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マッキーは彼氏じゃない

 とりあえずなっちんが悪い。

 翌日学校で山本が話し掛けてきた時、妙に低い声が出てしまった。


「麻子さん、餅どうしたの?」

「家」


 自分の返事に呆れた。私はその日、餅を連れて来なかった。山本は餅に何かあったのかと心配したはずだ。何もない。餅は元気だ。

 もし山本が「なんで」とか聞いてくれば、私は「なんとなく」と答えるつもりだった。でも山本は元々喋る方じゃない。


「そうなんだ」


 山本は一つ向こうの席に座った。私の真横の席には、私の鞄が置いてある。いつもはそこに餅がいる。餅がいれば山本は餅を持ち上げて膝の上に置き、私の隣に座る。

 今日は餅がいないから鞄を置いた。何も置かないのは、山本のために隣の席を空けておいたみたいで気まずい。でも山本が鞄をどかしていいか聞いてくれば、いいと答えたけど。

 山本は何も聞かなかった。


 昨日山本と遭遇した後、私はすぐにドーナツ屋を出た。

 宵の口だった。餅にベビーパウダーを与えなければならなかった。パウダーの缶は持っていたし、山本はその場で餅に餌をやっても理解してくれる。わかっていたけど、とにかく全部なっちんが悪い。


 昼休み、三咲もなっちんも居ないから私は一人できつねうどんを啜る。荷物も無いし餅も居ない。隣の席は空いている。

 山本は髪を染めていない。いつもシンプルで色鮮やかな服を着ている。派手だか地味だかわからない。そしてそれは多分、どこでも売っている普通の服なのだ。食堂には似たような格好の人間が何人も居た。私がうどんを食べ終わるまでの間、隣には誰も座らなかった。


 午後の授業を終え、明るいうちに家に帰る。

 早く帰って餅を撫でたい。念のため、部屋の床には蓋を開けたベビーパウダーの缶を置いてきた。餅はすべすべで弾力がある。表面は少しひんやりしていて、でも触っていると内側にほんのりと体温があることがわかる。餅は生きている。


 帰宅し、私は今日餅を置いていったことを後悔した。

 餅は朝いた場所で固くなっていた。



 ◆



 ベビーパウダーには、手を付けた形跡がなかった。

 私はカチコチの餅に触れた。早い鼓動を感じるが、それは私の心臓だった。


「餅」


 返事はない。餅は元々喋らない。山本の顔が思い浮かぶ。でも今は山本ではなく、三咲に連絡しなければ。

 電話をすると、三咲はすぐに来てくれた。


「麻子、大丈夫。落ち着いて」


 足早に部屋に上がった三咲は、そう言うと餅を持ち上げたりひっくり返したりした。


「確かに冷たいね。でもこの子ら普通、家に置いといたくらいで死なないから。こうやって動かなくなることはあるかもだけど、多分燃料不足」


 でもベビーパウダーは朝から横に置いてあった。騒ぐ私を宥め、三咲は酒があるかと聞いてきた。家には無くならない缶ワインしかない。三咲はそれでいいと言った。


「マッキー、適当に入れ物持ってきて机に置いて」


 マッキーも来ていた。マッキーはほよほよと音もなく歩いてキッチンに行き、いつも三咲が家で使うグラスを持って戻ってきた。三咲は収納の中のダンボールから缶ワインを一つ取り出し、机の前まで這ってきてあぐらをかく。

 グラスに白ワインが注がれ、三咲はその中に付箋を突っ込んだ。前に見た時のように酒が紫に光り、三咲が通話を始める。


「あー、聞こえる? 音悪い? 今日は微発泡なんだよ根性で聞け。あのさ、前に私経由でモニターに出した使い魔いたじゃん。そう、白粉のやつ。あれが動かないんだけど。……うん、今朝は普通だったっぽい」


 私は餅を膝に抱き、固唾を呑んで見守った。餅の冷たさに、ゆっくり手の熱が奪われる。鉄筋コンクリートの薄い壁では、エアコンを入れても大して暖かくならない。

 三咲がこちらを向いた。


「麻子、そいつの名前って餅?」

「うん」

「それって呼んでるだけ? あんたは餅って名前ですよって言った事とかある?」

「ない」

「おう、なるほど。ちょっと待ってね」


 グラスの向こうは魔女会の魔女なんだろうか。

 三咲が色々応答し、先方から聞いたことを説明してくれる。

 ゴーレムが動くには主人と名前と命令が必要なんだそうだ。餅は最初三咲のものだった。三咲は餅に名前と命令を与え、その後名前を抜き取った。その時に命令も解除されたのかもしれないとの事だ。


「でも問題なさそうだったから、命令は続行中だと思ってたよ。名前もちゃんと付いた事になってると思ったし。何で今までは普通に動いてたんだろうねー。とりあえず麻子、餅にこれ貼って」


 赤い付箋を渡され、膝の餅にぺたっと貼り付ける。そのまま少し待っていると餅が徐々に柔らかくなり、ゆっくりと動き出した。ベビーパウダーの缶の方へ向かっている。空腹らしい。


「動いた!」

「あ、よかったオッケーオッケー。それ起動の魔法符ね。ちょっと経ったら効果切れるから、今のうちに食わせて名前と命令認識させよう」


 私は缶にのろのろ突っ込む餅に「お前の名前は餅だ」と言ってやった。餅は一度動きを止めて丸くなると、返事をするように微かに点滅した。すごい。


「餅がリアクションしたの初めて」

「へー、あれからなんも喋ってないの? 名前の定義とか曖昧だったからかな。じゃ、次命令ね」


 命令はゴーレムの存在意義だから、無いと動かない。でも私は餅に命令したい事が思い付かない。元気で生きていてくれればそれでいいが、その程度も大丈夫なのか。


「三咲はマッキーになんて命令してあるの」


 参考に尋ねると、三咲はきょとんとして隣に座る餅人間を見た。

 マッキーは三咲の理想の彼氏として作られた。酌も上手いし、自発的に動く。沢山の細かい指示を与えられているのかもしれない。

 しかし、予想に反して命令は短かった。三咲は妙に真面目な顔をしていた。


「『私と一緒に楽しく暮らせ』」


 そうだ、三咲はこういう女だった。



 ◆



 三咲が悩んでいる。


「山本、今日夜まで餅を預かってほしいんだけどいい」

「いいよ。なんで?」

「三咲と会う」


 私はきつねうどんに向かって喋っていた。左側の席に山本が居る。

 餅が復活した翌日から、私は餅を持って登校した。山本は餅が居ると隣に来る。なっちんの発言はなかった事になっていた。大体元通りになりほっとした。私は山本の首から上が見れないが問題ない。ただ、餅を独りにするのが怖い。


 今日会おうと言ってきたのは三咲からだ。12月も半ばというのにパフェを食べに行こうと誘うので承諾した。しかし三咲は餅抜きで来てほしいと言った。今日はマッキーの話題になると直感した。

 三咲は悩んでいる。


「じゃあ帰る時、俺が餅持ってくね。日が暮れたらベビーパウダーあげればいいんだよね」

「うん」


 山本が隣で喋る。山本は必要な事なら普通に喋れるタイプだ。


「夜って何時くらい? それとも明日学校で渡す?」

「あ」


 よく考えればそれでもいいのか。山本がいいなら。

 山本はどこに住んでるんだろう。


「麻子さんはどこに住んでるの」


 私は学校でしか山本を知らない。いや、前にドーナツ屋と神社で会った。山本はよくあの店に行くんだろうか。私は二回しか行ったことがない。用がないと行かない。


「麻子さん」

「私が引き取りに行く。山本んち何線なの」


 今日三咲と別れた後、私は餅に会いたい。餅はかわいいし癒される。


 私はその日、初めて山本と連絡先を交換した。

 すごく便利だ。餅の写真を送ろう。休みの日でも餅のことを話せる。山本は餅の話なら喜んで聞くだろう。



 ◆



 山本の家は大学から三駅だった。便利な所に住んでいる。そして、三咲のバイト先がある駅だった。三咲の家は更にその先で、私と三咲は今日パフェを食べた後途中まで同じ電車に乗ることになる。

 店に入ると、三咲はやっぱりマッキーの話をし始めた。最近は肘とか膝とか、関節がそれらしく出来てきたそうだ。顔は前のままだ。


「マッキーって、最終的には人と同じ見た目になるの」

「なるらしいんだけど、最近その辺は割とどうでもいいんだよね。ホクロはあるし」

「マジか」


 三咲は様々なフルーツの乗ったパフェを端から食べる。好き嫌いというものが無いようで、寿司でもサンマでも端から順々に食べる。


「麻子、餅のこと大事じゃん?」

「うん」

「でも、アサノにホクロ書いたじゃん?」

「うん」


 今日、三咲がなっちんに声を掛けなかったのが珍しかった。三咲はしばらく黙ってパフェをスプーンで掻き回していた。

 アサノはまだ手書きのホクロを付けたままらしい。


「私、マッキー作っといて超身勝手じゃん」


 三咲は悩んでいる。

 普段自由で適当なのに、変な所で義理堅い。


「餅とかマッキーは、自我があるの?」

「あのキットで作ったやつにはあると思う。だってマッキー空気読むし、餅も喋ったし」


 マッキーはまだ発言したことがない。

 元が「彼氏創造キット」だから、このまま暮らせば人らしくなるように調合されている。


 止めるのは簡単だ。食事を与えなければいい。

 壊すのも簡単らしい。燃やせば灰に戻る。餅やマッキーは、真っ白な灰から生まれたそうだ。成長が完了したら喋る。

 マッキーは複雑な命令を与えられていない。しかし三咲や私やなっちんをもてなし、三咲の言うことを聞き、三咲が呑んでる間じっと横で待機している。

 魔女会も三咲も悪気は無かった。でも残酷な事をしてしまった。

 三咲は葛藤している。


「あの子には私しか居ないじゃん」


 餅はかわいい。

 三咲も、マッキーがかわいいのだ。



 ◆



 ロータリーの中央でツリーが光っていた。

 北口の右手側の通り沿い、三咲のケーキ屋には二回程行ったことがある。同じ路線なら、多分もっと頻繁にここで降りただろう。三咲を冷やかしに。

 学校以外で山本と会うのは新鮮だった。改札を出てすぐの柱の所に立っていた。普通の黒のコートを着ている。餅が目立つ。


「麻子さん、餅って光る?」

「えっ」


 お礼を言って餅を受け取る時、山本が言った。私は驚いて山本の顔を見て、すぐ餅を見た。


「光るけど、私も二回しか見たことない」


 最初の時は文字の形に溝が出来て光ったと言うと、山本は「餅って言葉わかるんだ」と感心した。山本は今日家に餅を持って帰ってベビーパウダーを与え、一緒にテレビを見たそうだ。私の普段と全く同じだ。


「話し掛けてたら光ったんだよね。返事してるみたいに」

「多分返事だと思う」

「聞いてみよう。餅、言葉がわかる?」


 蛍光灯の下では分かりにくいが、餅がぽわぽわと点滅した。文字は使わないのか。

 色々質問すると、どうやら餅は「正しい」という時に光ると分かった。私が聞いても山本が聞いても「正しい」時は光る。

 やっぱり餅やマッキーには意志がある。

 山本は何となくそわそわしていた。


「ありがとう。じゃあまた」

「うん、また」


 立ち話を終え、私は餅を小脇に抱えて改札を戻る。振り返った時、山本は居るだろうか。居る気がする。山本はそういう奴だ。

 階段に消える前、振り向いたら目が合った。




 ◆ ◆ ◆



 家呑みで三咲となっちんが衝突した。

 マッキーも居るのに、なっちんが前のようにアサノの話を出したからだ。わざと。


「なっちん」

「あんたが嫌がるってことは、後ろめたい気持ちがあるってことでしょ」


 なっちんが言う。なっちんはいつも手加減しない。三咲も普段ならすぐ言い返すが、今日は黙った。


「別にマッキー壊せって言ってんじゃないの。あんたアサノさん好きなんでしょ。普通だよ、麻子だって餅かわいがってても山本がいんだから」


 何故そこで私と山本が出てくる。


「うるっさい、なっちんにはわかんない! だってアサノのホクロ書いてあるだけだし!」

「それ分かってても絆されてんだろ! その訳分からんこだわりはもう意味ないの! せめて人間の方選べっつってんのあたしは!」

「アサノが人間かどうか分からんだろーが!」

「少なくともあんたの手製じゃないだろーが!」


 言い争う二人を、私は缶ワイン片手に見ている。仲裁に入れる隙間がない。餅は床で普通だ。芋焼酎の瓶を持って、マッキーが一番オロオロしていた。動きはのろいし顔も何もないが、慌てているのが伝わって不思議だった。

 マッキーは三咲の横にいて、口論の最中で酌する隙を伺っていた。しかしそんなことでは解決しないと悟ったらしい。白い餅のような表面がもぞもぞ動く。肩幅の所にぽこぽこ指で押したようなくぼみが生まれ、整列し、光った。



 け ん か は や め て



「……!」

「マッキー……」


 マッキーはゆらゆら微かに腕を振り、必死だった。その様を見て、三咲もなっちんも動きを止めた。マッキーも止まるはずだ。


「馬鹿、マッキー」


 言葉を発したら、餅人間は成長が止まる。





 ◆ ◆ ◆



 餅が最初以来喋らないのと、マッキーが筆談するのには理由がある。

 主人によるらしい。

 餅の今の主人は私で、マッキーの主人は三咲だ。

 マッキーは三咲に影響を受けて文字を刻む。




 12月24日。

 餅にベビーパウダーを与えた後、私は大学から三つ目の駅で電車を降りた。

 寒いからコートを着て、マフラーを巻いて、餅を小脇に抱えて北口へ向かう。

 ケーキを受け取りに来たのだ。今日と明日、駅前で売られている。


「クリスマスケーキを販売しておりまーす。数量限定ですよー!」


 よく通る声は三咲のものだった。三咲は今年も結局、ここでケーキを売り捌く。

 白い布の掛かった台には幾つも箱が積まれ、その向こうのケーキ屋の窓からは白熱灯の黄色い光が漏れていた。雪とトナカイのステンシルが影を作っている。

 ライトが瞬くクリスマスツリーがドアの脇に立っていた。目の前のロータリーのものよりずっと小さいが、ケーキ屋の外装と合っていて感じが良い。

 近付くと、売り子の三咲がぱっと顔を輝かせた。


「麻子! よく来た! さっきなっちんも彼氏と来たよ。マッキー、麻子の分出して!」


 三咲が言うと、もったりとした動きで横に居たマッキーが屈む。

 全身真っ白なマッキーは、ポンポンの付いた赤いサンタ帽を被らされていた。前よりは少し速くなった緩慢な動きで、台の下からケーキの箱を取り出す。上に「麻子」と書かれた付箋が貼り付けてあった。魔法陣ではない。ケーキ屋の店名が入った、普通の付箋だ。


「マッキー、サンタ似合うね」

「でっしょ? もう販売開始から超人気よ」


 サンタのマッキーが丁寧に箱を手渡すと、他の客はキャーキャー言って写真を撮っていた。相変わらず顔は凹凸しか無いが、ホクロはある。


「そんでこいつの似合わないこと!」

「す、すみません」


 笑う三咲の隣には、紫掛かった黒い髪に同じような色の服を着た、顔色の悪い男が立っていた。

 紫の目をしょぼしょぼさせるアサノは、ハロウィンに帰りそびれてクリスマスに突入してしまった何かという感じだった。しかし街と同じく浮かれた雰囲気が、陰気なオーラを和らげている。


「お金いいから持ってって。アサノの奢り」

「え。悪いからいい」

「い、いえ! いえ、是非お持ちください、ご相談にの、乗っていただいたので……!」

「なっちんにもあげたから気にしないでよ。私からもこれ、お礼ね」


 三咲がケーキの袋に、リボンの掛かったスノーボールの包みを入れた。ありがたく袋を受け取る。全部で丁度、餅と同じくらいの重さだ。


「麻子さん」


 振り返ると、ロータリーの向こうに山本が立っていた。黒いコートのポケットに両手を突っ込み、弾むような駆け足で道を渡ってくる。白い息を吐くたび、銀のメガネが少し曇った。


「麻子さん、餅が光ってるから目立つね。イルミネーションみたい」

「うん」


 去年はここでケーキを買わなかった。ホールケーキなんて食べ切れない。

 今日は私が餅を反対側に抱え、山本がケーキの袋を持つ。


「行こっか」


 振り向く私に、三咲とアサノが笑顔で手を振ってくれた。

 マッキーの肩幅の所には、指で押したようなくぼみが光っていた。白い体に淡い色の光がぽわぽわと灯る。本当にイルミネーションのようで、今日の日によく似合って、綺麗だった。



 M e r r y C h r i s m a s !



 なっちんも多分笑ったはず。

 三咲は、英語は苦手なのだ。






 ◆

   ◆


本文に出てこない裏設定: 魔力的なものがある同士は引き合う


なっちんと彼氏は真人間です。

ホクロは三咲にとって目印です。

英語出来ないのは作者です。

お読み頂きありがとうございました。

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