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絵空事  作者: 久遠寺くおん
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一章 クモのイト

1/


 全ては呪いで、とどのつまり因果応報というヤツなのだろう。

 記憶をなくす前の私がいかに凄かったのかを叔父が熱く語る姿を見て、私はそんな感想を抱いた。




 障子を一枚隔てた居間にまで蝉噪が届く。病院の一件から二ヵ月が経過していた。

 腹の傷が癒えると同時に始まった修行に辟易する毎日ではあるが、変わらぬ日常がそこにはあった。


 あんなにも大勢の人が殺されたのに、世界は何も変わらずに今日も回り続ける。




「扱い方も思い出せないのか」


 叔父がため息をついた。私は頷くと同時に麦茶で喉を潤した。


 正直、どうでもよかった。




「頭では忘れていても、身体が覚えていると思ったんだがなぁ」


 薄くなった頭髪を掻いた叔父は、胸のポケットから煙草を取り出して火をつける。




「あまり時間がないんだがなぁ……」


「時間?」


「ああ、爺さんがだいぶ危なくてな。そろそろ覚悟をしたほうがいいだろうって医者に言われてるんだわ」


「……覚悟、ですか」


 叔母は魔術を使えないが叔父のほうは魔術師らしい。

 意外だ、と思った。人の命を簡単に奪う彼らにも、親族との今生の別れには覚悟がいるんだなぁ、とそう思ったのだ。




「お前がいるからうちは安泰だと思っとったんだがなぁ。今のままではなぁ」


「あの……何の話ですか?」


 どうやら私は見当違いの思考を巡らせていたらしい。

 私は首を捻りながら次の返事を待った。




「うちの一族を誰が継ぐか、という話だよ。以前のお前なら迷うことはなかったんだがなぁ。このまま継がせるわけにもいかんだろ」


「義姉とか叔父さんとかじゃあ駄目なんですか?」


 魔術師として生きることさえ億劫だというのに、そのうえそんな罰ゲームじみた肩書きを背負わされるのは御免だった。

 叔父の迷いに安堵さえ抱くほどだ。




「俺はもう年だしなぁ。それに元々才能なんてなかった。ずっと兄貴――お前の親父が継ぐもんだと思っていたからなぁ。沙織は沙織で、そういう器でもないだろ、アレは。お前はどう思う?」


 叔父の顔が肉薄して、紫煙が顔にかかった。私は顔を背けながら答える。


「どうって言われても」


 私にとって義姉は許し難い人物だった。

 到底仲良くなんてできるはずもなく、義姉は義姉で私を目の敵にしている節があった。


 今までその理由がわからなかったが、叔父から家督の話を聞いてようやく理解した。


 おそらくはジェラシーの類だろう。

 叔父の話から察するに、記憶さえなくさなければ私が当主の座についていたのだ。


 あくまでも憶測に過ぎないが、義姉としてはそれが面白くなかったのではなかろうか。




「言い難いか。ふむ、やはり変わったなぁ。以前のお前はもっとずかずかと物を言うタイプだったから」


「ちょっとお父さん!」


 襖をぴしゃりと開け放ったのは沙織姉さんだった。

 髪を後ろで結った彼女は胸の前で腕を組み、私を睨んでいる。


 今の話を聞かれていたのかと思うと気まずくて、私は視線を自分の太股に落とした。




「反逆者にうちを継がせようとかって考えてるんじゃないでしょうね!?」


「……反逆者?」


「あんたよ、あんた!」


「私は……」


 当たり前ではあるが、私の容疑は未だ晴れていなかった。

 状況を鑑みれば犯人は明らかに私なのである。


 そして私には犯行が可能だった。疑われて当然である。反駁はできなかった。私は言葉を呑み込んだ。




「あんたは黙ってて。ねぇお父さん! 何を悩む必要があるのよ、もう私しかいないじゃない」


「そうなんだよなぁ……」


「早くお祖父ちゃんをあたしに殺させてよ」


「え」


 と思わず声が漏れていた。叔父と沙織姉さんの視線が飛んでくる。




「ああ、お前は忘れとるよなぁ。魔術ってのはな――それの元となる魔法っていうのは、一子相伝の神秘なんだわ。師から弟子へと、親から子へと紡がれてきた秘術なんだわ。継承の儀式は、先代を殺すことで完了となる。だから時間がないんだ」


 呪いだ――この家は、魔術師という生き物は、呪われている。




「何を言ってるの? 当たり前じゃない。呪いって書いて、まじないって読むのよ。魔術っていうのはそういうものなの。ま、あんたには関係がないけどね」


 あまりの衝撃に、思考が声になっていたらしい。

 沙織姉さんが責めるような語調で声を私にぶつけてきた。



 沙織姉さんの向こう側に見える分厚い入道雲を私は一瞥した。

 世界は何も変わらない。歯車は狂うことなく回り続けて、記憶や気持ちを風化させる。世界も私もなんて軽薄なんだろうか。




「うん、そうだな。うん……決めたよ。沙織が譲原を継げ。薫も異論はないな?」


「はい」


 異論がないということは、祖父の死を容認するということでもあった。

 私はそれを理解していながら首肯して席を立った。自室に戻ろうとする私の前に、沙織姉さんの白い脚が伸びて行く手を阻んだ。




「あんたさぁ、本当に記憶がないんだよね?」


 沙織姉さんは意図的に細めた目で私を睨みながら尋ねてきた。

 何かを警戒しているようである。




「ありませんよ」


「じゃあご挨拶に行ってきてよ。ついでに退院の報告もさ」


「誰にですか?」


「御門さん」


 その人物が誰なのかは知らない。でもその一瞬、少年の顔が脳裏をよぎり顔が強張った。

 沙織姉さんが片眉を動かし、私は平然を装うために口許を緩めた。




 伝言があります――少年の最初の言葉を思い出し、


 御門の家を尋ねてください――少年の最後の言葉を思い出していた。




「いいよね、お父さん?」


「ああ、構わないよ」


「ってことでよろしく。あたしが当主になることを伝えてきてね」


「わかりました」


「わかりましたって……」


 沙織姉さんの脚は上がったままである。何か変なことを言っただろうか。

 逸る気持ちを抑えられないのだ。




「あんたさぁ、御門がなんだかわかってるの?」



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