第一話「誰だお前」
俺はもうダメだ。
今年で24歳、大学を出て2年が経つ。
なのにまだ手に職をつけられてない。
ニートだ。
実家だから食には困ってはいないけど、将来が不安で仕方ない。
だからか、たびたび2階にある自分の部屋の窓から、外を見下ろす、すると飛び降りたら楽になれるのかな、なんて思う時がある。
今だってそうだ。
2階から街灯に照らされてる通行人を眺めてた。
コイツら、仕事帰りなんだろうな。
朝から働いて、こんな時間に帰宅かぁ、ご苦労さまなこった。
自分がそんな風になるなんてちっとも想像できない。
そう思うと、自分はカスだなって思う。
でも、窓から飛び降りるなんてことはしない。
そんな勇気はない。
結局、なにもしないまま1日が終わっていく。
俺はくそだ。
……ああ嫌だ、嫌だ。
嫌なことを忘れるためにも、もう寝よう。
「はぁ」
俺はため息をつきながら窓を閉めた。
そしてベッドに向かおうと振り返る。
その瞬間、俺は恐怖した。
間違いなく24年生きてきた中で1番だ。
だって、知らない男が立っていたんだ。
薄暗い俺の部屋のど真ん中に。
しかも、身の丈ほどの槍を片手に持っていやがる。
え、なに?
どゆこと。
泥棒? 殺人鬼?
思わず腰を抜かして、壁に背を預けたまま尻もちをつく。口は空いてるのにかすれた息の音だけで、言葉が発せない。身体が思うように動かない。
ただただ、槍を持った男を見上げることしかできない。
そんな中、男は俺の存在に気がついたようで、こちらをじっと見た。
「……ここはどこだ」
そいつは言葉を発した。
そりゃ人だから喋るか、だが言った言葉の意味が分からない。
まるで急に連れてこられました、みたいな反応だ。
すると、男は俺の方にゆっくり歩みを寄ってきた。
「貴様に聞いている」
俺は見下ろされたまま、喉元に槍を突きつけられた。
「え、あ、東京都板橋区11丁目1-1」
さっきまで声が出なかったのに、咄嗟に声が出た。
でもちょっと早口だったかもしれない。
聞き取れなかったのか、目の前の男は少し眉をひそめた。
「聞いた事がないな」
なわけあるかよ!
東京都ぐらいはあるだろ!
くそ、ふざけてんのか?
それとも、こんな日本語が流暢なのに外人か?
見た目は日本人にしか見えない。
「貴様、名はなんと言う?」
今度は俺の名前?
そんなの聞いてどうすんだよ。
でも答えるしかない。
いつ喉元の槍が動くか分からないから。
「お、俺は板橋 太陽……」
そう言うと、この男はまたもや眉をひそめた。
「聞きなれない名だな」
苗字も名前も珍しくないのに、何を言っているんだ。
いや、それよりもこっちだって聞きたいことがある。
「お前こそ、誰なんだよ、どうやって家の中に入って来たんだよ」
震えた声を隠せずに聞く。
そしたら、男は俺の喉元に突きつけていた槍を戻した。
「余はウスイ。ウルスを治めし15代目の王だ。
どうやって家の中に入ったかは分からない、なにせ余は先程まで戦場にいたのだ。身に覚えがない、言うなれば、気がついたらここにいた」
俺はすぐに両手の甲を見た。
赤い紋章は浮かび上がってない。
どこぞの聖杯をめぐる戦いに巻き込まれた訳ではないらしい。
だが、明らかに普通じゃないこの状況に、将来の不安は消えはしないけど、心が躍った。
---
俺の部屋に突然現れた男、ウスイ。
彼が現れてから20分が経った。
その間、俺はずっと彼に説明していた。
「ウスイさんは転移したんだって! 異世界転移ってやつ? 本当にあるとは思わなかったけど、そうとしか考えられない!」
だが、勉強机の前にある椅子に座らせたウスイは、頬杖をつきながらまたも俺にこう言った。
「もう一度説明してくれ、ここはウルスから近いのか?」
既に部屋の電気はつけているから、彼の顔はハッキリと分かる。
全然理解してない顔だ。
「だから! この世界にウルスなんて国はないの!
ここは日本! 大和でジャパーンなんだよ!」
何回言ったら分かるんだよ、まったく。
……いや、無理もないか。
多分、まだ電子機器とかない時代の人間なんだろう。
槍で戦に出てたって言ってたし、異世界転移なんて分かるわけもないか。
「ともかく、ウスイさんがどうやってここに来たのか分からない以上、ウスイさんが元いた場所にはすぐには帰れないよ。俺も分かんないし」
今までだったら間髪を入れずまた説明してくれって言われてたけど、今回は何も言ってこなかった。
彼は瞼を閉じ、鼻で大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。
「……そうか、余は帰れないのか」
そう呟きながら、瞼を上げたウスイさんの瞳には、一切の揺らぎはなかった。
なんと冷静で落ち着いてることか。
俺なんか、面接で質問されたらすぐ緊張しちゃってうまく喋れないのに、異世界にいきなり転移なんかしたら俺はどうなっちゃうんだろう。
と、そんな時だった。
トントントンーー。
扉をノックする音がした。
「や、やべぇ、おふくろだ」
「まずいのか?」
「あ、ああ、見られたらやべぇよ」
家に入れた覚えがない知らないヤツが息子の部屋にいるんだ。
大問題だ。
「せめて、玄関から訪ねてきたら友人だって誤魔化せるけど……ともかく隠れてくれ!」
「……心得た」
ウスイさんが隠れられるよう、
できる限りゆっくりと部屋の扉に近づく、しかし、遅すぎてもなにか怪しまれるかもしれない。
…………もう限界だ。開けるぞ、頼むから上手く隠れていてくれ!
「はーい、なに?」
扉を顔が見れるぐらいだけの隙間にする。
その隙間から見えたのはやっぱりおふくろだった。
しかし、ここで向こう側からグイっと引っ張られ、ドアを全開にされた。
「タイちゃん、誰と話してるの?」
「だ、誰とも話してねぇよ」
「あら、そう? ……ってなによあれ?」
「え?」
振り返ると、勉強机に槍が立て掛けられていた。
剥き出しの刃がギラギラと存在感を示している。
くそ、槍も隠せよ!
「あ、ああ、あれね……ネットで買ったんだ……」
「そう……それはいいけど、お父さんに無駄使いだって怒られるんじゃない?」
「……大丈夫だよ、おやじ部屋には入って来ねぇし」
「そう、ね」
「もう用ないなら閉めるよ?」
「ああ、ちょっと、アンタまた窓開けっ放しにしてるけど、まだ3月だから夜は冷えるわよ?」
「はいはい、ちゃんと閉めるよ」
そうは言ったものの、俺は思わず振り返った。
あれ、俺、窓閉めたよな、なんで開いてんだ?
と、そこで、
ドンドンドンーーっと扉をノックする音が家に響いた。
それは1階からだ。
ノックっていうより、叩いてる音だ。
「あら、こんな時間に誰かしら、お父さんは今夜飲み会があるって言ってたから、違うでしょう? それとも酔っ払って先に切り上げたのかしらね」
「……」
まさか、ウスイさん?
俺の部屋の窓が空いてたこと。
隠れろっていう前に、玄関から訪ねてきたらってことを口にしていたこと。
それを加味してもまさかだろ、だってここ2階だぞ。
そんな躊躇なく飛び降りられる高さじゃない。
でも、異世界の人ならいけるのか?
俺は玄関に向かうおふくろについて行くことにした。
おふくろはドアの覗き穴に顔を近づけた。
そして数秒後、扉を開けた。
一体誰なんだ?
もしおやじだったら直ぐに2階に上がろう。
そう思い、壁から顔半分で見る。
「どちら様ですか?」
おふくろがそう問いかけた者は……ウスイさんだ!
本当にあの人、2階から飛び降りたんだ。
痛くないのかな。
って、そんなこと思ってる場合じゃない!
急いで俺は駆け寄った。
「おふくろ! その人、俺の大学ん時の友達だよ、ウスイって言うんだ」
俺はウスイさんにどうにか話を合わせてもらうおうと、懸命に片方の瞼をパチパチさせた。
そしたら、ウスイさんは分かってくれたのか頷いた。
「余はウスイと申す。此度は旧友のイタバシ タイヨウ殿に私用があって馳せ参じた」
「は、はぁ、初めまして太陽の母です」
や、やべぇ、おふくろが困惑してる。
ウスイさん、なんでそんな古くさい言葉遣いなんだよ。
俺の部屋で喋ってた時はそんなんじゃなかったのに。
「せっかく来たんだし、上がってけよ、いいだろ? おふくろ」
「え、ええ、ああでも、真夜中だから静かにね」
「ああ分かってるって」
俺はウスイさんを連れてそそくさと、2階の俺の部屋へと向かった。
その際、おふくろが訝しげにウスイさんの後ろ姿を見ていた。
それもそうだろう、彼の服装はおかしい。
俺は異世界から来たって知ってるから気にならないけど、ゲームに出てくる冒険者みたいな格好だ。
靴は何の変哲もないブーツだけど、
革の鎧? それと左腕だけ硬そうな手甲を身につけている。
コスプレとか思われてんだろうな。
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部屋に戻ってきて、俺がまずやったことは片付けだ。
散らかったペットボトルやお菓子の袋をゴミ箱に次々に入れていく。
そして床を掃いて、最後に濡らした雑巾で拭く。
ウスイさんが転移した際、彼はもちろん靴を履いていたから、床に足跡と土がついていた。
それを綺麗にする。
「……よし、終わった」
久々に身体を動かした気がする。
もう既に若干脇下の筋肉が痛い。
筋肉痛だ。
「手間をかけさせてすまんな、イタバシ タイヨウ」
ウスイさんが、ベッドの上に座りながらそう言った。
俺が掃除してるあいだ、彼はずっと俺のことを見ていた。
異世界からやってきたってのに、まったく部屋の中をキョロキョロするそぶりがない。
知らないものだらけだろうに、気になったりしねーのかな。
「別にいいけど、てかなんでいちいちフルネームで俺の事呼ぶんだ?」
「ふる、ねーむ? 呼び方なら、貴様がそう名乗ったからではないか」
「ああそう、んじゃ、俺のことは太陽でいいよ」
「そうか、ではタイヨウと呼ばせてもらおう」
「おお」
なんか、堅苦しい人なのかなって思ったけど、思ったより接しやすいな。
ニコリとも笑わないけど。
「な、なぁところでさ、ウスイさんがいた所ってどんな所?」
「?」
「こう、なんか魔法とか使えたりするの?」
「魔法?」
「例えば、手から炎だしたり、水を出したりとかさ」
「できる者はいる、炎も水も」
「すげぇ! じゃあウスイさんも出来んの?」
「余はできん」
「あ、そうなんだ……」
みんなが魔法使える訳じゃないのか。
まぁ、王様なんだっけ?
王様は政治家みたいなもんだから、そんな魔法とか使えなくてもいいし、強くなくてもいいわけだしな。
それに、ウスイさん、見た目からしてあまり強くなさそう。
服の上からだから正確じゃねーけど、運動を全くしてない俺と、あんまり筋肉量が変わらないように見える。
背も先程並んで歩いた感じ、俺よりも少し低い。
俺が170だから、多分167、168とか?
現代の日本人からしてみれば、身長が低いって言われる部類だ。
「タイヨウ、余からも質問がある」
「な、なに?」
「余はこの世で生きていくために、まずはなにをすればいい」
「え? んなこと言われても俺だって分かんねぇよ……んん、でもそうだな、まずは……職じゃねーか? 働かねーと飯も食えないし」
「そうか、分かった」
「え、分かったって」
なんでそんなに冷静でいられるんだ。
こいつの一挙手一投足でいちいち動揺する俺、まじで情けない。
「では、ここで働けるのか?」
「お、俺ん家は無理だな」
「ふん、そうか、ならタイヨウと同じところで働くとしよう。タイヨウはどこに奉公しているのだ」
「……俺はまだ……就活中っつーか、探してるっつーか、だからまだ働いてない……」
「……なぜ生きている」
お、おおっ。
ネットとかでニートって書き込んだらボロクソ言われるのを見たことあるけど、まさか面と向かって言われるとは思わなかった。
すげぇ、心にくるものがある。
一言言われただけで涙が出そうだ、辛い。
「働かないと飯にありつけないのではなかったのか? それとも貴様は飲まず食わずでも生きていける人なのか?」
ああ、そういう意味だったのか。
普通に悪口言われたのかと思ったぜ。
「わりぃ、説明不足だった、俺は実家暮らしだから、親が食事を用意してくれるんだ」
「そういうことか」
納得したウスイさんは首を回し、窓の方を見た。
目線から察するに空を見ている。
東京の夜空なんて星1つ見えやしないだろうに。
いや、夜空が見たい訳じゃあるまい、元いた世界のことを思い出してるんだろう。
やっぱり元の世界に戻りたいのかな。
俺はこんな世界とはおさらばしてーよ。




