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絵空事  作者: 久遠寺くおん
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3/


 家に帰るのが億劫だった。茜色に染まった空を見上げながら歩く。

 右手にはお土産に、と持たせてくれたピザの残り。左手には黒いバットケースに入った日本刀。


 朽葉さんの話では、記憶をなくす前の私が預けていったものらしかった。




 なぜ私は刀なんて持っていたのだろうか。そんな自問にはすぐに答えが返ってきた。人を殺すためだ。

 ではなぜ私は朽葉さんに刀を預けたのだろうか。わからなかった。正確にいうのなら覚えていなかった。




「戻りました」


 と玄関の戸を開けながら言った私の視界に、沙織姉さんが飛び込んでくる。




「遅い」


「ごめんなさい」


 私もまさかあんなに話し込んでしまうとは思っていなかった。

 御門朽葉という女性があんなにも包容力のある人だとは思わなかった。ついつい長居をしてしまったのだ。




「ん、なにそれは?」


「ピザと日本刀です」


「ああ……あんたの妖刀か」


 当たり前だけどピザには目もくれず、私の肩に下げられたバットケースを手に取った沙織姉さんは、中から白い鞘に納まった日本刀を取り出して眺めた。

 鞘から取り出された白銀の刃は、薄暗い玄関でも眩しく映った。




「前から欲しかったのよね、これ。ちょうだいよ、お祝いに」


「え……」


「いいでしょ? 別に。あんたどうせもう魔術師失格なんだし」


 なぜだか知らないけれど手放したくなかった。

 でもどのみち私には拒否権などはないのだ。ここで拒んだところで沙織姉さんはあらゆる言葉と方法を用いて私から刀を奪うだろう。


 それなら今ここで渡してしまったほうが傷は少なく済む。




「そうですね、どうぞ」


 何よりもあんな凶器は私には必要がない。

 道中、警察に見つからないかずっとびくびくしていたくらいだ。




 沙織姉さんはよほど嬉しかったのか、口笛を鳴らしながら刃を見つめていた。

 そのついで、といった雰囲気で尋ねてくる。




「御門には伝えてくれた?」


「はい」



 器ではない――朽葉さんもそう言っていたけど、わざわざ事を荒立てる必要もない。

 もしもそんなことを言ってしまえば、沙織姉さんなら刀を片手に御門のお屋敷に乗り込む可能性すらある。




「そ。ありがとう」


「え」


「なによ?」


「あ、なんでもないです」


 沙織姉さんの口から私に感謝の言葉が発せられるとは思わなかったのだ。

 正式に当主となったからだろうか。それとも刀をあげたからだろうか。


 靴を脱いで家に上がった私の肩を沙織姉さんが掴んだ。




「今まであんたには少し辛く当たり過ぎていたかもしれない。でもそれも今日で終わり。お祖父ちゃんを殺して、あたしはもう記憶をなくす前のあんたよりも強くなったから。嫉妬してバカみたいにあたる必要もない」


 私には魔術がよくわからない。今の私と沙織姉さんの実力の差も測れない。

 でもそれでも記憶を失う前の私の実力が、沙織姉さんのそれよりも遥かに上だったということは、叔父の話や沙織姉さんの態度からもわかった。




 それだけの実力差が、祖父を殺しただけで埋まるものなのだろうか。

 それほどまでに魔法を受け継ぐということは凄いことなのだろうか。やっぱり、私には何もわからなかった。





 譲原の一族は糸を扱う。

 一部の魔術師はそんな私たちのことを死霊術師と揶揄するらしい。


 死体を傀儡のように操るからだそうだ。




 その話を聞いたとき、私は少年の最期を思い出して、思わずご飯を吐き出しそうになった。




 お祝いの席である。

 目の前に並んだご馳走に走らせていた箸を止めた。




「少し、これからのことを話しておこうと思う」


 そのタイミングで叔父が重々しく口を開いた。私はお茶を啜ってから頷く。




「薫はどうだろう、譲原を背負って生きていく覚悟はあるか? もちろん俺たちは薫の面倒をみるし、薫にはそれなりに働いてもらうつもりだ。でも当主にならなかった以上、キミには二つの選択肢がある」


「選択肢ってなんですか?」


 白状すると譲原を背負うつもりなど微塵もなかった。

 故にもう一つの選択肢が気になった。叔父はタバコに火をつけて、叔母がご飯中です、とそれを咎めた。


 叔父は苦い顔で続ける。




「一つは譲原として生きること、だ。もう一つは、別の家に嫁ぐということ」


「私、まだ十四歳ですけど」


「もう子供を作れる身体だろう」



 え? セクハラ? と茶化せる自信はなかった。

 初潮がいつだったのかは覚えていないが、確かに私の身体は子供を宿せるように機能していた。




「ちなみに、譲原の家で生きるということは婚姻は望めない」


「ええ……!」


 驚愕の新事実だった。

 実は私、結婚願望があった。入院中に読んだ漫画のような恋をしたいとも思っていた。


 それはきっと年頃の乙女にとっては普通の感情だ。




「どこかの家に嫁ぐとすれば今すぐというわけではないが、近いうちに相手を見つける」


「近いうちってどれくらいですか?」


「半年もかからんだろうな」


「マジですか」


 思わず雑な口調になっていた。でもそれくらい私は混乱していた。

 半年ってつまり私はまだ十四歳である。




「相手はどのようなお方にナルノデショウカ」


 今度は片言になった。頭がパンクしそうだった。




「わからん」


「下手をしたらお父さんみたいな相手になるかもね」


 愉快そうに沙織姉さんが言った。

 私は朽葉さんのように「ガーン」と言いそうになった。その擬音を必死に飲み込むと、何だかお腹が苦しくなってきた。


 まだローストビーフもカニも海老フライもたくさん残っているのに、だ。




「まあ、その可能性もあるが」


「あるんだ!」


 嫌だー。絶対に嫌だー。




「まあ……今は魔術をろくに使えないとはいえ、お前は近衛の血を引く魔術師だ。相手は引く手数多だろう。ちゃんとした相手を見つけてやるから安心しろ」


「叔母さんは! 叔母さんもこんな感じだったんですか?」


「私たちは自由恋愛よ」


 嫌だわ、と叔母さんは顔を赤くした。

 そこから叔父一家の雑談が始まり、私は取り残される。




 私が、結婚。しかも子供をムニャムニャ。

 箸が進まない。折角のご馳走なのに。何も今話さなくてもよかったのに。


 うー、と叔父に恨めしい視線を送る。




「近衛の血を引いてるっていうのは、そんなにすごいことなんですか?」


 私は叔父と叔母の思い出話に割って入った。



「ああ、近衛の現当主――近衛信綱は世界最高の魔術師と呼ばれているよ」


 世界最高の魔術師。それはどれくらいすごいのだろうか。

 世界最高のピッチャーになるのとどっちが難しいのだろうか。単純な母数を考えればピッチャーのが難しそうだった。


 朽葉さんの話では、魔術師は絶滅危惧種らしいから――そういえば朽葉さんも十四歳で子供を産んだという話をしていた。




「朽葉さんもこんな感じだったのかな」


 今の私のように幼くして御門に嫁いだのだろうか。

 もっと色々と話を聞けばよかった。そうだ、明日も朽葉さんに会いに行こう。そう決めた。




「いや、彼女は違うよ」


 と、叔父が言う。私は首を傾げて、ようやく自分の思考が口から漏れていたことに気がついた。




「御門や御倉は少し特殊だからなぁ」


 叔父が頬を掻く。何が特殊なのだろうか。その答えは沙織姉さんが口にした。




「近親相姦よ、近親相姦。そうやって連中は血を保ってきた」


「近親相姦って三大禁忌ってヤツじゃなかったですっけ?」


「そうだけど? 何よ今さら。殺人も三大禁忌の一つなのに」


 沙織姉さんがケロッとした顔で答えたように、魔術師には禁忌とかはあまり関係がないらしい。

 さすがに人を食べたりはしないだろうが。


 それにしても近親相姦か――朽葉さんにアドバイスをもらおうと思ったのだけれど、あまりそのことに触れないほうがいいのかもしれない。




「まあ、あたしも御門は狂ってると思うけどね」


 箸の先っぽを私の眼前に突きつけて、沙織姉さんはそう切り出した。




「狂ってるんですか?」


 少なくとも私の目には、朽葉さんは普通に映った。

 無論、纏った雰囲気などは異様だったが、話してみれば普通の女性だった。


 私から見れば狂っているのは譲原のほうだ。




「だってそうでしょ? 普通、自分の子供を実験に使う?」


「沙織。止めなさい」


 叔母さんが止めに入ったけれど私は先を促した。

 実験とは何のことだろうか。気になったのだ。




「あいつらはね、魂の根源を調べようとしたのよ」


 いつかの少年との会話を私は想起した。

 少年は私に問うた。魂の存在を信じるか、と。




「その結果として誕生したのが、世界最強最悪の化け物よ。結局自分たちの手には負えないから、地下牢に閉じ込めてるって話。どう? あたしたちよりもよっぽど残酷でしょう?」





◇◆◇




「うん、事実だよ」


 翌日、寝不足を訴える瞼を開けて御門のお屋敷に足を運んだ私が、昨日の話の真偽を尋ねると朽葉さんはそれを肯定した。

 私から一切目を逸らそうともせずに頷いたのだ。




 正直、私は後悔していた。確かめた先のことをまるで考えていなかったのだ。

 今朝の私を突き動かした感情の正体が、単なる好奇心だということを今になって知ったのだった。


 最低だ、と自己嫌悪に溺れそうになる。




「きっとあの子はわたしを恨んでいるだろうね」


 何も言えなかった。

 例えどんな言葉を選んでも、朽葉さんの心にヒビを入れてしまう気がしたからだ。


 何をやってるんだ、私は。私なんかが踏み込んでいい領域ではないだろうに。

 昨日少し優しくされたからって勘違いをしてしまったのだ。なんて愚かなのだろう。




「大丈夫だよ」


 おろおろとしている私に、朽葉さんが笑いかける。




「以前の薫ちゃんには散々叱られたし、それにわたしが一番悪いってことはわかっている。だからどんな言葉をぶつけられても受け止める。それで薫ちゃんを嫌いになったりはしないよ」


「そんな……私はそんなつもりで聞いたんじゃないんです」


「薫ちゃんは優しいね。こらぁって怒ってもいいんだぞ」


「――そんな資格ないですし」


 私はそれ以上の罪を犯しているかもしれないのだ。

 一体どの口が言えようか。朽葉さんから刀を受け取って、叔父から色々な話を聞いて、私はますます私を信用できなくなっていた。




「じゃあ仲間だね、わたしたちは」


 朽葉さんは私にかかった容疑を知っているのだろうか。

 ……知っているのだろう。柔らかく細められた朽葉さんの目許を見て私は確信した。




「朽葉」


 その声は、山鳴りを連想させる低く重たい音を纏って私の胸に響いた。

 途端、心臓がギュッと何かに握られたように呼吸がし辛くなる。




「――ん」


 声の主は朽葉さんの細い肩の向こうに佇んで、私たちを見ていた。

 その視線に、私の足が竦む。物凄い圧力を感じたからだ。




「譲原の娘も一緒か」


「どうしたの? 秋彦さん」


 なぜだろう。なぜ私は彼を恐れているのだろう。

 目には見えない邪悪なオーラを肌に感じているのだろう。


 歯がかちかちと音を立てる。これが魔術師の家の当主が放つオーラなのだろうか。尋常じゃなかった。




「早速、お前の家の当主が怪我を負ったらしいが」


「――沙織姉さんが?」


 沙織姉さんは確か今日、御倉の家に挨拶に行くといっていた。御倉は御門と同じ御三家の一つだ。




「やはり器ではなかったようだな」


 男の顔に浮かんだ嘲笑を見た次の瞬間、私は病院の一室で佇立していた。

 白昼夢から覚めたような感覚だった。




 嗅ぎなれた消毒液の臭いに、今までの出来事が全て夢だったのではないかという考えが頭をよぎり、しかし目の前のベッドで顔を赤くして怒っている沙織姉さんの黒板を引っ掻いたような怒声を聞いて、これが現実だということを理解する。




 どうやって病院にきたのか、どうやってこの病院に入院していることを知ったのかわからなかった。

 あの日、病室で目覚めた瞬間に似ていた。




「不意を衝かれただけだってば! あたしの実力が劣っていたわけじゃない!」


 当主が誰ともわからぬ相手に襲われて怪我をするなんて情けない、と嘆く叔父さんに、沙織姉さんが反論をしている。

 そんな二人をよそに叔母が私の耳元で囁き、沙織姉さんの右目の眼球がえぐり取られたことを知った。




 私は沙織姉さんの顔の右半分を見た。右目を覆うように斜めに包帯が巻かれている。

 私のそんな視線に気づいたのだろう。沙織姉さんが口の左端を不器用に歪めた。




「ちょうどいいや。あんたの右目ちょうだいよ」


「……それは無理です」


「無理って――」


 沙織姉さんは鼻を鳴らして、薄ら笑いを浮かべた。

 私はゾッとして一歩後退った。この人は本気で言っているのだ。




「あんたはもう譲原のただの駒でしょうッ!!」


「だって……そんな――」


 叔父さんを見る。彼は険しい顔つきで私を見ると頷いた。

 すがるような思いで叔母さんを見た。彼女は私に手を合わせると、お願い、とウインクした。


 ここには常識や良識なんてなかった。私はただの駒であり、人ではない。故に、私に拒否権はなく――それならば逃げるしかなかった。




 私は病室を飛び出した。そんなのあんまりだ。

 眼球をくれと言われたからって、ハイどうぞ、と渡せるはずがない。


 涙を流しながら看護師とすれ違った矢先である。

 私の足は何かに絡め取られて、受け身も取れないままに激しく転倒し、そのまま引きずられる。


 糸だった。足に糸が絡みつき、私を病室まで引き戻したのだ。叔父は呆れたように言う。




「ニンゲンの目を移植するわけにはいかないんだよ。不純物が混ざると魔術の精度が下がるんだわ。だから――」


「そんなの変だよ! おかしいよ!」


 私の声が大きかったからか、それとも見えない何かに引きずられる私を心配して駆けつけたのか、病室に駆け込んできた看護師の頭が三つにスライスされた。

 脳漿と鮮血と悪臭が一瞬で部屋に飛び散った。




「薫にはこの看護師の目をやろう。別に問題はないだろう? なぁ?」


「ある! 無理! 無理! 無理! 無理だからっ!」


 と、喚くものの足首に絡まった糸は解けそうにない。

 必死に解こうとする私の手を叔母が掴み、馬乗りになる。


 塞がったとはいえ未だ違和感のある腹部の傷が痛んだ。




「聞き分けがないなぁ。沙織が当主になることに異論はないと言ったのは薫だろう?」


「そういう問題じゃないでしょ!?」


 頭おかしいんじゃないの!? と私は声を荒立てた。

 その言葉が叔父さんの逆鱗に触れたのだろう。


 地面に仰向けに倒れる私の顔を思いっきり蹴りつけた。




 じわり、と口の中で鉄の味が広がると共に異物感を覚えてそれを吐き出すと、それは私の歯だった。




 信じられなかった。痛覚を駆け抜けたのは、痛みではなく恐怖だった。

 到底理解できない思考で動く彼ら三人に対する恐怖心と警戒心が、拍動に合わせて全身を巡る。目の前が真っ赤になった。




「放してよ! お願いだから!」


 私は叫ぶ。その声に釣られて病室を覗き込んできた野次馬は、ことごとくスライス肉となった。

 それでも周囲を気にかける余裕なんて私にはなかった。




 叔母の手が伸びる。親指と人差し指が私の網膜に肉薄する。

 私は必死に頭を振り回して抵抗した。でも無駄だった。叔父さんの両手が私の頭を固定したからだ。


 その温もりに怖気を感じる。鳥肌が立ち、産毛が粟立ち、身震いした。




「おい、香織」


 香織とは叔母さんの名前だ。叔父さんの呼びかけに、叔母さんの手が止まる。




「お前の手についているのはなんだ?」


 虫、だった。名前はわからないけれど米粒サイズの黒い甲虫だ。

 触覚を動かして叔母さんの人差し指の上を歩いている。それに気づいた叔母さんの手は弾けるように跳ねた。虫を払おうとしたのだろう。




「薫ちゃんから離れてください」


 朽葉さんの柔らかな女声が病室に響いた。

 彼女は廊下に転がった無数の亡骸の中に立っていた。私の視線に気づくと安堵したように微笑んで、しかしその直後に鋭い眼光を三人へと向けた。




「これは譲原の問題なんだ。あんたには関係がないだろうよ、御門さん」


「関係があるかないか、という話ではなく、わたしは離れろと言っているんです、譲原さん。それともわたしたちと戦争でもしますか?」


 朽葉さんの声に確かな殺意が宿る。その響きは引き絞られた弓を否応なく連想させた。

 私と話していたときとはまるで別人である。




「いくらあんたでも俺と沙織を相手にして無事で済むとは思えんがなぁ」


「――あなた」


 放心したような声を出した叔母に叔父が目を向ける。

 叔母は窓の外を指差して腰を抜かしていた。病室の外に広がった夏の青を覆うような漆黒――無数の虫が窓ガラスを覆うように蠢き、その奥で黒い羽の鳥が紅い目を光らせていた。




 沙織姉さんが甲高い悲鳴を上げる。

 私も叫びそうになった。叔父さんは目を見開いたまま硬直していた。


 物凄い圧迫感と不快な羽音が窓の向こうに広がっていた。



「わたしたち、と言いましたよね。いくら譲原さんでもこれだけの数を相手に五体満足でいられるとは思いませんけど」


 朽葉さんの足許に銀色の毛並の大型犬がすり寄る。




「どうしますか?」


 犬が唸る。鳥が鳴き声を上げる。そこでようやく私は解放された。

 叔母さんの重みと温度が消えて、私は血の池を這いずるようにして朽葉さんの元に向かった。




「これは問題になりますよぉ、御門さん」


「構いませんよ、譲原さん。全面戦争でしたらいつでもお受けいたします」


 言いながら朽葉さんは私に手を差し出した。それを握って立ち上がる。

 服が血だらけだった。赤黒い肉片も所々に付着している。




 また、私のせいで大勢の人が死んでしまった。

 そのことに対する罪悪感よりも、今は助かったことによる心弛びのが強かった。


 私は朽葉さんの肩に体重を預けた。膝が笑って自分で立っているのが困難だったのだ。




「怪我はない?」


 私は首肯する。奥歯が折れたけど、頬が熱を持っていたけど、痛みはまだ訪れていなかった。

 朽葉さんに支えられながら病室をあとにする。そんな私たちの背中を沙織姉さんの怒号が殴った。




「あんたたちだったのね――ッ!! 絶対に許さないから!」


 何のことだろう。振り返る気力さえ今の私には残されていなかった。

 酷く疲弊していた。昨日のことを思い出すと悲しくなった。



 ようやく沙織姉さんと和解できたと思ったのに。

 叔父さんのことも、叔母さんのことも、ようやく好きになり始めていたのに。




 いやいや、と私はそんな思考を否定する。

 好きになってはいけないのだ。仲良くなってはいけないのだ。


 なぜなら彼らは私の友人を殺した張本人なのだから。



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