第三十三話 神の肉
化け物の肉片から、生まれた男が振るう魔力は常識外れのものだ。
その源となっている、『神の肉』とやらが、どれだけ危険なものか伺える。
これが軍事利用されれば、まさに今がそれに当たるのだが。
一国を滅ぼすには、十二分な戦力と言えるだろう。
しかし、肝心な魔力の使い方はというと、魔法と呼ぶにはあまりにも幼稚な使い方。
幼児が癇癪をおこして、ただ暴れているように、魔力を魔力として使うそんな乱暴な使い方だった。
「マリア、時間を稼ぎたい。魔法を頼めるか?」
「うんっ、任せて」
俺とマリアは、飛翔魔法で男の元まで翔ける。
その距離は、百メートル。
良くて、二撃。万全を期すなら一撃、そんな距離だ。
マリアの魔力が膨れあがる。
化け物の肉片から、生まれた男が持つ魔力も桁違いだが。
マリア……いや、当代の魔王が持つ魔力も常識外れもいいところだ。
時間を稼ぐつもりで頼んだ魔法で、決着がついてしまいそうな感じである。
「いっけぇええっ」
マリアの魔法で『黒い炎』を創りだす。
一個大隊なら、一瞬で蒸発してしまいそうな熱量を持つ巨大な『黒い炎』が、周囲の空気すらも焦がし男へと向かう。
ドゴンッ。
心臓を打つ轟音を響かせ、マリアの魔法は男へ着弾する。
『黒い炎』は、凄まじい熱量を持つ竜巻に姿を変えて男を飲み込む。
本当にこれで終わってしまうかと、少し焦りながらも剣に闘気を込めて空を蹴り飛ばす。
『黒い炎』が晴れ、目前に男の姿を捕らえる。
その姿は全身が焼けただれ、右腕は肘から先を失っていた。
マリアの魔法によって満身創痍といったところだ。
さすが、魔王の名は伊達ではない。
あとは、この一撃でトドメを刺すだけ。剣を握る手に自然と力が篭る。
闘気によって、黄金色に輝く剣を振り上げ、男へ向かって振り下ろす。
その時だった、男と目が合う。
――これは、死に体の目じゃない。
しかし、ここで軌道に乗った剣を止めるわけにもいかない。
それこそ、憶測で動いて絶好の機会を逃がすのは愚の骨頂というものだ。
ならば、全力でこの剣を振り切るのみ。
巨神の拳を思わせる、闘気の一撃が男を襲う。
小さな町なら更地にしてしまうであろう、この威力だ。
今であったら当時、苦戦した魔眼のラミアであっても容易に葬れるであろう。
自身が想像していたよりも、さらに大きな破壊力が周囲に解き放たれる。
激しい閃光、それに爆風が全てを飲み込む。
爆風が肌を撫で、徐々にクリアになる視界。
その視界に映る男の姿は最早、人の原型を留めてはいない。
肉塊と化したそれは、肉を垂らし、流動する。
それが、空中にプカプカと浮かんでいるのだ。
モンスターなどには多少慣れてきた感はあるが、目の前のそれはまったく別物。
その不気味な気配に息を飲む。
やはり、ここは先手必勝。
叩けるときに叩いておくほうがいいだろう。
今までの経験でも、それは絶対だ。
結局の所、叩いて、叩いて、叩き続けれる者が勝つように世界は出来ている。
先程の技を放った後に、空けた間合いを詰める。剣を振れば、届く距離。
突如、あらわれたのは見えない壁。……いや、これは肉塊が生み出した衝撃波だ。
すぐさま、闘気を防御へと回す。
グワン、グワンと何度も発せられる衝撃波に邪魔をされて中々、攻撃へと移れない。
後方を伺ってみれば、マリアとマモンも防いでいるものの、同じような状態だった。
もう、終わらせるつもりでいたが少々、甘かったかもしれない。
さすがに、『神の肉』と名がつく以上、それ相応の力を持っているといったところか。
しかし、だからと言ってこっちは数ヶ月の遠征してまで此処まで来たのだ。
わけのわからない、肉片程度のモノにこれ以上時間をかけてやるわけにはいかない。
全ての元凶である、ロスティニア王国を完膚なきまでに潰すという目的だけは、何があろうが絶対に譲れない一点だ。
そう思うと、尽きかけていた闘気も底から吹きだしてくる。
どうやら、俺の怒りはまだ冷めていないらしい。
それに反応してか、肉片もまた活発に動きだす。
その様子は、人体の生成……再生と言うべきか。
見る間に、その姿は元の男のものへと変って見せた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ』
男の呻き声が響く。
その声は、産声をあげているように思えた。
魔力を確認してみると、さほど減ったようには見えない。
相変わらず、桁違いな量をその身に纏っていやがる。
ギラリと男の目が光る。禍々しい黄色い目だ。
その目つきに、先程とは違った知性を感じる。
『何度も、何度も、なぜダァッ! なぜジャまをすル!』
「初対面のヤツに敵意を向けられること初めてではないが、そう何度も吠えられると腹が立つな」
『キサマさえ、いなければァッ。おレが、勇者としエ栄光を掴むハズだったノにッ!』
会話のキャッチボールは、どうやら一方通行のようだ。
まぁ、相手は化け物だ。それが当然といえば当然か。
ん……待てよ。今、『勇者』とか言わなかったか?
「おい。今、勇者って言わなかったか?」
『あア、そウとも。オれこそが神託ヲ受けし、勇者ダっ!』
どうやら、聞き間違いの類ではないらしい。
俺、以外の勇者と聞いて思い当たるのは一人しかいない。
間違いない、ヤツは「ローレンス」だ。




