第2話 【ゆるぼ】中原先生が猫耳つけてる画像ください
「ここだ」
中原先生が歩を止め、指を指した先には「2-A」と書かれた札があった。
どうやら俺のクラスはここらしい。
「今は別の授業中だが、一度君の自己紹介を挟ませてもらう。終わったら、君はそのまま授業を受けてくれ」
「わかりました」
「よろしい。では、私が先に話をつけてくる。名前を呼んだら入ってきてくれたまえ」
コクリと頷くと先生は少し微笑みながら教室に入っていった。
これは緊張しているのがバレたな。
外出前と同じくふぅ、と一つ深呼吸。大丈夫だ。この中の人達は、優しいんだ。アイツらとは違うんだ。何度も頭の中でリハーサルしたじゃないか、大丈夫、大丈夫……。
「向井くん、いいぞ」
ドア越しにくぐもった中原先生の声が聞こえた。
向井、向井……俺の名前だな。
よし、完全に緊張してるけど、ええいままよ!
ガラッとドアを引き中に入る。
30人ほどの双眸がこちらを見ていた。
前まで感じていた、あの蔑むような感じはしない。大丈夫、大丈夫。
「転校生の向井樹です、気軽にタツキだとかたっちゃんって呼んでください!」
自分では努めて元気な声を出して、ペコリとお辞儀をした。声は震えていなかったはず……。
少しの静寂の後、中原先生の拍手によりクラス中にその輪が広がった。
よかった、受け入れてもらえたみたいだ。
「転校生はなかなか珍しいから色々と話を聞きたいだろうが今は授業中だ。終わってから、たっちゃんに直接聞きに行くように!」
「中原先生がそう呼ぶのはおかしいのでは!?」
「気軽に呼んでいいと言っていたからな」
ニヤリと悪役の様に笑う中原先生。
あまりにも似合い過ぎている。
やはり先生じゃなくて、女帝がお似合いでは……?
おっといけない、反逆、ダメ、絶対。
そんなやりとりをしているとクラスに小さな笑いが起きた。
「タツキ君、おもしれーな!後で話しかけに行くわ!」
「私も後で行くわ!たっちゃん君!」
「う、うん、ありがとう!」
1番最前列にいた男子と、その隣の女子の子が話かけてくれた。
たっちゃん君ってなんか凄いな。まぁ、いいけども。
「さてさて、授業に戻るぞ。君の席はあの1番左後ろの方。壁際の空席だ」
「わかりました」
中原先生に案内された席に向かう。
向かう途中、小声で「わたしも行くねー」「よろしくねー」など声をかけられた。
先生が言った通り、気さくで優しい子ばかりで逆に俺がびっくりしてしまう。
あ、優しさでちょっと泣きそう。
「阿部先生、授業中に失礼しました。あとはよろしくお願いします」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
背がすらっと高く、痩せぎすのあの先生は阿部先生というのか。
クラスメイトの名前もそうだけど、先生の名前も覚えていかないとな。
「タツキくんは、もう教科書は届いているのかね?」
「あ、まだです」
「そうか、ではお隣に見せてもらいなさい───と言いたいところだが、偶然今日は欠席していてね。私の使い古しで申し訳ないのだが、これを使ってくれたまえ」
「ありがとうございます」
先生から歴史の教科書を受け取ると、チラと左横の空席を覗き見る。
偶然とはいえ、二つ並んでいてややこしい。
中原先生がわざわざ“壁際の空席”といった理由はこれだったのか。
休みの理由は……風邪とかかな?だいぶ寒くなってきたし。
名も知らぬ隣席の心配をしていると阿部先生は既に板書を始めていたので、慌てて鞄からノートと筆箱を取り出す。
俺という転校生の登場で弛緩していた空気はあっという間に霧散し、板書を写す小気味良い筆音だけが聞こえてくる。
帰ってこられた、この空気に。
内心ほくそ笑む。
色々な人への感謝をしつつ、俺も板書を取り始めた。
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「ふぃー、疲れたなぁ」
気づけばあっという間に、もう放課後。
誰もいない教室で伸びをしながら、今日一日を振り返っていた。
やはり転校生というのは物珍しいらしい。
授業を終え昼休みになった瞬間、クラスのみんなにあっという間に取り囲まれた。
俺がアワアワとしていると、委員長らしき女の子が皆に整理券を配り始めた。
後で聞いたのだが、こうなることを見越して授業中に内職していたらしい。
阿部先生、ごめんなさい。
それを配り終えると、クラスの後ろ側に綺麗な長蛇の列が完成。
そこからは、クラスのほぼ全員と1対1で会話をした。
休み時間を考慮して、持ち時間は1人1分。
その間、委員長らしき子はストップウォッチを持ってタイムキーパーさながら、ずっと横にいた。
そして、1分を過ぎてもまだ喋ろうとするクラスメイトを見つけ次第列から剥がしていた。
アイドルの握手会じゃないんだぞ?とツッコミを入れずに我慢した俺を誰か褒めて欲しい。
握手会が終了すると、各自急いで飯を食べた。時間に余裕なかったもんね。
明日は誰かと席をくっつけながら食べられたらいいな────呑気にそんな事を考えながら、俺はパンに噛り付いた。
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眠気に抗いながら午後の授業を受け終わると、中原先生がクラスにひょっこり顔を出した。
そして、俺の顔を捕捉するやいなや、有無を言わさず俺を教室から拉……連れ出した。
用件を聞くと、「まだ学校生活に慣れないだろう。私から特別に渡しておきたいものがある」と言われ、ウキウキで職員室までついて行った。
ほらプレゼントだ、と中原先生は引き出しから一枚のプリントを取り出して俺に渡す。
そこには「反省文」とだけ、デカデカ書かれた紙だった。
「そんなひどい!また俺を弄んだんですね!」
「人聞きが悪いな、弄んだのではない。オモチャにしたのだ」
「やっぱり、先生って前世は間違いなく女て「あ゛?」すいませんでした、調子に乗りました」
“反逆、ダメ、絶対“を破った俺に天罰が下っていると、中原先生の隣に座っていたおじいちゃん先生の優しくもしわがれた声が聞こえてきた。
「中原先生、まだ学生の子をそんなに威圧したら可哀想じゃよ」
「す、すいません」
おじいちゃん先生にそう嗜められて、中原先生は借りてきた猫みたいになっていた。
こんな中原先生、相当にレアなのでは?
頭の中でシャッターを切り、最重要フォルダに記憶した。
後でこっそり猫耳のラクガキを追加しようと思う。
「ゴホン、とにかく、だ。初日とはいえ、一時間の遅刻は流石にまずいという事に職員会議でなってだな」
「すいません、ホントに」
「終わったことだ、気にするな。 全部埋める必要はないから、取り敢えず書いて明日までに持ってきてくれ」
「わかりました」
「あと私の前世を女帝と褒めてくれた事に対する反省文もだな」
といって、夥しい量のプリントをドンッと渡される。
「……そんな事一度も思った事ないですし、言ってないですよ? 先生の勘違いかと」
「今まで見た中で1番腹立つキョトン顔をするな! そして、こっそり捨てようとするな! 冗談だよ冗談!ほら!」
ここを見ろと、中原先生が指差した先には“健康だより”と書いてあった。
『寒くなってきたので風邪には十分注意しよう!』とデカデカ書いてある。なるほど。
「明日配るプリントだから教室に持っていっておいてくれ。 教卓にでも置いておいてくれればいい」
「了解です」
「以上で用件は終了だ。帰る時には交通事故に十分気をつけたまえ。知らない人に勧誘を受けたら丁重に断るんだぞ」
君は疑うことを知らなそうだからな────そう言うと、けらけら笑いながら中原先生は職員室を出ていった。
「相変わらず、台風みたいな人だなぁ」
「君も初日から大変そうじゃなあ」
「……“君も”っていうことは、そういうことですよね」
「こりゃ一本取られたわい!」
俺はおじいちゃん先生と目を合わせると、同時にニカッと笑いあう。
そして一呼吸置き「失礼します」と告げると職員室を後にした。