第3話 論理的にも不可
やぁ、どうも皆さん、僕です。
なにをしているのかって?そんな野暮な事を聞かないでほしい。
……そうだよ、絶賛迷子中だよ。
最近はもはや名人芸の域に達しているのではと思うくらいさ。褒めてくれてもいいんだよ?……はぁ。
俺は普段、初めて歩く道はランドマークのような物を覚えておき、それを目印に元居た場所へ帰るようにしている。
しかし今回は、中原先生がプレゼントとやらをちらつかせて俺をウキウキにさせた結果、何一つ目印になるものを見ずに通り抜けてしまった。
なので、今のこの状況、全て先生が悪いと思うのであります。はい。
今度、逆に俺の方から反省文持っていってみるかな、般若のような顔で破り捨てられそうだけど。
仕方がないので、教室番号の書かれた札を頼りに校舎を一通り見回ることになった。ちょっとだけ探検みたいで楽しかったのは内緒だ。
途中、上にある札を見てばかりいたせいで、何もないところですっ転びプリントをぶちまけてしまった。決して……決して、探検気分が楽しかったわけではない。
瞬間、寒気がした。
誰か──中原先生に鋭い眼光で見られているような気がして、慌てて集め直して急いでその場を去る。
見られていたのは気のせいであって欲しいと強く思った。
そうして、そこからたっぷり30分ほどの時間をかけて2-Aの教室に戻ってきて、今に至る。
伸びをやめ、席を立つ。
教卓にプリントをそっと置いたのだが、不運にも制服の袖が引っ掛かり1番上のプリントがひらりと落ちてしまった。
「あらあら、あらら……」
プリントを拾い上げようと顔を下に向けたその時、カラカラカラとゆっくり教室の後ろの戸が開かれる。
「あれ、もしかして中原先生また何か用……?」
「…………?」
先生だと思い顔を上げたのだが、知らない子が立っていた。
要領を得ない顔で小首を傾げている。
そのポーズすらも様になっているとんでもない美人な子がそこにいた……美人……美人……美人!?
「び、び、びびび……」
「び……?」
「美人だああああああああ!!」
「……そうだけど……?」
俺が大声を上げ、少し目を丸くするも美人と言われ慣れているのか、それをすんなり認める女の子。しかし、それを俺は微塵もおかしいと思わない。それほど圧倒的な美の権化がそこにいた。
思わず見惚れてしまうほどの緑の黒髪。
目鼻立ちが整っているのはさることながら、まつ毛は長くピンと上を向き、唇は瑞々しくプルプルとしている。
しかも、制服でもわかるくらい脚も長けりゃ腰は細く胸も豊満。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるというやつだ。
しかも、声まで美しい。
彼女が口を開けば皆が振り向くような、鈴を転がすようなその声に、俺は─────
俺は恐怖していた。
というより、その美貌全てに恐怖していた。
足はガクガクと震え、発汗が止まらない。
視界がぐにゃりと歪む。
うぅ、誰か、助けて……俺は、俺は……。
『《《美人恐怖症》》』なんだよおおおおおおお!!
どうにか踏ん張って立っているが、限界は近い。
滝のような冷や汗をダラダラと流し、口をぱくぱくとさせていると美人様がこちらにゆっくりと歩いてくる。なぜっ?!
落ち着け……落ち着いて乱数?をかぞえるんだ……。
「見ない顔だけど、もしかして先生が仰っていた転校生かしら?」
「は、はひ、おそらく、そうでふ」
「なるほど。 初めまして。 私は柊 芽衣よ。 あなたのお名前はなんと言うのかしら?」
抑揚のない声で淡々とそういいながらどんどんと歩を進めてくる美人様こと柊さん。お名前も美人ですねハハハ……怖い。
完全に眼前に来てしまったことで柊さんから、フローラルないい香りが漂ってくる……いかん、卒倒しそう。恐怖で。
そして、俺が恐怖で意識を天国に飛ばしそうになっていると、彼女は何故かこちらに手を伸ばしてきた。
「あら、あなた髪にゴミがついて「やだあああああ、近づかないでえええええええ生理的にも理論的にも無理いいいいいい」……え?」
これ以上の恐怖に耐えられなくなった俺は、遂に発狂した。
同時に俺は、最後の力を振り絞って彼女の傍を全力ダッシュ。
そのまま、自分の机までフルスピードで駆け抜け、通学カバンを回収して教室を出る。
柊さんはその間も何か言っていた気がしたのだが、聞き取れなかったし、聞く気もさらさらなかった。
というより、そんな余裕はそもそも皆無。
そのまま爆速で駐輪場に到着するやいなや自転車にまたがって気づけば俺は帰宅していた。
採点機能があれば、100点満点の方向音痴なのにどうやって家に着いたかはわからない。
もしかしたら生に対する防衛本能かもしれない……そんなことはどうでもよいのだ。なんだあの美人は!聞いてないぞ!
俺の学校は言っちゃ悪いが平々凡々で、あんな美人がいるのはハッキリ言って場違いすぎる。
それでも柊さんが着ていた制服は間違いなく、うちのものだった。
しかも、そんな彼女はなぜか俺と同じ2-Aの教室に入ってきている。
「なんでぇ……どうしてぇ……?」
先ほどの突然の邂逅によりIQがマイナスまで落ちた俺は思考がまとまらず遂に考えるのをやめた。
「なんか柊さんに余計な事も言っちゃった気がするけど、まぁいいや。とりあえず、反省文書かなきゃ……」
そう呟いて鞄の中を探すも用紙は出てこない。
「なんでぇ……どうしてぇ……?(30秒ぶり2回目)」
まとまらぬ思考を再度無理矢理動かし、はと思い当たる。
「廊下で転んだ時だ……」
よく考えたら、そもそも反省文の紙をカバンにしまい込んだ記憶がない。
「ということは、教卓に置いたあのプリントの中に入っていると言う事か!?」
ただ、あの時俺は慌てて拾い直した。
だから下手をすると、まだ廊下に残っているかもしれないし、誰かが拾ったり捨てている可能性もあるのだ。
今から再度学校に取りに行くのは得策じゃないと考えた俺は、取り敢えず明日朝イチで学校に行きプリントの束を確認することにした。
無かったらしょうがない、中原先生に頭を下げよう。素直に謝れば許してくれる……よね?
急に背筋に寒さを感じた俺は、急いでメシを食い、さっさと風呂に入った。
それと万が一の事を考え土下座の練習をし、謝罪文の雛形を完成させ、床についた。
あの美女───柊さんのことは、中原先生のおか……せいで、すっかり頭から抜け落ちていた。