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第三話「俺と違う」

 ウスイさんが現れてから5日目。


 俺とウスイさんは今日も企業探しをしている。


 もちろん、現代の知識がないウスイさんのために、俺がパソコンを使って探す。

 俺が企業サイトを開いたり、知りたい事を調べてあげる。

 それをウスイさんがスクロールして見る。


 知識がなくても、ホイールボタンをくるくる回すぐらいは、教えたらずくにできた。

 他はまったくと言っていいほど、できなかったけど。



 俺はと言うと、スマホを使っている。

 画面が小さくても、不便さは全く感じない。


 今、俺が見ているのは、

 厚生労働省が運営している若者雇用促進総合サイト、というものだ。

 ウスイさんのために色々探してる時に見つけた。


 なんでも、若者を積極的に採用、育成する優良企業、ユースエール企業というらしい。

 それの一覧が乗ってる。

 ほとんどが中小企業だ。

 

 俺はこのユースエール認定された企業を何個か受けるつもりだ。

 なんの取り柄もない俺でも、就職できる可能性が高いかもしれない。


 だが、上手くいく気はあまりしない。

 なぜなら、いくつかの企業を見たことろ、去年の採用人数が6人前後と書いてあったからだ。

  普通の中小企業と採用人数があんま変わんない。

 中小企業なんだから、そんなもんなのは分かる、が、

 若者の採用に積極的って謳い文句なら50人ぐらい雇えってんだボケが! って思う。


 まあ、こうなってしまったのは俺に問題がある、ってのは少なからず理解しているつもりだ。

 今回も色々調べたり、探したりしたけど、

 興味あるものは見つからないし、

 自分のやりたいこともない。


 だから、その仕事とか企業に興味が無くても、良さそうな企業を片っ端から受ける状況になってしまう。

 俺の初めての就職活動もそんなんだった。

 結果はもちろん全部落ちた。



 世の中、本当にめんどくさいことばっかだ。



 働く気はある、けど、それだけじゃあダメらしい。


 なぜこの職種なのか。

 なぜウチの会社なのか。

 ウチの会社で何がしたいのか。

 

 そんなことを聞かれても、俺は分からない。


 ただ、何となくとしか言えない。

 今まで生きてきて、そんな深く考えたことねー。


 例えば中高の部活。

 俺は(たこ)部だった。

 隣町の河川敷に行って、自作の凧を揚げる。

 それを眺める、ただそれだけ。

 

 なぜこの部に入ったかなんて、今でも分かんねぇ。

 凧部じゃなきゃダメなのかと聞かれれば、そんなことはない。


 俺にとって就職ってのはそんなもんなんだ。

 何となく、直感でここにしようってなる。

 

 だから面接で色々聞かれた際、俺はできる限り調子のいいこと言った。

 要は嘘だ。

 自分は御社のこの事業に興味があり、なになにで貢献できるとか。そんなことを言った覚えがある。


 実際はスキルも知識も無いし、全く興味はなかったし、どうでもよかった。

 俺は働ければそれで良かった。

 けど、やっぱり熱意ってのが無かったのか、はたまた俺が無能なのを見抜かかれてたか、一次面接すら突破出来なかった。

 

 子供の頃は、サラリーマンって簡単になれると思っていた。

 けど、違った。

 アイツらは、こんな厳しい就職活動を勝ち抜いたエリートだったんだ。

 この先、電車のなかでスーツ着た奴を見かけても、絶対に目を合わせないようしよう。

 捻り潰されるかもしれない。


---


 夕方頃。


 俺はベッドの上で足を組み、仰向けでケロケロ軍曹、という漫画を読んでいた。

 地球侵略を企むカエルの話だ、その134巻のページをめくっている。


 しかし、先程から話が全然頭に入ってこない。

 ずっと進んでは戻ってを繰り返していた。


 なぜか。

 それは、少し頭をあげると視界に映るウスイさんの後ろ姿があるからだ。

 彼はずっとモニターとにらめっこしている。


 俺が昼頃に起きてから、少し企業調べて、ゲームして、飯を食って、漫画を読む今の今まで、ずっと。

 彼は真剣だ。


 それに比べて、俺は今日何をした?


 企業研究は1時間もしてない。

 ちょっと休憩しようと思ってゲームをしてから、まったく休憩から戻らずにいる。

 しかも、それが日に日に長くなっている。

 

 いたたまれない気持ちになる。

 でも、もうこれでいいやと思う自分がいる、しかもその割合が大きい。

 どうしようもねーな、俺。

 

 どうしようもねーから、

 さっさと諦めて、ケロケロ軍曹を読もう。

 そう思い、最後にもう一度だけチラっとウスイさんの方を見る。


 すると、さっきまでパソコンの前に座っていたウスイさんが居なくなっていた。

 そして、それとほぼ同時に真横から声がした。


「タイヨウ」

「おわっ、びっくりしたー」


 音もなく、ウスイさんが隣にいた。


「余は決めた」

「な、なにを?」

「ここで働こうと思う」


 そう言いながら、

 ウスイさんは左の人差し指でモニターを指した。

 その指先が描く見えない線を辿るように、俺の視線がゆっくりと動く。


 見えたのはデカデカと書かれた企業名だ。


「大日本帝国農園……」


 聞いた事ねーな。

 でもなんか、強そうな名前。


「どれどれ」


 俺はパソコンに軽く操作し、どんな会社パッと見た。


 ほーん、日本で1番多くの農地を持っていて、野菜から果物はもちろん、畜産もやっていて、医療の分野にも手を出している。

 その他も入れたら何個事業やってんのか分かんねーな。

 しかも、道具は自ら作るこだわりっぷり、農具なんて刀鍛冶に作らせてるっぽい。

 あとは……。


 「従業員数35,562人、子会社含めたら112,014人!? 大企業じゃねーか」


 こんな所にウスイさんは行きたいの?


「余とて10万の軍勢を率いたことは無い。

 これほどを率いるはどんな王道を歩んだ者か、ぜひ見てみたい」

「いや、そいつら軍じゃねーから、俺と同じ百姓だから。率いてるのも百姓で、王様じゃねーよ。例えウスイさんがぶちのめしても、王様にはなれなーよ?」

「案ずるな、戦う気はない。だが待て、10万を引き連れても百姓だと言うのか」

「社長つっても百姓よ、まあでも……貴族って言った方がウスイさんにはしっくりくるか?」

「そうか」


 どうやらしっくり来たらしく、ウスイさんは頷いた。


 しかし、どうしたものか。

 こんな大企業、とてもウスイさんが受かるとは思えねー。


 書類選考で無理だろ。

 なに書けるんだって話よ。

 ……なに書け……る……。


「あっ!!」


 忘れていた。

 俺としたことが、こんな単純なことも頭になかったなんて。

 言い訳をするならば、ウスイさんの存在が強烈すぎて、他の物事が頭からスッポリと抜けていた。


「ウスイさんの身分証がない!」


 てか、戸籍がない。

 これはとんでもない事だ。

 公的サービスが受けられないどころか、就職すらできないだろう。

 このままじゃ、ウスイさんはただの不審者だ。


「どうしたタイヨウ、いきなり大声を出して」

「ごめん、ウスイさん。

 忘れてたんだけど、その、働くには履歴書かエントリーシートってのに、住所とか、電話番号とか、学歴とか書かなくちゃいけないんだけど、

 ウスイさん、何1つ書ける箇所がない」

「……」


 ウスイさんは何も言わない。


 やばい。

 せっかく頼られてたのに、ウスイさんをガッカリさせてしまった。


 焦るな、焦るな、俺。

 えーと、えーと。

 バカ、俺が考えたところでなんも思い浮かばねーよ。

 こういう時こそのネット検索だ。


 ふう、どれどれ、

 まずは法務省に問い合わせろって書いてる。

 ダメに決まってんだろ。

 法務省に問い合わせたらウスイさんが連れてかれて2度と帰って来なさそう。そんな不安しかない。


 別の方法ないか?

 ほら、例えば、違法移民っているじゃん。

 アイツらって、どっかから身分証を用意して、なぜか普通に暮らしてるらしいじゃん。

 そんなニュースを見た気がする。

 あ、でも、ニュースになってるってことはバレて、強制送還されてんのかなー。


 くそ。

 調べたところでなんも分かん。

 どうすれば、どうすればいいんだ。


「落ち着けタイヨウ、そう頭を掻き毟るな」

「ウスイさん……ごめん、最初に言うべきことだった……」


 俺ってほんとダメだ。

 こんな大事なこと忘れてたなんて信じらんねぇ。


「そうか、なら今から何をすればいい」


 なのに、ウスイさんはこんな俺をまだ頼ってくれようとしている。

 その気持ちに応えたい。

 でも、でもーー。


「……分からない、本当にどうやって解決すればいいのか分からない」


 こんな歳になるのに、涙が込み上げてくる。

 俺はそれを必死に我慢する。


「そうか、タイヨウでも分からないとなると、やはり頼らざるを得ないだろう、タイヨウの母君と父君に」


 おふくろとオヤジに、このことを相談すんのか?

 ウスイさんの異世界転移に始まって、就職活動してるってとこまで、

 こんな突拍子もないことを、2人が信じられるのか?

 2人とも漫画とかアニメ全く見ないのに。

 

「ダメか?」

「ダメでは、ない。けど、2人が理解できるとは思えねぇ」

「それでもよい」

「な、なんで?」


 そう聞く、

 ウスイさんは左手を自分の顎に当てて、やや上を向いた。


「分からん……」

「分かんねぇのかよ」

「ああ、余は真似ているだけだ」

「どういうこと」


 今度は俯いて、

 彼は自分の足元を見つめながら言った。

 まるで自分に言い聞かせるみたいに。


「余には頭がキレる臣下がいる。

 そやつの策略どおりに動けば、余は出陣した(いくさ)すべてを征することができた。余にとって正しさを体現せし者だ。

 だが、そんな奴でも頭を悩ますことは幾度となくあった。そしてその都度、余の意見を求めてきた。

 わざわざ自分のより知性が劣る余の考えなど、知る必要ないと思うが、奴が聞くということは、きっと意味があったのだろう。

 ゆえに、相手が理解できるかはさておき、まずは相談するべきだろう」


 話を聞いて思った。

 ウスイさんがあまり現代の物事について尋ねてこないのは、その頭が良い臣下がいたせいなんだろうな。

 その人の言われたとおりに動けばいいって、

 言っちゃ悪いが、傀儡ってことだ。

 いや、でも、頼られてもいたみたいだから、そうでもないのかもしれない。


 しかし相談か、両親に相談するなんて、俺したことあったっけ。

 覚えてねーや、いつも何か問題が起きても、1人でどうにかしてきた。

 勉強ができなくても、

 運動ができなくも、

 いじめられた時でさえ、

 両親に話すことはなかった。


 それなのに、今さら相談なんて、なんか嫌だ。

 でも、俺じゃあウスイさんの問題を解決してやれない。

 

「……分かった。今晩、おふくろ達に話してみるよ……」

「ああ、そうしよう」



---


 

 その日の晩。

 俺とウスイさんは食後におふくろ達に全てを話した。


 結果は、

 思いのほか、本当に思いのほか、

 2人はすんなり信じてくれた。


 もちろん2人ともちすげぇ驚いていた。

 いや、おふくろはそんなに驚いてなかったかな。

 どうもウスイさんを初めて見た時から、ただ者じゃないって思ってたらしい。


 だが、ウスイさんの方も、

 おふくろのことを戦場に立ったことがある者と評していた。


 俺は訳が分からなくて、おふくろに問いただすと、なにやらアルバムを渡された。


 見ると、バイクに跨って木刀を握る女の人の写真が何枚もあった。

 茶髪の聖子ちゃんカットで、特攻服を着ている。


 俺はまさかと思い、おふくろと写真を何度も見比べた。

 その際、おふくろは照れ隠しのつもりか、俯きながら『えへへ、お母さん、昔ちょっとやんちゃしてて』なんて呟いていた。


 衝撃だった。

 おふくろが、ヤンキーだったなんて。


 だがこの直後、更なる衝撃が俺を襲った。


 それはヤンキーなおふくろと、一緒に写っている男の人写真だ。

 すぐに察しがついた。

 これはオヤジだ。


 今とは全然違う。

 学校の休み時間に、隅っこで寝たフリをしてそうな、

 俺以上にヒョロヒョロで、緊張した顔つきで写っていた。

 

 俺がその写真を見つけた時、オヤジは天井を見上げていた。

 いつも引き締まった顔つきだったのが、この時は口元が緩んでいるように見えた。


 俺は24年生きてきて、初めて両親を知った気がした。


 2人はラブコメみたいな展開を繰り広げていたんだ。

 ちくしょう! 羨ましい! 

 両親はラブコメしてて! ウスイさんは異世界転移してて! なんで俺だけなんもないんだ!

 彼女いない歴=年齢だし、

 頭悪いし、

 運動神経悪いし、

 就職できねぇし、

 ああああああああああああ!

 

 と、心の中で叫び散らかしたが、

 話を戻そう。


 おふくろ達に、戸籍の問題を話したところ、

 オヤジが解決できそうだと言った。


 どうするのか聞くと、養子縁組を使うと言われた。


 その手があった。

 俺じゃあ思いつかなかった。

 思いついても、親に相談出来なかった俺はスルーしてたかもしれない。


 まさか、両親が異世界転移を理解して、戸籍問題も解決しちまうとはな。

 俺が1人で考えていたら、ずっと部屋に閉じこもってた。

 すげぇな。


 もし、おふくろ達に相談していれば、

 ……就活が上手くいかなかった時も、上手く行ったのかなぁ。

 まだ、間に合うのかなぁ……。


「間に合うさ、きっと」

「えっ!」


 家族会議が終わり、

 俺が部屋に戻ろうとした時、すれ違いざまにウスイさんに言われた。

 ……いま、俺、口に出してたか!?


 確かめようと思ったが、ウスイさんはそのまま居間へと入って行った。

 これから、養子縁組の手続きのことで、オヤジと話すらしい。


 そこに割って入って確かめる勇気なんて、当然俺にはない。

 だから、口元を押さえながら、俺は自室のある2階へと続く階段を、ゆっくり上がるしかなかった。


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