロスティニア王国軍と鬼族はもういない。
敗戦濃厚と見ると、鬼族はすぐさま戦線を離脱。
それに触発されたかのように、ロスティニア王国軍も徐々にその姿を減らし。
化け物が王城より姿をあらわしたときには、敗走を始めた。
本来なら、命を張って国を守るべき騎士団が真っ先に逃げ出したというのだから。
本当に、この汚らしい国にお似合いな軍隊というわけだ。
残虐非道、人類の敵と称されてきた魔王軍の方が、まだ潔い戦いをしてくれるのだから。
まったく人の見聞など当てにならない。
上空から、王城跡へ場所を変えた時だった。
魔王軍仕官から、一報があったのは。
「報告します。我が部隊が、王族を捕縛しました」
てっきり、王城の崩壊に巻き込まれて死んだものと。
この足元に広がる瓦礫の山を見れば、そう思って当然だ。
しかし、中々どうして。随分としぶといヤツ等じゃないか。
自然と俺の口角は、上がって見せた。




