第1話「焦がす日常、揺れる風の予感」
その日もまた、エル・ノクスは爆発音とともに教室の天井を焦がしていた。
「っつー! あっついあっつい! 水理術! いや、違っ……!」
指先からほとばしった火球弾は軌道を外れ、天井にぶつかった瞬間に小爆発を起こした。巻き込まれたエルは髪の先を焦がしながら、ぱたぱたと手で頭を叩いている。
「……またやったわね、エル」
呆れたような声とともに、リリカ・スノウが静かに手をかざす。
指先から紡がれた水理術、水盾は、まるで薄氷を思わせるほどに繊細で澄んでいた。
透き通る水の膜が空中にふわりと広がり、わずかな熱気と焦げた匂いを、雪が包み込むように優しく洗い流していく。
その理術は、まるで彼女自身のようだった——静かで、柔らかくて、でも確かな力を持っていた。
「今回は結構うまくいくと思ったのに……」
エルは半分焼けた理術ノートを見て、しょんぼりとうなだれる。周囲のクラスメイトたちは驚きと半笑いを浮かべながらも、もう慣れた様子で騒動を受け流していた。
「出力はすごいのに、なんでそこまで制御が下手なのよ……」
リリカはため息をつきつつ、エルの焦げた髪先に手を伸ばす。つまんだその指先で、焦げたホコリを払い、すすをそっと指で拭う。指先でやさしく髪をとかすようになでたあと、最後にリボンの結び目を整えた。
「……はい、元通り。ほんとにもう、油断しすぎ」
「うぅ……ありがと、リリカ……」
その様子を見ていた前の席の男子が、肩をすくめて笑う。
「はいはい、いつものリリカのメンテナンスタイム入りました〜」
「うるさい」
「すみません」
教室に笑いが広がる。そんな日常。
でも、理術って、ほんっと難しい。
火、水、雷――いわゆる三理術は、移民後にこの惑星の遺跡で見つかった古代の記憶から発見されたものだって言われてる。
最初に火の理術が解明されて、そのあと水と雷。どれも人間が記憶の中から引き出した力で、訓練すれば誰でもある程度は使えるようになる。……はずなんだけど。
出力だけは高い私には、それがうまく扱えない。
制御が苦手で、気を抜くとすぐ暴発する。だから今日みたいにノートを焦がすのは、もう日常茶飯事。
どうしてこうなっちゃったんだろうって、時々思うけど、答えは出ない。
それでも、理術にはあこがれがある。
きっと、あの記憶の中には――まだ誰も知らない“何か”がある。私にだって、それを見つけるチャンスがあるかもしれない。
* * *
放課後、ふたりは一緒に校門を出た。道端の白い花が風に揺れ、遠くには雪のかかった山々が連なっている。これが、アイスバーグ。寒冷で清らかな国。移民船No.5の末裔たちが築いた、白バラの名を冠する地。
理術の制度も早くから整えられ、今では義務教育の後半から理術の授業が行われるのが普通だ。
「ねえリリカ、先生にまた補習って言われたんだけど……今月、もう三回目だよ?」
「それ、数えるの諦めた方が気が楽よ」
エルの嘆きに、リリカは微笑んで答える。
「理術の出力はすごいんだから、もうちょっと制御に集中すればいいのに」
「うう……それができたら苦労しないよ〜」
「明日も実習で遺跡に行くんだし、そこで爆発だけはやめてね」
「うっ……それ先に言う……?」
理術学区が管理する遺跡群——通称“訓練ダンジョン”。実戦に近い環境で理術の応用を学べる場所だ。明日の授業はその現地演習になる予定だった。
「楽しみだけど、緊張するかも……ほら、私また何かやらかしそうで」
「その時は、私がちゃんと止めるから。エルは、力の出し方じゃなくて、信じ方を練習するの」
「……へへ、リリカがいれば安心」
「でしょ?」
白いバラの国で育った、ふたりの少女の小さな帰り道。
その空には、まだ風も、記憶も、理も——何も兆してはいなかった。
* * *
その頃、訓練ダンジョンの最奥——立入制限区域のさらに奥深く。
ひとりの影が、ゆっくりと目を覚ます。
それは人ではなかった。異形の身体に、理術の気配を帯びた脈動。
そして、ふらりと伸ばした爪が、朽ちた制御盤の赤いスイッチに触れる。
カチリ、と微かな音。
続けて、遺跡の床が、ごくわずかに、だが確かに揺れた。
今日あと2話更新したいと思ってます