5 発生
大学のラウンジでテレビを見ながらランチしていると、お隣のC国でまた変な感染症が発生したとキャスターが言っていた。
『体調不良を訴える人が続出し、現地の病院では混乱が発生しております。新なウイルスを発見したとの情報もありますが、詳しいことはまだ分かっていません。WHOが———』
「また、コロナ?」
「ワクチンとか、もうこりごり」
ラウンジにいるあちこちの学生達から、そんな声が聞こえた。もちろんアタシも同じことを思ったよ。
その時、やたらとリアルな映像が頭の中に湧いてきた。
大勢の血だらけの人達が蠢いている様子を上空から見ている映像だった。皆、動物みたいな声を上げながらヨロヨロと歩き、やがて機動隊とぶつかり合ってもみくちゃになった。よく見ると、みんなの背中に餓鬼が張り付いている。
気持ち悪い。まるで地獄の一部を見ているよう。
ひょっとして、これが白昼夢ってやつ?
急に映像が頭の中で始まるなんてこと無かったから、めっちゃビビる。
その気持ち悪さの余韻に耐えていると、同じゼミの美緒と双葉が来て、アタシの顔を心配そうに覗き込んだ。
「具合悪いの?」
「風邪でもひいたの〜?保健室にいく?」
変な白昼夢を見た、なんてことは言えなかったので愛想笑いで答えた。
「大丈夫。ちょっと悪寒を感じてブルっていただけ」
二人とも大学で出会った友達だ。
美緒はキリッとしたカッコいい女子。双葉はフェミニンなゆるふわ女子だ。
もちろん、アタシが霊媒師だってことは知らない。
「変な男に見られているんじゃないの?ほら、アイツとか」
美緒が背後をチラリと伺いながら小声で言う。視線の先には同じ学部の田中先輩がいた。ラウンジの少し離れた場所に座り、私達をじっと見ている。
昨年の冬、田中先輩から告白されたけど、丁重にお断りしたことがある。
だけど諦めきれないようで、それ以降、先輩はアタシを遠くから尾行する人になった。
「アオイちゃんって、田中先輩にずっとつけ回されているんでしょう?怖いねー」
「あんた、わりと可愛いし、スタイルも良いっしょ?ゼミの男の中でも狙っている奴いるから気をつけなさいよ」
人差し指を立てて、教師のように説教をする美緒。その隣でうんうんと頷く双葉。
「付き合っている彼氏がいるんでしょうー?ちゃんと、その事を言ってしっかり断った方がいいよ?」
「いや……ってか、まだそういう関係じゃないし。仕事が忙しいみたいだから、悪いかなと思って」
「ほうほう。つまり、その本命君は社会人という訳ね〜?」
双葉が口の端に意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。
スマホが振動し、メッセージが来た。
そこには『会える?』と短く書かれていた。それを覗き込んだ美緒と双葉がニヤニヤしながら、
「あら?さっそく本命君からのお誘い?」
と、からかう。
「ん、もう。やめてよ」
アタシは彼女達に背を向けて「いいよ」と送った。
すぐに『2丁目の魚魚っとサーカス18時で』と返事が来た。
今日は居酒屋チェーン店で飲みだ。