女子高生と特製プリン・ア・ラ・モード③
「で、江藤さんは学園祭で何かやりたいものがあるのでしょうか」
竹下に尋ねられ、愛はうーんと唸る。
「具体的にやりたいことって聞かれると困るんですけど、今候補に上がってる劇はやりたくないなあって……。内容もよくわかんないし、そんな壮大な劇をやったって、私なんか名もなき端役か裏方ですし、楽しめないなあって」
「なるほど」
「せっかくの学園祭、愛さんも意見を出した方がいいと思います」
須崎は穏やかな声音でそんなアドバイスをくれた。
「でも、あんなすごい人たちに、どんな意見を言えばいいんでしょうか」
「愛さんの気持ちをありのままに伝えればいいんですよ。これいいな、学園祭でやったら楽しそうだな、と思うものはないんですか」
「うーん」
須崎に言われて愛はプリンをつつきながら考える。なんだろう。お化け屋敷や迷路などは、言った瞬間に失笑を買うのは目に見えている。ならば、飲食系はどうだ。焼きそばやポップコーンはダメだろうな。食べたこともなさそうな子もたくさんいるし。そもそも食べ歩きなどしなさそうな子ばかりだ。今流行りのもの……と言っても、一体何が流行っているのか愛にはわからない。
色々と逡巡した挙句、愛は目の前のプリンアラモードを凝視する。三分の一ほどが食べられて削ぎ取られたプリンは、懐かしくホッとする見た目と味わいだ。
それから、この店内を横目で見た。落ち着くトーンの色合い。音楽もかかっていない静けさ。ゆったりくつろげる大きさのテーブル席。
「……喫茶店」
「はい?」
「喫茶店、いいなあって」
愛は竹下に聞き返され、言った。しかし直後に自信をなくしてうつむいた。
「でも、馬鹿にされるかな……」
「いんじゃね」
はっと顔を上げると、なんと大吉がこちらを見てそう言っているではないか。こんな話題になど興味のかけらもないだろうと思われていた彼からの意見に、愛は驚きを隠せない。
「あんたがそれがいいって思うなら、何も恥じることないやろ。堂々と言えばいい」
大吉は短くなったタバコを灰皿にぐりぐり押し付けて火を消しながら、そんなことを言った。須崎がおぉ、と声を上げる。
「いいこと言いますね、大吉さん。大吉さんの言う通りですよ、愛さん。大切なのは一歩を踏み出すことです」
「笑われたら……」
「そういう奴にはな、こう言ってやりゃあいいんだよ」
治部良川がしたり顔で会話に参加してくると、一拍間を置く。何を言うのだろうかと微妙に予測をつけつつ全員が次の言葉を待っていると、治部良川はやおら腹に力を込め、大声を出した。
「なんじゃワレェ!!!」
「言うと思った」
大吉は何本目かわからないタバコに火をつけ、煙を吐き出しながら全員の気持ちを代弁する。
「ビクビク人の顔色ばっか窺ってっから馬鹿にされたり笑われたりするんだよ。堂々としてりゃあいいんだ。んで、一喝すりゃ大体の奴は黙り込む。俺はそうやってずっと生きてきた」
治部良川の力技すぎる意見に、竹下は慌ててフォローを入れた。
「ま、まあ、その言葉を口にするのは最終手段にしましょう。ともあれ愛さん、なぜ喫茶店を?」
「えっと、地元にもあるし、落ち着くから……?」
「ふむ、それだと理由が弱い気がしますね」
竹下はビジネスマンとしての顔を見せた。
「もっと皆が納得する理由を述べるべきです。例えば、最近では昭和レトロが若い方の間で流行っていると聞きました。そうしたことを絡めて、意見を言ってみてはいかがですか?」
竹下がスマホをタップして何かを調べ、テーブルに置いて画面を全員に見せる。
そこには「昭和レトロをミニチュアで!」とか「今、昭和レトロがアツい!」などというニュースが並んでいる。愛からすれば、目から鱗な話題だ。
「へえ、私、知りませんでした」
「休日のお昼の番組でも、割と特集されてますよ。遊園地でも、そうしたレトロなエリアがオープンしたとか。若い人の間では逆に新鮮なんでしょうね。大学生の間でも流行ってるんじゃないですか?」
「知らね。俺、そういうの興味ないし」
水を向けられた大吉は愛想なく言う。一体この人は、何に興味があるんだろう。何にも興味なさそうである。大学生だというのにあまりにも無気力すぎる。
「まあ、ともあれ、流行の要素を取り入れたレトロ喫茶店を学園祭でやる、というのはいい案だと思います。学校の雰囲気からしても、そうそう逸脱してはいないでしょうし、何より先生たちのウケもいいと思います」
竹下は非常に丁寧なアドバイスをくれた。愛はプリン・ア・ラ・モードの残りを頬張りながら、なるほどと頷く。
「私、頑張ってみます」
「これも何かの縁なので、応援してます」
竹下は疲れた顔に人の良さそうな笑みを浮かべる。
「困った時はメンチ切るのが一番だ!」
治部良川が独特のエールを送ってきた。
「…………」
大吉は何も言わず、煙を吐き出す。
「きっと、上手くいきますよ。一歩を踏み出そうと思ったその瞬間に、愛さんは前に進み出しているのですから」
須崎は猫の目を細める。愛は一人一人を見ながら頷いた。
「ありがとうございます。私、がんばります!」
なんだか勇気がわいてきた。今ならば、クラスメイトの前でも堂々と発言できる気がする。
よし、次こそ。今度こそ。
愛はわきあがる気持ちに高揚しつつ、プリンアラモードを頬張った。
甘いデザートは幸せの味がして、なんだか食べ始めた時よりもずっと美味しい気がした。