返事ガナイ。タダノ屍ノ(以下略)
最近スケルトンものの小説をよく読むなぁと思いまして、ふと某ゲームの有名な言葉を思い出しまして、なんとなく書いてみました。
ヒマ潰しにどうぞ。
※キーワードの【残酷な描写あり】は保険ですが、登場人物が人物なので腐臭漂う作品となっております事をあらかじめご了承ください。
俺は動く屍だ。
ただし服は着ておらず、肉すらまとわぬ、白い骨だけの姿。
俗にスケルトンと呼ばれている魔族だ。
人間の屍から生まれる為、人間は俺達を不死生物という魔物の一種族に分類する。
しかしぶっちゃけ、生きてないけど生まれたから存在してるわけで、死にはしないけど消滅はするからそれって死ぬのとほぼ同義だろ? という事で不死でもないわけで。
俺達不死生物は、生まれながらに大きな矛盾を抱え、自分自身の在り方に生涯をかけて問いを投げかけ続けるという、孤高の種族なのだ。
「なにを大層な事言っちゃってんだおめェ、骨だけのくせに。骨がそんな高尚な思考、できるわけねえだろ」
確かに、俺達の頭蓋骨の中に脳みそはない。空っぽだ。
だから俺達は、唯一無二のこの魂で直接感じ、思考するのだ。
老化に従い、劣化して機能を失っていく脳みそなんぞより、よほど歪みのない、優れた思考形態を俺達スケルトンは有しているのだ。
お前も、その腐った脳みそ掻き出して、着ている意味のないようなボロ布も腐肉もまとめて剥ぎ落としてしまえばいい。そうすれば、少しはその鈍い頭の回転もマシになるだろう。
「俺に死ねってか。いやもう死んでるけど。アイデンティティーの消失は、不死生物にとっての二度目の死だぜ? 俺に腐肉を捨てろとか、死ねって言ってるも同然だぞ」
腐ってる事がアイデンティティーだと言うなら、お前は潔く死んでおけ、ゾンビよ。
常々思ってたんだが、お前は不潔すぎる。
臭いし汚いし腐ってるし臭うし、隣人としてすでに許容できないレベルだ。
良好な人付き合いをする為には、清潔である事は必要不可欠な要素だ。
だから思いきって、俺のように衛生的な骨身になったらいいんだ。
「スケルトン、おめェ…臭い臭いって二回も言うが、鼻ねえじゃねェか。そんなに俺が嫌いか」
別にお前の事は好きでも嫌いでもないが。
確かに俺に鼻はない。当然、嗅覚もない。
だがな、食事は見た目からというように、見た目というのはその存在を推し量るのに大きな影響を与えるものなのだ。
俺には嗅覚はないが、お前の腐り果てた姿が視界に入るたびに、筆舌に尽くしがたい異臭を感じてしまうのだ。
言っておくが、目玉もないだろうという指摘は不要だ。
俺には第三の目、心眼というものが備わっているのだ。
「第一、第二の目がねえのに、第三とか……」
さて、話を戻すが、哲学とは切っても切れない種族である俺は、人生の大半を、己の内に沈み込むように目を向けて過ごしてきた。
屍から生まれ、元の人間とはまったく別個の存在として在る俺とはなんなのか。
生とは、死とは、人間とは、魔族とは、世界とは、宇宙とは、なんなのか。
外部からの情報、刺激、体験の全てを己の内に蓄積し、そしてじっくりと長い時をかけて読み解こうとしてきたのだ。
しかし、いくら時をかけて情報を取り込んでも、真理には辿り着けそうになかった。
ゴールの見えない長い旅路を一人行くような、歩けば歩くほど目の前が真っ暗になっていくような、気付けばそんな絶望が俺の肩に圧し掛かってくるようになっていた。
リッチ先生は、スケルトンごときが真理に辿り着ける事などあり得ない、とはっきりおっしゃられたが、それでも俺は考える事をやめられなかった。
成果も進展もまるでなかったが、必死に…それこそやめてしまったらゾンビになってしまうとでもいうように、日々何かに追い詰められ、焦っていた。
「おい。さりげなく俺をけなすのはやめろ」
そんな時だった。
俺が奴と出会ったのは。
腐りかけていた俺に凄まじい影響を与え、長年の人生観に風穴を開け、清々しい新風を吹き込んでくれた――そう、人間風にいうならば“好敵手”とでも呼ぶのだろう、無二の存在に俺は巡り会ったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺達の住処であるこの洞窟は、人間達からは《死霊の迷宮》と呼ばれているらしい。
冒険者の適正クラスはB、難易度でいえば中の上と上の下の間くらいのダンジョンなんだと、リッチ先生が言っていた。
別に死霊だけが住んでるわけじゃないし、それは人間も知っているはずなんだが。
そう言うとリッチ先生は苦笑されて、
「この場合、“死霊”というのは死霊を指しているのではなく、我々不死生物を総称しているのだよ」
とおっしゃられた。
俺もゾンビもリッチ先生も、霊体ではないんだがな。
そう思って今一つ納得できなかったんだが、しかし骨からスタートな俺達スケルトンと違って、リッチ先生は人間だった時の魂と記憶、能力その他経験をそのまま引き継いでいるから、俺達とは比べものにならないほど賢く、博識な御仁だ。
つまり、リッチ先生のいう事に間違いはないのだ。
という事は、単に俺の理解が足りないだけなのだろう。
俺も自分が賢くない自覚はあるからな。ゾンビよりはマシだが。
「おい。いい加減にしねえと、俺帰るぞ」
さてさて、そんな《死霊の迷宮》だが、地上から見える小山程の岩にできた洞窟部分は、生まれたばかりで経験の浅い不死生物の修業の場であり、修業の相手となる人間の冒険者がよく現れるエリアだ。
ひよっこ不死生物にとって丁度良い狩場……と言いたい所だが、残念ながら《死霊の迷宮》にやってくる人間達はよく経験を積んだ者がほとんどだから、狩られるのは大体いつもひよっこの方だ。いつか改善したいものだが、ひよっこは狩られてもまたポコポコ生まれるから、皆暗黙の内に保留にしている案件でもある。
洞窟は奥深くにある階段で、地下と繋がっている。
一歩階段から降りれば、そこからは我ら不死生物の根城と呼ぶべき、暗く湿った常闇の世界だ。
地下に下りれば下りる程、闇は深く、濃くなっていく。
そして地下深くになればなる程、生きた人間に遭遇する確率も減っていく。
実はここは地下50階まであるらしいのだが、俺は特に必要性を感じた事がないので行った事はない。
ただ、友霊を訪ねて行った事のある死霊に聞いた話では、地下30階以降はこことは別世界で、全ての通路に石畳が敷かれ、青白い石壁には等間隔で人魂の炎が灯り、天井は10階分くらいの高さがあり、それを支える柱は巨人の脚のようだとか。
さらに40階以降は《死霊の迷宮》というご大層な名にふさわしい、壮麗でありながら不気味な、神殿めいた造りになっているらしい。…王城めいた、だったかもしれないが、まぁどちらでも大差ないだろう。
深い所ほど、住んでいる不死生物は強者だ。
所詮この世は弱肉強食だからな。
いい暮らしをしたければ強くなれ、という事だ。
かくいう俺の活動エリアは、地下6階だ。
床も壁も天井も、剥き出しの土や岩でできている、洞窟らしい洞窟だ。
ダンジョンの上層という事で、人間の冒険者が頻繁に出入りする階だが、俺は無益な戦いを好まないので、遭遇する事はあまりない。ここは一階一階がとてつもなく広いから、人間を避けて移動する事など訳もないのだ。
あまりにも広すぎて、しかも迷宮らしく入り組んでいるから、ねぐらと定めた階から移動するのは、目的のある者か、よほど時間を持て余した者くらいだ。
俺もまた、移動するとしても上は地下3階、下は地下8階ぐらいまでが常だ。
特に決まりがあるわけでもないが、俺がそれより上にも下にも先へ進まなかったのは、単に必要性を感じなかったからだ。
しかしある時、ふと思い立って、俺は地下へ下りた。
それまで一度も行った事のなかった地下9階をさまよい、何かに導かれるように階段を下りて、見た事もなかった地下10階へ……。
そして俺は、奴に出会ったのだ。
――よう。来たぞ。
俺は目的の人物に向かって、気安く片手を上げ、挨拶した。
しかし相手からの返事はない。
……ふっ、さすがは俺が認めた好敵手だ。
返事どころか身動き一つせず、反応らしい反応を一切見せない。
奴は3日前に会った時と寸分違わぬ姿で、そこにいた。
ぼろきれのようになった装備を申し訳程度にまとい、右手には錆びて折れている剣、左腕には小型の盾だった木切れを引っ掛け、皮のブーツだったのだろうボロを履いた両足を無造作に投げ出し、土壁に寄りかかって座っている。
少し汚れてはいるが、原形をほぼ留めた白骨が力無く小首を傾げている様は、なんともいえない哀愁と虚しさを見る者の胸に刻み付ける事だろう。
うむ。
会うたびに思うが、見れば見るほど見事な正統派屍だ。
敵ながら称賛に値する死にさらしっぷりである。
「え、ちょ、待った……なんだそれ。“正統派屍”ってなに? なに“正統派美少女”みたいな言い方してんの? てゆーかこれ、この白骨死体がおめェの逢瀬の相手だってェのか? え、なに、マジで??」
なになにうるさいぞ、腐った死体。
少しはその腐った脳みそでも物を考える事を覚えろ。
「……待てよ、待て待て。百歩譲って、相手が白骨死体でも良しとしよう。おめェと同じ骨だもんな。そういった意味じゃ意外性はねえ、むしろお似合いだよ。だがな……そいつ、どう見ても男だぞ!? おめェ、そっちの気があったのかっ!?」
なぜ、考えた末にそういう結論に至るんだ。
これだから脳が腐った奴と話すのは嫌なんだ。
「いやいやいや待て待て待て! 誤解すんな! ジョークだって! ただの腐れジョーク! だから俺を吸血鬼のお嬢さん方と同列にすんな! 肉と脳は腐っても、魂までは腐っちゃいねえから! いやマジで! おいっ、距離を開けるな信じてくれ!」
吸血鬼というのは、俺達と同じく不死生物に属する魔族だが、一族そろって穴倉暮らしが嫌であるらしく、この《死霊の迷宮》ではなく北西の山間にある古城を住処としている、少々気位の高い種族だ。
半永久的に生きながらえる強靭な生命力と魔力を持ち、知能も高く、リッチ先生ほどではないが博識である。
この、長寿である事と頭が良い事が、どうも妙な具合に妙な扉を開ける要因となったらしく、吸血鬼の中でも特に妙齢の女には、なぜか衆道を好む者が多いのだ。
女が衆道とは訳が分からないが、知識人をヒマを持て余すようになるまで長生きさせるものではないなと、リッチ先生などは大層悩ましげにこぼしておられた。
種族構わずことごとくその毒牙にかける女達を、誰が言い出したのか最近では「腐っている」と評する。
ゾンビと同列にするなど、気高き吸血鬼には失礼すぎるだろうと思うのだが、被害に遭っている者達からすれば、ゾンビよりもおぞましい存在であるらしい。
つまり、ゾンビでありながら更に「腐っている」お前は、この世の何よりもおぞましい存在であるという事だ。
他のゾンビに迷惑をかける前に、消滅したらいいんじゃないか、お前。
「だから誤解だっつってんだろ!? 本気で俺の死を願うのやめてくんない!? 腐ったハートだって傷つくんだから、やめてくんない!? 俺はただ、少し前まで死んだみてェに落ち込んでたおめェが、最近はまるで勢い余って生き返るんじゃねえかって程に生き生きしてやがるから、これは女に違いねえと思って……予想外な相手でびっくらこいて動揺しちまったんだよ!」
俺は生まれた時からスケルトンだから、生き返るという表現はおかしい。
生き返るとしたら、それは俺の元となった人間が生き返るのであって、その瞬間には俺という自我と存在は消滅するのだから、俺が生き返るという事はあり得ない。
しかし、一度スケルトンとなった者が蘇生する事は、どんな奇跡をもってしても不可能で、スケルトンとなった瞬間からこの身体は、それ以上でも以下でもないスケルトンであるわけで、つまりそれは――
「ああああああああ! わーったよ、わーったからおめェの長ったらしいお話は勘弁しろ! そんな事より、ライバルってなんだよ? ただの屍じゃねえか、こいつ。ライバルになりようがねえだろ。なんだ? 骨の白さを競ってんのか? それとも骨密度を争ってんのか?」
…ふー…やれやれ、表層しか見ん愚か者め。
その腐った目玉をよーくかっぴらいて、こいつを見てみろ。
「ただの白骨死体だろ? 実力不足の冒険者の成れの果てだ」
そうだ。どこからどう見ても、正真正銘の白骨死体だ。
…おい、別に友達がいないとか他のスケルトンに相手にされないとか、そういう事ではないから俺を可哀想なものを見る目で見るな。
えぐり出すぞ。
その後は掻き出すぞ。
「やめろよ! こえーよ! 俺はスケルトンにはならねえからな!!」
ゾンビの腐肉を剥いだ所で、スケルトンになるとは初めから思っていない。
種族が違うんだ。
ただ二度目の死を迎えるだけに決まっているだろう。
「最初から殺しに来てたのかよっ!? なんだよ! 可哀想なのはこんな血も涙もない骨野郎を心配してた、俺の方じゃねえか!!」
……………。
…ふむ。仕方ないな。
腐りはてた脳みそでもわかるように説明してやろう。
「なっ、……なんで急に優しくなるんだ。気持ち悪ぃな…」
血も涙もないが、情はある。
…というのは、腐った頭じゃ理解できないだろうから教えてやらんが。
まぁ、こいつを見ろ。
こいつは声をかけても返事を返さず、何をしても動かず、ただここに在るだけの、スケルトンでもなんでもない、ただの屍だ。
だが、このご時世に――地上では戦が尽きず、怨嗟と悲哀に満ちた嘆きが世界中からあふれ、未練を残して命を散らす者がいる一方で、一攫千金を夢見て命を投げ捨てるような真似をする輩が後を絶たないこんなご時世に、正統派屍として在る事がどれほど難しく貴重であるか……お前にはわからないか?
「わ…わかんねえ…」
ここがどこかも考えてみろ。
ここは魔力がよくこもり、怨念がよどみ、思念が残留するダンジョンだ。
そして《死霊の迷宮》の不死生物は、《死霊の迷宮》で生まれる。
つまりここで死んだ者は、そのまま俺やお前のような不死生物に成り果てるのが必定という事だ。
だがこいつは、そんな魔窟にあって微塵も変化を見せず、ただ屍としてここに在り続けている。
「お…おおぉ……………なぁ、それって凄い事か?」
物凄く、凄い事だ。
だから俺はこいつの有様に感銘を受け、こいつを好敵手として認めたんだ。
…正直にいえば、最初はただの興味だった。
俺と同じような姿で、俺と同じ場所に存在しながら、俺とは違う道を歩き、俺と非常に似ているがまったく違うのは、なぜなのかと。
「いや…歩いてねえから。死んでるだけだから、それ…」
俺はこれまで、己の内にばかり目を向けてきたが、こいつの存在を通す事で、今までまったく辿り着けなかった境地に至れたのだ。世界が広がったと言っていい。
その瞬間は、ここが地下10階であるにも関わらず光が射し込んだようで、何もかもが白日の下にあるかのようにはっきりと見えた。
視界を覆っていた闇が晴れ、爽快だった。
俺には他の誰でもない、こいつが必要だったのだと、天啓に打たれた日の事は生涯忘れられないだろう。
「や…魔族が…それも理に背いてるっぽい不死生物が天啓って…」
こいつもいつかは俺と同じスケルトンになるのかもしれんが、今はまだ、ただの屍だ。
俺も今は動く屍、スケルトンだが、いつかは動かなくなり、思考する事さえ放棄してただの屍と成り果てるのかもしれん。
俺達は似ているのだ。
いや、似ているどころではない。
こいつは俺で、俺はこいつなのだ。
だから俺はこいつと対話する事で、己の信念を、存在を確かめ、同時にこいつのそれを確認し、お互いの生き様を示し合って……そう、勝負しているのだ。
先に己を揺らがせるのはどちらか。
どちらがより長く己として在れるか。
認めているからこそ、こいつが揺らがないと信じてはいるが、勝敗を少々楽しみにしてもいる。
ちなみに、俺に負ける気は毛頭ない。
ふっ…俺はこいつと出会った事で、初めて自分が負けず嫌いで勝負事が好きなのだと気付いたよ。
「……うぇー。もう何言ってんのかわかんねえんだけど。とりあえず、賭けは死霊の勝ちって事だよな。あーあ…これで36連敗かよ」
ん?
待て、賭けとはなんの話だ。
「おめェが地下に下りていく理由だよ。俺は女に賭けて、野郎はそうじゃない方に賭けた」
それはまた、随分とお前に分が悪い賭けだな。
いや、随分と頭の悪い賭けだといった方が正しいか。
つまりは、こういう事か。
お前が地下に下りようとした俺に声をかけたのも。
わざわざここまで俺について来たのも。
道中でやたらと馴れ馴れしく絡んできたのも。
全て賭けの為だったというわけか。
「まー単純に、堅物のおめェの相手が気になってたってのもあるが」
興味本位という事だな。
「んーまー、そういうこったな。…あん? な、なんだよ、どうしたよ急に黙り込んで。おい、その手はなんだ、なんでワキワキさせてんだ!? ちょっ、えっ!? 待てスケルトン! 話せばわかる! っつーかなんか怒ってる!? え、なんでだ!? 俺なんかしたか!? おい、スケルトン! なんとか言えよ!? なぁ、無言はやめろって、こえーから! 俺実はホラー系ダメなんだよ! …おいおいおいおいっ! ツッコミ無しかスケルトン! お前ゾンビだろとかなんとかっ…ちょ、やめろ! こっち来んな! 俺が悪かっ――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一切の光がない闇の中を、俺は一人歩く。
薄暗いというレベルではなく、真の闇。
人間なら一寸先どころか己の身体すら見えず、一歩も動けなくなるだろう、そんな真っ暗闇だが、俺の第三の目には壁も床も天井もはっきりと映っており、その中でも一際目立つ俺の白い手足はよく見え、俺は何不自由する事なく、目的地目指して真っすぐ突き進んでいる。
人間が作り出した洞窟なら、松明や魔法の明かりを設置して道を照らすんだろうが、俺達不死生物は闇を見通す生き物だから光を必要とせず、ゆえに《死霊の迷宮》は常に闇に閉ざされているのだ。――闇に閉ざされているという言い草が恰好いいので、地下30階以降の設備の事はいったん忘れておこうと思う。
より深い闇に呑まれた地下の事はさて置いて、この階層に明かりが灯るのは、冒険者が明かりを持ち込んだ時か、死霊やウィル・オ・ウィスプが自己主張に気合いを入れた時だけだ。
今は影の薄さを苦悩する霊体共はおらず、冒険者も近くにいないようだから、俺の周囲は暗く、静かだ。
賑やかなのも嫌いじゃないが、奴と対話する時はこれぐらいの方がいい。
耳をすませば遠く聞こえてくるざわめき――おそらく誰かが戦っているのだろう――を意識から締め出し、俺は腰を下ろした。
アクシデントでも起きない限り、いつも通りに長居するつもりだから、いつも通りにリラックスしてあぐらを掻く。
そして顔を上げれば、正面には同じように地べたに座り、壁に背を預けている白骨が一体。
――よう。また来たぞ。
しかし返事はない。
相も変わらず、奴はただの屍であるようだ。
オチはないです。