24 執拗
廊下の角を曲がった時だった。誰かが前方から歩いて来る姿が見えた。
田中先輩だった。
左腕の一部から骨が露出し、ダラダラと血を流しているが、本人は痛がる様子もなくぼんやりと私達を見ている。
ヤモリのサイズだった餓鬼は幼児ほどへと増大し、先輩の背中へぶら下がるようにしがみついている。餓鬼の大きさは、そのまま飢えの深さにつながるっぽい。
先輩は眼前の双葉に目もくれずに、アタシを見て手を伸ばし近づいて来た。
双葉がテーザー銃を撃った。電撃の針が田中先輩の胸に突き刺さり、身体をビクビクと硬直させる。でも倒れなかった。
双葉がヒステリックに怒鳴った。
「どうして電撃が効かないの?!意味わかんないし」
田中先輩が大きな口を開けて襲いかかってくる。目の前の双葉には目もくれずアタシに向かってきた。
双葉の回し蹴りが先輩の顎に入る。でも、彼は止まらなかった。ガチガチと歯を鳴らして噛みつこうとしている。
双葉が自国語と日本語を混ぜながらヒステリックに叫び、先輩の顔をめちゃくちゃに殴り出した。
「バケモノめ!」
ついに床へ倒れた田中先輩だったが、なおもアタシへ向かって手を伸ばす。それを踵で潰した。
「汚らしいストーカーだわ!死ね!」
その時、双葉の背後に誰かが立った。
美緒だ。
彼女は大音量で音楽が鳴るスマホを双葉の服の中へ入れた。
「え?ちょ、ちょっと!」
彼女は大慌てでそれを取ろうとして服の中へ手を突っ込んだ。でも、背中のそれに手が届かず悪戦苦闘していた。
美緒は不敵に微笑んだ。
「本庄さんと連絡を取った時に聞いたんです。国連からの情報らしいですが、感染者達は音に反応するようです。だから私の個人用スマホを使いました」
美緒がアタシの手を取り走った。
「アンタ達、待ちなさい!」
双葉は追いかけてこようとしたが、音楽を聞きつけたゾンビ達が集まり、もみくちゃにされ始めていた。
「やめなさい!やめて!」
床に倒れていた田中先輩が双葉の足へ噛みつく。
彼女の怒鳴り声は悲鳴へと変わっていった。