第5話 やっぱりクズだね、向井くん
「と思っていた時期もありました」
「授業中よ、向井くん」
「ハイ……」
話しかけないようにしたのも束の間、俺は柊さんに教科書を見せてもらう為に、机をくっつけていた。
もちろん俺は、先生に教科書を貸してもらえないか駄々を捏ねに捏ねたのだ。しかし、答えはNO。
席を変えてもらうことも考えたが、流石に先生に迷惑がかかりすぎるのでそれはやめた。
しょうがなしに柊さんを一瞥すると、朝見たあのむくれ顔をしていた。
「そんなに嫌わなくてもいいんじゃないかしら?」
「そんなことないよ」
「向井くん、そっちは壁よ」
俺ははぁとため息を吐く。
見れば周りの男子から、羨望の目で見られていた。
代われるものなら代わって欲しい。おしるこあげるから。
しょうがなしに、机を近づける。
「……それは近づけたとは言わないわね」
「これが最大の善処だよ、柊さん。 ほら、あとは紙芝居みたいに教科書立ててくれば俺は見えるから」
「頭のてっぺんから、足の先までクズで安心するわ、向井くん」
このまま順調に嫌ってくれ!……そう思っていると、周りから「今なんかクズって……」「あの柊さんが?」「聞き間違いかな?」とか聞こえてきた。これはまずい。
慌てて俺は、机と机を合わせる。
「やっと合体できたわね」
「小声で変なこと言うのやめてくれる?」
こんなやり取りの末────今である。
隣にいる柊さんに悟られぬようにしているが、服の下は汗でびちゃびちゃである。体も触れぬようになるべく壁側に腰掛けていた。
すると、柊さんは自分のノートの一部分をトントンする。
そこには「あなたの趣味は?」と書かれていた。字も綺麗なんですね、柊さん……もはや字すらも怖く見えてきている自分が怖いよ。
ただ、返事をするのは面倒だったので俺は気づかぬフリをして、先生の板書を写す。
「……クズね」
彼女が再びそう呟くと、近くの生徒たちがまたざわざわとし始める。やりやがったな……!
俺は急いで自分のノートに「特になし!クズって言うのやめて!」と書くと、彼女は満足そうにニコリと笑うと、またノートをトントンする。
「苦手なものは?」かぁ……。
少し悩んだ末に「柊さん」と書いた。
すると「苦手な」の部分を「好きな」と書き換える、柊さん。それはレギュレーション違反では?
俺も負けじと「以外」と付け加えると、柊さんはまた例のむくれ顔になった。そのむくらぎさんやめなさい。
またトントンとしてくる。
「私の一番好きな身体のパーツは?」
えぇ、さっきからなぜこんな質問を……?
柊さんをチラと見ると、なんかソワソワしていた。
しょうがない、素直に書くか。
「全部」と書くと、柊さんの顔は満面の笑顔になった。なんか、ものすごい熱っぽい顔でこちらを見てくる。
そして、俺は続けて「苦手」と書いた。
すると、突如彼女の目からハイライトが消え、カバンをゴソゴソしたかと思うと、中から何かを取り出しゴトンと机に置いた……鉄やすり……?何故……?
すると一言────「あなたを削るわ」
瞬間、俺は総毛立った。怖い、怖すぎる。
何が怖いってどこを削られるかわからないのが怖い。むくらぎさんくらいで済むと思った俺がバカだった。
俺は慌てて「全部苦手」の文字を消すと「ふともも」と書いた。美人な顔を見なくていいからね……我ながら最低発言である。
すると柊さんは、突如背筋を伸ばしたかと思うと、スカートの裾をつかんでぴらぴらと上下させる。こらこらこら、俺が悪いやつだったらガン見してるぞ。
しょうがなし、ノートに「自分の身体は大事にしてくれ」と書くと、彼女は急におとなしくなった。
あまりに急な態度の変わり方にしばらく不思議に思っていると、授業の終わりを告げるチャイムがなる。
俺は机を戻し彼女を一瞥すると、ぎゅっとスカートの裾を握りしめていた。
その後、柊さんがクラスメイトの女の子に机の上の鉄やすりの理由についてあれこれ聞かれていたのは言うまでもない。