第八話 勇者、暴走する。
「……やっと寝たか」
玉座にもたれた魔王ロゼは、天井を見上げて深く息を吐いた。
魔王城のあちこちから、まだパラパラと瓦礫が落ちる音がする。
「勇者というのは……扱いを間違えたら、災厄そのものだな」
そう呟いた瞬間、玉座の横に置かれた通信水晶が赤く光った。
『魔王ロゼ』
嫌な予感しかしない。
「は、はい! 大魔王様!」
『勇者はどうなっている』
「現在は――睡眠に成功しました。ただし、その過程で街の一部が半壊しました」
沈黙。
『……お前の管轄区域以外からも、被害報告が上がっておる』
ロゼはゴクリとツバを飲み込む。
『責任を取って、減給だ』
「ご勘弁を~っ!」
通信は一方的に切れた。
「来月の家賃……」
その時だった。
――ドン。
玉座の背後の壁が、内側からへこんだ。
「……まさか」
ドンドンドンッ!!
副魔王が扉を蹴破る勢いで飛び込んでくる。
「魔王様! 勇者が起きました!」
「なぜ起こした!」
「いえ、あの……寝言で『まおう……』と」
嫌な沈黙。
廊下に飛び出したロゼは、光景を見て膝をついた。
城の中庭が、更地になっている。
瓦礫の中心で、勇者が涙目で拳を振り回していた。
「……魔王さんが、いない……」
その一言で、地面がひび割れた。
「泣くな! 泣くな勇者! ここにいる!」
魔王軍の精鋭たちが一斉に飛びかかる。
だが次の瞬間、全員が吹き飛ばされた。
「くっ……!」
ロゼは歯を食いしばり、魔力を練り上げる。
「仕方ない……最終手段だ!」
赤い魔力が渦を巻く。
「炎熱獄流魔界煉――」
ガッ。
「――っ!!」
舌を噛んだ。
必殺技は不発。
代わりに、魔王はその場にうずくまった。
勇者が、ぴたりと泣き止む。
「……いた」
ゆっくりと、ロゼに近づく勇者。
「いた……」
ぎゅっ。
勇者は、魔王のマントを掴んだ。
「……いなくなると、こわい」
その瞬間、魔王城全体の揺れが止まった。
副魔王が、そっと囁く。
「……魔王様。勇者、落ち着きました」
ロゼは、噛んだ舌の痛みをこらえながら、勇者の頭に手を置いた。
「……そうか。次からは、ちゃんとそばにいる」
勇者は小さく頷き、再び眠りに落ちた。
壊滅した中庭を見渡し、魔王は呟く。
「……減給で済めばいいがな」
そして小さく、こう付け加えた。
「――育児手当、申請できないだろうか」




