10 呪塊
その日は、田中先輩の事を思い出し、ちょっとばかりイライラしたまま講義を受けていた。
ちょうど午後の授業が終わった頃、スマホにメッセージが届いた。郵便物の中に強力な呪物が混ざっていて、祓役の一人が負傷したらしい。
車で迎えに来てくれた本庄さんと一緒に宮内庁郵便局へ向かった。
現場の地下倉庫の中は大混乱だった。
職員の人達がバタバタと走り回って、非常線を張ったり貴重品を別倉庫へ移したりして大変そうだ。
作業テーブルの上に載せられた例の郵便物からは、溶岩のような黒い物体がニョキリと生えたように立ち登っている。先端には上半身だけ飛び出した人型が、両腕をバタつかせながら変な鳴き声でギャァギャァと喚いていた。
呪塊と呼ばれるもので、呪物に込められた強力な怨念がモノノケに変化したものだ。
で、そのモノノケというのが、たいていの場合は怪異の類なんだけど、今回は餓鬼だ。
ほんと、最近よく遭遇するようになったなぁ。
祓役の爺さん連中がそいつを取り囲んで一生懸命に祈祷をしているけど、押さえ込むので精一杯のようだった。
「姫じゃねえか。来てくれたのか」
腕を怪我して苦悶の表情で床に座り込んでる祓役頭首の安田さんが、アタシを見ると安堵した顔を見せた。私は外の人間だけど、難しい案件を手伝っているうちに、こういう内部のオッサン達と仲良くなった。
ちなみに、祓役という職名は一般には公表されていないけど、皇居内の神職に就く人の中では割と重要ポストらしい。
「その姫って呼び方、恥ずいから止めて……っていうか、その腕大丈夫?」
「ああ。かすり傷だ」
「いや、そうは見えないけど」
「手間かけさせて済まねえ。今回も姫の力を借りなきゃならんくらい、ヤベえもんだ」
そう言って、安田さんは作業台の上の呪塊を顎で指した。
「見ての通り、全員で除霊を試しているが、力を抑えるだけで精一杯だ。こいつは俺達じゃ手に負えねえバケモンだ」
「あれ、見た目は呪塊だけど中身は餓鬼だよ」
「マジか?そんなもんを呼び出して、送りつけて来やがって。あ、イテテ……」
安田さんが右腕を押さえて蹲った。
火箸を当てられたようなミミズ腫れが出来て、皮膚が割れ血が流れている。間違いなく重傷。後遺症が残っても不思議じゃない。
「この傷は酷いわね」
「祓おうとしたら飛びかかって来やがった。痛みと麻痺が酷ぇんだ」
顔を歪めた安田さんが、悔しそうに言った。