(4)
「で、何でついてくるんだよ」
運河沿いの道を歩きながら、クリスは後ろを振り向いた。
後ろから来るのは、素足でぺたぺたと石畳を踏むプルチーニと、その肩に乗ったイル・ヴェッキオだ。
「アナタと一緒にいたいからデス」
「え……」
「目を離すと、仕事に行っちゃいマスから」
「……」
クリスはぷいと前を向き、勝手にしろとばかりにずんずんと歩いた。
宿から特に考えもなく足を進めてきたが、気がつけば周りはすっかりにぎやかになっていた。ひときわ幅の広い運河の上に果物や魚を積んだ小船が列をなし、道を歩けば木箱をかついだ男たちが「どいた、どいた」とかけずり回る。少し開けた場所に出れば、そこには露店がひしめきあっており、人々は商人も客も大道芸人もなく活気に満ち満ちた声を上げていた。
まるでお祭り会場だが、どうやらここは市場であるらしい。あまり人気のある場所には来たくなかったのにしまったな、とクリスは思った。
「くりすサン、お腹が空きマセんか」
「空かない。ちっとも空かない」
「あ、食べ物屋サンデス。ちょっと寄っていきマショう」
「なあ、人の話聞いてる?」
「ワタシおごりマスから」
「そうじゃなくて」
抗議するクリスを追い抜き、プルチーニはとっとと市場の角にある店に行ってしまった。
「くりすサン、早く早く」
「やだよ。何でお前と一緒に食べないといけないんだ」
通り過ぎ去ろうとするクリス。と、プルチーニは両手をラッパの形にして、
「みなサーン。ここにいる人はデスね、実はゆうべ……」
途端、クリスはその口をふさいで店の中へ殺到した。道行く人々の視線が痛かった。
「グラツィエ。分かってもらえてうれしいデス」
「うう、くっそー……」
ただでさえ目立つ格好の彼女が大声を出せば、人目を集めることこの上ない。それにしても、この街に暗殺に来たはずなのにどうして魔女とその使い魔につきまとわれないといけないのかと、クリスはひどく懊悩した。
プルチーニが注文をたのみ、テーブルにつく。肩にはイル・ヴェッキオを乗せたままだ。クリスは何もたのむこともなく向かいの席に腰を下ろした。
「食べないんデスか?」
「別にいらない。お腹すいてないから」
というより、ゆうべから事件が起こりすぎて腹の空く間もなかった。
ほどなく料理の皿が運ばれてくる。小さな袋状のパスタに肉を詰めたラビオリだ。パスタ自体は安上がりな食べ物だが、中身を詰めるラビオリになると、庶民には少々縁遠い。市場の中の店でもこんなものが食べられるとは、ヴェネツィアの豊かさは本物であるらしい。
プルチーニはパスタを手づかみで口に運び、足元のイル・ヴェッキオにも分けてやった。もくもくと食べるその姿を、クリスは頬杖をついてながめている。
「魔女も腹が減るんだね」
皮肉っぽく言うと、プルチーニは口の中のものをごくりと飲み込んで答えた。
「ワタシは魔女じゃありマセんし、お腹も空きマセん。食べ物を食べる必要がないんデス」
「じゃ、何で食べるの」
「決まってるじゃないデスか。おいしいからデス」
眉をひそめるクリスに、しかし、プルチーニは真面目な顔で言う。
「昔の人はいいコトを言いマシた。エデ・ビベ・ルーデ・ポスト・モルテム・ヌッラ・ウォルプタース。食べろ、飲め、遊べ、死後に快楽はなし。ただ生きるために食べるだなんて、さびしいとは思いマセんか」
「そうやって快楽に身を任せてると、今に地獄に落ちるよ。人間は天国に行くために生きてるんだ。どうせ魔女には分からないだろうけど」
反論するかと思いきや、プルチーニは案外素直に頷いた。
「そうかもしれマセんね。ワタシには、天国も地獄もありませんけど」
クリスは考え込んだ。
もし魔女でないのなら、こいつは一体何者なんだろう。
首を折っても死なず、空を自在に飛ぶ。しゃべり方は丁寧だが舌足らず。大昔の壁画から抜け出たような格好をして、鶏を連れ歩いている。顔の右半分をバンダナでおおっており、しかし、もう半分をよく見ると――意外と美人だ。
そう、綺麗な顔をしていた。瞳はガラス玉のように澄んだ緑色で、目が合えばたちまち底深い湖をのぞいたような気分になる。顎の細さも鼻立ちも、憎らしいほど繊細に計算されていて、薄いその唇の鮮やかな赤さときたら――ああ、そうだ。その唇がゆうべ、自分の手に触れたのだ。
「どうしマシた、くりすサン。顔が赤いようデスが」
「な、何でもないよ」
慌てるクリスに、イル・ヴェッキオがからかうような鳴き声を上げた。じろりとにらんでも、当の相手はそ知らぬ顔で首を回すだけ。
こちらもよく見れば、ずいぶん年老いた鶏である。目の周りには年輪のようなシワが刻まれ、全身の毛並みもささくれ立ったように悪い。たれ下がった尻尾は元は白色だったようだが、すっかり黄ばんでしまっている。プルチーニが肩に乗せていたのも、歩くだけの体力が無いからだろう。
「ずいぶんおじいサンデショう。もう十三才デスから」
「十三才? おいらと一緒じゃないか。鶏ってそんなに長生きするの?」
「のびのび生きてマスから」
クリスはふぅん、と分かったような分からないような声を出した。
イル・ヴェッキオとはイタリア語で老人を意味する。そして、プルチーニとはヒヨコのことである。老いた鶏がヒヨコに連れられている光景が浮かんで、クリスは少しおかしくなった。
「ところで、この帽子は何なの」
イル・ヴェッキオが頭にかぶっている縁なしの赤帽子は、ちょうどトサカをすっぽりおおう大きさである。案外いい生地を使っているようで、見ようによっては貫禄があるように思えなくもない。
「人からもらったものデス。このバンダナも。これで顔の右半分を隠すようにと」
「隠す? へえ、右っ側はイノシシみたいな顔になってたりしてね」
からかい半分にクリスが言うと、プルチーニは、
「見てみマスか?」
とバンダナをずり上げてみせた。
瞬間、クリスは思わず息を呑んだ。
生地の下からあらわれた右の目はぴたりと閉じられていた。まぶたはどす黒く変色しており、しかも奥へと落ち窪んでいた。眼球がないのである。
「あ……」
クリスは言葉をなくして、そのままうつむいた。しかし一旦吐いた言葉が戻ってくるはずもない。
だが、プルチーニはバンダナを元に戻すと、からりと言い切るのだ。
「やっぱりくりすサンはいい人デスね。でも気にしないでくだサイ。もう十年以上もこんな体デスから」
「う、うん……」
「それにこんななりでもいいことはありマス。隠すことで明らかになる顔もありマス。目を失うことで見えてくる世界もありマス」
「……」
何となくばつが悪くなって、窓の外を見つめる。
昼が近くなり、市場はますます活気づいていた。
高くなった陽が運河に光の粒を落としこみ、その上を荷を積んだ小船が泳いでゆく。船はどれも木製で、両端がそり返った独特の形をしている。『ゴンドラ』と言って、蜘蛛の巣のように運河が張り巡るヴェネツィアに欠かせない乗り物だ。小さいとはいえ長さ十ヤード以上はある船を一本のオールで操るのだから、どの船頭もかなりの腕前である。
「リアルトは相変わらずにぎやかデスね。ゴンドラの数も前より増えているような気がしマスし」
「リアルト?」
「このあたりの地区の名前デス。ヴェネツィア経済の中心地。あの大きな運河は『カナール・グランデ』と言って、蛇行しながら街を東西に分けているんデス。ああ、そういえば前に来たときは、運河のちょうどあのあたりに橋がかかっていたのに、どうやら落ちてしまったようデスね。綺麗な木の橋で、船が通ると開くようになっていて面白かったんデスけど」
「……ひょっとして、この街は詳しいの?」
「スィ。この街が干潟の上にできたころから知ってマス。何しろワタシ、千年生きてマスから」
ヴェネツィアはアドリア海に浮かぶ、魚の形をした街である。
千年もの昔、アジアからやってきたフン族に追いやられたヴェネト人たちが、神のお告げにしたがって潟の上にこの街を作ったのだという。
いくら魔女でも千年もの間生きることができるものなのだろうかとクリスは疑ったが、ともかく彼女が今まで何度か街を訪れたことがあるのは本当らしい。
それにしてもすごい光景だ。対岸の建物は、そのことごとくが運河に面している。というより、建物が水の中に建っているというべきか。中には運河に面した一階に玄関があるような家まであり、寝ぼけて扉から出た途端ドボンと飛び込んでしまったりしないのだろうか、とクリスは他人事ながら心配になった。
「綺麗な街デスね。ワタシ、世界中を旅しマシたけど、こんなに綺麗な街は、アラブにもインドにもありマセん」
「インドっ? インドに行ったの!」
「スィ。何度も行きマシたよ。砂漠を越えたり草原を横切ったり、船で海を回ったりして。他にも東はキルギスやオイラート、モンゴル、カンボジア、チナ、北はキエフ、リトアニア、スウェーデンにノルウェー、西はイングランドとスコットランド、フランク王国に西ゴート、西カリフ王国……いろんな時代のいろんな場所に行って、たくさんのお友達を作りマシた。世界は広いデスね。ちんぎす・はーんサンとか、むはんまどサンとか、ヨーロッパでは会えない面白い人たちといっぱいお話ししマシたよ」
続けてプルチーニは各地で出会った人物の人となりや、食べ物、建物のことを話してみせた。
ウソか本当か分からない。いや、ウソだと思いたいのだが、その話にはイタリアから出たことのないクリスでさえ光景を思い浮かべられるような、奇妙な現実感があった。
改めて思う。こいつは一体何者なんだ。
「おい、聞いたか? ゆうべの聖堂荒らし」
クリスはびくりと身震いした。
目だけを動かして見れば、隣のテーブルで、二人の男が日焼けた顔をつき合わせていた。
「おお、知ってる知ってる。警備の人間がのされたらしいな。あれじゃねえのか、パラ・ドーロを狙った盗賊か何か」
「いや、それが犯人は何にも盗らないまま、どこぞに逃げたらしい」
「うっへえ。ってことはまだ街の中にいるかもしれねえってことか。市警はとっ捕まえてくれるんだろうな」
「さてなぁ。そのわりには、とんと警官の姿なんぞ見ないし……。何にしろ聖堂に盗みに入るなんて、とんだ罰あたりもいたもんだ」
「まったくだ。捕まらなくたって、神罰の方が先に下るだろうぜ」
一仕事を終えた荷運びの者だろう。男たちはタンブラーの酒をぐいと飲み干すと、さっさと店から出て行った。
しかし、クリスはテーブルに肘をついた姿勢のまま固まってしまっている。
イル・ヴェッキオが不思議そうに小首をかしげて見つめてくる。食べかけの皿を持って、プルチーニが椅子から腰を上げた。
「もうちょっと景色のいいところにうつりマショうか」
言われるまま席を移動すれば、そこは人の耳が届かない最も端のテーブルだった。
プルチーニはそれでもなお声を潜めて話しかけた。
「サンマルコ大聖堂は、しばらく閉鎖されるそうデス。さっき、道端でおばサンたちが話していマシた」
市井の人の世間話にまで出てくるほど、ゆうべのことが知られている。クリスは戦慄したが、考えてみれば当たり前のことである。何しろ聖堂はヴェネツィアの象徴にして、人々の心の拠りどころなのだ。
「ヴェネツィアの警察は怖いデスよ。元首を中心にした十人委員会という組織がありマシて、その下に……」
プルチーニの説明も、ほとんど耳に入らなかった。とっさに考えついたのは、ドメニコのことだ。自分のことで精一杯でつい忘れてしまっていたが、兄貴分は一体どこへ行ってしまったのだろう。
さっきの話ではまだ捕まっていないということだった。なら、また会えるかもしれない。
でも、会ってどうしようというんだろう。自分は兄ぃに捨てられた。今さら顔を合わせたところで――。
「……というワケで、少なくとももう一度聖堂に入り込むのは無理デショうね。くりすサン、聞いてマス?」
「え? あ、えーと……」
「考え直す気になりマシたか?」
と、プルチーニが顔をのぞきこんでくる。怖気づいたか、と言われたような気がして、クリスは一層かたくなになった。
「じょ、冗談じゃない。絶対にやめないからな。何度も言うけど、何でお前に仕事の邪魔をされなきゃいけないのさ。おいらを止めようとするなら、今すぐにでもその怖い市警に突き出せばいいじゃないか」
「そんなことをしたって、アナタの心まで牢屋に入れることはできないデショう。ノ、アナタの心はもう牢屋に入ってしまっているんデス。ワタシはそれを解き放ってあげたいんデス」
プルチーニの言葉には、不思議な力強さがあった。平らな口調であるのに、それはたとえばリグリアのおだやかな海のように、肌を突き抜けて直接心に語りかけてくるのだ。
魔性の力に抗うように、クリスは首を振った。
「何と言われてもおいらの心は変えられないよ。おいらはあきらめない。聖体を壊すのが無理なら、元首を狙うさ」
そうだ。失敗は取り返さないといけない。神様からもらった仕事はやりとげないといけない。こんな魔女に何を言われたって、痛くもかゆくもあるもんか。
「おいらは神様に選ばれて、仕事をしているんだ。神父様がそう言ってたんだ、間違いなんてあるもんか」
「神父サマ? ああ、その人がくりすサンの雇い主なんデスね」
しばらくプルチーニは考えるふりをし、だしぬけにこう言った。
「依頼してきた人は、軍人デスね」
クリスはぎくりと目を剥いた。ドメニコ兄ぃが同じことを言っていたのを思い出したのだ。
「図星デスか?」
「し、知らないよ。っていうより分かんないよ、そんなこと。おいらたちは依頼人が誰かなんて探っちゃダメなんだ」
「なるほど――まあ、いいデス。きっとその人は傭兵隊の使いの人だと思いマス。今、ヴェネツィア元首が死んで得をするのは、トルコか彼らくらいのものデスから」
クリスの生まれる前、北イタリアは混乱の極地にあった。ミラノやフィレンツェなどの大国が勢力争いにしのぎを削り、周辺の小国はこれを機にのし上がろうとしたり、ひたすら守りに徹しようとしたりで、小競り合いが絶えなかったのである。こうした中で各国が領土を守るために最も頼りにしたのが、傭兵だった。彼らは隊を組み、貴族や都市国家と契約を結んで戦場を駆けた。中には一国の財に匹敵する報酬をせしめたものまでいるという。
しかし、十年前にオスマントルコが東ローマ帝国を滅ぼしたことから、事情は変わった。圧倒的な力を持つトルコを前に、各共和国はこうしている場合ではないと焦ったのである。
そして翌年、フィレンツェの支配者メディチ家が中心となって和平が結ばれたのである。
こうなると傭兵たちの出る幕はない。仕事場である戦場を奪われたら、彼らは食べていけない。
「傭兵たちの狙いは、自ら仕事場を作ることデス。つまり、戦争を起こすことデス。ただでさえトルコとの戦争で忙しいのに、元首が死ねばこの国もイタリア全土もめちゃくちゃになりマスからね。もちろん表立って動けば自分たちの首を絞めることになりマスから、裏からそーっと。彼らの中にも暗殺を得意とする人がいるとは思いマスけど、万一失敗したときのことを考えて、少しでも自分たちとの関わりの薄い線を取ったんデショうね。つまりまあ、ダメでもともとと言いマスか、当たれば幸いといいマスか、ただの捨て駒デス」
聞けば聞くほどにクリスはおそろしくなった。
これはただの暗殺じゃない。ヨーロッパの行く末を賭けた巨大なゲームだ。そして自分はその中に放り込まれた小さな駒にしか過ぎないのだ。
「でも……分からないよ、プルチーニ。どうしてそこまでおいらにこだわるのさ。おいらが暗殺をやめて、何か得することでもあるのかよ」
「得といいマスか、今ヴェネツィアが混乱におちいるのは困るんデス」
「どうして」
「ワタシ、ここに買い物に来マシたから」
「買い物?」
「スィ。船を買いに来マシた」
「船? あのゴンドラとかいうやつ?」
「ノ。もっともっと大きな、帆のついた船デス。ヴェネツィアの造船技術はヨーロッパで一番デスから。でも、もし街がめちゃくちゃになってしまったら、船を買うどころじゃないデショう。だから、仕事をやめてもらわないと困るんデス」
クリスは鼻で笑った。
「おかしいデスか?」
「そりゃおかしいよ。魔女が船を欲しがるなんて。一体何に使う気なの」
「それは……」
そこで初めてプルチーニは言い淀んだ。表情は相変わらずぼんやりとしていて、考えていることまでは分からない。
「……それにさ、船を買うのにいくら要るのか分かってるの? 金貨の一枚や二枚じゃ足りないんだよ。っていうより、そもそもお金持ってるの?」
プルチーニは答えず、パスタの最後の一切れを口に放り込むと「行きマショうか」と席を立った。
店員に声をかけ、勘定を払う。クリスと店員はそろって仰天した。プルチーニが懐から取り出したものは、目もくらむようなぴかぴかの金貨だった。
しかもフィオリーノ金貨だ。フィレンツェで発行される高純度の貨幣で、ヴェネツィアの『ドゥカート』と並んで非常に価値が高い。もちろんパスタの代金にこんなものを使う人間はいない。
「おつりはいりマセん。ごちそうさまデシた」
自分の二か月分の給料もの大金を無造作に渡され、店員は恐縮しながらプルチーニを見送った。慌ててクリスがその後を追う。
「な、何あれ? 何であんなお金持ってるの?」
「お金なんて、長生きしていれば自然と貯まるものデス。銀行にはもっとたくさんお金を預けていマスから」
「ぎ、銀行? もっと?」
銀行に口座を持つ魔女――こいつは一体何者なんだとクリスはまたしても分からなくなった。
「ワタシ、魔女じゃないデスよ」
「わ、分かった。それは分かったから」
そういえば宿屋のおかみは、ゆうべ真夜中に押しかけたり鶏を部屋の中に連れ込んだりしても、文句一つ言わなかった。ずいぶん人がいいなと思ったが、あれはこんなふうに大金を掴まされていただけに違いない。
運河沿いの広場で、流れの芸人たちが踊りを踊っている。楽師たちがリュートやタンバリンを鳴らすのに合わせて、道化服の軽業師がステップを踏む。
クェー、とイル・ヴェッキオが鳴き声を上げながら、その場でくるくると回りはじめた。
「何やってんの?」
「イル・ヴェッキオが音楽が大好きなんデス。それと踊りも」
言う間に、プルチーニは長衣をからげて広場へと駆け出した。イル・ヴェッキオも弱った足をひきずりながらそれに続く。一人と一匹は芸人に混ざってダンスをはじめた。
珍妙な格好の女と鶏が踊るのに、観衆たちはどっと沸いた。たちまち拍手が巻き起こり、子供たちは笑いながら踊りの輪に加わってゆく。
「くりすサン、アナタも一緒に」
誘ってくるプルチーニに、クリスは憮然とした表情で答えた。
「やだよ。人は踊ったり笑ってりする間、神様のことを忘れるんだ。だからやらない」
「それも神父サンの言ったことデスか?」
「そうだよ」
人々と手をつないで踊りながら、プルチーニは初めてすねたような顔を見せた。
「くりすサン、つまらない人デス」