9 執着
次の授業へ行くため構内を歩いていると、背後から髪の毛を触られた。振り返ると田中先輩だった。
「何するんですか!?いきなり」
びっくりして思わず大声を出すと、先輩はボソボソと呟いた。
「だ、だって、君は僕の彼女なのに……ブツブツ」
「何?聞こえないよ」
「いや、その……居酒屋で男と一緒に……」
「それって、本庄さんの事?っていうか、あとつけてたの?!」
彼の背後を見ると、小さな餓鬼がヤモリみたいにしがみ付いてた。
ついに取り憑かれてしまったのね。
奴は先輩から滲み出る嫉妬心とか独占欲を喰らうため「やれ触れ。やれ襲え」と煽っていた。
腹立つな、もう!
仕方がない。祓おう。
瞑想を始めると、除霊の気配を感じた餓鬼が慌てて隠れた。
逃がすものか。
でもその時、彼の手が伸びて再びアタシの髪の毛を触ろうとしてきた。
「い、いやっ!」
反射的にのけ反って逃れる。
「ちょっと!何やってんの?アオイが嫌がってるでしょう」
美緒が駆けつけて、アタシと田中先輩の間を割るように立った。
「俺は、アオイの彼氏なんだから、別に触ったって……」
「何よそれ。アオイが彼女だとしても自由に触って良い訳じゃないんだからね」
「あなたとはお付き合いできないと、はっきりとお断りしたはずですよ」
「照れ隠しで、そう言っているだけだろう?本音は俺と付き合いたいに決まっている」
あー、もう。思考の経路がぶっ飛び過ぎていて着いていけない。
アタシと美緒は心底呆れて大きなため息を吐いてしまった。
「どうしたのー?」
異変に気づいた双葉も走り寄って来た。
「あらぁ。田中先輩ったら、ここにいたの?出席日数の事で学生課が呼んでいたわよ。ほら、早く行って」
「あ、あの……」
先輩はブツブツ言いながら、その場を去って行った。
その背中を見つめながら、アタシはほっと胸を撫でおろした。
あ。祓うの忘れちゃった。
まあ、いいか。




