表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

First Kiss Under Rose

作者: 水縒あわし


夕暮れ時、古い特別棟の廊下にはもう人影はなかった。


しんと静まり返った美術室に、ユウとアキラはいた。


美術部で、キャンバスに向かうお互いの背中を眺めているうちに、言葉は少なくても分かり合えるものを感じ取るようになった。


イーゼルの傍らで筆を洗う音が重なったり、絵具ひとつを分け合ったり。

最初はそんな些細なことから、いつの間にか、放課後を一緒に過ごすことが当たり前になっていた。


今日の空気は、チューブから絞り出した原色のように重く、でも、どこか鮮やかな予感に満ちていた。



窓の外の空の色が、赤紫に深く沈んでいく。


静寂の中で、描きかけの風景画だけが壁に寄りかかっている。

自分の心臓の音が、こんなに近く、大きく響いているのかと思うほど響く。


アキラの、絵の具の掠かな匂いがする指先が、開いたスケッチブックの真っ白なページを静かに撫でているのが見える。

視線が合うと、どちらともなく熱を帯びて。窓辺には、誰かが残していった一輪の深紅の薔薇が、夕陽の最後に照らされていた。


「…ねぇ…」

ユウの声が、ほんの少し掠れて震えている。


アキラは何も言わず、小さく頷いた。

その視線には、少しの不安と、抗いがたい引力が宿っていた。


先に動いたのは、アキラだった。

震える長い指が、ユウのブレザーのボタンの一番下へ、迷うように触れる。

それは、これからの事を確かめるような、でももう引き戻せないような仕草だった。


ユウは息を飲むことも忘れ、ただアキラを見つめることしかできなかった。



ゆっくりと、キャンバスの風景がぼやけていくように、顔が近づいていく。


初めて触れる、ほんの少し冷たい肌。

初めて感じる、戸惑いつつも期待を含んだアキラの呼吸。


そっと唇が触れ合った瞬間、美術室の静寂が遠くなった。


ぎこちなくて、でも、肌が触れ合うたびに熱を帯びて。

微かな甘い香りが、窓辺の薔薇からか、それとも二人の間に生まれた熱からか、ふわりと漂ってきた気がした。



キスが深まるにつれて、身体が引き寄せられる。

触れ合う場所から、体温だけでなく、お互いの心の熱まで伝わってくるようだった。


制服を脱がせる手つきは、お互いに慣れていない。

ボタンを外す指先がもたつき、少しばかりの照れが混じる。


布越しには分からない相手の輪郭が、服を脱がしていくたびに現れる。


初めて見る、触れる、肌。


その全てに対する緊張と、禁じられたものを発見するようなゾクゾクとした興奮。


足元に落ちたブレザーやシャツが、二人の間に小さな闇を作った。


肌が現れるたびに、息をのむ。


白い鎖骨のライン、肩の滑らかな丸み、そして、夕暮れの翳りの中でも分かる、背中のなだらかな曲線。


震える触れる指先が、首筋から祈るようにゆっくりと滑っていく。


背骨のひとつひとつの窪みをなぞり、細くなった腰のあたりに触れる。


その敏感さに、思わず指先を少しだけ早く動かしてしまう。

アキラの手も、探るように、遠慮がちにユウの少し硬い肌や、起伏のある場所に触れるていく。

互いの体温が、触れ合う場所から、じんわりと心の奥まで染み込んでいくようだった。



脱いだ服を無造作に拡げて敷き、その上に二人は横たわった。

床は冷たかったけれど、剥き出しの肌同士が触れ合い、冷たさがじんわりと和らぐ。


身体が重なり合った瞬間、生まれて初めての世界の重みを知ったようだった。

その重みは、ユウにとって抗いがたい甘さを持っていた。


肌の感触を確かめるように、身体を寄せる。


熱を帯びた視線が絡み合い、言葉ではなく、次に触れる場所を確かめ合う。

ゆっくりと、アキラの指先が、ユウの体の奥深く、隠された、閉ざされた一番柔らかい場所へと導かれていく。


そこは初めて触れる場所で、指先に触れる肌は驚くほど繊細で、少しの熱と湿り気を帯びていた。まるで、開かれるのを待っていたかのような場所。


指が触れるたび、ユウの体が否応なくピクッと震えるのがわかる。

ためらいと同時に、急速に熱を持ち始めていくのが分かった。


アキラの指先が、優しく、問いかけるように、けれどしっかりと、探る。

ゆっくりと、たっぷりと、時間をかけて。


肌が吸い付くような、ねっとりとした湿潤な感触が指にまとわりつく。


内側から、堰き止められていた熱が、じんわりと広がって、全身を巡り始める。

緊張で硬く閉ざされていた場所が、アキラの優しい指の動きに合わせて、少しずつ、抵抗を止め、花が開くように柔らかくなっていくのを感じる。


呼吸が乱れ、喉の奥から小さな、でも熱のこもった溜息が漏れる。

それは痛みではなく、新しい感覚への戸惑いと、それが引き起こす未知の快感への期待。


ねっとりとした感触がだんだんと増し、指はもっと深くへ、時間をかけてほぐしていく。


内側から、波打つような反応が返ってくる。

アキラの指先が触れた軌跡に、火照りがまとわりついてくるのを感じる。


心と体が解けていくように、受け入れる準備がゆっくりと、深く進んでいく。


アキラの指の動きに合わせて、ユウの身体が敏感に微かに揺れる。

心臓がどくどくと早く打つ。

その場所が、熱を帯びた何かを、自分の一部として受け入れてくれるように、柔らかく、ねっとりと応えてくるのを感じた。

指先から伝わる深淵の熱が、股間だけでなく、全身に広がっていき、頭の中が少しずつ白くなっていくようだった。



そして、十分すぎるほどに融かされた場所へ、熱を帯びた存在が、ゆっくりと、震えるように近づいて内側に入ろうとする。


初めての、どうしようもない異物感に、体が強く強張る。

想像を超えた痛みと、それを受け入れることへの、言いようのない緊張。

アキラもまた、ユウの反応に立ち止まりそうになりながら、こちらの顔色を探る。


「…っ…ぃっ…」

小さく息を飲んだような声が漏れる。

それは痛みなのか、驚きなのか、まだ自分でも分からなかった。


アキラの動きが止まる。


顔を上げると、すぐそこに、不安を映し出しながらも、それ以上に強く決意を宿した目が潤んで自分を見つめていた。


ゆっくりと、本当にゆっくりと。


少しだけの痛みを乗り越えて、熱を持った存在が、境界線を超えてくる。


初めての肉体の繋がり。


内側を満たされる感覚。


身体の奥の奥が、抗いがたい熱を持っていく。


アキラの中に自分が深く存在している、内側で触れ合っている、その感覚に、ユウの全身が痺れるようだった。


アキラもまた、ユウの内側の熱と、自分を受け入れたその事実に、全身が痺れ、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。


最初の動きはぎこちなかった。


互いの存在を、内側で、表面で、全てで確認するように優しい触れ合いから。


皮膚が擦れる微かな音、混じり合う熱い呼吸。

この世の全てから取り残されたような静寂の中で、その音だけが響く。


羞恥と本能の間で、必死に声を抑えようと唇を噛み締める。

だが、一度乱れた呼吸から、漏れそうになる熱い吐息を完全に止めることはできない。


肺を満たす空気が少なくなっても、唇を開きたくない。


しかし、身体が正直に反応する。少し慣れてくると、動きは大きくなり、深くなっていく。


腰が揺れるたびに、粘膜と粘膜がねっとりと絡み合い、湿った音が響き、そして内側が強く深く刺激される。


生まれて初めて感じる種類の快感に、小さく、漏れ出そうな声が喉でせき止められる。

苦しくも甘い、その抵抗の音が、アキラの理性をさらに揺さぶった。


視線が絡み合う。


言葉など、この瞬間には存在しない。


ただ、今、熱く、深く、内側で一つになっているという事実だけが、全てだった。

肌と肌が汗で濡れ、滑らかになっていく。


身体が熱い。

呼吸が荒くなる。

額には汗が滲んで、髪が肌に張り付く。


「…ぅ、ん…ぁ…っ…は…っ…」

必死に抑え込もうとしたのに、小さな、でも切羽詰まったような誘うような喘ぎ声が、遂に震えながら漏れ出す。


「やっ…ぁ…そこ…っ…」それは、懇願とも、苦痛とも、あるいは快感の逃避ともつかない、混じり合った切ない音だった。



その声を聞いた瞬間、アキラの意識は飛んだ。



全身に荒々しい力が制御なく漲るのを感じていた。


初めての衝動が、動物のように、いや熱に灼かれたように身体を激しく突き動かす。


動きは激しくなり、身体がぶつかる音が響く。


感じる快感は波のように押し寄せ、それ以上の波で押し返される。

美術室の壁も、天井も歪むように熱を帯びていく。


瞼の裏に、あの薔薇の鮮やかな赤が、今描いている絵具のように、ぐちゃぐちゃになりながら浮かんでは消えるようだった。


内側に突き立てられる棘のような痛みがありながらも、その中心には、この世の全てと引き換えにしても惜しくないほどの、初めて知る上ない陶酔が待っていた。


熱を帯びた身体の内側から、巨大な波のような感覚が押し寄せる。


身体が小刻みに震え、弓なりに反る。

声にならない、苦しくも甘い、絞り出すような音が漏れた。


アキラもまた、内側から全身を突き上げるような熱と快感に襲われる。

呼吸も忘れて、全てを出し切るような、初めての、強い、強い解放感。


意識が遠くなりかけた。


終わった後、二人はしばらく、ただ荒い息遣いを繰り返しながら重なり合っていた。

心音だけがドクンドクンと共鳴するように響く。

身体は熱く、内側が痺れていた。


初めての場所、初めての経験に、まだ戸惑いと興奮が残っていた。


ユウが震える手で、そっとアキラを腕の中に抱きしめる。


アキラもまた、力なく、でも求められていることを確認するかのように、ユウの背中に手を回した。


互いの高すぎる体温が、重なり合った場所から、じわりと血行が悪くなるほど強く伝わってきて、妙に心を落ち着かせる。


皮膚が吸い付くようなねっとりとした湿気が、二人の間の皮膚の上に乗っていた。


窓辺で翳りに色濃くなった薔薇が、動かない壁を背に行儀良く立っていた。


棘があっても、触れてみなければ分からない痛みと、その先にある美しい世界の入り口があることを、知ったような気がした。


キャンバスの上に置かれた絵具も、少しだけ鮮やかに見える。


二人の間に流れる空気は、もう以前とは違う。


初めての、誰にも言えない秘密。


初めての、肉体の共有。


剥き出しになったのは身体だけでなく、隠しきれなかった互いの熱と憧憬だった。


それは、この美術室という空間の、この限られた時間の中に閉じ込められた、特別な出来事だった。



美術室の扉を開けて外に出る頃には、空はすっかり暗くなっていたけれど、心の中には、あの薔薇の赤のような、燃えるような、忘れられない新しい色が一つ、確かに灯っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ