16 憑纏
田中先輩だった。
街灯の明かりの中に、無表情で佇む彼の姿はとても不気味だ。
「な、何か用ですか……?」
恐る恐る尋ねると、彼は目線だけをせわしなく動かして「あの……あの」と何度も呟いた。
「アタシ、帰る途中なんで……」
踵を返して足早に遠ざかろうとしたら、また肩を掴まれた。
「ちょ……や、やめてくださいっ」
手を振り払うと、目の前に何かが差し出された。それはスーパーのビニール袋に入った焼酎だった。しかも4Lのデカイやつ。
「あげる」
と、短く言う先輩。
「何ですか、これ。意味がわからないわ」
「誕生日だから……その」
つまりプレゼント?これが?っていうか、誕生日なんて、ずっと先なんだけど。
「どうして、これを?」
「酒好きって聞いていたから……」
そういえば、つい先日、大学のラウンジで美緒や他の友達と最近のカクテルについて話していたことがあった。つまり、それを盗み聞きしていたっていうの?それにしてもこんな焼酎の大瓶をプレゼントだなんて。
「えーと、ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておくわ」
愛想笑いしながら背後へ退き、その場を去ろうとした。すると、先輩がまた手を伸ばして来た。今度は髪の毛や肩じゃなく、確実に胸を狙って来ている。
「いやっ!」
アタシは身をよじって逃げた。
「君は僕の彼女だろう?なぜ、嫌がるんだ」
「お付き合いは断ったでしょう?!」
先輩の背後に覆いかぶさっている餓鬼が、あの時より確実に大きくなっている。血走った眼と、獣のように尖った歯。奴は「喰え喰え」と煽り立てている。
「おい!俺の女に何をしている?」
背後から聞き慣れた声が聞こえた。本庄さんだった。
車から降りて来た黒スーツ姿の男に、田中先輩は滑稽なほど怯んでいた。
「な、なに言っているんだ……僕の彼女だ……」
言い返そうと頑張っているようだけど、語尾が擦れて蚊の鳴くような小声になっている。
「あ?何だと?!」
威圧しながらグイグイと迫って行くと、田中先輩は慌てて逃げて行った。
遠ざかって行く彼の後ろ姿を見た本庄さんは「ふう」と安堵のため息を吐いた。
「君の警備体制を強化するように、上司へ言っておくよ」
そして振り向いて照れ笑いする。
「思わず俺の女だなんて言ったけど、迷惑だったかな……」
アタシは泣きながら首を振った。脚がガクガクと震えて立っていられなくなり、本庄さんに抱きついた。
幽霊や呪いなんかより、生きている人間の方がよっぽど怖い。