13 予言
床へ這いつくばった餓鬼が顔を上げて睨み、しゃがれた声で言った。
「よくもやりきや、人め。呪ひに我呼びいだし弄びおりて、この仕打ちとは」
まあ、術者は自分の憎しみを晴らすことしか考えていないもんね。餓鬼的には呼び出されたあげく、こんな風に祓われるなんて考えてもいなかったでしょうけど。
「されど、間も無く巨大なる飢えが汝らを襲ひそむ。動きそめば止まらぬ地獄への車走らむ」
「……どういう意味よ」
「かの小さき病は、人なる飢えを幾倍にもする力を持てり」
「悪いんだけど、もっと分かるように言ってもらえる?」
「欲に溺れ、呪ひ振り撒き、自分勝手に振る舞へる人どもに粛清の風吹かむ」
「だからもっと分かるように……」
「この地に我らの天下溢れむ。生者は死人めきて他の生者に食ひつき、大地は血にうつろひゆかむ。こは予言なり。こは予言なり」
餓鬼達の言葉にエコーがかかったように聞こえ、同時に頭の中でまたあの映像が流れ始めた。
街中を動き回っている人々は皆、感染者だ。脳に侵入したウィルスは前頭葉を破壊し、理性を失わせている。
人が無差別に他者へ齧りついてるように見えたけど、アタシは気づいた。
感染者は、襲う者を選んでいる、と。
日々の生活で溜まる怒りやフラストレーション。
理性で押さえ込んでいた憎しみや欲望が、ここぞとばかりに解放され、感染者達は真っ先にターゲットへ向かって猛進していく。
彼らの背中に張り付いた餓鬼達が「もっとやれ」と囃し立てる様子が見えた。
思わずブルった。
人というのは、こんなにも怒りや不満に囚われる生き物なのか、と。
突然、自分が幼い頃に受けた虐待のフラッシュバックが脳裏をよぎる。
大好きなお父さんとお母さんが豹変して、アタシを蹴り、殴る。泣いても謝っても許してくれない。恐怖と絶望が蘇り、それが怒りへと変化した。
「汝もきしかたに暗き影を持つ者か。なほ怒れ。なほ悩め」
ニヤけ顔で煽る餓鬼。
そう。
アタシの中にもドス黒い怒りがあるの。
でも、いやよ。
こんなの恥ずかしくて誰にも見せたくない。
誰にも知られたくない。
「いやだ……いやよ!」
思わず叫んだ。
アタシは手刀に気を込め、床を這いずる餓鬼ムカデを切った。
奴は、ぎゃあぎゃあと鳴きながら苦しむ。でも、構わずに何度も切った。
彼は徐々に小さく弱くなっていき、やがて封筒から煙が立ち上ると同時に消えていった。
「アオイ君!」
本庄さんがアタシを抱きかかえてくれた。そこで記憶がぷつりと途絶えた。