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第1話 ダメ、絶対

「今日から、学校かぁ……」


 寝ぼけ眼でも分かるくらい綺麗な制服を見て、そう独り言ちる。


 気持ちは上がらぬものの、今日は初登校日だ。流石に初日からサボるわけにもいくまい。

 俺は眠気覚ましに冷水で顔を洗うため、渋々洗面台へ向かう。


「今日も我ながら酷いクマだな、こりゃ」

 墨汁で縁取ったのかと思うくらいの酷いクマ。理由はここ一年ずっと見続けている同じ悪夢にあった。


『これさえなければ、あんたもモテモテの酒池肉林のハーレムパラダイスなのにねぇ』

 ふと、母親の言葉がフラッシュバックする。


『俺もそうだと思う。けど、酒池肉林にハーレムって意味ないからな?! それ誤用だから!』とツッコミを入れ、その後もギャーギャー言い合ったことを思い出してクスリと笑ってしまった……ありがとな、母さん。


「とりあえず、笑顔!笑っときゃどうにかなる!」

 悪夢を振り払うためにも、ローテーションと化した言葉を鏡の自分に言う。


 そして心の中で言葉を反芻しながらもう一度、鏡の前で笑顔を作った。よし、今日も完璧!なんだか、頭も冴えてきたぞ!これなら、なんでも出来そうだ!


 その勢いのままパパっと洗顔、歯磨き、寝癖を整えてパリッとした制服に着替える。


「これも忘れずにと」

 普段はしていない縁の太い眼鏡をかける。外出した時にクマが目立たないようにと購入したもので、度は入っていない。


 色々準備をしていたら時間は丁度、9:00を指していた。出なければいけない時間にはまだ早いが俺は通学カバンを手に取って玄関へ向かう。


 靴を履きドアノブを捻る。そこでふぅ、と一つ深呼吸。

 寒さのせいか、息は室内なのに少し濁った。


「行ってきます!」


 賃貸なので少しだけ控えめにした大声に、誰もいない部屋はキンッと返事をした。



 ───────────────────


「なんでもできると思っていた時期もありましたなぁ」


 外出後およそ1時間と持たずして、俺の気概はあっという間に霧散した。


 というのも、新調したばかりの自転車に跨り学校への通学路を爆走した結果あっという間に迷子になったのだ。

 並の方向音痴の歌が上手く感じるくらいの方向音痴に磨きをかけてきた俺には造作もないことだった。


 いつもの事すぎてもはや達観した俺は、定刻通りに学校へ行くことを諦める。

 途端、2月の寒さが身に染みた。そうだ、何かあったかい飲み物を買おう。

 そうして俺はホットドリンクを求め、あてどなくペダルを漕ぎはじめた。


 田舎のせいかコンビニどころか自販機一つ中々見つからず、何度も坂を登っては下った。

 そんな苦労してようやく見つけた自販機だったのだが、まさかのホットドリンクはおしるこのみ。

 へばった身体に糖分は嬉しいのだが、水分カラカラだった口中には中々厳しい鬼畜仕様。


 それでも求め続けたホットドリンクだったので仕方なしに購入────したのだが、機械の調子が悪かったためか、キンキンに冷えたおしるこが出てきた。


 泣いちゃったぞ?高校生が。年甲斐もなく。


 涙と汗で塩味の効いたおしるこは、いろいろな意味で身体に染みた、もとい凍みた。今度飲むときは、もーっといい日だよね、おし太郎?


 そして、俺は朝から散々っぱら掻き回してくれた神様を睨みつけようと天を仰いだ。すると上空に何かがたなびいているのが見えた。あれは……旗?


 その旗をよく見ると目的地である「彩都南高校」の校章がデカデカと描かれていた。


 これぞ天啓!とその旗を目印にしてペダルを漕ぎ、やっとの思いで学校に到着。

 その後、一度見学した際に確認していた駐輪場に自転車を停めた。

 神様、さっきは睨みつけてごめんね。今度おしるこあげるから、それで許してほしい。


 ここで本来なら登校した際は必ず寄ってくれと約束された職員室に向かわなければならなかったのだが、遅刻した手前、足が重く逡巡していた。


 すると、目線の先に綺麗に手入れされている中庭を発見。

 そこにベンチがある事に気づき、そこに腰を落ち着け───今、というわけだ。


「太陽が眩しいですなぁ……こっちにドンドン近づいてそのまま爆発すればいいのに」


「であれば私は君だけの爆発を望むぞ。 なぁ、向井 樹(むかいたつき)?」


 特技の方向音痴だけでなくマイナス思考に磨きをかけていると、後ろから見知らぬ声が……ん? どうして俺の名前を知っている? しかもフルネームで……と言うことはまさか!


「……誰ですか?」


 俺のフルネームを知っているという事で知り合いだと思い勢いよく振り返ったものの、全然知らない若いスーツ姿の女性が眉根を寄せて立っていたので、少し身構える。

 あとサラッとひどいことを言われた気がするが、その言葉がクールビューティー系の容姿に似合いすぎていて怒る気は全く起きなかった。

 

そして、その女性は一言「私だ」と言い腕組みをしたので、俺は次の言葉を待った。二人の間に静寂が訪れる。が、その続きが語られることなかった。


「…………えぇ、それで終わり!? そんな自信満々に胸を張られても!? 本当に誰なんですか?!」

「そうか……私の知名度もそんなもの、と言うことか……よしいいだろう。特別に私が直々に説明してやる」

「ご職業は、女帝かなんかですか?」

「何か言ったかな?」

「……イエ、ナニモ?」


 圧が強いよ、圧が。眼光鋭すぎて、制服に穴が空いている気さえする。

だからか、今日寒いの……。


「まぁ、いい……私の名前は中原 亜沙美(なかはらあさみ)、職業は女帝ではなく担任だ、君のな」

「なるほど……あれ、でも……?」

「あー、一度君が来た時に紹介した先生は残念ながらセクハラで離職されてな」

「え!?」

「冗談だ。不慮の事故で腰を痛めてしまって、入院なさる事になったのだ。その代わりに私が受け持つ事になったと言うわけだ」

「びっくりしましたよ、定年間際のおばあちゃん先生だったはずなので」

「人は見かけによらないと言うだろう?」

「……嘘なんですよね?」

「うーん、君はもっと人を疑うことを覚えた方がいいな。これが私の最初の教えだ。教師だと信じてくれたかな?」


 もっともらしいことをもっともらしく言うな……先生じゃなくてペテン師なのでは?などと考えていたら、眼光が鋭くなった。

 心をサラッと読まないでください。というか、これ以上睨まれて穴が空いたら、この世から存在が消えてしまいますが?


「それにしても、本当に遅かったな。心配したぞ」

「あ、一応は心配してくれるんですね。よかったです、先生はやっぱり本当はいい先生「教え子が登校中に失踪とあったら、私の査定に響いてしまうからな」だと思っていた俺がバカでした」

「そんなに自虐しなくてもいいのだよ?」

「……そもそも自虐させないでくださいよ」


 会話のドッジボールにがくりと項垂れる。


「さて、無駄話はここらへんで終わりにしておこう。少し緊張は取れたかね?」

「緊張……? なんのですか?」

「これからみんなの前で自己紹介をするだろう。それさ」

「……あー、大遅刻ですっかり忘れてました……」


 急に思い出して胃がキリリと痛み、逆流しそうになる。おしるこ、落ち着け。お前の居場所はそこだぞ。


「そうか、なら逆にすまないことをしてしまったな。気休めかもしれんが、クラスの子達はいい子達ばかりだ。この時期の編入だとしても、変な顔はしないさ」

「いえ、そんなことはないです……ありがとうございます、先生。気を遣っていただいて」

「当然のことだ、気にしないでくれていい。あと、君の病気に関しても校長先生から話は聞いている。何かあればすぐに私を頼ってくれ」


 助けられる範囲で、にはなってしまうがなと先生は苦笑する。


「……ありがとうございます」

「だがまぁ、私を見て症状が出なかったことは些か不満だがね」

「それは、その……」

「おっと、一言な余計だったかな。では、そろそろ行こうか」


 先生はそう言って少し微笑んだ後、校舎に向かって歩いていく。慌てて俺は立ち上がりその後を追う。


「先生はその……綺麗だと思います」

「私を口説くのは1億年早いぞ、少年?」

「1億年って……そういえば先生って今何歳なんですか?」

「今年でちょうど48歳になる」

「え!? 48歳でそのプロポーションなんですか? っていうか、全然ちょうどじゃないんですけど!」

「冗談だ。年齢はヒミツ。女性に年齢を聞くのはタブーだぞ。それにしても、君はやはり人をもう少し疑うといい。これが私の最初の……」

「おばあちゃん、さっきその話聞いたよ」

「あ゛?」

「生まれてきてすいません……」

「そんなに自虐しなくてもいいのだよ?」

「その件ももうしましたよ!?」


 二人で教室へと向かう最中、ずっと振り回され続けた俺は、今後、先生には一切逆らわない事に決めた。


 反逆、ダメ、絶対。


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