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山本

「ねえ!! 私就職先決まった」

「ハァ!?」


 久しぶりに大学に来た三咲が、なっちんと私の横に来てそう言った。


「何あんた就活とかしてたの!? 早くない!?」

「ううん。魔女会」


 驚いていたなっちんの顔が、いつもの胡乱げなものに変わる。


「三咲、あんた本当にさ……私知らないよ? そろそろ本気でヤバいって」

「大丈夫大丈夫!」


 魔女会なる組織はどちらかと言うと職人集団で(魔女会というのだから所属メンバーは魔女なのだと思うけど)経営には不器用、予てからコンサルタント的な人員を求めていたらしい。三咲は酒屋の娘で商売っ気があり、金勘定にはすこぶる強い。


「たださぁ、こっちで暮らすとなると、マッキー連れてけないんだよね」


 三咲は新しい彼氏マッキーをとても気に入っているらしい。「魔法の国」にマッキーを伴っていくと、マッキーはこっちに戻るのがダルくなるらしい。何もかもらしいだらけでよくわからない。

 マッキーは最近鼻が出来た。顔はもとより手足や頭も相変わらず何となく、はっきりした手指も無いくらいだが、三咲と並んで写っているその写真では鼻の所に小さな隆起がある。そして楽しそうだった。どことなく。

 三咲は鼻の出来栄えを私やなっちんに大喜びで報告し、マッキー本人に対しては手放しで褒めちぎった。彼女としての愛というより親バカを感じるが、幸せそうで何よりだ。


 夜、自宅でその写真を見返しながら、私は傍らの白い塊を見る。

 餅は今日も大人しくベビーパウダーを舐めている。三咲が買い込んだパウダーをそっくりそのまま譲り受けたので、押入れには餅の好物が一杯に詰まっているわけだが、餅は一日にほんの少量しか食事をしない。

 私の無くならない缶ワインと一緒で、当分収納スペースが空くことはなさそうだ。私はベビーパウダーを入れる場所を確保する為、この前手持ちの洋服を半分処分した。

 部屋の床は可能な限りすっきりさせておきたい。朝晩の拭き掃除も欠かせない。

 餅が自力で移動できるのは、平らな床の上だけだ。

 餅はかわいい。



 ◆



 山本に変化があった。

 講義の前に餅を触らせてほしいとやって来るのはいつものことだ。但し今日は餅を膝に乗せ、私の隣に座った。つまり私、山本、山本の膝に餅、である。隣だ。


「山本、今日そこなの」

「うん」

「なんで?」

「……喋りにくくない?」

「なるほど」


 そう言ったくせに、山本は大して喋らなかった。というか、山本は元々喋る方じゃない。

 山本がもう少し喋るようになったのは、翌々週の同じ講義からだった。


「遠藤の彼氏、見たよ。餅に似てるね」

「うん」


 三咲はたまにマッキーを大学に連れてくる。マッキーは最近、目の所に何となくくぼみが出来ていた。だんだん人の顔に近付きつつある。右頬の、三咲の理想のホクロは相変わらず。


「餅、最初は遠藤のだったんでしょ。餅もその内ああなるの」

「ならないと思う」


 ならないから、三咲は新しくマッキーを作ったのだ。私は山本の膝の上の餅を見た。餅は、山本の膝でも大人しくしている。何だか複雑な気分になった。顔を上げると、山本も複雑そうな顔で餅を見ていた。


「餅は餅だからいいんだよ」

「うん」


 山本は話がわかる。



 ◆ ◆ ◆



「あの、すみません……すみません、え、遠藤三咲さんのお友達ですよね……」


 ある日の学校帰り、餅を小脇に抱えて歩いていると声を掛けられた。

 振り返ると、顔色の悪い知らない男が立っていた。紫掛かった黒髪に、似たような色の服。色が白い。だから顔色が悪く見える。目だけは紫色をしていて綺麗だった。いや、顔も多分整っているが、オーラが死人だ。残念。


「何ですか」


 もう少しで宵の口だ。帰って餅にベビーパウダーを与えねばならない。


「あ、あの、みさ、三咲さんのことでご相談が……」


 三咲の名前を出されたら無視するわけにもいかない。横を見ると、丁度ドーナツ屋だった。私はここで話そうと男にジェスチャーした。


 餅を膝に乗せ、一階の窓際の席に向かい合って座る。店内は程よくざわめいていた。

 私は奢ってもらったオレンジジュースとチョコドーナツを貪る。男は湯気を立てるホットミルクを前に、しばらくもじもじしていた。日は刻々と傾く。はよ喋れ。


「三咲がどうかしたんですか」


 仕方ないのでこちらから尋ねると、男はポッと頬を染めた。


「あの……み、三咲さんは、人間はお嫌いでしょうか」

「はい?」

「つ、使い魔と婚姻を結ぶつもりなのでしょうか」

「使い魔?」


 何言ってんだこいつ、という意を込めて男を見る。しかし男は端から他人の視線を受け止める心構えを持ち合わせないようで、執拗にミルクの水面ばかりを凝視している。

 曰く、餅やマッキーは所謂「ゴーレム」というやつで、使い魔に分類されるらしい。私はそこでようやくこの男がファンタジーコスプレ野郎ではなく、魔女会に関連する人物だと理解した。私が餅を小脇に抱えていたから声を掛けられたのだ。


「使い魔とけ、結婚する魔女も、いることにはいます……」

「それって拙いんですか」

「い、いえ、拙くはないですが……」

「何ですか」


 本人がいいなら特に問題ないそうだ。納得していい所か悩む。


「みさ、三咲さんは、大変優秀な助言者です。いつもはっきりとい、意見を述べますし、目の付け所がとてもいい……」


 私が悩んでいる間、男は唐突に三咲について喋り始めた。

 三咲は順調に魔女会を立て直しているらしい。この男は、魔女会のお茶汲みだそうだ。

 魔女会は彼氏創造キット以来めぼしいヒット商品がなかったが、最近は三咲のアイディアで新商品をどんどん開発している。更に三咲は、対価を骨や内臓ではなく金銭で受け取ることを提案したらしい。何なんだ魔女会、それでいいなら最初からそうしろ。

 三咲のことに関しては、男は饒舌も饒舌だった。


「要するに、三咲が好きなんですね」


 指摘すると、男の顔がボワッと真っ赤になった。

 そしてその後、長いこともじもじもじもじした。ホットミルクに薄い膜が張る。


「で、でも三咲さんには、はっきりと、好みじゃないと言われてしまって……」


 男は蚊の鳴くような声で言い、どんどん俯いていく。前髪がホットミルクに付きそうだ。つきますよと声を掛けると、はっと顔を上げた。情けない顔をしている。紫の目が光っている。泣くな。

 私は餅を落とさないように気を付けながら、床に置いた鞄を漁り黒のフェルトペンを取り出した。細口の方のキャップを開け、手を伸ばして、怯える男の右頬に点を書いてやる。


「三咲の好きなホクロの位置。覚えておくといいんじゃないかと」

「えっ……は、はい!」


 窓ガラスで自分の顔を確認すると、男は感極まった泣き笑いを見せた。三咲の好みかどうかはわからないが、笑っていればまあイケメンかもしれない。顔色の悪さは白熱灯で幾らかマシになる、といいな。

 所で外はすっかり暗くなっている。私はもう帰りたい。

 そろそろ出ようと言うと、男は冷めたホットミルクを舐めるように飲み干し(早くしろ)、何度もお礼を言って店の前で別れた。三歩歩いて振り返ると、男は既に消え失せていた。

 代わりに山本が立っていた。



 ◆



 餅に餌をやりたいから帰りたいと言った私に、山本は餅に餌をやる所を見たいと言った。

 仕方がないので、近くの広い神社の石段に座って隣に餅を置いた。鞄を開けてベビーパウダーを取り出す。パウダーの缶は、いつも最低一つは持ち歩いている。


「今の人、知り合い?」


 山本が餅の向こうに座り、尋ねる。

 知り合いではない。いや、知り合ったから知り合いか。


「三咲の知り合い」

「そうなんだ」


 透明のフィルムを剥がし、缶の蓋を取って餅の前に置いてやると、餅はゆっくり動いて体の端を缶に突っ込んだ。餅といいマッキーといいあの男といい、あっちのやつは白いものばっかり好む。


「山本なんでここに居るの」

「さっきの店に居たから」


 山本が居たとは気づかなかった。


「寒くない?」

「微妙に寒い」

「だよね。なんかあったかいもの買ってくる」


 山本はそう言って立ち上がると、自販機に向かった。そして甘酒を二本買って戻ってきた。くれるというので貰う。

 石段に私、餅、山本の順に座り、餅がベビーパウダーを舐め終わるまで甘酒を飲んだ。結構掛かった。街灯は明るいがもう夜だ。


「山本は餅が好きだね」

「……うん」


 餅はかわいい。

 山本はわかってる。



 ◆ ◆ ◆



 なっちんが彼氏と同棲を決めた。


「うん。家行き来するの面倒くさくて」


 なっちんは社会人と付き合っている。彼氏にご飯を作ってあげたいそうだ。なんていい奴なっちん。


「へー、よく親御さん許したね」

「まー、半同棲状態だったしね。三咲が就職先決めたとか言うし……一応。意味わかんないとこだとしても、なんかムカつくから私もさっさと永久就職決めようかと思って」

「うわなにそれムカつく、なっちんムカつく。同棲すると婚期遅れる説は?」

「無いわ。ムカつくな三咲」


 ムカつくムカつく言ってるが、結局二人は仲良しだ。

 三咲は彼氏マッキーが出来てから大らかになり、なっちんはマッキーが酌が上手いので魔女会を見直していた。マッキーはビールを注がせても上手い。2.5対7.5だ。あれから顔には特に変化はない。右頬のホクロだけは相変わらず。


「見て! 指5本になった!」


 マッキーの手を取り、三咲が自慢気に見せてくる。

 マッキーの食事はコーヒーフレッシュを一日二つ。図体の割に低燃費だし、ストックも楽だ。三咲はその辺も魔女会に研究提案して、エコなゴーレムを創れる魔法を開発中らしい。ケーキ屋のバイトもまだ続けている。働き者。


「そう言えばあの人どうなったの。お茶汲みの」

「麻子が声かけられたって男?」

「うん」


 私は思い出して聞く。


「三咲のこと超好きなんだっけ」

「うん」

「三咲適当に顔合わせるんでしょ、その人なんも言ってこないの?」

「その話やめよう」


 それまでペラペラ喋りまくっていた三咲が、きっぱりと止めた。


「マッキーいるのに、そういうのナシでしょ」

「……ごめん」


 餅人間はなんの自己主張もせず、ただ気の利いたタイミングで酌をしている。

 酒を注がれながら、なっちんが黙り込む。

 三咲はマッキーが好きなんだろうか。

 マッキーは彼氏なのか。

 私は傍らの餅を見た。餅は白くて丸い。餅だ。



 ◆ ◆ ◆



 別の日なっちんが魔女会本部に問い合わせをし、お茶汲みの男を呼び出すことに成功した。場所はこの前のドーナツ屋だ。男はアサノと名乗った。何人だ。そしてどっちかというとヨルノである。

 アサノはやっぱりホットミルクを注文した。


「……み、三咲さんは正直で、はっきり意見も言ってくれますし……」

「わかった、それさっきも聞いたから」


 なっちんは年上にも物怖じしない。

 アサノは前回同様、どもりながら三咲がいかにして素晴らしいかを熱心に語った。私となっちん分のカフェオレとドーナツ代をスマートに支払ったので、そこがなっちんのお気に召した。

 私は、三咲好みのホクロを律儀に死守していた所が気に入った。

 アサノはホットミルクを飲み終わると帰って行った。




 カフェオレのおかわりをして、私となっちんは正面の空いた席を眺める。


「なっちんはどう思うの」

「三咲には、もっと普通の彼氏作ってほしい」


 なっちんは言う。


「魔女会とか意味わかんないし。でも資料請求したら、案外まともな書類届いて余計意味わかんないし。ゴーレムとか魔法陣とか、三咲もあんたも案外すんなり受け入れてるのも意味わかんないしさぁ……まー私もだけど」


 なっちんは現実主義だ。


「アサノさんはともかく、あの餅人間? マッキー? いい奴なんだろうけど人じゃないじゃん」


 私は膝の上の餅を撫でた。ひんやりしている。

 餅やマッキーは、私達の言うことを理解出来ているんだろうか。


「三咲には幸せになってもらいたい」

「うん」


 波々注がれたカフェオレが揺れている。

 その時、正面の席に食べかけのドーナツとホットミルクの乗ったトレイが置かれた。


「ここ、いい?」


 銀のメガネ。山本だ。山吹色の、シンプルなダウンジャケットを着ている。派手なのか地味なのかわからない。

 なっちんがカフェオレを一気飲みした。


「今、三咲の彼氏の話してたの。あと三咲のこと好きな別の男の話」


 たん、と音を立ててカップを置く。

 山本が「そうなんだ」と言いながら、向かいの席に座った。


「あたしら悩んでんの。でも私、もう帰って彼氏のご飯作る時間だわ」


 なっちんは説明が上手い。

 私は壁の時計を見た。もうすぐ宵の口だ。餅にベビーパウダーを与えなければ。


「山本はさぁ、麻子が餅と付き合うのと、あんたと付き合うのと、どっちがいいと思う?」

「え」

「今してたのはそういう話。私、買い物して帰るわ。またね」


 なっちんはトレイを持ち上げ、さっさと帰っていった。

 私は呆然とその残像を目で追った。


「麻子さんは、餅と付き合うの?」


 山本が聞いてくる。

 餅は餅だ。三咲もなっちんもわからない。


「じゃあ、俺と付き合うの?」


 山本もわからない。

 何故ここに居る。何故そう聞く。何故二択。

 顔が熱い。




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