第三十一話 崩壊の序章
バアルが放った大規模魔法は化け物の胸部を貫き、大地に大穴を開けた。
魔法の衝撃で化け物は後方へ倒れかかるが、背中から生えた触手が地面に突き刺さり、その体を支える。
大きく開いた化け物の傷口から大量の黒煙があがり、視界を奪った。
『ウガアアアアアッアアアアアッ』
生物とも、機械音ともとれる不気味な雄叫びがあがる。
そして、黒煙から姿をあらわす化け物。
その姿にダメージの蓄積が伺える。
ここが、押し時というやつだ。一気にトドメを刺してやる。
剣にありったけの闘気を込める。
溢れ出る闘気が黄金色に輝く。
「うおおおおおおおおおおっ!」
空中を蹴り、化け物目がけて一直線に駆ける。
一瞬の反応遅く、触手が俺を叩き落そうと迫ってきた。
ここで剣を振るい、触手を切り落とせば一撃の威力が下がってしまう。
多少、ダメージをくらう覚悟で前へ進む。
ドゴッン。
紫色の焔が触手に着弾し、焼き払う。マリアの魔法だ。
ナイスタイミングで放たれるマリアの魔法に、化け物へ向かうスピードが更にあがる。
腕を覆う闘気が、さらに身体をも覆う。
やがて、俺の身体を包む闘気が眩い光を放つ。
化け物までの距離、およそ10メートル。
今だっ。
剣を上段に構え、後方に大きく振りかぶり、
「くらいやがれっ!」
溜めた勢いを剣に乗せ、化け物に向けて振り下ろす。
ありったけの闘気を込めた剣撃が化け物の肉を抉る。
次第に傷口は闘気によって上下に広がり、化け物の身体は真っ黒な血飛沫をあげて真っ二つに裂けた。
左右に分かれた半身は、王城があったその場所に崩れ落ちる。
俺は、その様子を空中から眺めた。
後ろから知った気配が近づく、マリアとマモンだ。
「これだけの大規模魔法が直撃したのです、さすがにもう動きはしないでしょう」
「いや、まだだ……」
安心するのは早い。
何故なら、化け物の肉体は崩れ落ちたものの、その魔力はまだ霧散していないからだ。
普通、生物が死ねば魔力は霧散して世界へと還る。
つまり、この化け物はまだ死んでいない。
俺達は、空中から化け物の残骸を眺める。
もちろん、戦闘態勢は解いていない。
その時だった、化け物から異変を感じる。
わずかに蠢く鼓動。
鼓動から、脈動へ。残骸と化した肉片が動き出す。
やはり、まだ生きてやがった。
「あれだけの大規模魔法を受けながら、まだ動きますか……」
マモンが息を飲む。
俺達は一斉に、戦闘態勢から攻撃態勢に動く。
が、化け物のほうが早かった。
液体化した化け物の肉が濁流のように融合し、渦巻きの中心へ収束する。
その肉は、濃縮と凝縮を繰り返す。
幾度となく繰り返される行為の先に、肉は一つの形を作る。
それは、眩しいばかりの光を放つ。
その光は衝撃を持って、俺たちに襲い掛かった。
とっさに闘気を前方へ展開して、防御層を築く。
マリアもアモンも各自、防御魔法を展開する。
多重に作られた防御層のおかげでこちらの損害は、皆無だ。
しかし、衝撃を防げても閃光までは防げない。
視界が一瞬、真っ白に染まる。
真っ白に染まった視界が、徐々にその色を戻り始める。
そこに待ち受けていたのは、異形の化け物ではなく一人の男。
そして、男は笑う。端整な顔立ちとは裏腹に、その顔を大きく歪ませて。




